第二章・十一 「譲れないもの」
巨大な魔物が荷馬車へ向かって歩き出す。
一歩。
また一歩。
その度に地面が揺れた。
ユウマは立ち上がる。
呼吸が荒い。
まだ大きな傷は負っていない。
だが神経が削られていく。
相手が強過ぎる。
戦えば勝てるかどうかではない。
そもそも戦いとして成立していない。
そんな感覚だった。
「ケイ!」
「今行く!」
ケイは転がった《グレイガルド》へ走る。
そして戦斧を拾い上げた。
「無事か!?」
真顔で確認する。
もちろん返事はない。
「よし!」
「無事だな!」
「何の確認だよ!」
ユウマが思わず突っ込む。
だが少しだけ緊張が和らいだ。
その時だった。
休憩所の奥。
商人達の怒鳴り声がさらに大きくなる。
「だから無理だと言っている!」
「これ一つで人生が変わるんだぞ!」
「返せる訳がない!」
年配の商人が叫ぶ。
顔は真っ赤だった。
恐怖もある。
だがそれ以上に執着が見えた。
アイリスは必死に説得している。
「このままでは全員危険になる!」
「あなた達も分かっているでしょう!」
「だからって諦められるか!」
別の商人も叫ぶ。
「ここまで運んできたんだ!」
「何人死んだと思ってる!」
空気が重くなる。
ユウマは言葉を失った。
確かに。
彼らにも理由がある。
命懸けで運んできたのだ。
簡単に手放せるものではない。
だが。
目の前には巨大な魔物がいる。
どちらも間違っていない。
だから厄介だった。
その時。
幼獣が再び鳴いた。
クゥン。
小さな声。
檻の中で震えている。
巨大な魔物の耳が動く。
そして。
歩みが速くなった。
「まずい!」
アイリスの表情が変わる。
交渉が間に合わない。
巨大な魔物も理解し始めている。
人間達が返す気がない事を。
次の瞬間。
咆哮。
凄まじい音が休憩所を揺らした。
窓が割れる。
木材が軋む。
馬達が暴れ出す。
「うわっ!」
「押さえろ!」
「逃がすな!」
混乱が広がる。
巨大な魔物は前脚を振り上げた。
狙いは荷馬車。
卵のある荷馬車だった。
「止めるぞ!」
ユウマが走る。
ケイも続く。
ミナも杖を構える。
だが。
間に合わない。
あの巨体を止められる力はない。
その時だった。
空から光が降る。
白銀の矢。
一本。
二本。
三本。
十本。
連続して放たれた矢が巨大な魔物へ降り注ぐ。
アイリスだ。
矢は外殻へ突き刺さる。
深くはない。
それでも注意を引く。
巨大な魔物が振り返った。
赤い瞳。
怒りに満ちた視線。
アイリスは逃げない。
真正面から見返している。
「こっちを見なさい!」
さらに矢を放つ。
今度は目。
関節。
口元。
柔らかい部分だけを狙う。
技術が違う。
ユウマ達とは次元が違う。
だが。
それでも決定打にはならない。
巨大な魔物が突進した。
アイリスへ向かって。
地面が揺れる。
「アイリス!」
ミナが叫ぶ。
だが長耳族の女性は冷静だった。
横へ跳ぶ。
矢を放つ。
さらに跳ぶ。
また放つ。
まるで風そのもののような動き。
それでも押されている。
余裕はない。
ユウマは歯を食いしばった。
このままではジリ貧だ。
時間だけが過ぎていく。
その時。
視界の端で何かが動いた。
幼獣だった。
檻の隙間から小さな前脚を出している。
震えている。
怯えている。
そして。
母親を見ていた。
巨大な魔物もまた。
戦いながら何度も幼獣へ視線を向けている。
その姿を見た瞬間。
ユウマの胸に奇妙な違和感が生まれた。
敵。
危険な魔物。
そのはずなのに。
どうしても。
ただの化け物には見えなかった。




