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オートセーブは深夜0時に  作者: 夕凪の鐘
Episode12 鎖を砕いてその先へ
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61話 ヒカリの願いのために

 イブキとの勝負は午後五時に始まる予定なので、十分もあれば余裕で終わる。そう思っていたセツナだったが、勝負自体は予定通りに始まったもののトラブルが相次ぎ予想外に長引いてしまい時間に追われて焦っていた。勝負を始まる前に伝えておけばよかったのだが、それはもう後の祭り。ともかく一刻も早くレイジを連れ出そうと、手を引っ張っている。


「別に明日でもいいだろ? つか楽器店ぐらいこの近くにあるんじゃない。確か俺の学校の生徒の家がそんな感じだったような……」

「行ける日に行くんです。ただでさえこっちは貴重な休日を潰しているのに……」

 どの曜日でも夜八時に営業を終え、ここの最寄り駅から電車で一時間以上かかる楽器店。そこに今から行って、レイジの演奏するエレキギターを選ぶ。デザイン値段にかなりのバリエーションがあり、ギターを選びつつセツナはそれに合ったデザインの衣装を考えなければならない。なにぶん店が遠いので、できれば今日中に購入を済ませてほしいというのが彼女の願いだ。


「楽器店? あれ、セツナも吹奏楽部だっけ?」

 イブキに尋ねられた拍子に引っ張っていたレイジの腕を離してしまい、その勢いで彼は砂浜に倒れ込んだ。

「いえ、私は帰宅部ですし、ユニットでは(ボーカル)と衣装、ステージ設営と広告作成専門です。レイジにギターを選んでもらってそれに合った衣装を考えに行きたいので。」

 専門分野が多いなとツッコミを入れるイブキだったが、実際セツナたち‘蒼の月光’は完全な個人経営。宣伝するのも自分たちでやるしかないのだ。

 彼女はヒカリ、ミライと文化祭のステージで歌いたいと思っていたが、ヒカリだけ別の高校になってしまいその夢は叶わなかった。だからせめて、ヒカリの歌唱ライブのサポートをしたい。そのためにセツナは、レイジにギター役として出てほしいと言っているのだった。


「へぇー。レイジ、ギター弾けるんだ。なんか意外。」

「いや弾いたことねーし。」

 文化祭でヒカリが歌いたいと思っているのは知っていた。欲を言えばレイジの演奏またはダンスつきでというのも。

 どちらも経験はないが、学級内ではぼっち気質の二人はどうせクラスの出し物は裏方に回されると分かっている。彼らの学級は妙に連帯感が強いのだ。彼らの多くが能力者なら積極的に加担したのだが、無能力者であり見下している人たちと関わる気はレイジには起きなかった。

 学級の表舞台で何もやらないのなら個人の表舞台に立ちたい。そんな欲のあるレイジはヒカリの意見に賛成であり、そのためなら演奏だろうとダンスだろうとできるようになってみせるという覚悟もしていた。


「冷静に考えて。文化祭まで一ヶ月きっているのよ。私だって……」

「だからってできないと決めつけるのも良くないだろう?」

 レイジは分かっている。なぜイブキが忠告してきたのかが。

 彼女は高校から吹奏楽部に入り初めて本格的に楽器に触れた。入部してから二ヶ月経っているが、部活動の時間以外で練習する時間を確保できないのもあり自由に演奏できる力は身につけられていない。フルートとギターは別物だということは分かっているが、生半可な気持ちでマスターできるものではないことは十分に分かっているのである。


「俺だってやるべきことは色々ある。けど、練習する時間を作れないことはない。それにほら、もう俺部活辞めちゃったしさ。」

 勉強や高能力者グループ‘ネオ・ヘキサフリート’の活動、そしてトシヤやイブキとの決戦に向けた準備など、やるべきことはたくさんある。

 しかし一日の密度が高いのはイブキのほうだ。彼女を抜くためには、彼女と同等、いや、それ以上に濃い日々を送らなければならない。


「それにたかが一ヶ月の猛特訓だ。全然問題ねえよ。」

 正直、レイジにとっての一番の理由がこれだ。ギターに限らず音楽を演奏をすることには興味がない。けれども高々一ヶ月続けて、二日間の本番を成功させればいいだけの話なので、終わってしまえばどうでもいい。けれども終わるまでは全力で取り組むという心意気になれているのだ。

 文化祭が終われば一学期の期末試験で、その後は夏休みを挟んで体育祭。忙しくなるものの文化祭から順に一つ一つ終わったらすぐに先のことへ気持ちを切り替えればいい話なのだ。ギリギリこなせるスケジュールであると彼は自負していた。


