第1話 全てを飲みこむ黒い色
精霊使い。精霊と心を通わせ力を借りる者たち。
外の国がおいそれとこの国に手を出せないのは、精霊使いという存在が大きく関与しているかららしい。
この国の誰もが、一流の精霊使いを目指して日々研鑽している。
私も今日から精霊使いの学校に通って、一人前の精霊使いになる予定。
――だったのになあ。
「親切で言ってあげているんだけど?」
「で、ですよねえ」
赤い制服に身を包んだ女性が目を吊り上げる。
もともと釣り目気味なんだろうけど、今は明らかに怒ってますよと言わんばかりの表情だ。
入学早々に先輩に目をつけられるなんて……。私、シエル・アルモニアの華々しい学生生活はここで終わってしまった。
「あのねえ。難しいことは言っていないでしょ? その制服はやめなさい。そう言っているだけじゃない」
彼女だけでなく、周囲の生徒たちも遠巻きに私の制服を見ている。
そりゃあちょっとした事情でしわくちゃになっちゃったけど、これでも新品の制服だ。
まさかこの服に因縁をつけられるだなんて思ってもいなかった。
本当に、変な風習がある学校だよね……。
「で、でも……。私としては色々な精霊について学びたいなあ……なんて」
ああ、言わなければよかった。
先輩が呆れるように息を吐く。もう完全に私が問題児扱いになっている気がする!
「なら、見せてみなさい。あなたがどれほどの力を持っているのか」
「あ、あの……見せろと言われましても」
「使役する精霊を見せろと言っているの。身の程知らずの戯言なのか、わがままを通すだけの力があるのか、それでわかるわ」
むしろ力がないからこそ色々な精霊について学ぶべきじゃないかなあ!?
とも言いにくい。本当になんなんだろうね。この学校……。
今朝の希望に満ちた私に戻りたいなあ。いったいどこで間違っちゃったんだろう……。
◇
鳥のさえずる音で目が覚める。
今日は特別な日。なんせ、私が精霊使いとしての一歩を踏み出す日なのだから。
「本よし。音楽結晶よし。お菓子よし」
大丈夫。ちゃんと全部持っている。
今日からは全寮制の生活だから、しっかりと忘れ物しないようにしないと。
「あのさぁ……。そういうときって、まずは教科書とか制服の確認じゃないの? ボク、精霊だから人間のことはわかんないけど」
「大丈夫! そっちはちゃんと……ちゃんと……? ないっ! 精霊くん! 制服どこだっけ!?」
炎でできた体からは、ぱちぱちと大気中の塵やらほこりやらを焦がす音と匂いが漂ってくる。
そしてなによりも呆れたようなわざとらしい溜息! そんな反応しなくてもいいじゃない。
ほんと、生意気な精霊だよ。生まれたばかりなのにね。
まあ、生まれたばかりなのに会話できるなんてすごいけれど。
「先が思いやられるねぇ。制服ならあっちにしまってなかった?」
「ありがとう精霊くん!」
炎の精霊である彼は、蝋燭の火のようにゆらゆらと揺れる指先を外に向けた。
あ、そっか。外に干したまま……だったよねえ。まずくない!?
昨日は小雨がパラパラと降っていた気がする。ということは、私の新生活を彩る衣装は……。
「洗濯しなおさないと!?」
「落ち着きなよ。あの程度の小雨なら、ボクが周りの精霊に声をかけてなんとかしたから」
「さすが精霊くん! 水の精霊に頼んで雨を避けてくれたんだね?」
「え、風の精霊に飛ばしてもらったけど?」
……慌てて外に出てみると、たしかに制服は濡れてはいなかった。
風の精霊に頼んでくれたというのは本当のことで、雨で濡れないような軒下まで飛ばされていた。
しわくちゃだなあ……。
「どう? ボクすごいでしょ?」
「す、すごいんだけどねえ。次からはもっと穏便にすませてくれると助かるよ」
「服って濡れたら困るんでしょ? なら、濡れていないし問題ないじゃない」
「う~ん……惜しい。でもありがとう」
私の言葉に精霊くんは満足そうに目を細めた。
精霊というのは生きた魔力。私と会話こそできるものの、その常識は私たちと同じではない。
服なんてものは彼には馴染みがないものだし、濡らさないよう配慮してくれただけ感謝しないとね。
「で? そろそろ学校とかいうのに行くんじゃないの?」
「え? ああ!? 初日から遅刻なんて、悪目立ちしたくない!」
感傷に浸る時間もなく、私は長年暮らしていた家を出る。
村の人たちへの挨拶は昨日のうちにすませておいてよかった……。
遮二無二走りながら、そんなことを考えるのはある種の現実逃避なのかもしれない。
とにかく急いで転移魔法陣まで移動して、そこから学校を目指してまた走らないと。
「人間って大変だよねぇ。そんなに息を切らして移動しても、まだ大して進んでないんだもん」
そりゃあ炎から炎に移れる精霊くんからしたら、移動なんて一瞬で終わるだろうね!
