65話 決戦のとき
六月三十日、土曜日。時刻は午後一時五十分。今日は待ちに待ったトシヤとの、S+ランクの一人目との勝負の日だ。
火曜日の夜、完全な計画を練り上げたレイジは知り合いのほとんどにスマホで一斉にメッセージを送った。
今週の土曜日午後二時より、三門玲司と赤羽十四哉の勝負を行う。興味のある人はぜひ参加を。
内容はこれだけだ。会場の地図と画像は添付しており、そこに写っているのはレイジの居候先の近くの海岸だけだ。
以前クオンたちと戦った場所ではあるのだが、事情を知らない人からすれば何をするのか想像もつかないだろう。現状のSランク最高位とS+ランク四人中四位の対決というからには相当派手なものだと想像しているだろうが、そんなことができると思わしきものが海岸の近辺には存在しない。
勝負の中身の見当がつかない一方で開放された空間での勝負なら何でもありだろうと考える人もいた。いずれの予想にもレイジはSNS上でも口頭でも当日まで誰にもネタを明かすことをしなかった。しかしレイジはレイジで対戦相手であるトシヤ以外の送信者の参加状況は当日まで知ることはなかった。
そして今は勝負の始まる十分前。すでに多くの高校生が砂浜にぞろぞろと集めってきていた。レイジがメッセージを送ったのは知り合いの能力者かつ連絡先を知っている者のみだ。ゆえに招かれた参加者は皆少なくとも能力者であるEランク以上の高校一年生であり、それ以外の学年もしくは無能力者のFランクの人間は皆招かれざる野次馬だ。
適当に情報が拡散されたのと、たまたま通りすがったら人が集まっているのが見えてやって来たという経緯だろう。結果レイジの知らない能力者も何人か集まってきたのだが、それは大歓迎だ。
開始五分前になったので、レイジは全体に聞こえるようマイクを持って喋り出した。
「あー、ようこそ小見宿市へ。早速ルールの説明なんだが、まずは参加希望者は集まってほしい。ただし参加資格があるのは能力持ちの高校一年生のみだ。」
海岸に来た人たちは全部で五十人はいたが、その中で参加するためにレイジの周りへ集まったのは、やはり彼が知っている人たちだけだ。全部で二十七人。レイジとは会話したことはなくとも、最低でも一度は顔を合わせたことのあるメンバーだ。
「よう、久しぶりだなレイジ。トシはまだ見てないぜ。十四時ちょうどに着くって言ってたからな。」
Sランク最初の一人でありヘキサフリートの一角ワタルは、トシヤのことを伝えるべく真っ先にレイジの元へ向かった。するとワタルは遠目では見えなかったロープが、砂浜に打ち込んだ杭のリングを通して結ばれていることに気がついた。
「貴様のことだから決闘の場はここにするとは思っていたが、またお洒落なことでも考えているのか?」
「トシヤが来る前に説明するか。」
レイジは不自然に盛られている砂山に手を突っ込んだ。そして中から、一つのボールを取り出した。
「このロープで仕切られたコート内で、俺とトシヤは一対一のドッジボールを行う。外野はここにいるみんなだが、参加するもしないもコート外ならどこに行ってもオッケー。外野同士ボールを取り合うのもありだが、外野が直接内野の二人に当てるのはノーカウント。」
そう。この勝負は完全なタイマンというわけではない。外野が何人いようがレイジとトシヤのどっちの味方になろうが、純粋な一対一ではない時点で能力による力の壁は成り立たなくなる。そんなルールで勝ってもトシヤよりレイジが強いという結論には至れないが、絶対的にレイジが有利になっているというわけではない。
何より特徴的なのが、外野による攻撃が無効という点だ。普通のドッジボールは内野と外野両方に攻撃の権利があり、敵の内野の三方を外野で、残りの一方を内野で囲うという形態であるが、今回のルールは外野に敵味方の概念がない。
敵と味方の明確な線引きが存在しないため、捕った球をその都度どっちに渡すのかが自由に選べるのだ。
集まった能力者がどっちの陣営につくか。このことには多くの心理が働く。勝ってほしい側につく、有利な側につくなどといった心理が、外野の分散の仕方に影響を与える。
