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Scene13 屈腱炎再び

 3月の中京記念(GⅢ)で2着に入り、重賞でも戦えることを証明したインビジブルマンは、4月に行われた次走の福島民放杯(OP、福島、芝1200m)で4着に入り、着々と賞金を積み重ねた。

 その後、相生厩舎での休養をはさんで、7月にプロキオンステークス(GⅢ、阪神、ダート1400m)で復帰することになった。

 ダートのレースに出走するのはオープン特別の阿蘇S以来11ヶ月ぶりだったが、その時には2着に粘りこんでいるため、陣営は十分に勝算はあると見込んでいた。

 15頭立てで2枠3番に入ったインビジブルマンはレースがスタートすると先行策を取り、最後の直線に入るまでずっと3番手辺りをキープしていた。

「もう少しだ!伸びろ!」

「透明人間、走れー!魂を込めろー!」

 求次と可憐は思わず大声で叫んだ。

 しかしゴールまで100mを切ったところで、段々手応えが怪しくなり、少しずつ後退を始めた。

 後ろを走っていた馬は集団のまま一気に迫ってきて、ゴールの瞬間は大勢の馬が横並びになって一斉に駆け抜けていった。

「あ~あ、また勝てなかったわね。」

「まあ、せめて賞金だけでも稼げれば上出来だな。」

 さっきまで勝利を期待していた2人は顔をしかめてゴールした愛馬を見つめていた。

 インビジブルマンは結局10着に敗れ、賞金獲得はならなかった。

 ただ、着順だけ見れば惨敗だが、5着と6着の着差はハナ。それ以降はクビ、アタマ、アタマ、アタマと続いていたため、意外に僅差だった。

「重賞ってレベル高いわね。」

「それが重賞だからな。まあ、走れる限りは何度でも走るまでだな。」

「要するに数撃ちゃ当たるって感覚なの、それ?」

「言われてみれば確かにそうだな。」

「でも勝てるのかしらねえ?その度に毎回毎回競馬場に来るなんて、私しんどいんだけれど。」

「それは覚悟の上だ。みんなそのしんどい思いに耐えているんだから。」

「はあい。」

 2人は果たして歓喜の瞬間を迎えることができるのか不安を感じながらも、勝ちたいという希望を持ち続けていた。


 インビジブルマンが厩舎に戻ってきた後、割出厩務員はいつもどおり馬体検査をした。

 すると、以前痛めた右前脚が腫れていることに気付いた。

「うーん…。またやってしまったか…。」

 彼はすぐに相生調教師を呼びに行き、インビジブルマンのところに来てもらった。

「先生、屈腱炎ですね。これは。」

「間違いないな。」

「…残念ですね。せっかく重賞を取れそうな逸材だったのに…。」

「確かに残念だが、休ませれば何とかなるだろう。」

「それでは木野さんに連絡しましょうか?」

「こちらの方から言っておく。君は他の馬の管理をやっておいてくれ。」

「はい、分かりました。」

 割出厩務員は心の中では動揺しながらも、他の馬達の世話を始めた。

 一方、相生調教師は早速電話をかけ、求次に状況を説明した。

『うーーん、また屈腱炎ですか。まいりましたね。』

「まあ、こちらとしても残念だが、重傷でなかったのが不幸中の幸いだ。だからじっくり休ませれば大体半年くらいで復帰できることでしょう。」

『そうなんですか。では、一旦うちの牧場にお返ししていただけますでしょうか?』

「はい、分かりました。ではそちらの都合のいい日に運びます。いつがよろしいでしょうか?」

『そうですね。平日なら大抵大丈夫ですが、なるべく早く脚の状態を見たいので、あさってでもよろしいですか?』

「はい。ではあさっての朝、栗東を出発し、昼頃そちらに着くようにしますが、いいですか?」

『分かりました。ではお待ちしています。』

 相生調教師は電話を終えると早速割出厩務員にそのことを伝え、馬運車を手配した。