でも私はしがない人間にすぎない。今はただ急いで転移魔法陣が描かれている広場を目指すのだった。
「遅刻遅刻!」
いっそパンでも咥えて走ってやろうか。
そんなこてこての状況だけど、実際に身をおいてしまうと笑えない状況だ。
転移は無事完了し、学校がある聖都エルヴァニアまではたどり着いた。
だけど、最寄りの転移魔法陣の広場からがこれまた遠い。
時間はまだあるとはいえ、油断したら確実に入学式を遅刻した田舎娘という認識を刻み込むことになってしまう。
「精霊く~ん。風の精霊の力で背中押してよ~」
『無理~』
薄情なものだ。
村を出る私についてきてくれたと思ったのに、彼の呑気な声は焦る私とは対極の温度感だった。
炎の精霊なのに冷めたもんだね、とわけのわからない因縁さえ思い浮かぶ。
『精霊なんて気まぐれなんだから、ここらのやつらはボクの言うことなんて聞かないよ』
そっか。そういえば精霊くんも、住んでいた場所を離れて心機一転の生活を送るんだ。
新しく友達を作らないといけないのは、精霊くんも同じなんだね。
さあ、学校にはなんとか間に合った。しかもそれなりに時間に余裕もある。
これでなんとか精霊使いにふさわしくない田舎娘の汚名は着ずにすみそうだ。
『シエル~。前』
「え、前? うわあああっ!!」
遅刻遅刻と走るだけでなくそのまま誰かにぶつかる。
まるで物語の主人公だね! もっとも、そこでぶつかった相手との素敵な出会いなんてものはないけれど。
なんせ相手は意識がない。……意識がない!?
「事件!?」
「……ごめん。あなたに気付かなかった」
慌てる私の耳に、どことなくふわふわしたかわいらしい声が届く。
飛んできた人……の声じゃないね。この人は気絶しているし、そもそも体格のいい男の人だから声の持ち主じゃないと思う。
なぜか吹き飛んできた人をそっと地面に下ろすと、その先にいたのは声と同じくふわふわした髪の女の子。
眠そうな目からは、どこか不思議そうな雰囲気を感じる。
「大丈夫?」
「う、うん。大丈夫!」
これでも頑丈だからね。それに、多少なりとも力持ちでもある。
精霊使いを目指しているとはいえ、田舎の山育ちの私は体力にも少し自信があるのだ。
「嘘だろ……」
「協奏者が新入生に負けた……?」
なんか周りが騒がしい。
なんだろう。協奏者? というか、ここの生徒たちが遠巻きに私たちを見ている気がする。
私たち……ではないか。このふわふわの女の子を見て驚いている?
「あなた新入生でしょ?」
「え? は、はい! シエル・アルモニア、一年生です!」
「私も一年生。周りがうるさいからあっち行こう」
女の子に手を引かれて人だかりの輪を抜ける。
いいのかな? なんか飛んできた男の人とか、この子を見てざわついている人たちの相手は?
というか、この子も一年生なんだ。制服の色が違うからてっきり上級生かと思ったよ。
彼女の制服は私が着ているものとデザインこそ同じだが、こちらの黒色と違って綺麗な深紅色。
それに周りにいた人たちも、青や緑や茶色っぽい制服を着ていたよね。
「……」
喧騒から抜けて女の子が振り返ると、眠そうな目を見開いてぱちぱちとこっちを見ている。
あれ、なにかおかしかった? もしかして、寝ぐせでもついてるかなあ。
「あなた。その服」
「え? あ~……やっぱり、ちょっとしわがついてるよねえ」
精霊くんのおかげで濡れなかったけど、しわをとっている時間まではなかった。
目立たないと思ったんだけどなあ。こうして近くで見られると気付かれてしまうみたい。
「まだ決めてないの?」
「決める……って何を?」
要領を得ない質問を聞き返すと、女の子は眠そうな目に戻ってゆっくりと口を開く。
そこで私はこの学校の歪な風習というものを知ることとなった。
「その制服を着ている人。他にいないよ?」
「え、なんで?」
たしかに周りにいた人たちの中で、私と同じ黒い制服の人はいなかった。
でも、それってたまたま一年生がいなかったというだけ……でもないっぽいね。
だって、目の前の子も一年生だもん。
なのに制服の色はまったくの別物。……私、買う服間違えた?
