Scene14 競走馬のその後
8月。インビジブルマンが屈腱炎の治療をしている中、求次は北海道に飛び、再び1歳馬のセリ市にやってきた。
そこには武並もバイヤーとして参加しているため、2人はとなりの席に座った。
「こんにちは、武並さん。」
「こんにちは、木野さん。あれからインビジブルマンに注目していますが、頑張っていますね。」
「ひょっとしてチェックしているんですか?」
「もちろん。競馬雑誌のオープン馬の近況欄に名前が出ていますから。」
「ありがとうございます。でも、屈腱炎を再発させてしまいまして、今放牧中なんですけれどね。」
「それは残念ですね。でも復帰させるつもりなんですよね。」
「はい。中京記念で2着になった実績がある以上、重賞は何としても取りたいと思っています。もし、あのレースで勝つか惨敗していたら引退を考えたかもしれませんが…。」
「なるほど。」
求次の気持ちは武並にもよく理解できた。
彼の愛馬だったストライキンバックも、もし屈腱炎を発症した時点で重賞勝ち馬でなかったら現役を続行させ、勝つまで走らせ続けただろう。
「そういえば武並さん、今の会話で思い出したんですが、ストライキンバックは引退した後どうしていますか?」
「あれから屈腱炎が治るまで1年以上、うちの牧場で放牧させました。その間、どこかに受け入れ先がないか探しました。」
「受け入れ先、見つかりましたか?」
「すぐには見つかりませんでした。まあうちの牧場で功労馬でもよかったんですが、それだけでは嫌だったので。でも今年4月になってやっと受け入れ先が見つかりました。」
「それは良かったですね。どういうところですか?」
「結婚式会場で新郎新婦の乗る馬車用の馬として働くことになりました。」
「馬車用の馬ですか。」
「はい。これまで度々会場に足を運んでその様子を見てきましたが、立派に役目を果たしていましたよ。ただ、カメラのフラッシュに驚いてチャカチャカするシーンもありましたが。」
求次は武並の話を興味深そうに聞き続けた。
会話が終わった後、求次はふとインビジブルマンのことが頭をよぎった。
(もし引退したらどうしようかなあ…。木野牧場で功労馬として余生を送るという手もあるけれど、それじゃさみしいからなあ…。)
さらに彼の所有馬はインビジブルマンだけではない。去年競走馬としてデビューした3歳馬のトランククラフトと、間もなくデビューを控えている2歳馬のマイロングロードもいる。
そして今年産まれたサンフラワーもいる。
(なお、サンフラワーは先天的に脚部不安を抱えているため、現時点では競走馬になれるかどうか分からない状態だった。)
彼らのことも考えてあげなければならない。
間違っても走れるだけ走らせて、走れなくなったらポイ捨てという事態だけは避けなければならない。
かといって、今の予算では引退後の馬を全て引き取ることは難しい。
そう考えると、何だか馬を落札しにくい気持ちになってきた。
それからしばらくして、いよいよ馬のセリが始まった。
武並は積極的に手を上げて声を出し、馬を落札しようとした。
一方で求次はあまり手を上げず、手を上げてもすぐに引き下がってしまった。
「木野さん、どうしたんですか?」
さすがに武並もその様子が気になったのか、求次に声をかけてきた。
「いや、その…。なかなかお目当ての馬に巡り会えなくて。」
「でもこれじゃ、何のためにわざわざここまで来たのかという結果になりますよ。」
「まあそうなるかもしれませんが、絶対に競り落とさなければならないわけでもないですから。」
求次はごまかすように言った。
結局、求次は一頭も馬を競り落とすことなく、セリ市は終わってしまった。
牧場に戻ってきた後、彼は再びインビジブルマンの治療に励んだ。
その中で彼は津軽さんに競走馬のその後について聞いてみることにした。
「津軽さんは北海道にいる時、競走馬が引退した後はどうしてきましたか?」
「そうじゃな…。牝馬なら多くの馬を繁殖牝馬にしてきたし、牡馬でも活躍が認められた馬なら牧場で面倒を見たりしてきたがな。」
「廃用馬になった馬もいましたか?」
「それは数え切れないくらい見てきた。牡馬なら未勝利はもちろん、1~2勝馬ではほとんどがそうなっていたし、牝馬でも未勝利で終わったら繁殖牝馬失格とされ、処分の対象になっていたのう。」
津軽さんは活躍できなかった競走馬の末路を色々話してくれた。
それまで家族同然のように過ごしてきた馬をそのような目にあわせてしまうことは、彼にとっても辛いことだった。
しかし全ての馬を最後まで管理しようとしたら、いくら功労馬の枠を作っても足りなくなってしまう。
もし枠を作ったとしても、現役で走っている馬達が懸命に稼いだお金をどんどん食いつぶしていってしまうことになるし、馬の世話をするための人件費もたくさんかかってしまう。
そうなったら、牧場の予算にも響いてしまう。
もし牧場を経営できなくなれば、現役で走っている馬や、繁殖牝馬、さらにはこれからデビューを控えている馬にも大きな影響が出てしまう。
そう考えると、馬の処分も仕方がないということだった。
「まあ、わしにとっても馬を処分してしまうことは辛いことだった。心無い競馬ファンの人達からは色々言われたこともあったが、これが宿命と割り切っていたぞい。」
話を聞きながら、求次は昔、木野牧場にいた馬のことを思い出した。
トランクバークを買ってくる前、牧場にはトロピカルスコールという繁殖牝馬とその馬の仔である牡馬がいた。
しかし資金難のために馬を管理することができず、結局2頭ともセリで売り払ってしまった。
その後、仔馬は競走馬としてデビューしたものの、未勝利で引退。
トロピカルスコールはその後も活躍馬を出すことができずに繁殖牝馬失格の烙印を押され、行方不明になってしまった。
もし今トロピカルスコールの行方が分かっていれば、呼び戻して功労馬にすることもできただろう。
しかしその馬の産駒を含めて、それができなかったことが求次にとっては心残りだった。
10月、インビジブルマンは屈腱炎も癒え、栗東の相生厩舎に戻ることになった。
連絡を受けた割出厩務員は馬運車に乗って牧場までやってきた。
求次達4人は、馬運車に乗って厩舎へと戻っていくインビジブルマンを、温かいまなざしで見つめていた。
名前の由来コーナー その13
・トロピカルスコール(Tropical Squall)(メス)… ゲームでは使用していない名前で、特に大した意味はありません。「トランクバーク号物語」の始めの部分に少しだけ登場しており、その時に即興で命名しました。




