第二章・七 「群れの牙」
群れの頭が一直線に突っ込んでくる。
速い。
普通のグレイファングとは別物だった。
筋肉の動き。
踏み込み。
重心移動。
全てが洗練されている。
獣なのに。
まるで戦い慣れているようだった。
ユウマは短剣を握り直す。
逃げられない。
後ろには旅人達がいる。
商人達がいる。
避難している子供達もいる。
ここを通す訳にはいかなかった。
風が吹く。
【魔法:《追風》】
ミナの支援が続いている。
身体が軽い。
脚が自然と動く。
だが。
それでも速い。
「ユウマ!」
ケイの叫び声。
群れの頭が跳んだ。
牙が迫る。
大口を開けながら。
喉元へ食らいつこうとしている。
ユウマは踏み込んだ。
【スキル補助:《空閃》】
世界が少しだけ遅く見える。
真正面には行かない。
右でもない。
左でもない。
最も危険が少ない角度。
身体が自然と導かれる。
牙が肩を掠めた。
服が裂ける。
皮膚も浅く切れた。
だが致命傷ではない。
ユウマは狼の側面へ滑り込む。
「はあぁっ!」
短剣を振る。
首筋。
しかし。
硬い。
毛皮の下にある筋肉が異様に強靭だった。
刃が深く入らない。
群れの頭が咆哮する。
近い。
耳が痛い。
そのまま前脚が振り下ろされた。
「ぐっ!」
ユウマは短剣で受ける。
失敗だった。
重い。
とてつもなく重い。
身体ごと吹き飛ばされる。
地面を転がる。
背中へ衝撃。
肺から空気が抜ける。
【ユウマ HP:83%】
数字が僅かに減少する。
「ユウマ!」
ミナが叫ぶ。
「大丈夫!」
大丈夫ではなかった。
腕が痺れている。
今の一撃をまともに受けていたら終わっていた。
だが。
立ち上がる。
恐怖はある。
むしろ凄く怖い。
足が震えそうになる。
それでも。
ここで逃げる訳にはいかなかった。
群れの頭は再び飛び掛かろうとしている。
そこへ。
「こっち見ろぉぉぉ!」
ケイが突っ込んだ。
戦斧が唸る。
横薙ぎ。
群れの頭が反応する。
後方へ跳躍。
避けた。
だが。
その一瞬で十分だった。
「ユウマ!」
「合わせろ!」
「分かった!」
ケイが前へ出る。
戦斧を振る。
重い一撃。
狼が避ける。
さらにもう一撃。
避ける。
また一撃。
避ける。
だが。
ケイは当てるために振っていなかった。
「今だ!!」
叫ぶ。
その瞬間。
ユウマは理解した。
群れの頭の重心。
回避方向。
次の動き。
見える。
【スキル補助:《看破》】
情報が流れ込む。
狼は左へ避ける。
必ず。
そこしかない。
なら。
そこへ行く。
【スキル:《瞬脚》】
地面を蹴る。
風が弾ける。
一瞬で距離を詰める。
狼の赤い瞳が見開かれた。
予想外だったのだろう。
だがもう遅い。
ユウマは狼の死角へ滑り込む。
【スキル補助:《空閃》】
刃が走る。
最適軌道。
最も深く。
最も効率良く。
首筋へ。
銀光が閃いた。
鮮血。
群れの頭が苦悶の声を上げる。
だが。
まだ倒れない。
「硬ぇな!」
ケイが叫ぶ。
「なら!」
再び戦斧を振り上げた。
今度は違う。
踏み込み。
重心。
力の乗せ方。
先ほど発現した感覚。
砕く。
壊す。
崩す。
そのための一撃。
【スキル:《崩打》】
戦斧が振り下ろされる。
轟音。
群れの頭の肩へ直撃した。
骨が砕ける。
巨体が傾く。
完全に体勢が崩れた。
「ユウマ!!」
ケイが叫ぶ。
最大の隙。
今しかない。
ユウマは呼吸を整える。
残るMPを確認する。
【MP:41%】
使える。
あと二回。
いや。
今は一回で十分だ。
右手を前へ向ける。
魔力を集める。
熱が生まれる。
空気が揺れる。
周囲の旅人達が目を見開いた。
ユウマ自身もまだ慣れていない。
鐘楼で手に入れた力。
初めての実戦。
「――《火弾》」
炎が生まれた。
眩い赤橙色。
圧縮された火球。
それが一直線に飛ぶ。
群れの頭の胸部へ命中した。
轟音。
爆炎。
熱風が吹き抜ける。
巨体が吹き飛んだ。
地面を転がる。
そして。
動かなくなった。
静寂。
誰も声を出せなかった。
次の瞬間。
周囲のグレイファング達が一斉に後退する。
群れの頭が倒れた。
それを理解したのだろう。
狼達は次々と森へ逃げ始めた。
戦いが終わる。
ユウマは大きく息を吐いた。
膝が少し震えている。
怖かった。
本当に怖かった。
だが生きている。
その時だった。
遠方から大型魔物の断末魔が響いた。
直後。
森の奥から姿を現したアイリスがこちらを見る。
そして。
倒れた群れの頭と。
立っているユウマ達を見て。
少しだけ驚いたように目を見開いた。




