62話 強み
翌朝レイジは教室に入るとすでにヒカリは席に着いていた。昨日のことはセツナはまだバラしていないようで一安心したが、彼女の性格からして口を滑らすのはどのみち時間の問題だろう。
「おはよう、ヒカリ。」
「あっ、おはようレイジ。」
ヒカリは読んでいた本を閉じて、体を後ろに向ける。いつも通りのことではあるが、この学校での生活の原点でもある。中央寄りの半端な席に着き、誕生日順でたまたま近かったヒカリとの出会いに始まり、今に至るまでずっとこのやりとりをしてきた。
誰も知り合いはおらずほとんどが無能力者のこのクラスで、知り合った後に能力者となる彼女と出会い親しくなれたのは偶然か、必然か。
いや、今のレイジは、この島に来たこと自体が必然的な出来事だったのかもしれないとも考えていた。決して現実逃避のためにやって来たのではない。人の心を覗いては夢や願いを打ち砕く悪夢の力。この力を持っていたからこそ、この島に来る運命になったのだと、彼は思っていた。
「ヒカリ、ちょっと聞いてくれ。」
レイジの顔が険しくなったことに気づくと彼女も真剣な眼差しを向けた。
「俺の強みって何だ?」
ヒカリはきょとんとしている。いきなり強みを教えてと言ってきて、なんてナルシストな奴だと思って呆れているわけではない。単純に質問の真意が分かっていないだけだ。
「……分かった。無いならそれでいいんだ。」
「あるよ。レイジの強み……」
口に出さずとも、彼女の言いたいことは読めている。極端な話、こうして人の心を聞き出せるのが十分彼の強みと言えるのだが、それは分かりきった能力による強さであって誰もが知り得うる強みだ。
彼が知りたいのは内面的な強さ。心読めるという力があることは元々一部の人にしか話さないと決めていて、ヒカリ自身も知らない。今のところレイジが能力を明かしたのはイブキとヒエイ、そしてカリンたちヘキサフリート全員で合わせて八人。
多いように見えるが島全体で八人ということであり、校内で知っているのはイブキただ一人だ。彼らの多くと違って一目でその能力をアピールできるものではなく、黙ってさえいれば誰にも知られない。
もう一つの能力である‘悪夢の瞳’も彼らにしか話しておらず、その力を使っているかどうかもまず気づかれない。
というのも、発動するとき右目が赤く輝くのだが、光自体が微弱なものであるのと、普段から前髪で右目を隠しているのとで端からは見えない。
気づかれずに能力を使えるのも強みといえば強みだが、知らなければまずその強みに気づかないだろう。現にヒカリの答えも、想像したものとはかけ離れていた。
「優しいところ。不器用で、優しいところ。」
「それは喜んでいいのか分からない。でも、ありがとな。」
優しいけど不器用。そう言われるとレイジは心当たりはあることに気づいた。ヒカリに頼まれてミライの悩みを解決するために奮闘したこと。本物のアイドルにはできない恋愛というもので完全劣化、下位互換という悩みの種をなくすために自ら恋人になろうとしたこと。しかしそれは周りやミライ本人からすれば正しいとは言えないことであり、彼女たちを傷つけることになってしまったこと。その一連のやりとりを一番近くで見ていたヒカリにはすべてお見通しだった。
そうだ。あのときだ。ワタルたちヘキサフリートへの加入を断り、独立した別のグループであるネオ・ヘキサフリート。アイコと出会う前でメンバーがレイジ一人しかいなかった当時、突然巻き込まれた組織との戦い。
コスモを狙う組織の存在に気づき、彼らの情報を持っているだろうと思いクオンに電話をかけた。そしてその間に組織に近づかれ、運悪く逃げ切れずに撃たれてしまった。
そしてレイジが病院に搬送され、眠っている間に事件は解決した。奇しくも彼が加入を辞退、拒否したヘキサフリート六人の連携によって。
たった一人で、今となっては二人となったところで何ができる。もしそう言われたとしたら、レイジはこう返すと決めている。
個の力、スタンドプレーが産んだ唯一無二のシナジー。そのポテンシャルを秘めたメンバーで構成された精鋭たちが、世界を救うヒーローになる、と。
「でも、突然どうしたの?」
ヒカリにはまだ伝えていないが、レイジはこの前の校外学習でトシヤに会い、今週の土曜日に彼と一対一で勝負をする約束をしている。しかし内容は決まっていない。