「ど、どうしよう! 違う制服買っちゃった!?」
「違わない。私も最初その色だったから」
「どういうこと?」
思わず首を傾げてしまう。
この制服。魔法繊維だとは聞いていたけれど、それは身を守るためのものだよね?
気分によって色を変えられるだなんて聞いていないんだけど。
「あなた。精霊の属性は知ってる?」
「もちろん! なんたって、今日から精霊使いを目指してここで学ぶんだからね」
当然ながら基礎くらいは知っている。
……残念ながら全部独学というか、精霊くんに聞きながらのものだけど。
『感謝してよね~』
すっごくしてる。というか精霊くんさっきから出てこないね。
魔石の中が気に入ったのか、それともそこで休んでいるのか、声だけが私の耳に届いてくる。
「大丈夫?」
「あ、うん。平気平気。ええと、精霊の属性なら炎と水と風と土でしょ?」
「そう。この学校ではそれらの精霊を使役する技術を学ぶ」
精霊くんが炎だから、他の精霊くん。あるいは精霊ちゃんとも友達になれるってことだね。
次はどの属性の子と出会えるのか今から楽しみ。
「でも、属性ごとに派閥があるから、生徒たちは自主的に関連した色の制服を着てどこの派閥か示す」
「え?」
なにそれ。聞いてない。
じゃあ、私もどれか一つの属性しか学べないってこと?
「あれ? でもたしかこの学校って、四属性の精霊について学ぶ場所って話じゃなかったっけ?」
「噂。聞いてない?」
「あいにく田舎暮らしなもので……」
だ、だけどこの学校が精霊使いを育成する場所だということくらいは知ってるよ?
それもこの国の中でも一番の学校だって。
だから、私がここに受かったときは村の人たちも喜んでくれたし。
「学校じゃなくてあくまでも生徒が勝手にそうしているの。器用貧乏よりも一つを極めるほうが成功しやすいからって」
「へえ。そうなんだ」
それを聞いて安心した。
学校が決めたわけじゃないのなら、私は当初の予定通りに全てを学べるだろうから。
ここの授業は自由に選択できるはずだから、それぞれの属性を満遍なく選んでいこう。
「決めたほうがいいよ?」
「平気平気! 忠告ありがとう。えっと……」
名前聞いてなかったね。
困る私を見て向こうもそれに気付いたのか、不思議な女の子は先に名乗ってくれた。
「トゥリ・エヴァリス。炎属性を学ぶ予定」
「よろしくトゥリちゃん! 私はシエル・アルモニア。四つとも学ぶから制服は黒のままでいいや」
そもそも、色違いの制服ってどうやって用意しているんだろう?
新しく買うのかな? どっちにしろそんなお金はないし、やっぱり私はこの色がいい。
「……気が変わって色を変えたくなったなら、その色の制服を着ている人に声をかければいい。実力がある生徒が魔法繊維を上書きしてくれるから」
「そうやって変えるんだねえ。でも平気。私はこの色で卒業するから」
と思っていたのもつかの間のこと。
さっそく友達になれそうなトゥリちゃんとも出会えて、私は順調な学生生活を滑り出したと思ったんだけど……。
◇
「どうしたの? 精霊も呼べないのかしら」
絡まれた!
ただ、この先輩も別に悪い人じゃないんだと思う。
先輩は私の黒い制服を見て、親切心から派閥や色の替え方を丁寧に教えてくれた。
それをトゥリちゃんのときと同じように、どの属性も学ぶと言った途端に態度が変わってしまった。
「ほらね? 器用貧乏になるだけなんだから、どこかの派閥に属するべきなの」
「い、いえ。そういうのは……」
「あのねえ。あなた悪目立ちしてるわよ?」
それは困る! でも、ここでどこかの派閥に入るとか、そういうのは私は関わるつもりもない。
私は単に精霊くんみたいな友達を作ろうとしているだけ。
精霊くんたちを知ることで、より仲良くなろうとしているだけ。
それなのに、ここで特定の属性の子以外と仲良くしませんと意思表示するのは、なんか違うと思う!
