第一章・三十五 「討伐」
グランゼルが咆哮した。
耳を裂くような絶叫。
傷口から青黒い液体が噴き出している。
【海甲獣グランゼル HP:9%】
だが。
まだ倒れない。
巨大な前脚が石畳を砕く。
港通り全体が揺れた。
「まだ動くのかよ……!」
ケイが顔を引き攣らせる。
【ケイ HP:24%】
限界だった。
呼吸も荒い。
背中から血が流れている。
それでも短剣を握る手は震えながら前を向いていた。
ミナも涙目で息を呑んでいる。
【ミナ HP:52%】
彼女自身のHPは残っている。
だが。
精神的には完全に限界だった。
周囲では、
兵士達が倒れている。
酸液で焼かれた鎧。
血。
呻き声。
港町セイルの朝は、
もう完全に戦場へ変わっていた。
グランゼルが低く沈み込む。
赤い目が、
真っ直ぐユウマを捉える。
最後に殺す相手を決めたみたいに。
ユウマの背筋へ寒気が走った。
【ユウマ HP:19%】
低い。
かなり危険域。
あと一撃まともに受ければ終わる。
でも。
逃げれば後ろが死ぬ。
後方にはまだ避難し切れていない人達がいる。
子供。
老人。
負傷兵。
ユウマは短剣を握り締めた。
怖い。
本当に。
だけど。
ここで引けば終わる。
「ユウマ!!」
セレナが叫ぶ。
【セレナ HP:31%】
彼女も限界だった。
魔力消耗が激しい。
呼吸が乱れている。
それでも杖を構えていた。
「次で決めます!!
合わせてください!!」
ユウマは頷く。
グランゼルが突進した。
轟音。
石畳が爆ぜる。
速い。
今までで一番速い。
巨体とは思えない速度。
ユウマは息を吸った。
【《瞬脚》】
加速。
身体が前へ滑る。
今までより自然だった。
踏み込みが軽い。
加速のタイミングが分かる。
グランゼルの前脚が迫る。
死ぬ。
近過ぎる。
だが。
ユウマの感覚は、
グランゼルの重心移動を捉えていた。
右。
次は尾が来る。
ユウマは強引に身体を捻る。
直後。
尾が背後を薙いだ。
風圧で呼吸が止まりそうになる。
「っ……!!」
だが避けた。
今までなら、
絶対に間に合わなかった。
その瞬間。
ユウマの目が、
グランゼルの胸部側面で止まる。
爆裂石。
フェイズ。
アイスピア。
集中攻撃を受け続けた場所。
外殻が完全に割れていた。
今なら届く。
ユウマは踏み込む。
【《空閃》】
世界が静かになる。
最短軌道。
最適角度。
グランゼルの巨体の懐へ、
一気に潜り込む。
「ぉぉおおおおっ!!」
短剣を突き出す。
その瞬間だった。
横から、
巨大な氷槍が走る。
「《氷穿槍》!!」
セレナ。
青白い閃光。
氷槍が、
ユウマの突き出した短剣とほぼ同時に傷口へ突き刺さった。
ドゴォォォォォン!!
轟音。
港通りが揺れる。
グランゼルが絶叫した。
【海甲獣グランゼル HP:2%】
まだ。
まだ残っている。
「化け物かよ……!!」
ケイが叫ぶ。
その瞬間。
リュードが前へ出た。
【リュード HP:28%】
血塗れ。
鎧も砕けている。
それでも。
その目だけは死んでいなかった。
長剣を構える。
「ユウマ!!
離れろ!!」
ユウマは反射的に飛び退く。
直後。
リュードが地面を踏み砕いた。
重い踏み込み。
騎士として鍛え上げられた一撃。
「終わりだァァァァッ!!」
銀閃。
長剣が、
グランゼルの割れた外殻へ叩き込まれる。
ガギィィィィィッ――!!
そして。
貫通。
【海甲獣グランゼル HP:0%】
一瞬。
グランゼルの巨体が止まった。
赤い目が揺れる。
次の瞬間。
巨体が崩れ落ちた。
ドゴォォォン……!!
港通りが震える。
白煙。
砕けた石畳。
静寂。
そして。
誰かが小さく呟いた。
「……倒した?」
直後。
周囲から歓声が上がった。
「やったぞ!!」
「討伐だ!!」
「グランゼルが死んだ!!」
兵士達が叫ぶ。
港通りへ、
安堵が広がる。
だが。
ユウマはその場へ膝を付いた。
限界だった。
呼吸が荒い。
腕が震える。
全身痛い。
【ユウマ HP:18%】
ギリギリ。
本当にギリギリだった。
その時だった。
視界端へ、
再びUIが浮かぶ。
【討伐貢献を確認】
【経験値を獲得しました】
【Lv.8 → Lv.9】
直後。
身体が少し軽くなる。
呼吸が僅かに楽になる感覚。
ユウマは息を呑んだ。
「……レベル、
上がった……?」
ケイも驚いた顔をする。
「俺もだ……」
【ケイ Lv.7 → Lv.8】
ミナも自分のUIを見つめていた。
【ミナ Lv.6 → Lv.7】
その時。
セレナが静かに呟く。
「……生き残りましたね」
その声を聞いた瞬間。
ユウマはようやく理解した。
本当に。
生き残ったのだと。




