第二章・二十八 「足跡」
人の足跡だった。
誰が見ても分かる。
魔物ではない。
獣でもない。
靴の跡。
人間の足跡。
それも一人や二人ではない。
「……おい」
ケイが小さく呟く。
「なんでこんな所に人がいるんだよ」
誰も答えられなかった。
ヴェルグ樹海。
危険地帯。
古代街道。
しかも街道の奥。
こんな場所を歩く人間など普通はいない。
アイリスがしゃがみ込む。
足跡を確認する。
指先で土を触る。
崩れ方を見る。
周囲も確認する。
そして。
「新しい」
嫌なほど静かな声だった。
「どれくらい?」
護衛長が聞く。
「半日以内」
周囲がざわつく。
近い。
思っていた以上に近い。
ユウマも足跡を見る。
確かに新しい。
雨は降っていない。
だが土の潰れ方がはっきり残っている。
時間が経っていない証拠だった。
「商隊か?」
旅人の一人が言う。
しかし。
アイリスは首を横に振る。
「違う」
「なんで分かる?」
「人数が少ない」
足跡を指差す。
「三人か四人」
荷馬車の跡もない。
馬の蹄もない。
完全に徒歩。
「冒険者か」
護衛長が呟く。
「その可能性は高い」
アイリスも同意した。
だが。
ユウマは少し引っ掛かる。
三人から四人。
徒歩。
危険地帯の奥。
普通の冒険者だろうか。
その時だった。
ケイが右の道を見る。
「なぁ」
「どうした?」
「綺麗過ぎねぇか?」
全員が視線を向ける。
確かにそうだった。
右の道は妙だった。
石畳が残っている。
苔も少ない。
草も少ない。
まるで定期的に誰かが通っているような。
そんな状態だった。
左の道とは明らかに違う。
左は自然に飲まれている。
右だけが違和感を放っていた。
「誰かが使ってる……?」
ミナが小さく呟く。
アイリスも否定しない。
それが逆に不気味だった。
その時だった。
生存者の女性が急に立ち上がる。
「待って」
顔色が変わっている。
何かに気付いたようだった。
「どうした?」
ユウマが聞く。
女性は右の道を見る。
じっと。
しばらく見つめる。
そして。
「ここ」
一拍。
「三年前に来た場所かもしれない」
空気が凍り付く。
「本当か?」
護衛長が聞く。
女性は迷う。
記憶を探るように。
そして。
「分からない」
正直な答えだった。
「でも似てる」
「似てる?」
「分岐」
「石像」
「古代街道」
全て一致している。
偶然とは思えなかった。
ユウマも少し胸がざわつく。
三年前。
ここで二人が消えた。
そして今。
再び同じ場所へ来ている。
偶然にしては出来過ぎていた。
その時だった。
アイリスが立ち上がる。
「右へ行く」
即決だった。
「いいのか?」
護衛長が聞く。
アイリスは頷く。
「左は死んでる道」
「人が通ってるのは右」
それは合理的だった。
危険かもしれない。
だが。
少なくとも道は続いている。
護衛長も同意する。
「全員聞け!」
声が響く。
旅人達が顔を上げる。
「隊列を維持!」
「勝手な行動は禁止!」
「少しでも異変を感じたら報告しろ!」
全員が頷く。
空気が引き締まる。
そして。
隊列は右の道へ進み始めた。
石畳を踏む音が響く。
一歩。
また一歩。
古代街道の奥へ。
その時。
ユウマは何気なく後ろを振り返った。
分岐点。
石像。
そして左の道。
誰もいない。
はずだった。
だが。
一瞬だけ。
木々の奥に何かが立っているように見えた。
人影。
黒い外套。
こちらを見ている。
「……っ!」
ユウマは反射的に目を凝らす。
しかし。
次の瞬間には何もいなかった。
木々だけが揺れている。
見間違いだったのか。
魔素霧の影響か。
それとも。
別の何かだったのか。
答えは分からない。
ただ。
胸の奥に嫌な感覚だけが残った。




