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Scene19 雪と雨

 次走が重賞にレースに決まったインビジブルマンは、年が明けて最初の週に行われる京都金杯(GⅢ、京都、芝1600m)に出走することになった。

 求次と可憐は牧場の事務所で、競馬雑誌のレース欄を見ながら出走馬をチェックした。

「あっ、お父さん。透明人間 (※インビジブルマンのことです)出てるね。」

「確かに出ているな。でもとなりには強敵のイントゥザバトルが出ているから、厳しいレースになるだろうな。」

(※まだ枠順確定前なので、馬名は五十音順に並んでいます。そのため、インビジブルマンとイントゥザバトルは隣同士です。)

「でもハンデ戦だから、斤量はイントゥザバトルの方が重くなるよね。きっと。」

「そうだな。個人的には6kgくらい差がついてくれれば勝算があると思うけれどな。」

「そんなに差をつけないとだめなの?だったら中山金杯の方が良かったような気がするんだけれど。」

「そちらのレースにはティアズインヘヴンとダンシングヒロインが出走を表明しているから、京都金杯よりも厳しいレースになるだろう。」

「ふうん。楽に勝てるレースってないものね。」

「それが重賞というものだ。だからこそ、勝った時うれしいんだ。現にトランククラフトが中山記念を勝った時には涙が出るくらいうれしかっただろう?」

「うん。うれし過ぎて泣き出しちゃった。表彰式の時、私泣き顔のままテレビに映っちゃって、恥ずかしかった。後で友達から色々と突っ込まれたわ。」

「確かに僕も星君(トランククラフトを管理している星調教師です。)と顔をくしゃくしゃにしながら喜びを分かち合った。今考えると確かに恥ずかしいが、でもあの感動をもう一度体験したいよな。」

「うんっ!もう一度感動したい!でも今度は泣かない!」

「僕もそのつもりだ。」

 2人は思い出を交えながらインビジブルマンの話で盛り上がった。


 京都金杯当日。この日は未明から雪が降っていた。天気予報によると、京都も雪の予報が出ていた。

 木野家の4人は当初、青春18切符を使ってJR東海道線で京都にいく予定だった。

 しかし朝のニュースで、JR東海道線は大垣~米原間で、雪のためにダイヤが乱れているという情報を聞きつけたため、急きょ新幹線に切り替えることにした。

 結果的に交通費がかさむことになったが、万が一にも電車が止まったりでもしたらそれこそ大変なので、そこは割り切って考えることにした。


 4人は当初、昼頃に到着する予定だった。しかし新幹線で来たこともあって、第1レースのパドックが行われている最中に到着した。

 外では雪が降っていて、気温2度という寒さのため、建物の外にいる人達はわずかだった。

 求次達は暖房の効いた関係者エリアの部屋に入ると、すぐにモニターで人気をチェックした。

「うーん…、インビジブルマンは単勝9.7倍で、10頭立ての5番人気か。」

「私はもっと人気薄かと思っていたけれど、斤量は52kgだし、それが効いたのかもしれないわね。」

 求次と笑美子は微妙な表情を浮かべながらモニターを見つめた。

「あれ?でもイントゥザバトル、1番人気じゃない!斤量は57kgなのに、何で?」

「ここ最近出走した重賞で2回連続2着だったからだろうな。だからこそ前走を勝っているブレーヴストーリーが1番人気に支持されたのかもしれんのう。」

 可憐の横で、睦夫さんがそう理由を述べた。

(とにかく、すでに7歳である以上、現役でいられるのは今年限りだろう。何としてもここで勝っておきたい。間違っても借金をしてまで乗馬施設は作りたくないしな。)