「そんな話より、今は駅に行かないと! 電車逃すと結構待ちますし、レイジは足が遅いので余裕持って行かなきゃダメなんです!」

 セツナは心配しつつ内心馬鹿にしているのが透けて見える。しかし事実である以上否定はできないので、レイジは言い返すこともちょっかいをかけることも我慢した。


「あいつは? あれだけ啖呵(たんか)きってきられて、ぼろ負けするつもりじゃないでしょうね。」

「トシヤか? そんなことはない。絶対に勝ってみせる。」

 レイジは来週末にトシヤとの一対一の勝負を前々から約束していた。彼は四天格では最弱、そして序列で言えばレイジの一つ上であり、決して越えられない壁ではないと思っている。S+ランクとSランクの境界によって二人は分けられているのは事実なのだが、その境界は越えられないというのが世間の考えだ。

 けれどもレイジは諦めてはいない。しかしここで勝負にまったく関係ないであろうライブの練習に時間を割くことは、イブキの意見として彼にとって得策といえるものではないというものがあった。

 そして何より、彼女の私怨として誰が相手であろうとトシヤが勝つ姿は見たくないというものがあった。


「目の前のことばかり見ていると届かないものがある。それを教えてくれたのはイブキ、お前だろ。だから心配するな。これは、今日からの一週間にすることすべては俺の強さの基盤堅めになる。」

 そう言い残し、レイジはセツナとともに駅に向かった。


「目の前、ねえ……」

 イブキは二人を追いかけることなく、ただ見送っていた。

「後それから、夕飯はいらないから!」

 帰るのはどんなに早くとも九時半。家庭内での夕飯の時間は過ぎてしまっている。別に遅くなってもレンジで温めるなりすればいいのだが、せっかく夜に遠くの町まで行けるのでそこのレストランで済ませたいという願望があったレイジは家での夕飯はいらないと言い残し、駅へと歩いていった。


「私は家で夕飯食べますから、一人で高い食事してきてください。どうしても一緒がいいって言うなら奢ってくれてもいいですよ。」

 チラッと見ながら言ってくるセツナ。レイジは、こんな性格だから弄られるのだと言いたかったがそれを言ってしまっては改善されてしまうと思い口に出さないと決めた。


「何言ってるんだ? 夕飯はお前の家で済ませるぞ。」

「はぁ!? また来るんですか!? 私あのときのこと夢に見るほどトラウマなんですからね!」

 夢に見るほど、というのは大げさなでたらめだ。しかし夢に見るとまではいかないものの家のセキュリティとレイジ、ヒエイへの信用が減ったのは事実であり一人で留守番しているのが怖いと思い始めてしまっているのも事実。


「冗談だよ冗談。遠くまで行くんだし、せっかくなら贅沢したいよな。」

「いいですよね、金持ちは……私だって、贅沢はしてみたいです……」

 レイジは財力に余裕があることをアピールしたいわけではないが、奢ってあげることに抵抗は感じなかった。だから彼は、セツナの願いを叶えてあげようとした。


「好きなもの食べさせてやるよ。一緒の店が嫌なら、お金だけ渡すけど。」

「いえ、夜遅くなので一緒にいてください。別々の店でもいいですが、一緒にいてください。」

 夕食は食べていきたいと言えばお金は使いたくないと言い、一人だと怖いから常に一緒にいてと言う。どこまで贅沢を言ってくるのだろうか。


「……ヒカリへの罪悪感はないのか。」

「元はといえばレイジたちのせいですからね、一人が怖いと思うようになってしまったのは!」

 ヒカリの恋を応援する立場になっておきながら彼女に内緒で意中の男と二人きりで食事をするというのは、下手をすれば絶交する危険性を招く行為だ。しかしそれでもセツナは自分の身の安全を優先し、理由をつけて自分の良心を納得させているのだ。


 それ以前にセツナはレイジがギターの練習を始めて文化祭で演奏するというのはヒカリに伝えていない。彼女は彼と一緒にステージに立ちたいと願望を漏らしただけであって、セツナによるサプライズということで話が進んでいる。

 せめてこれが伝わっていれば、衣装の案を生み出すのに本人がいると好都合だからと言っておき買いに出掛けていったならばそこまで不信感は抱かれない。

 しかし内緒で行ってしまうとギターを選ぶのは建前だったと疑われる可能性が出てくる。

 レイジは、買いに行くこととそのついでに夕食を一緒に済ませてくることはヒカリに伝えるべきではないかとセツナに尋ねたが、彼女は自信満々に答えてきた。

「これはサプライズです。だから、夕食のことは内緒にしてください。」

 レイジは口を滑らさない自信があったが、セツナが心配で仕方なかった。


 電車に乗って一時間と少し。二人は終着駅で降りてロータリーを通り楽器店に向かっていった。

 春休みの間に数回来たことはあるが、高校や家の周りとは一線を画する栄えっぷりに驚かされる。迷ってしまいそうな構造をしているが、一度下見に来ていて店の場所を正確に覚えているセツナがついているので心配はなかった。


