9・二度目
「いいんだよ。いいんだ。何も気にするな。」
「でも・・・・・・お母さん・・・・・・アンナニ痩せコケタ姿シテタ・・・・・・あれ、あたしのせい・・・ダヨネ・・・。」
「おまえのせいじゃねーよ。何でもかんでも背負うのやめれば?」
少し呆れたようにナナカとパソコンのコードやプラグをつなぎなおしてからパソコンの前で肘をついた。
「何・・・・・・それ・・・・・・ムカツク・・・・・・壹也のクセニ・・・・・・コンナノ、いつもの壹也ジャナイ!」
「はあ?」
余りにも突拍子もない言葉が出てきたため、壹也はずるりとこけそうになった。
「壹也は・・・・・・いつも優しクテ、いつもヘタレデ・・・・・・あたしにコンナ厳しい事言う人ナンカジャナイ!」
「厳しい事なんか何も・・・・・・ただ、俺は・・・・・・お前が何でもかんでも背負うのは荷が重すぎるんじゃないかと思っただけだよ。」
少し困り顔になって壹也は奈々香を説得しようとするが、奈々香はこちらを向いてくれない。
ロボットの顔を必死に動かして壹也から顔を背けていた。
「・・・・・・今、壹也ガ・・・・・・あたしの知らナイ男の人ミタイデ・・・・・・恐い・・・・・・初めて、壹也を怖いト思ッタ・・・・・・あたし達の時間は変わらないト思ッテタケド、いつからコンナニ差ガデキチャッテタンダロウ・・・・・・」
なにかぶつぶつ呟く奈々香の声も口の動きがないと全く聞き取れない。
「え?何だよ?それにヘタレって・・・・・・。」
壹也は自分の事をどちらかといえば、だが、ツンデレ系だと思っていたが、奈々香から見た壹也はヘタレ系だったらしい。
女子になかなかアタックのできない典型的な草食系男子ってことか・・・・・・と後ろ頭をかいた。
思い返せばいつも奈々香に守られている自分がいるのを思い出してため息を吐くと、パソコンの電源を入れた。
パソコンはエラーしたのかエラー画面がやたらと長く出てくる。
「ッ!!壹也!電源切ッテ!パソコンの電源、早く!!」
ナナカの様子がおかしかった。
ロボットなのに痙攣をしているみたいだ。
慌ててパソコンの電源を落とすと、それも止まった。
「奈々香!?奈々香、おい、大丈夫かよ!!」
「ン・・・・・・何トカ・・・・・・。」
「何が起きたんだ?」
「解らない・・・・・・デモ、ナンカいきなり意識が飛ばされて・・・・・・削除されテクミタイダッタ・・・・・・。」
「大丈夫・・・・・・なんだよな?」
「あたし・・・・・・はネ。それより、あなた・・・・・・誰?」
奈々香の質問に戸惑う壹也。
「何、言ってんだよ?壹也だろ?俺の名前も忘れたのかよ?」
ナナカは頭を振った。
「あたしの知ってル壹也は、ヘタレデ、無愛想ダモン・・・・・・今、ココニイル壹也は、ヘタレでも、無愛想デモナイ・・・・・・その顔は、ナナカちゃんニシカ見せないノ?あたしは、壹也の事、知ってルつもりデ知らないノ?」
壹也はすべてを決心した。
覚悟せざるを得なかった。
奈々香の思わせ振りな態度に何もできない悔しさと、何も知らないくせにという奈々香への憎しみとがあふれ出てきてしまったからだ。
引かれても仕方ない。
このままの関係が続くほうが、半殺しみたいな生活が続く方が、嫌だと初めて思ったのだ。
「いい加減にしろよ・・・・・・そーゆー思わせ振りな態度とか、発言とか全部!なんなんだよ!?俺の全てを知っているって!?何がだよ!」
「・・・・・・!?壹也!?」
「そうだよ!俺はお前が好きだよ!それ言ったからって俺がおまえの彼氏になれるわけでもねーだろ!なのにお前は俺を惑わせて、楽しいか!?だいたい何で男の部屋に1人でくるんだよ!?バカじゃねーの!?自分が女だって自覚ねーんじゃねーの!?」
「壹也・・・・・・怖い・・・・・・!」
言いたかったことを一気にぶちまけた壹也は、ナナカから顔を背けて呟いた。
「わかったら、これ以上俺に期待なんてさせんな。虚しくなるだけだから・・・・・・。」
「ゴメン・・・・・・ヤッパリ、気分悪いヨネ・・・・・・中途半端な気持ちデ・・・・・・本心キカレルナンテ・・・・・・あたし、ついつい試してタ・・・・・・壹也があたしヲ必要としてクレル事・・・・・・凄く嬉しかったカラ・・・・・・。デ、デモネ?あたし、壹也ノ事、困らせようトしてたワケジャナイノ・・・・・・壹也の事・・・・・・男として・・・・・・異性として見なかったワケジャナイ。」
壹也は、何が言いたいのかわからない奈々香を見た。
「奈々香?」
次の瞬間、何が起こったのか理解できなかった。
ナナカは倒れていた。
「奈々香!!」
「プログラム エラー プログラム エラー NANAKA.Program@New_NANAKA.Program-nvpj@ann/v_bibasiphvmw: ハ 実行不可能デス 新シク プログラム ヲ インストール スルカ 打ち直し ヲ シテクダサイ コノ プログラム ハ 後 10秒 デ 破損 シマス 現在使ワレテイル 予備用 NANAKA.Program-nene モ 後 約 20秒程 デ 使用不可能 ト ナリマス コノ プログラム ガ 破損 シタ 場合 機械本体名 ナナカ ニ 支障 ガ 出ル 可能性 ガ 含マレテイマス。」
目を赤く点滅しながらかなり危ないジジッという音をたてているナナカを持ち上げてどうしていいかわからない壹也はたた呆然と奈々香というコントローラーを失って壊れ行くことしかできない機械を眺めていた。
それしかもう今の壹也にはできなかった。
プログラムを初期化すればナナカは助かるだろう。
でも、奈々香はどうなる?