絶対的な統率力を持つトシヤにこのシステムを設けた勝負で勝つことで、彼の一番の強さを越える力がレイジにあることを証明するのが彼の意図であり、そのために考案した見えない勝機のある勝負だ。
「いいのかよ、そんな勝負で。トシの能力知ってるんだろ? 瞬殺されるに決まってる。」
周りからの下馬評はどれも低いものだった。それでいい、それでこその策なのだから。仮にトシヤに狙いが見抜かれていても、ここまで自分に有利だと思われている勝負から逃げるなんてことはできないだろう。もっともどんな勝負であっても負けない自信があったのだから、一ヶ月の猶予を与えてきたのだが。
「とにかくやるならやるでコートに集まれ。トシヤが来たらすぐに始める。」
気晴らしのウォーミングアップ程度にレイジは真上にボールを放り投げてはキャッチするのを繰り返し始めた。
あえて自分を不利にして外野を多く味方につけようというのか、圧倒的不利にするために味方を減らそうとしているのかなど、様々な思惑が飛び交っている。
真っ先に動いたのはイブキだった。彼女はレイジ側のコートの真後ろについた。
「そこでいいのか、イブキ。」
「あいつの顔も見たくないけど、背中を見るのが嫌なだけ。守られてるみたいで腹が立つ。」
イブキの場合は特に顕著に表れるが、レイジとトシヤ二人への意識次第で加わる陣営が決まっていくのもありだ。彼女が本当は狙っている外野からの攻撃は、ヒットとは扱われないが反則になるわけでもない。だから勝負の行方はどうでもいいが、個人的にぶつけたい相手がいるならばその敵の陣営につくというのもあり得る。
こんなルール、万が一にもドリームアカデミーにいたころには選べないだろうとレイジは考えていた。
周りが全員レイジを取り囲み、次々とボールをぶつけてくる。内野が直接当てない限り勝負は終わらないので、いつまでも外野から当て続けられるだろうと思う。それで勝てないと思い込むわけではないが、味方が誰もいないというのは心をくるものがある。
この島に来て初めて出会った人、その人がいま、自分の味方になっている。本来のルールであれば自分の背中を見ているのは敵である証なのだが、イブキはトシヤの球を正面から受け止めレイジに渡そうと考えてここを選んだ。つまり彼女は紛れもなく彼の味方になっている。
だからこの島に来て良かった。色々な仲間に会うことができた。イブキが動き出した後、続くように一人、また一人とコートに向かう。トシヤの幼なじみであるがゆえに敵につこうと考えている人もいるが、決してレイジを嫌って敵につく人はいない。そして自分の力になろうとしてくれる人が少しずつ増えてくる。
それもこれも、レイジの実力が評価されたからこそだ。夢を叶えることばかりに没頭し、悪夢の瞳を持っているからという理由一つで彼を追放しようとしていたあの町とは違う。
この島は能力という形で人の能力に明確に序列をつけている。ほんの一握りであるSランクの一員になれたこと、能力者ならば他校の生徒とも親睦を深めたり競え合えたりしたこと。そのすべてが、彼はこの島に偶然にも辿り着いたことに感謝がしたかった。
そして今、その仲間たちの期待に応えるために、最大の決戦を迎えようとしている。
午後二時、約束の時間がやって来た。
「待たせたな。しかしまあ、想定以上の人だかりだな。」
以前会ったときと同じ階段を下りてトシヤがやって来た。人だかりの視線が一気にトシヤへ寄った。S+ランクの四人衆、四天格のリーダーであるがゆえのオーラとも言うべきか。あらゆる人を従える統率力を持った彼は、そこに立つだけで思わず目がいってしまうほどに人々の意識を寄せ集める力がある。
トシヤは勝負の詳細を聞くべく、無言でレイジの側へと進んだ。
「午後二時に始めるってのに二時に来てどうする。もうこいつらには話したけど、もう一度説明するぜ。」
レイジはさっき皆に話したドッジボールのルール、加えて勝負は一度だけ、時間無制限と伝えると、トシヤは自分の勝ち方やレイジの用意していそうな策を考えること数分、レイジの提案した勝負はすんなりと受け入れられた。
「俺の能力を知ったうえで挑んできたのなら見せてもらおう。この鎖を砕く力をな。」
「審判はいらない。というよりここにいる全員が審判だ。」
