5・責任逃れ
焦りすぎて自分で何を言っているのか理解できずにいると、おばさんは顔色を変え、壹也の部屋に奈々香がいることを確認すると携帯を取出し、119に電話をかけた。
そう、壹也は携帯があることさえ頭が回らずにいた。
きっと奈々香の母親が家にいなかったら壹也は病院にだって走っていっただろう。
救急車が到着した頃には奈々香はピクリとも動かなくなって、このままだと九死に一生。
その一生で助かっても、脳生涯がでるだろうと言われた。
気が付いたら祈るような形で椅子に座り込んでいた。
気が付いたら病院の待合室にいた。
どこの病院だかわからない。
壹也は急に寒さを感じて身震いした。
壹也の体はびっしょりと濡れて、冷えきっていた。
それさえも気付かずにいた。
ただ、奈々香が無事であることだけを祈った。
おばさんが蒼白な顔色でふらふらとやってきた。
「奈々香は・・・・・・。」
顔を上げた瞬間に口を接ぐんだ。
ダメだったのだと・・・奈々香は死んだのだとその表情から壹也は読み取ったのだ。
その顔に感情がなければ血の色さえ失せている。
するとおばさんがちらりと壹也を見てから疲れ切ったように笑った。
「あ・・・・・・ああ、壹也君・・・・・・奈々香はね・・・・・・平気よ。」
壹也は驚いた。
ならばなぜ、そんな顔をするのか。
尋ねたかったがそこはこらえ、口をつぐむ。
「ただ・・・・・・ただね、奈々香の意識が戻らないの・・・・・・。」
勝手に話しはじめた彼女は壹也を無視して話を進めていく。
「最近はもう母子手当てもないに等しいし、旦那からの育児金もこなくなった。このままだと・・・・・・奈々香はしばらくして意識が戻らなければ死んでしまう。そうならないためには病院につなぎ止めておかなきゃ・・・・・・ああでも、二人の生活だけでもいっぱいいっぱいなのよ?どこからそんなお金・・・・・・。」
彼女は自分に言い聞かせるようにしゃがみこむと、うなるようなむせるような声を上げ、泣きだした。
「どうすれば・・・・・・どうすればいいのよぅ・・・・・・。」
ひどく頼りない彼女の姿を見て奈々香が気の毒になった。
気が弱くて愚痴ばかり吐き出すマイナス思考の母親。
普通なら家を飛び出すだろう。
嫌になって逃げ出すだろう。
でも奈々香はそうしなかった。
優しい彼女は自分がしっかりしなきゃと言い聞かせて、自分が脆くなっていたのだ。
そんな自分を保つために何度も何度も壹也の部屋を訪ねて来たのかもしれない。
本当はもっと早くから求められていたのかもしれない。
「ありのままでいい」と言われるときを。
望んでいたのかもしれない。
「いやだ・・・・・・。」
壹也は微かにそう言った。
それから自分にできる精一杯の声で言葉を紡いだ。
視界がぼやけて見えなくなってきた。
鼻もつまって息がしずらい。
それでも紡いだ。
自分の精一杯の気持ちを・・・・・・。
「いやだ・・・・・いやだ・・・・・・死ぬな!戻ってこい!奈々香!」
何度だって伝えてやる。
何度だって言ってやる。
ありのままでいいと、頑張りすぎなくていいと、何度だって何度だって言ってやる。
だから・・・・・・。
「戻ってこい・・・・・・奈々香・・・・・・!」
最後は泣き声に震え、擦れて言葉ではなかった。
発されたのはただの音・・・・・・言葉単体では理解できないただの・・・・・・音。
だんだんむせて苦しくなった。
生きている。
ただそれだけが頼りで、二人は泣き続けた。
疲れてお互いに無心になるまで。
しばらくして壹也はぼんやりとつぶやいた。
「・・・・・・ごめん・・・・・・なさい。奈々香がああなったのって俺のせい・・・・・・ですよね。」
俺が、頼りなかったから・・・・・・そう付け加えようとして、無駄口だと思い、そのまま口をつぐんだ。
思い直したのだ。
自分が頼りないから?そんなこと言ってどうする?
俺は彼女の彼氏じゃないんだぞ。
だいたい、あの状況で俺が別の性格の人物だとしても、何かできたのかよ?・・・・・・と。ならいっそ下手な言い訳などしないで罵られようと思った。
でもどこかで、彼女の母親だって頼りない点でも自分を攻められないだろうと思った。
思っていた。
だから怒られもしないだろうと・・・・・・。