第一章・三十六 「戦いの後」
グランゼルの巨体が、
港通りへ沈んでいた。
青黒い外殻。
砕けた前脚。
割れた胸部。
そこから、
黒ずんだ液体が石畳へ流れている。
もう動かない。
本当に。
終わったのだ。
潮風が吹き抜ける。
だが。
さっきまでの穏やかな朝とは全く違う。
砕けた屋台。
崩れた荷車。
酸液で溶けた石畳。
煙。
血。
呻き声。
港通りは酷い有様だった。
ユウマはその場へ膝を付いたまま、
荒い息を吐く。
【ユウマ HP:18%】
低い。
まだ危険域。
レベルが上がっても、
傷そのものが消えたわけじゃない。
肩は熱い。
全身痛い。
指先も震えている。
「っ……
はぁ……」
呼吸が上手く整わない。
怖かった。
本当に。
あと少しズレていたら死んでいた。
その実感だけが、
妙にリアルだった。
近くでケイも座り込む。
「マジで……
死ぬかと思った……」
【ケイ HP:22%】
かなり削られている。
背中の服も破れ、
血が滲んでいた。
それでも。
ケイは笑おうとしていた。
「ユウマ……
お前最後ヤバかったぞ……」
「ケイもだろ……」
ユウマが息を切らしながら返す。
ケイは苦笑した。
「いや……
あんな化け物相手に、
前出るとか普通無理だって……」
その声には、
本気の震えが混ざっていた。
強がっているだけだ。
本当は、
かなり怖かったのだろう。
ミナも近くへ駆け寄って来る。
【ミナ HP:47%】
三人の中では一番残っている。
だが。
顔色は真っ青だった。
「だ、大丈夫……!?」
ミナはそう言いながらも、
自分の手が震えている事に気付いていた。
さっきまで。
本当に人が死にかけていた。
目の前で。
血が流れていた。
それが頭から離れない。
その時。
兵士達の怒鳴り声が響く。
「負傷者を運べ!!」
「回復術師呼べ!!」
「酸液に触れるな!!」
港通りはまだ混乱していた。
倒れている兵士。
泣いている子供。
崩れた建物。
完全に戦争の跡みたいだった。
リュードが剣を地面へ突き立て、
重く息を吐く。
【リュード HP:28%】
鎧は砕け、
肩から血が流れている。
それでも立っていた。
隊長として。
最後まで。
リュードはユウマ達を見る。
「……助かった」
短い言葉。
だが。
重みがあった。
ユウマは少し驚く。
リュードみたいな人が、
自分達へ礼を言うとは思わなかった。
ケイも目を丸くする。
「いや……
俺らも必死だっただけっていうか……」
「それでもだ」
リュードが静かに言う。
「普通のロストなら、
逃げていた」
その言葉で、
三人の空気が少し止まる。
ロスト。
その単語。
まだ慣れない。
なのに。
もう完全に、
自分達へ向けられていた。
その時だった。
グランゼルの死体付近で、
兵士の一人が叫ぶ。
「隊長!!
魔晶核です!!」
ユウマ達がそちらを見る。
グランゼルの胸部。
割れた外殻の奥で、
青黒い光が脈動していた。
拳大ほどの結晶。
深海みたいな色。
どこか不気味な光だった。
リュードの表情が僅かに変わる。
「……大型種の核か」
セレナも静かに近付く。
【セレナ HP:31%】
かなり疲弊している。
だが。
その青い瞳は、
核を警戒していた。
「普通の海甲獣より、
魔力濃度が高いですね……」
「やっぱり異常個体か?」
リュードが眉を寄せる。
セレナはすぐには答えなかった。
ただ。
核を見つめる目が、
少し険しい。
ユウマはその様子を見ながら、
小さく息を吐く。
結界停止。
街への侵入。
異常な強さ。
全部が偶然とは思えなかった。
だが。
今は考える余裕が無い。
身体が限界だった。
その瞬間。
再び視界端へUIが浮かぶ。
【称号取得】
《沿岸生還者》
【効果:
沿岸区域での恐怖耐性微上昇】
「っ……」
ユウマが息を呑む。
ケイも自分のUIを見ていた。
「また出た……」
ミナも困惑している。
だが。
セレナだけは静かだった。
「……称号です」
慣れた声。
「一定条件を満たした者へ、
世界側が与える補助」
世界側。
その言い方が、
妙に引っ掛かった。
まるで。
運営でも、
システムでもなく。
この世界そのものが、
判断しているみたいだったからだ。
その時だった。
港通り奥側から、
鐘の音が鳴り響く。
ゴォォォン……!!
重い鐘。
警戒解除。
さっきまで響いていた悲鳴が、
少しずつ静まり始める。
人々が、
恐る恐る顔を上げ始めていた。
生き残った。
港町セイルは、
壊れながらも守られたのだ。
だが。
ユウマはグランゼルの核を見つめる。
あの魔物は、
本当に偶然ここへ来たのか。
その疑問だけが、
胸の奥へ静かに残り続けていた。