案としては、相手に勝ち目があるように見せて勝負に乗ってくるが、向こうは気づかない何らかの対応策を使って勝つことができるもの。
トシヤの強みはあらゆる状況に瞬時に対応し様々な能力を持つ人たちでも絶妙な指示を出して統率するリーダー性。良くも悪くも大勢を一度に従え意のままに事態を切り抜ける‘絶対連鎖’。
それは能力というよりは元からの資質であり、幼い頃から身につけていた。本来の能力は鎖を操る能力だ。
虚空から鎖を生み出し、伸縮自在の鎖を巻きつける。彼の管理下に置かれている者は皆、首輪を巻かれたかのように彼の思うがままに動いてしまう。意思を奪われるのではない。ただ単に逆らえず反射的に動いてしまうということだ。
そんなトシヤに勝つには、絶対連鎖と鎖そのものへの対策をしなければならない。しかし今のレイジには彼の弱点が見えていなかったから、勝負当日までに何とかして気づかなければならないと焦っているのだ。
「いや、何でもないんだ。」
ヒカリばかりに聞いていても答えは出ないし彼女の迷惑になるだけだ。レイジはそこで話をやめて、高校にいる間は一人頭の中で考えていた。
「久しぶりね、レイジ。」
「……二ヶ月ぶりか? カリン。」
生徒会室で関係のない仕事を押しつけられたレイジが高校を出たのは夕方六時。日が延びて明るく見えるが、ほとんどの部活動は片づけに入っている。電車で一時間半はかかる所からわざわざ来てるというのも変わらず、彼女と初めて会ったときを思い起こすような光景だ。
「ツトムから聞いたわよ。アイコをメンバーに加えたんだってね。」
「俺は本気でお前たちを越えるグループを作るからな。そのためにあいつを選んだ。」
今日来ているのはカリンだけのようだ。もっとも、以前も彼女一人で来るはずが後から勝手にメンバーの一人のトモエが来たということだったのだが。しかし彼女がここに来た目的は、前と同じであった。
「それと聞いたわよ。ヒエイに負けたんだってね。」
まあすぐにヒエイは人にペラペラと話すとは思っていた。仮にも自分たちSランク集団、ヘキサフリートの全員に勝った最強のSランクが、相性が悪いとはいえ並のAランクに成す術なく負けたのだ。納得いかないという気持ちはレイジにも分かっていたが、それだけで再戦を挑みに来るとは思ってもいなかったので驚いていた。
けれども彼の返事は冷静だった。
「俺と戦おうってならしばらくやめておいたほうがいいぜ。俺はこれから四天格全員を倒しにいくからな。」
「四天格を倒すって……どういうこと、レイジ?」
トシヤとの決闘のことはついカリンにも話してしまった。かといって情報が漏れる心配もない。多くの人に知られたところで観客が増えるだけだ。そう思っていたレイジの頭を電流が駆け巡った。
「そういうことね……私たちも見に行ってあげるわ。負けるのは仕方ないこととはいえ、あんまり無様に負けたら承知しないから。仮にも私たちに勝ったんだし。」
S+ランクとSランクの絶対的な壁。それを越えられないのは仕方ないことだが、レイジの評価が落ちることによってカリンたち他のSランクの人の評価も相対的に下がってしまうという被害に巻き込まれるからというのもあるが、内心レイジを応援しているというのは筒抜けで、言葉や態度とのギャップが面白い。
「あっ、そうだカリン。一つ聞きたいんだが……」
「ん? 何よ、私もう帰るわよ。」
本心通りだが、思っていた以上に潔い答えだ。意地を張って勝負するまで帰らないとでも言いそうに思えたが、彼女なりの気遣いであると同時にレイジがトシヤに勝つことでその実力が本物だと受け入れられるから、彼が勝つと信じて身を引こうとしているようだ。
「四天格の……S+ランクの頂点はキヨシ。それで合っているのか?」
一緒に駅へ向かいながらレイジがそう尋ねると、カリンは返答に戸惑った。というのも、形式上はこの学年にS+ランクは四人。四天格の四人でありその頂点に君臨するのがキヨシだという事実は彼も受け入れている。しかしカリンの心の奥には、彼とは比べ物にならない驚異的存在が潜んでいるのが分かっているレイジは一つの予想を立てていた。
近い内に、彼ら四人を凌駕する能力を宿した少女が現れる。そして自分の前に立ちはだかる存在となるだろうと。