「来なさい」
先輩が地面に声をかける。
すると土がまるで生きているかのように隆起し、人の形を作って……。
違う。本当に生きているんだ。先輩の呼びかけに土の精霊が応えたんだ。
「さすがだな。あそこまで人に近い姿の精霊を呼べるなんて」
「それにしても、器用貧乏の黒がいいなんて意味わからないわ」
「放っておけよ。どうせ落ちこぼれだろ」
ああ……。入学初日からとんでもないことになってきた。
黒駄目!? けっこう似合っていると思ったんだけどなあ……。
落ちこぼれっていうのなら、今から学べばいいだけだもんね!
「一つの属性を極めるというのはこういうことよ。あなたがここを卒業するまでに、どれか一つの属性でもここまでできるように成長しているかしら?」
「あ、それなら心当たりが」
「はあ? 見栄を張りたい気持ちはわかるけど、そんな嘘に騙されるはずないでしょ」
「い、いえ……本当に」
精霊くんなら、かなり人っぽいしいけるよね?
というか精霊くんしかいない! 他の精霊たちは、もっと自然現象に近い姿しか見たことないからね。
そっかあ。あれって精霊使いとして未熟な証だったのかあ。
やっぱり、私には基本的な知識すら足りていないんだろうね。
魔力の資質とかで合格した学校だけど、きっと周りは私よりすごい精霊使いしかいないんだろう。
だから私は全部学びたい。そのためには、ここで私もわりとやれるんだって証明ないとね!
「精霊く~ん! 助けて~!」
「情けない声出すんじゃないわよ。それは降参ってことでいいの?」
先輩の呆れた声。それはぱちぱちと音をも焦がす炎によって遮られる。
初めはほんのわずかな火種にすぎないけれど、それがどんどん燃え広がって校庭には巨大な火の塊が現れた。
「ちょ、ちょっと! しっかり制御しなさい! そのままじゃ、あなた自身もまずいわよ!」
大丈夫。先輩は心配してくれているけれど、私はこの炎のことを知っているから。
現にこの炎は誰に触れることもなく、魔力や大気だけを燃やして広がっている。
そうして炎は踊るように姿を変えていき、最後は私がよく知る彼の姿に変わった。
「入学初日から悪目立ち。今朝言ってたこととやってること全然違うよね~。だから、人間って意味わかんない」
ち、違う! 私も好きで目立ってしまっているわけじゃなくて、いろいろと不幸なすれ違いがありまして……。
ま、まあ仕方ないよね。どうせ避けては通れなかった道なら、早めに意思表示するのは大切だから!
「……喋る。精霊?」
先輩は目を見開いて驚いている。
それに周りの人たちも、なんだかさっきよりもざわざわとしているね。
ってことは、やっぱり精霊くんのほうが人間っぽい姿ってことだね!
よかったあ。精霊くんって実は本当に存在なんじゃない?
「聞いたことないわ。精霊が言葉を発するなんて」
「え、珍しいんですか?」
「そんなことも知らないなんて、あなたどんな田舎に住んでいたのよ」
自然豊かな田舎です。いいところなんです。
ただ、やっぱり私の知識はだいぶ不足しているっぽいなあ。
これから学んでいきたいけれど、果たしてこの学校でやっていけるんだろうか……。
「そんな強力な力を持っていながら知識はない。あなたみたいな生徒こそ、特定の派閥で仲間に教えてもらうべきなんだけどね」
「そ、それは……」
それでも私の意思は変わらない。
私は精霊と友達になる。そんな友達をどこの派閥だからって選り好みしたくはないんだ。
「制服の色はそのまま敵味方を表すわ。このままだと、あなたの真っ黒な制服は味方が一人もいない証になるわよ?」
「大丈夫です! どの色も混ぜればみんな黒くなりますから!」
「……はあ、もういいわ。」
先輩はついに折れたらしく、土の精霊を崩してから去っていった。
忠告してくれていたんだろうねえ……。
まいったなあ。この騒ぎを見られた以上、私以外はみんな敵なのかあ。
よし、決めた! 全員仲間に引き込んじゃおう!
この黒い制服のようにどの色も全部吸収してしまえばいい。
赤も青も緑も茶色も、全部全部混ぜて真っ黒に染めてしまえ。




