43.僕と、焼肉のタレと、テレビCM
特別寮のダイニングのテレビから、聞き覚えのある爽快なジングルが流れてきた。
画面に映し出されたのは、おいしそうな湯気を立てるホットプレートと、そこに並ぶ見事な豚バラ肉だ。
いよいよ、僕がプロデュースした特製調味料が『獅子丸印の焼肉のたれ』という名前で全国一斉に発売される。
実は最初の会議の席で、レミ社長から「ネーミングさ〜、マジで輝いてるから『黄金のたれ』とかどう!?」という、金髪の彼女らしいド直球な提案があった。
だけど、それを聞いた瞬間に僕の脳内に元の世界の有名なCMの残像が強烈に過ったため、「それだけは絶対にダメです!」と全力で却下させてもらったという経緯があったりする。
さらに、商品化にあたっては味のバリエーションの検討も重ねられた。
獅子丸食品の開発班から「試作品のたれは最高だけど、ちょっとにんにくが強すぎるかも」「小さな子どもや、臭いを気にするお仕事の獣人さん向けに、マイルドなやつも欲しい」という至極真っ当な要望が出たのだ。
そこで僕は、ベースとなる醤油の旨味を最大限に活かしたバリエーションを考案した。
醤油、砂糖、みりん、そして香ばしい白ごまを絶妙なバランスで合わせた、シンプルイズベストな『しょうゆ味』だ。
これにより、店頭にはあの鮮烈な香りの『にんにく味』と、誰もが毎日飽きずに食べられる『しょうゆ味』の2つのラインナップが同時に並ぶ予定になっている。
「あ、始まった! アオイさん、テレビ映ってるよ!」
リビングのソファでコニーが尻尾をブンブンと振りながら画面を指差した。
始まったのは、獅子丸食品が全国に打った『獅子丸印の焼肉のたれ』のテレビCM。
出演しているのは、名門・優美林高校の芸能科出身として今をときめく犬族の有名女優さん。
そして……その「娘役」として大抜擢されたのが、我が特別寮が誇る美少女、熊族のアオイさんだった。
『お母さん、お肉焼けたよ〜!』
画面の中で、アオイさんはエプロン姿の女優さんの隣で、嬉しそうに耳をピコピコと動かしている。
ホットプレートから引き上げ、タレをたっぷり纏わせたお肉を、大きな口を開けて「あむっ」と豪快に頬張った。
『ん〜〜〜っ! おいしいっ!!』
満面のひまわりのような笑顔。タレの旨味を噛み締めるように、頬を幸せそうに膨らませてモグモグと肉を咀嚼するその姿は、お茶の間の視線を一瞬で釘付けにするほどの破壊力を持っていた。
「わ、わわ……やっぱりテレビで見ると、すごく恥ずかしいね……」
リビングの片隅で、アオイさん本人が大きな身体を縮こまらせ、真っ赤になって顔を両手で覆っている。
普段の大人しい彼女を知っている僕たちからすれば微笑ましい限りだけど、世間の反応は違ったらしい。
フェイ先生がスマホのトレンド画面を見ながら、ニヤニヤと声を弾ませる。
「いやいや、恥ずかしがる必要なんてないわよアオイ。見てみなさいよ、ネットの掲示板。『あの子めちゃくちゃ美味そうに肉食うじゃん』『あんなに幸せそうに食べる姿、見てるだけで胸が熱くなる』って、男性視聴者の間で大バズりよ」
どうやら、抜群のプロポーションを持ちながら、少女のように無邪気にお肉を頬張るアオイさんのギャップが、世の男性獣人たちのハートを完全に射抜いてしまったようだ。
「レミ社長からもさっき連絡あってさ〜。『アオイちゃんの食いっぷりマジ神! これ出荷初日で棚が空になるやつじゃね?』ってギャル文字で大興奮してたわよ」
フェイ先生の言葉通り、テレビCMの効果とホットプレートの普及の波が重なり、世間の『獅子丸印の焼肉のたれ』への期待値は最高潮に達しようとしていた。
深海のエネルギーキューブから生まれる最先端の家電、そして僕の元の世界の記憶から生まれた2つのタレ。
そして、アオイさんの最高の笑顔を乗せて、僕たちの味がいよいよ世界中の食卓へと届くカウントダウンが始まっていた。




