第6話 義妹が名乗る『本物の王女』
王都の噂は、雪より速く北領へ届く。
昼前には使用人たちまで《蒼い雫の首飾りを持つ令嬢が、王家の隠された血を引くかもしれない》と囁いていた。セレナはその首飾りを胸に下げ、私の席も婚約も宝物庫主任の印も奪った上で、今度は『本物の王女』まで名乗る気らしい。
「首飾りの由来が要になる」と私は言った。
「王妃献納録に書かれていた可能性が高い」とレオンハルトも頷く。
私は控え台帳を開いた。数年前、王妃遺品の整理に立ち会った時の走り書きが一行だけ残っている。《青玉雫飾り、婚礼献納目録と照合のこと》。それだけだが、逆に言えば、首飾りが王妃個人の私物ではなく、献納目録と不可分の品だったことを示している。
「血統証明に使うなら、本来の由来が分かる記録を先に消す必要がある」
「だから献納録が失くなった」
レオンハルトは窓の外を見た。北領の薄い陽に、雪原が青く光っている。
「王都は、都合のいい物語を信じたがる」
「宝物まで物語の小道具にしないでほしいですね」
言いながら、私は自分の語気に少し驚いた。怒っている。席を奪われたことより、宝物の記録が飾りとして踏み荒らされていることに。
そこへ北領宝物庫の若い書記官フリッツが、新たな搬出控えを持ってきた。姫冠関連の品が三日前に王都へ再移送された形跡がある。だがその数量欄だけ、数字の墨が上からなぞられていた。
「実数は一ではなく二だわ」
「二つ?」
「本物と代用品。だから台座が空になっても、王都では困らない」
つまり、セレナが身につけている首飾りが本物とは限らない。むしろ、偽物でも『王妃由来』と呼ぶための舞台装置かもしれない。
「修道院封庫へ急ぎましょう」と私は言った。
「明朝に出る」とレオンハルトが即答する。「護衛も付ける」
「公爵自ら来る必要は」
「君の義妹が王家を動かしているなら、こちらも宝物庫の責任者が動く」
言い切る声に迷いがなかった。
王都では、私を庇う人はいても、私の仕事の重さごと信じてくれる人はいなかった。北領の雪より冷たいと思っていた公爵の横顔が、その時だけ少し温かく見えた。