ボールが首から下のどこかに当たり、そのボールが地面に落下もしくは当てられた人以外がキャッチしたらそこでゲームセットという簡単なルールだが、絶対的に判定したことを通せる人はいない。
たとえボールにかすってさえいなくても、審判が全員当たりと判定すればそれはもう当たりである。
しかしこんな姑息な手を使って勝とうとは思っていない。かといって使わないことを明言するのも駄目だ。だからレイジは勝負の始まる直前にトシヤに警戒させる策として、使われるかもしれないという揺さぶりをかけるためのブラフを仕掛けた。
「ついでに外野も能力の使用は可とする。」
多くの人はやっぱりなという反応をしていた。体育の授業等でも能力を使った活動は数多く取り入れられているので、球技対決に能力を用いることにはそれほど驚きを見せなかった。
「いいだろう。勝負だ。」
先にボールを持つ方を決めるため、じゃんけんを行う。すでに両者の陣地も決まっているので、負けた人に陣地を選べる権利が与えられることはない。
心が読める以上出してくる手が読めるレイジは事実上の後だしによってじゃんけんに勝利しボールを手に入れた。
コートの周りにいるのは全部で十人。ポジションはごちゃ混ぜになっているので一見誰が味方か分かりずらいが、トシヤは直感でほぼすべての外野がどちらに味方しているかを当てていた。
レイジは心を読んで外野それぞれがどちらの味方かが分かっている。
彼の味方になろうとしているのはイブキ、アイコ、カリンの三人で、トシヤの味方はワタル、ツトム、マサタ、キヨシ、トモエ、コスモの六人。残りの一人、クオンは参加こそしたがどちらに加勢するかは決めていない。トシヤの推測では、彼女はレイジ側に味方しているようだった。
「凄まじい光景ね……」
「ホントに。ヘキサフリートと四天格が全員終結しているんだからなあ。」
見学者たちが言うように、参加した外野は皆Sランク以上であり、唯一どちらにも属していないアイコはレイジの創設したネオ・ヘキサフリートのメンバーだ。
その状況も相まって、参加権のある能力者も辞退したり入るのを戸惑ったりしていた。自分の存在が浮いてる感じがして居心地が悪いのと、下手をすればとんでもない争いに巻き込まれる危険性があると思っていたからだ。
「レイジ、大丈夫かな……」
ヒカリは心配そうにレイジを見つめる。
(ここからしか応援できないけど、私はレイジの味方だから。)
ヒカリの心の中の呟きが、レイジの心へ届いていた。応えてあげたいところだが、今はそのときではない。彼は何も言わず、これからの戦いに向けて真っ直ぐにトシヤを見つめていた。
「行くぞトシヤ!」
レイジは助走を取り、両コートを隔てるラインぎりぎりからボールを投げつけた。一歩も動こうとしないトシヤの肩を目掛けて飛んだボールは、彼の手前の虚空から飛び出した四本の鎖に縛られ動きを止めた。鎖が消えると失速したボールは垂直落下し、トシヤは砂浜に落ちたボールを拾った。
「こうなるのは分かっていただろう、レイジ。何か策があるのだろうが、もう次のチャンスはない。」
どんなに力任せに投げてもどこから狙って投げても、トシヤの体に触れることなく鎖で受け止められる。レイジの勝ち目がないことを証明するがいなや、今度はレイジを囲むように三箇所の小さな光の渦が現れ、さっきと同様に鎖が飛び出してレイジの膝から上のすべてを縛りつけた。
視界も奪われ手も動かせない。トシヤがちらりとレイジの後ろを見ると、ワタルが何かを思いついたかのように走ってコートを半周した。そして右手を突きだし、手のひらを磁石に変えた。
純粋の鉄でできた鎖に縛られたレイジは磁石に引きつけられトシヤの方へ寄せられていく。このままいけばむき出しの足にボールを当てられてレイジの負けだ。外野も見学も野次馬も、誰もが諦めていた。
「仲間なんだし、力を貸すわ。」
外野の一人、アイコはレイジ一人では勝ち目がないと気づくと両手から破壊のエネルギー砲を撃ち放ち、鎖を粉砕した。放たれた瞬間レイジは右に進み、ボールを避けつつ鎖から解放された。
どうだ、と言わんばかりの得意顔を見せるレイジに、間髪入れず次の鎖を生み出した。