 求次はインビジブルマンが入っている5枠5番絡みのオッズを見ながらそう思った。


 雪はその後も降り続けた。馬場状態は芝ダート共に重で、芝コースは雪でうっすらと白くなっていた。

「このままいったら芝のレースは雪のためにダートに変更になるかもしれんのう。」

 さっきからずっと暖房のそばにいる睦夫さんは、馬場状態をしきりに気にしていた。

「どうして雪が降ったらダートに変更になるの?」

 不思議に思った可憐は暖房のところに来て睦夫さんに質問をした。

「雪で脚を滑らせたりして、馬にとっては危ないからじゃよ。」

「そうなの。でもダート変更になっても、勝てばどっちみち重賞勝ち馬よね。」

「いや、そうはならんぞい。」

「何で?」

「ダート変更になったら、そのレースは重賞という扱いではなくなるからじゃよ。」

「えっ?じゃあオープン特別になっちゃうの?賞金はどうなるの?減っちゃうの?」

「オープン特別にはならん。それに賞金も減額されることなくそのままもらえる。ただ重賞勝ちという称号が与えられなくなるだけじゃ。」

「そうなんだ。でも、重賞じゃなくなるのはやっぱり嫌!」

「わしもそうじゃがな。まあ馬や騎手の安全のためには仕方ないぞい。」

 睦夫さんがそう言うと、可憐は持っていたかばんからポケットティッシュを取り出した。

 そしてティッシュを2枚出すと、1枚を丸めてもう1枚に包んだ。

「可憐、何を作っているの?」

 笑美子が問いかけた。

「てるてる坊主。これでダート変更にならないようにするの。」

 可憐はそう言いながら自分の髪の毛を一本抜いて首もとを縛りつけた。そしてボールペンで目と鼻と口を描き、完成させた。

「それはいいアイデアだな。きっと天気は良くなるぞ。」

 求次は娘の作ったてるてる坊主に興味津々だった。

「うんっ!ついでに外が暖かくなってくれたら最高なんだけど。」

「それは無理だろうな。確かに今日は寒いが…。」(現在の外の気温は3度。)

 求次は苦笑いを浮かべながら言った。


 雪は昼前にみぞれに変わり、午後1時過ぎには冷たい雨に変わった。(気温は5度。)

「何よ、この天気!ちっとも良くならないじゃない!」

 可憐は不満でいっぱいだった。

「でも雨に変わったからダート変更の可能性はなくなりそうよ。確かにてるてる坊主の効果はあったのかもしれないわ。」

 笑美子は苦笑いをしながら言った。

「私が望んでいたのは雪が雨に変わることじゃないの!」

 可憐は近くに大勢の関係者がいるにもかかわらず大声で言ったため、それを聞いた周りの人からは笑いが起こった。

「……!!」

 周りの人達の注目を浴びてしまった彼女は何も言い返せないまま、一人で恥ずかしがっていた。


 可憐の作ったてるてる坊主のおかげで(?)、京都金杯はダートに変更されることもなく、芝1600mのレースとして行われることになった。

 10頭の馬達は不良馬場になった芝コースの上で走り始めた。

 そしてウォーミングアップが終わると2コーナーのポケット辺りに集まり、屋根の下で歩き続けた。

 その状況の中、ターフビジョンでは中山金杯が発走する映像が映し出された。

 レースはチドメグサが逃げ、ダンシングヒロインが中段、ティアズインヘヴンが後方に待機する展開になった。

 チドメグサは3コーナーまで大きなリードを保っていた。

 しかし4コーナーに差し掛かるとリードはみるみる縮まっていき、最後の直線ではすっかり馬群にのまれてしまった。

 一方、ティアズインヘヴンは4コーナーで外に持ち出して追い込みにかけたが、今日は思うように末脚が炸裂せず、順位がなかなか上がらなかった。

 ダンシングヒロインも3番手までは上がってはきたが、そこからの伸びがいまいちだった。

 レースは12頭立ての9番人気だったドゥアズローマンズが鮮やかに差し切って、先頭でゴールに飛び込み、重賞初制覇を飾った。

 2着馬も人気薄で、中山金杯は波乱の決着となった。

(ダンシングヒロインは4着。ティアズインヘヴンは9着。チドメグサは大きく遅れてシンガリ負けをした。)

 京都競馬場ではゴール直後から大きなどよめきが起こった。

 その声は建物の中で暖房にあたっている求次達にも聞こえた。

(まあ、たまにはこんなこともあるだろう。それにしても中山金杯の馬券買わなくて本当に良かったな。もっとも京都金杯の馬券も買っていないが…。)

 求次は大勢の人達が発している落胆の声を聞きながらそう思った。

 なかなか場内のどよめきが静まらない中、インビジブルマンに乗っている逗子一弥騎手は至って冷静だった。

(中山で波乱が起こったか。ということはこちらでも何か起こりそうだな。それがうちの馬であればいいけれど。)

 彼がそう考えていると、いよいよ場内にはファンファーレがこだました。

 ゼッケン5番のインビジブルマンと逗子騎手は、3番目にゲートに入り、発走の瞬間を今か今かと待った。

 そして全馬がゲートにおさまると、いよいよGⅢの京都金杯が発走した。


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