7話 私の太陽
「ありがとう。助かったわ、クオン。」
鎖が千切れ拘束から解放されたカリンは、力ずくで手錠のリングをねじ曲げ手足から外しながら立ち上がって言った。
「随分と落ち着いてるようだし、あまり危機感を感じてなかったみたいね。もうこの男に気を許したのかしら。」
ついさっきまで自分を拘束し、散々羞恥に苦しめたレイジから解放されたにしては、カリンはかなり余裕のある様子を見せていた。解放された瞬間彼から距離をとることも、彼に怒りをぶつけることもなかったのがその証拠だ。
カリンは、レイジがクオンに勝てば、ここに戻ってきて自分を解放してくれると期待していた。彼のさっきの言葉を聞いて、彼は自分のヒーローだと思っていたのだ。彼には勝ってほしい、そして自分を助けにきて、その言葉が本物だとわかりたい。そう思っていた。
しかしもし彼が負けたらと思うと気が気でなかった。
今カリンが望むのはレイジの勝利のみ、自分はこのままで構わない。だから今クオンに助けられてもリアクションが薄く、内心がっかりしていたのだった。
「そんなことより、さっさと勝負開始だ。ルールは殺し合いなんて物騒なものにはしない。とりあえず外に出るぞ。」
そう言ってレイジは部屋から出て海岸に向かった。今は4月の初め、海開きはまだまだ先で、海岸には誰もいない。店の品を漁り、水鉄砲と団扇を2つずつ、男性用と女子用の水着を1着ずつ持ちだした。
「この団扇の持ち手を背中側からズボンに入れる。でもってこの水鉄砲にイカスミを入れて撃つ。先に相手の団扇を少しでもイカスミで汚せば勝ち。射的能力と奇襲性が試される、安全な勝負だ。失格となるのは自分で団扇を取ることと審判のカリンに手を出すこと。相手の団扇を奪おうがその剣で斬りかかろうが海の中に潜ろうが反則にはならない。だが俺はこの水鉄砲以外の道具を使わないし殴りもしない。代わりにお互いの行動範囲を広げた。勝負の説明は以上だが、これでどうだ?」
「問題ないわ。勝負の内容は私が決めたかったけど、残念ながらあなたほどの発想力はないし、なかなか面白そうだし。むしろそれであなたに勝算があるなら、ぜひ見たいところよ。」
相手にとっての得意分野であり、負けるビジョンのない勝負を持ちかけられて乗らないものはない。そんな勝負を仕掛けて勝利することで、レイジの強さを証明する。だからレイジの勝負に乗らないことが勝利に必要なことだというのはわかっていたが、自分で考えたなんの面白みもない勝負より、相手の提案した面白そうな勝負をしたいと思った。
普段はいっときも気の抜けない戦場を生き抜いているクオンは、それでも高校生なりたての年頃の少女。そのときほどの緊張感の必要ない、こんな勝負ができることに心を踊らせているのだ。
「それじゃあ早速準備してきてくれ。制服を汚すわけにいかないだろ?」
そう言ってレイジはクオンに水着を渡した。
「着替えてくるのよね? その間に私、水鉄砲の用意しておこうか?」
「いや、それは俺がやっておく。カリンも着替えてきてくれ。さっきの部屋の机の上に紙袋置いてあるから。」
レイジは着替え終わり、水鉄砲にイカスミを入れ終えていた。なかなかに臭い。顔に浴びせれば、降参するのではなかろうか。そう考えたりしているうちに、クオンが戻ってきた。
何の変哲もない、スクール水着姿にリアクションに困ってしまった。
「何か言いなさいよ。」
静かに怒りを向けるクオンを余所に、カリンが戻ってくるのを待った。
「お待たせー」
戻ってきたカリンは白いビキニ姿だった。その姿を見たクオンの瞳のハイライトが消えた。
「何?私はスク水でカリンはビキニ? 私のボディには魅力がないっていうの?」
クオンがレイジにジリジリ迫る。
「いや、カリンの分しか買ってこなかったし、そもそもこいつが市販のスク水着れると思うか?特注じゃなきゃ無理だと思うぜ。」
悔しいが一理ある。クオンはそのまま引き下がった。
「ちょっと、買ってきたって何よ!?」
「ああ、お前を連れて帰るとき友達に買ってきてもらった。」
カリンが聞きたいのはそういうことではないが、このビキニを選んだのがレイジではなかったことに少しショックを受けていた。
「まあいいわ。で、どう?」
カリンはもじもじしながらレイジに聞いた。
「よく似合ってるじゃん。お前のことを知らない男たちからナンパされまくるのもわかるわ。」
カリンは照れくさそうに頬を掻いていた。
「やっぱお前は可愛い服の方が似合うな。サラシなんか巻いてないでもっとおしゃれしてもいいと思うぜ。」
口が滑った。カリンの顔が急に強張った。
「やっぱり見たんじゃない! 最低! 最低よ! この世紀末犯罪者!」
