第二章・十 「時間を稼ぐ者達」
巨大な魔物が一歩踏み出す。
ドォン、と地面が揺れた。
近い。
あまりにも近い。
休憩所の入口まではもう数十メートルしかない。
旅人達は必死に避難を続けている。
だが全員が逃げ切るには時間が足りない。
「ユウマ!」
ミナが杖を握る。
手は震えていた。
怖いのだ。
それでも逃げない。
「うん」
ユウマも短剣を構える。
怖い。
正直、今すぐ逃げ出したい。
あんな相手と戦いたいとは思わない。
だが。
ここで退けば後ろの人達が危険になる。
その現実だけは理解していた。
巨大な魔物が再び前進する。
視線は荷馬車。
卵。
幼獣。
変わらない。
だからこそ危険だった。
目的のためなら何でも壊す。
そういう迫力がある。
「ケイ!」
「おう!」
二人が同時に走る。
左右へ展開。
正面には立たない。
グラヴォルフ戦の経験が生きていた。
真正面から受ければ終わる。
なら動く。
攪乱する。
注意を引く。
その時だった。
巨大な魔物の耳が動く。
次の瞬間。
前脚が横薙ぎに振り抜かれた。
「速っ!?」
ケイが叫ぶ。
巨体からは想像できない速度。
戦斧で受ける暇すらない。
横へ飛ぶ。
衝撃。
風圧だけで身体が流される。
背後の木柵が吹き飛んだ。
「おいおいおい!」
「反則だろ!」
ケイが転がりながら立ち上がる。
汗が額を伝う。
笑っている余裕などない。
今のは危なかった。
少しでも遅ければ潰されていた。
その時。
ユウマが側面へ回り込む。
【スキル補助:《看破》】
観察。
呼吸。
重心。
筋肉の動き。
少しでも情報を集める。
だが分かる事は一つだけだった。
強い。
圧倒的に強い。
今までの敵とは格が違う。
その時だった。
巨大な魔物の前脚が動く。
狙いはユウマ。
「ユウマ右!」
ミナの声。
同時に頭の中へ感覚が流れ込む。
【魔法:《風糸》】
風が教える。
危険方向。
回避経路。
仲間の位置。
ユウマは反射的に身体を捻る。
直後。
巨大な鉤爪が通過した。
空気が裂ける。
あと一歩遅れていたら終わっていた。
「助かった!」
「うん!」
ミナの額には汗が浮かんでいた。
支援魔法を維持し続けている。
決して楽ではない。
だが効果は大きかった。
その時。
巨大な魔物が低く唸る。
赤い瞳がユウマへ向く。
次の瞬間。
地面を蹴った。
「えっ」
巨体が跳ぶ。
信じられない跳躍力。
ユウマの頭上へ影が落ちる。
まずい。
避け切れない。
そう思った瞬間。
「伏せろぉぉぉ!」
ケイの叫び声。
戦斧が飛んだ。
回転しながら空中を飛ぶ。
《グレイガルド》だ。
巨大な魔物の顔面へ直撃する。
鈍い音。
流石に大したダメージにはならない。
だが。
一瞬だけ視線が逸れた。
それで十分だった。
ユウマは転がる。
直後。
巨大な魔物が着地した。
轟音。
地面が陥没する。
土砂が舞い上がる。
「うわっ……!」
ユウマは息を呑む。
本当に危なかった。
助けられた。
その時。
「俺のグレイガルドぉぉぉ!」
ケイが叫ぶ。
戦斧は十メートル以上先へ転がっていた。
「投げたのお前だろ!」
思わずユウマも叫ぶ。
「咄嗟だったんだよ!」
「あとでちゃんと謝る!」
「武器に!?」
「当たり前だろ!」
緊張感の中で思わず笑いそうになる。
だが。
その瞬間だった。
休憩所の奥から怒鳴り声が響く。
「ふざけるな!」
商人だった。
「どれだけの価値があると思ってる!」
「返せる訳ないだろう!」
アイリスと商人達が激しく言い争っている。
交渉は難航していた。
そして。
巨大な魔物もそれを感じ取ったのか。
再び荷馬車へ向かって歩き出す。
ゆっくり。
だが確実に。
時間がなくなり始めていた。