「それはもう通用しないぜ。」
トシヤの狙いのポイントと鎖の軌道を比較し、飛び出た瞬間に回避を決める。ただ一度だけ成功させられた回避術。その動きさえ考慮した速度と座標から生み出された鎖は、レイジ一人では回避できなかっただろう。
「頑張って、レイジ……」
ヒカリの能力‘深夜零時’。一度起こったことを繰り返す能力によって、一度鎖の回避に成功したという事象を繰り返す。何度伸ばそうとも、鎖は決してレイジの体を捕らえることはなかった。
一方でボールはレイジの後方、イブキの足元の砂にズボリと刺さった。ボールを拾ったイブキはトシヤの体を捉えるが、その間にレイジが割り込んだ。
「退いてレイジ。あなたに怪我をさせるつもりはないわ。」
「お前とトシヤの間に俺がいる意味……考えてみたらどうだ。」
一切和解しようとしないイブキとトシヤに彼の言葉は届かない。イブキはさらに肩や足に力を込め、特大威力の球を投げようとしている。
「ならまとめて吹き飛びなさい!」
狙いはトシヤの正面腹部。球を投げつけようとした直前、レイジは体を左に寄せて右手を引いた。
「何だ、何を!?」
「食らえトシヤ、これが……鎖の砕き方だ!」
猛スピードで飛んでいったボール。その勢いを殺さないようレイジは素早く手を突きだし、真っ直ぐに手のひらを打ち付けた。ボールはほとんど速さを変えないまま、軌道が僅かに逸れた。
そしてボールはトシヤが迎撃用に伸ばした鎖を避けて彼の腹部やや右寄りに直撃した。
ボールごと吹き飛ばされたトシヤは足を砂浜に突き刺しブレーキをかけた。ぎりぎり体はコート外に出なかったが、ボールはそのまま砂浜に落下した。
「今、何が起こったの……」
「レイジはあの一瞬でボールに触れて軌道を変えた。想定外の位置に飛んできたことで、鎖で止められなかったってところね。」
チハヤの計算とは違う所にボールが当たった。レイジの手が当たっていた瞬間は見えなかったが、それ以外に軌道が逸れたタイミングで変化したものはないと見えたからだ。潮風も影響した様子はないのが分かっているので、彼自身が力を加えたと考えるのが自然だろうと考えていた。
「俺の勝ちだ、トシヤ。」
会場から大きな歓声が上がる。足がコート外に出ていないのと砂浜の上に落ちているボールを見て、勝負に負けたことを認めていた。
「お前の敗因はイブキのボールを取ることよりも場外に飛ばされないことを優先した。勝負とは無関係なところで意地を張ったことをな。」
「何にせよ俺の負けだ。一人の力で戦い合えば、こんな結果にはならなかっただろうがな。」
トシヤの言う通り、これは周りの人……アイコ、イブキそしてヒカリの協力があってこその勝利だ。一対一なら勝っていたと言うトシヤに対して、レイジは一人で戦い勝つことにこだわろうとはしなかった。
「世の中本当に一人で戦えるものではない。それをこの島に来て知ったからこそ、俺はこのやり方で戦うことを選んだ。この気持ちは、誰よりも仲間思いのお前になら分かるだろう、トシヤ。」
トシヤはワタルたち幼なじみに目を向ける。そしてイブキにも。けれども何も言わず、背を向けて歩き出した。
「またいつか会おう。」
S+ランクの能力者のまさかの敗北。しかし遠ざかるトシヤの後ろ姿からは悔しさが感じられなかった。この学年の四人だけの最高位。しかしその牙城をレイジはまだ破っていない。
イブキ、コスモ、そしてキヨシ。彼らとの戦いはこれからだ。
「おめでとうレイジ! 凄かったよ、最後の一撃!」
「あれで決められたのはヒカリ、お前がアシストしてくれたおかげだ。ありがとな。」
ようやく一つ、大きな壁を乗り越えた。そしてこれからは、二週間後に迫る文化祭、そのライブに向けての練習に専念できる。なんならここにいる人全員を呼んで披露できるくらいまでに上達したい。
もちろん協力してくれたのはアイコとイブキも同じだ。アイコとはこれからも同僚として活動する仲であり、イブキは次は立ちはだかる壁となる。文化祭後の期末試験。そこでイブキと決着をつける。
初めてだ。ここまで意欲が湧いてくることは。レイジは心から願った。
この島の、この町での毎日が、いつまでも続きますように。




