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第一章・二十八 「港通り襲撃」



 港側から、

 獣みたいな咆哮が響いた。


 窓ガラスが震える。


 ミナが肩を跳ねさせた。


「ひっ……!」


 リュードが即座に剣へ手を掛ける。


「セレナ。

 動けるか」


「問題ありません」


 即答だった。


 ユウマは窓の外を見る。


 港側。


 人々が逃げ始めている。


 煙。


 怒鳴り声。


 悲鳴。


 さっきまで平和だった朝が、

 一瞬で崩れ始めていた。


 そして。


 ユウマの視界端へ、

 半透明の警告UIが浮かぶ。


【沿岸区画警戒レベル上昇】


「……っ」


 ユウマの背筋へ、

 嫌な寒気が走った。


 リュードが兵士へ怒鳴る。


「数は!?」


「確認出来てるだけで三体!!

 荷揚げ区画から中央通りへ侵入中です!!」


「馬鹿な……

 結界門はどうした」


「反応停止しています!!」


 部屋の空気が一変する。


 リュードが舌打ちした。


「あり得ん……」


 セレナの表情も険しい。


「沿岸結界が止まるなんて……」


 ユウマは眉を寄せた。


 沿岸結界。


 そんなものがこの街にはあるのか。


 リュードが低く呟く。


「普段なら海魔物は街へ近付けない。

 結界塔が魔力潮流を制御してる」


「じゃあ……

 なんで……」


 ミナの声が震える。


 リュードは答えなかった。


 ただ。


 その顔は明らかに異常事態を示していた。


 その時だった。


 外から凄まじい悲鳴が響いた。


「ぎゃあああああっ!!」


 全員の空気が止まる。


 ユウマは反射的に窓へ近付いた。


 港通り。


 石畳の道を、

 人々が必死に逃げている。


 その後ろ。


 巨大な影。


「……なんだ、

 あれ」


 ケイが呆然と呟く。


 魔物だった。


 四足。


 だが。


 レイヴンハウンドより遥かに大きい。


 全身を青黒い外殻で覆われている。


 蟹みたいな硬質装甲。


 だが頭部は獣。


 鋭い牙。


 複数の赤い目。


 口から泡立った液体を垂らしている。


 巨大な前脚が、

 石畳を踏み砕いた。


 その瞬間。


 視界端へ文字が浮かぶ。


【海甲獣グランゼル】


【推奨危険度:C級以上】


【警告:

 市街地戦闘は極めて危険】


「海甲獣……?」


 ユウマが呟く。


 セレナが低く言う。


「本来は沖側に出る大型種です。

 港へ来る事自体が異常です」


 グランゼルが咆哮する。


 直後。


 港通りの屋台を吹き飛ばした。


 木材が砕ける。


 人々が悲鳴を上げながら逃げ惑う。


「隊長!!」


 兵士が叫ぶ。


 リュードが即座に振り返る。


「避難誘導を優先しろ!!

 中央区画へ入れるな!!」


「はっ!!」


 兵士達が駆け出していく。


 セレナが杖を握る。


「私は前へ出ます」


「まだ傷が治ってないだろ」


「そんな事を言ってる状況ではありません」


 静かな声。


 だが。


 張り詰めていた。


 ユウマは窓の外を見る。


 港通り。


 逃げ遅れた子供が転んでいた。


 十歳くらい。


 泣きながら立ち上がれないでいる。


 そのすぐ後ろ。


 グランゼルが迫っていた。


「っ!!」


 ユウマの身体が反射的に動く。


「ユウマ!?」


 ケイが驚く。


 ユウマは壁へ立て掛けてあった短剣を掴む。


 まだ身体が重い。


【ユウマ HP:34%】


 回復したとはいえ、

 全快には程遠い。


 でも。


 あの距離じゃ間に合わない。


 リュード達も遠い。


 セレナがユウマを見る。


「待ちなさい。

 今のあなたでは――」


「でも!!」


 ユウマは歯を食い縛った。


 怖い。


 本当に怖い。


 昨日、

 死にかけたばかりだ。


 また戦えば、

 今度こそ死ぬかもしれない。


 なのに。


 足が止まらなかった。


 窓際から飛び出す。


「うおっ!?」


 ケイが慌てる。


「おい待て!!」


 ユウマは階段を駆け下りた。


 宿の一階。


 酒場スペースを抜ける。


 外へ出た瞬間。


 潮風と騒音がぶつかって来た。


 港町セイル。


 さっきまで平和だった朝は、

 完全に崩れている。


 逃げ惑う人々。


 倒れた木箱。


 散乱する魚。


 怒鳴り声。


 泣き声。


 そして。


 港通り中央。


 海甲獣グランゼルが咆哮していた。


 巨大。


 重い。


 レイヴンハウンドとは違う。


 あれは。


 真正面からぶつかる相手じゃない。


 ユウマの本能が警鐘を鳴らす。


 危険だ。


 昨日の戦闘より、

 遥かに嫌な圧力を感じる。


 その瞬間。


 グランゼルが子供へ前脚を振り上げた。


「っ――!」


 ユウマは地面を蹴った。


 身体が痛む。


 肺が焼ける。


 それでも。


 走る。


 石畳を蹴る。


 視界が狭まる。


 子供。


 魔物。


 そこまでの距離。


 間に合うか。


 いや。


 間に合わせるしかない。


 その瞬間だった。


【スキル補助起動】


【《瞬脚アクセル》】


 身体が軽くなる。


 ユウマは一気に加速した。


 港通りを駆け抜ける。


 風景が流れる。


 そして。


 グランゼルの爪が振り下ろされる直前。


 ユウマは子供へ飛び込んだ。


「危ないっ!!」


 轟音。


 石畳が砕け散る。


 ユウマは子供を抱えたまま転がった。


 衝撃。


 石片。


 砂煙。


 耳鳴り。


「だ、大丈夫か!?」


 子供は涙目で頷いた。


「お、お兄ちゃん……」


 その時だった。


 グランゼルがゆっくりユウマを見る。


 複数の赤い目。


 青黒い外殻。


 巨大な顎。


 その巨体が、

 ゆっくりこちらへ向き直る。


 ユウマの背筋へ、

 冷たい汗が流れた。


【海甲獣グランゼル HP:100%】


 次の瞬間。


 グランゼルが咆哮した。


 港町セイル全体が震えるほどの、

 重い咆哮だった。

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