その正体についてカリンは触れないようにしてきたが、せっかく会えたのだから聞き出せるかもしれないとも思えたレイジは迷わずに聞いてしまった。
「ええ……でも知っての通り、数ヶ月ごとに過去とは比べ物にならないくらい強力な能力を宿した人が現れているわ。」
突発的に能力が発現しては、その強弱を示すボーダーラインがコロコロと変わっている。ヘキサフリートや四天格が誕生したのもそのボーダーが更新され、それを越えた者が寄せ集められたことに由来する。
そして彼らの中間に位置する存在であるレイジの能力。いつまでも四強がその四人だという保証はどこにもない。カリンの心当たりの存在がまさにそれだ。
歴史はいずれ塗り替えられるもの。しかしその瞬間はもう目前に迫っている。カリンはそう直感しているのだ。
「四天格が揃った後に二人、Sランクが増えたわ。それがあなたたち。」
そしてカリンは昔の出来事を語った。度重なるボーダーラインの変更とワタルの能力の発現を経て生まれたSランクという存在、トシヤの能力の発現を持って生まれたS+ランクという存在。能力のインフレは今もなお続いている。五人目のS+ランクが現れるのも時間の問題であるということを。
「そいつのことは思い出したくないんだってな。」
「ええ。近くにいるだけで震えが止まらなくなってしまうわ。……もう、二度と会いたくない……」
そう呟くカリンの瞳はどこか悲しげだった。彼女が恐れるその正体は分かっている。偶然にも一度だけ出会った少女。この島随一の名門私立高校、開幕に通う少女。ゴールデンウィーク初日のバドミントンの市民大会の会場で出会った、神田玄という少女だ。
ヒエイ同様に心を読むことができない。しかし彼女はそれ以外にも能力を持っているということは、そのことを知っているチハヤの心を読むことで知ることができた。
しかし決してそれだけではトシヤやイブキを凌駕するとは思えない。思えないのだが彼らでは敵わないほどの能力を持っていると言われても納得できるほどに、彼女から放たれているオーラはおぞましいものだと感じていた。
「まあでも、そいつがお前に絡んでくることはないんだろ? なら安心じゃないか。」
カリンは声には出さずに首を縦に振った。五百メートル先にいるだけでその気配は伝わり、トラウマが蘇ってしまうカリンは頭を押さえて発狂してしまう。そういった事態になることが減ってきているので、当面は再発の心配はいらないだろうと伝えて心を落ち着かせることしか今はできなかった。
「じゃあな。気をつけて帰れよ。」
「ちょっと待って、私もそっちに行くわ。」
本来はカリンが家に帰るにはレイジと反対側の電車に乗らなければならないのだが、彼女は彼と同じ方面へ向かおうとしていた。正確にはレイジと同じ駅へ。カリンの行き先は彼が自分以外の五人と戦った海岸へと行きたいと思っているのだった。
電車に乗って二駅。改札を抜けて海へ向かってしばらく歩き、以前世話になった海の家の前へとやって来た。
「ここだったわね。あんたが私たちに勝って勧誘された場所は。」
「そういやそうだったな。ここが俺のスタート地点。」
レイジが悪夢の瞳のせいでドリームタウンの連中から忌み嫌われた末に、拉致されたところから脱出して海を漂い流れ着いた場所であり、その能力を人助けに活かすことができると認められた場所という、彼にとって特別な場所、言わば原点だ。
ゴールでありスタートとなったこの海岸。この場所こそ、自分の力を最大限に引き出すに相応しい場所だとレイジは考えたのだった。
「ありがとう、カリン。おかげで一つのパズルのピースに気づくことができた。」
トシヤとの戦いの攻略の鍵。それに気づくための欠片が一つ埋まった。レイジからすれば大きな前進だが、何のことか分からないカリンは首を傾げていたが、追及してくることもなかった。人の読めないところで何かを考えるのがレイジという男の特徴だと受け入れているからである。
「後、最後に一ついいか?」
「何? はっ、まさか、ちょっと待って……」
夜の海岸に男女で二人きり。そういうムードだと言われれば否定はできないが、断じて彼女が思っていることではないことをすぐさま伝えた。上げて落とすというのは加減を間違えれば人を傷つけかねないのだ。
「俺の強みって何だ?」