そう言ってカリンは泣き崩れた。
「ふふっ……やっぱり男は胸なのね……」
クオンはクオンで目が虚ろになっている。勝負を始める前に敗北感を味わせてしまったようだ。
「いや、そんなことはないぞ。尻とかくびれとか腋とかいろいろあるじゃないか。」
「もういいわ! 女性をそんな卑猥な視点からしか見れないその瞳を塗り潰してあげる!」
クオンはレイジから水鉄砲と団扇を奪い取った。
「んじゃそろそろ始めるか。団扇を差して銃を持ったら背中合わせに立つ。同時に3歩進んだらスタートだ。」
「それでは始めるわ。1、2、3歩。スタート!」
カリンの合図で勝負が始まった。
すぐさま間合いを詰めたクオンは水鉄砲をもう一つ取り出しレイジの両目をめがけて連射した。
「痛ええええ! 目が、目が痛え!」
クオンが撃ったのはイカスミではなく催涙スプレー。まともに目に入ると激痛がはしり何も見えなくなってしまう。
間髪入れず、彼女は薔薇から剣を生み出し斬りかかった。
クオンの能力は影を生む薔薇。影を生んで自分を包むと真っ暗になる。その状態でならば別の影に潜り込むことができる。暗闇の中ならば、完全に姿が見えなくなる。そして花弁の1枚1枚が小柄ナイフに、茎が大きな剣に変化する。
レイジは目がやられても、相手の心は読める。彼は1度目の斬りかかりを間一髪回避するが、クオンはそのまま彼の影に潜り込む。
太陽を背に向けなければ、前以外から影から飛び出してすぐ背中を撃たれてしまう。眩しい方向を探そうとしたが、突如周囲が真っ暗になった。クオンの能力でレイジの周囲に影のドームが張られたのだ。
無機物である太陽の様子は読み取ることができない。レイジは影のドームから脱出するしかないが、確実に太陽と反対側に出なければならない。
抜け出した位置が太陽の正反対以外だったならばその瞬間、影から飛び出したクオンに背中を撃たれる。
これはクオンからの挑戦だった。
何も見えない状態で、ただ1つの出口から抜け出せるか、抜け出して、それでも目の見えない状態で勝負を続行させられるかどうかという。
しかし、彼にはもう1つ太陽があった。自分の影に潜られたら、太陽に背を向け自身の影を体の正面にもっていく。それがクオンと戦うときの定石だと知っているカリンは、無意識に太陽の位置を把握する。
カリンが太陽の位置を探していることはレイジにもわかる。カリンを通して、レイジは太陽の方向を把握し、すぐさま反対方向に走りだした。
影に潜っているクオンにも太陽の位置はわからない。だからこれは賭けだった。レイジの影に潜ったままレイジは走りだし、ドームの外に出る。その瞬間クオンは影から飛び出し、イカスミ入りの水鉄砲を向けた。
太陽と反対側に向かって走れば、影は自分の前を動く。クオンが飛び出したのはレイジの背中ではなく正面だった。
「残念。賭けはあなたの勝ちね。でも、勝負はこれからよ。」
クオンは再び催涙スプレーを取り出し、レイジの目に向けた。
トリガーを引いた瞬間、レイジは持っていた水鉄砲を投げつけた。
水鉄砲は催涙スプレーの砲身に当たり、放出した液の軌道が逸れる。
クオンはレイジの投げた水鉄砲を拾いにいくが、レイジはクオンの背後をとり、もう一つ水鉄砲を取り出した。
噴出したイカスミがクオンの背中の団扇に直撃した。
「勝負あったな。」
「まさか水鉄砲を2つ持ってたなんてね。最後の最後に油断したわ。」
クオンはしてやられたようだ。
「でも、よく太陽の方向がわかったわね。当てずっぽうというわけではないでしょう?」
「カリンが教えてくれたのさ。」
「影に潜られたとき背後をとられないようにするには、自分の正面に影があるように、つまり太陽の反対を向かなければならない。それを知っているカリンは無意識のうちに太陽の位置を把握したのさ。そしてそれを俺が読み取った。」
「そういうことね。でも、楽しかったわ。あなたがヘキサフリートに入れば、面白いことになるかもね。」
「俺が、ヘキサフリートに、か……」
考えてもみなかったが、確かにこのメンバーの仲間になるのも悪くないかもしれない。
だが、残りのメンバーの情報も集める必要があった。
「この後残りの3人とも勝負することになるんだろ? その結果次第で、俺が今後どうするかを決めることにするか。」
1人忘れている気がするが、戦う前に逃げだした最弱のことなど知らない。
「その3人はもう着くみたいよ。今コンビニにいるみたい。」
携帯を取り返したカリンは、メンバーと連絡をとっていた。
顔と名前はわかっている。
そして彼らは以前ヒカリから情報を得た、不良相手に大騒動を起こした一味でもある。
厄介なことになるのは、避けられないようだ。