 木野牧場ではその頃、時を同じくして笑美子の父親である津軽睦夫さんがこの家に移り住んでいた。

 彼は働いていた牧場が資金面で厳しくなってきたことや、すでに70歳と高齢という理由で住み慣れた北海道を離れ、木野家の一員になることになった。

 彼はインビジブルマンが牧場に到着すると、求次と共に慣れた手つきで馬体をチェックした。

「睦夫さん、インビジブルマンの脚はどうでしょうか?」

「確かに重傷ではないな。恐らくダートのレースだったからこの程度で済んだんだろうな。」

「そうですか。ではどのように治療していきましょうか?」

「超音波治療とアイシングで何とかなるじゃろう。あとは4人で代わりばんこに治療していこうかの。」

「分かりました。」

 2人は話し合いを終えると、早速手分けをしてインビジブルマンの治療や、トランクバークと今春生まれたばかりの牝馬サンフラワーの世話を始めた。

(※この時可憐は高校時代の女子友達と遊びに出かけており、笑美子はスーパーで仕事をしていたため、不在だった。)


 馬の世話が終わった後、求次は津軽さんと2人で事務所に行き、お茶を飲みながら座って話を始めた。

「睦夫さん。今更言うのも何ですが、この度はここに定住することに同意していただきまして、ありがとうございます。

「なあに。暖かい地で大好きな馬の世話をしながら過ごせるのだから、わしとしては大歓迎じゃよ。それに娘がお前さんと結婚して以来、ずっと離れ離れになっていたが、これからはずっと一緒に過ごせるしな。」

「本当にそうなってよかったです。今でこそこうやって睦夫さんを招いて過ごすこともできるようになりましたが、一昔前は家計が火の車になりそうな状態でしたから。」

「それはわしも知っておるぞ。笑美子が最悪の場合、娘を連れてわしのところまで来ようかと考えていたくらいだからな。」

「はい。それは僕も後になって聞きました。」

「そんなことにならなくて良かったな。」

「はい。それもトランクバークのおかげです。本当に今こうやって妻と娘と仲良く過ごせるのも、その馬のおかげです。」

「そしてトランクバークの後を継いだインビジブルマンが、さらに賞金を稼いでくれたな。」

「はい。これで当分の間、資金を気にしなくても良さそうです。本当にここまで来れて良かったです。でも…。」

「でも、何じゃ?」

「欲を言えば、インビジブルマンに重賞を取ってほしいです。屈腱炎で休養中の状態で言うのも何ですが、僕としてはどうしても復帰させて、重賞勝ち馬になってほしいと思っています。現に、中京記念で2着まで来ていますし。」

「うむ。わしも久しぶりに重賞を勝てそうな馬に出会えし、ぜひとも重賞の表彰式に加わりたいぞい。」

「はい。僕としては睦夫さんにも、そして可憐や笑美子にも加わってほしいです。だからこそ、何としてもインビジブルマンを復帰させたいですね。」

「うむ。力を合わせてがんばろうかの。」

「はいっ!」

 2人はインビジブルマンの重賞制覇に向けて力強く語り合った。


 それから津軽さんを加えた木野家の一家は、インビジブルマンの復帰に向けて懸命に治療に励んだ。

 以前は求次が無理をしたせいで体調を崩してダウンし、結局育成施設に預けることになってしまった。

 しかし、今度は津軽さんが加わったことで、治療は順調に進んだ。

 可憐や笑美子も分からないことがあると積極的に津軽さんに質問し、ノウハウを吸収していった。


 5歳7月の時点におけるインビジブルマンの成績

 19戦6勝

 本賞金:4950万円

 総賞金:1億1890万円

 クラス:オープン


 名前の由来コーナー その12


・サンフラワー(Sun Flower)(メス)… 意味は「ひまわり」です。僕はひまわりが大好きなので、期待の牝馬にこの名前をつけることにしていました。


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