3-6
すべての魔獣が息絶えたのは、夕刻近くになってからだった。
障壁と建物に突っ込んで圧死した魔獣が三頭。
外界に戻っていったのが五頭。
それ以外の魔獣は、マーティンの部下たちの指示で、仕留めることができた。自分の部下が優秀なのは知っていたが、大型の魔獣と戦ったことがないと言っていたデノビア領の連中が、よく動いてくれたので助かった。
「やれやれ。」
マーティンは血振りをして剣を収めた。
大きな被害は、障壁と建物のみか。
死者が出なかったのは、上出来だった。
マーティンは、一通り状況を把握すると、元気そうなのを選んで、それぞれに指示を飛ばした。
「よし、お前は、けが人を一か所に集めるように言って回れ。お前は、避難している研究者たちを呼んで来い。そいつらに、けが人の手当をさせろ。お前は、ジルベニア軍将のところへ報告に行け。お前とお前は、今から一通り結界柱を確認して来い。」
すると、壊れた障壁の間から、ひょっこりクイが姿を現した。
「やっほ~。」
この軽さ。
我々をこんな目に合わせた張本人が、よくもまあ、お気楽に顔を出せるものだ。
「大丈夫だった?」
そう思うなら、今度からは二、三頭にしておいてくれ。
そう言ってやりたいが、距離がある。クイもまだ、こちらに気付いていない。
マーティンは、どうクイを懲らしめてやろうかと考えながら、クイに近づいた。
「あれ? カーラ姉さんは、どこ?」
クイが、そう呟く。
相変わらず、とことんまでマイペースな奴だ。
カーラなら建物の中だと、教えてやろうとすると、クイがようやく、マーティンの存在に気が付いた。
「あ!」
その瞬間、クイは、声を上げて固まった。
「マーティン!!」
マーティンがいるなら、オレリアスが来ているかもしれない、そう思ったんだろう。クイは、マーティンに問いかける前に、慌てて周りを見渡した。
人ごみの中、建物の中、魔獣の陰。
それらに目をやりながら、徐々に血の気のなくなるクイに、マーティンは、
(……いないよ。)
と、ため息をついた。
オレリアスには、会いに行ってもいないのだ。こんなところにいるはずもない。
「……あ、……あの。」
マーティンがクイの前までやってきたとき、すでにクイは、瞳に涙をためていた。
「……あ、……あのさ。」
何て言っていいのか分からずに、クイが、マーティンを見上げている。
マーティンは、「オレリアスの事は忘れろ。」と、言おうとしてやめた。
クイの髪に手を伸ばし、それを軽く撫ぜてやりながら、マーティンは、できる限り優しい言葉を選んでやった。
「……クイ。どうせ、あのままウテリア領にいても、お互いに不幸になっただけだ。」
その言葉で、クイの涙がバッと溢れた。
「そ、そっか、ありがとね、マーティン。……嫌なことを頼んだのに、……慰めてくれて、ありがとうね。」
ぽろぽろ涙を流しながら、それでもクイは笑ってお礼を言った。
「……本当はね、……なんとなく分かっていたんだ。……オレリアスは、私の事、……気に入っているって、……言ってくれたけど、……本当は、……好きでも何でもないんだ。」
クイは、袖口で、力いっぱい涙を拭いた。
「……私ね、昨日のうちに、……たくさん泣いたから、……もう大丈夫だよ。……ごめんね。……マーティン。……ありがとうね。」
まったく、これの、どこが大丈夫なんだ?
マーティンは耐えきれなくなって、クイを抱き寄せた。
「胸ぐらいは貸してやるよ。」
来ていた服でクイの頭を隠してやると、途端、張りつめていたクイの緊張が切れた。
「……う、……あああ、ううう、あああ。」
マーティンの服を握りしめ、今まで堪えていた感情を大粒の涙にして吐き出す。その、こみあげる嗚咽ごと、マーティンは、クイを抱きしめた。
(……そうだ。泣いて忘れろ。)
失恋なんて、よくあることだ。
誰にだって、一度や二度はある。
(辛いうちは構ってやるから。)
抱きしめながら、マーティンもまた、頭をクイに傾けた。
(だから、しばらく俺の所に来い。……クイ。)
★
それからしばらく、マーティンは、クイが落ち着くまで、クイの背をさすってやった。知らぬ間に、ヨシュアがいて、ジルベニア軍将に事情を説明したり、勝手に撤収の指示をだしたりしていたが、マーティンは、全くお構いなしだ。
「……う、……う。」
そのうち、クイの呼吸が整ってきた。
マーティンは、クイの頭を撫ぜながら、
「お前はもう、俺の隊の一員だ。覚えているな。」
と問いかけた。
クイは、それに頷いて応えた。
「じゃあ、よく聞け。お前に、この王国中の魔獣と魔草を見せてやる。だから、この俺について来い。この俺のために、全力で働け。」
すると、クイは、肩を震わせて笑った。
「ふふふ、王国中の魔草か……。」
クイは、自分の服で顔を拭うと、バッと頭を上げて、真っ赤な目のままニカッと笑った。
「そんなこと言われたら、ついて行くしかないじゃん!」
もう、いつものクイだ。
ホッとしたマーティンは、今度は命令口調で、
「よし! では、俺の事は隊長と呼べ!」
と言った。
「分かりました! マーティン隊長!」
その命令に、クイが下手くそな敬礼で返す。
そんなママゴトみたいな会話に、二人は、顔を見合わせて笑った。
「ふふふ。」
実際、実力至上主義のマーティン隊で、クイが本当に役に立つのかは、分からない。剣の腕は悪くないが、短絡的な思考で動いているうちは、使い物にはならないだろう。
苦労が増えそうだな、と思ったマーティンだったが、よくよく考えると、苦労するのはマーティンではない。この隊で、一切の面倒事を任されているのは、副官のヨシュアだった。
(……。)
マーティンの想像の中で、ヨシュアが悪態をついている。
「クイ。」
マーティンは、真顔でクイを引き寄せると、その頬に軽くキスをした。
「んが!?」
驚いたクイに、マーティンは、ニッと笑った。
「二人でヨシュアを困らせて遊ぶぞ!」
「え? そんなことしないよ~。」
「何言っている? お前の得意分野だろ?」
「ち、違うし!!」
すると、後方から、ヨシュアが口をはさんだ。
「聞こえてますよ、隊長。ほどほどになさってくださいね。」
柔らかな口調なのに、それは、その内容以上に冷たい声に聞こえた。
「な、ななな、なんか、怖いよ~。また剣が飛んできそうだよ~。」
「ははは! そりゃいい!」
「全然よくないよ~!」