「・・・・・・5・・・・・・4・・・・・・」
嫌でも壹也の耳に強制終了のカウントダウンが入ってくる。
「3・・・・・・2・・・・・・1・・・・・・強制終了開始 シマス。」
ブブブ・・・・・・ブン・・・・・・。
そしてそれっきりナナカは動かなくなった。
「うわぁぁああああああああ!!!!」
壹也は叫んだ。
ただひたすらに叫んだ。
叫ぶしかできなかった。
これで二度目となる。
“また”自分の目の前から奈々香を失ったのである。
「ぁぁああああああぁぁぁぁぁあああああああ!!」
そのうち親が駆けつけて押さえつけ、壹也自身が壊れるまでその叫び声は続いた。
「壹也!周りの人たちのご迷惑になるでしょ!母さんのところまで息子がうるさいって電話があったのよ!何度もかかってくるから母さん、今日は仕事切り上げてきちゃったんだからね!わかってるの!?」
壹也は何も答えなかった。
普段何をしていてもこんなに早くは帰ってこない両親がだ。
こんなに早くに自分を押さえつけるためだけに帰ってきた。
「壹也、何があった?父さんに話してみろ。」
話したって信じやしないだろう。
大体二人してこういう時だけ親ぶらないでほしい。
いつも俺が何をしてても無関心だったじゃないか。
壹也はベッドに横たわって、「ごめん。オトウサン、オカアサン。」とだけ言った。
二人はため息をついて部屋から出て行った。
しばらくして電話が入った。
それには壹也の母が電話に出たが、後に呼ばれた。
「奈々香ちゃんの容態が急変して危ないんですって!」
今更植物人間が?
でも、もしかしたら・・・・・・いやだ。
逝くな、奈々香!!
その一身で壹也は何も持たずに走り出した。
途中母親とぶつかった。
「きゃ!」と言われた。
それでも振り返らずに走り続けた。
病院に駆け込んだ時、奈々香は薄目を開けていた。
意識は戻ったらしい。
でも、奈々香の母親は泣いている。
生きているのに・・・・・・ナゼ?
ああ、きっと嬉し泣きなんだ。
「壹也・・・・・・君・・・・・・。」
「おばさん・・・・・・奈々香は・・・・・・奈々香は無事なんでしょ?」
「ええ、一応ね・・・・・・でも、何も聞こえていないし、見えていないらしいわ・・・・・・。」
「でも・・・・・・生きてたんだから、いいじゃないですか・・・・・・なぁ、奈々香。」
奈々香の手を握った。
すると奈々香は壹也の手を握り返した。
「い・・・・・・ち・・・・・・や?」
呼ばれた自分の名前に驚く。
「そうだよ、俺だよ!わかるか!?奈々香!」
強く手を握り返した。
「みぇない・・・・・・きごえない・・・・・。」
発音が少しおかしくなっている。
さっきの“ち”も限りなく“てぃ”に近かった。
それでもかまわなかった。
「生きてて、よかった・・・・・・。」
大胆にも壹也は奈々香を抱きしめ、奈々香もそれに答えた。
奈々香は視力も聴力も失ったが元気になった。
それだけで壹也には十分だった。
「いーちやーどこぉ?」
「後ろ。」
肩に置いた手を伝って、奈々香は壹也の顔に触れて言った。
「見つけたー・・・・・・老けたねぇ、お互いにぃ。」
子供のようにそう言って奈々香はへにゃっと笑った。
もう、あの事件から数年が経過していた――……。