「やってるなー、路上ライブ。」

「毎日のように誰かしら来てますからね。元々人通りの多い人気スポットです。」

 十数人が集まり演奏を聞いていて、レイジたちは足を止めることなくその背後を通って楽器店のあるビルへと進んだ。

 やはり地元はここに比べると人が少ないので、セツナはこういった賑やかな町に気軽に来れて演奏できる人を羨ましそうに見つめていた。


 エスカレーターを上ってすぐ、楽器店が見えた。中には電子ピアノやミニギターがたくさん並んでいる。そして小部屋の入り口付近と室内には本命のエレキギターがずらりと並んでいた。


 しかしレイジが真っ先に向かったのはCDコーナーだった。部屋にはないコスモのシングルがいくつも並んでいる。片っ端から手に取って収録リストを眺めては感想を漏らしている。

「へぇー、この曲ってこのCDに入ってたんだー。」

「何しているんですかレイジ! そんなの見てる場合じゃないですよ!」

 セツナはレイジからCDを取り上げては棚に戻していく。すべてしまうと背中を押しながらギターコーナーへと進んでいった。


「ちょっとくらいいいだろ? それにセツナも一度聞いてみろよ。」

「そりゃあ、私だって好きですよ。でも……」

 悔しいが認めたい。紛れもないトップアイドルであり、同じ高校に通えていることも誇りに思っている。けれどもセツナは、つい嫉妬してしまった。

「私の前で、他のアイドルの話をしないでください……」


「ベースじゃ駄目なのか? こっちのほうがカッコいい形してるし。」

「そのタイプが好みなら、このギターとかどうでしょう?」

 左右対称で凹凸の主張の少ない達磨(だるま)のような形をしているギターより、左右非対称で凹凸の主張が激しいベースのほうが弾けるとカッコ良く見えるというのがレイジの意見だった。しかしセツナに言われてよく探すと、ベースと似た形をしたギターもあるのが分かった。


「ならこのギターにするわ。」

 本体に加えアンプとアクセサリーのセットで六万円弱。全部揃えるならこんなものだろうとは予想していたが、思っていた以上の出費となる。

 しかしレイジは買う気がなくなったのではない。金額相応、いや、それ以上の価値のあるものにするために、これから必死で練習することに意欲的になっていた。


「案外すぐに選びましたね。時間もありますし、買う前にちょっと待っててもらっていいですか?」

 セツナはそのギターを抱えた状態のレイジの写真を撮った。そしてその写真を見ながら、衣装のデザインを考えている。そしてそのデザインが気に入らなければ他のギターを選びたくなるかもしれないと思い、念のため見てもらいたいと思っている。しかしレイジは彼女が心配しているような衣装への不満を言うつもりはなかった。

「俺はもうこれで決定したいな。セツナからしてもっと良いのがあるんなら待っててやるけど。」

「そうですか。そう言うなら私も止めません。」

 セツナはレイジを気遣っての発言をしたが、当の彼がそれでいいと言うのであっさりと引き下がった。


 購入を済ませると一気に肩が重くなった。駅から店まで来る途中にめぼしいレストランはなかったし、レイジは背負ったギターが邪魔になるので夕食は家まで我慢してこのまま帰りたくなった。

「さて、明日から学校。電車の時間もちょうど良いし、帰るか。」

「何言っているんですか。せっかくここまで来てどこにも行かずに帰るんですか。」

 自分はお金を出す気はないのに連れていってもらう気満々だ。セツナには一度奢ってやる、夕食は向こうで済ませると言ってしまったのもあり、さすがにここに来て本気で帰ることはできないのはレイジにも分かっていた。


「冗談だって。どこか行きたい場所があるんだろ?」

 そう。電車に乗っている間セツナがスマホで調べていたレストラン。高層ビルの二十階より高いフロアに構える中華料理の店だ。結婚式や宴会等にも使われる高級なレストラン。見晴らしが良く地上百メートルから島や海を一望できるその眺めにも一見の価値はある。

 しかし、決して高校生二人組で行くような場所ではない。これも彼女が先を見据えての選択である。


「あのビルにある、とてもお洒落(しゃれ)なレストラン。」

「恋人でもない男と来る所じゃないと思うけどな。」

「練習ですよ。その……いつか運命の人に会ったときのための……」

 候補が見えているわけではないが、年頃の女の子はこういう憧れを抱くものなのだろうか。今のセツナの表情を見たレイジは、いつものノリでからかってはいけないと察していた。

「そうだな。俺もいつかそういう人と来て、恥ずかしい思いはしたくないしな。」


 高校に上がりたての男女二人組。一人は買いたてで値札のついたままのギターを背負っているという姿は明らかに店の中で浮いていたが、店に入る前の緊張、入ってから出されたメニューの豪華さや夜景の美しさに惹かれ、周りの人からの視線や印象は気にしていなかった。


「なかなか楽しかったです。連れてきてくれて、ありがとうございました、レイジ。」

「店を選んだのはお前だ。俺からも礼を言うぜ。」

 あまりにも貴重な時間でありついゆっくりしてしまったため、すでに十時を回っている。ホームで待っている終電に乗り、二人はぐっすりと眠りながら家へと帰った。

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