第一章・十 「Lost Horizon」
宿通りへ戻る頃には、
レグナス全体の熱気がさらに増していた。
空中UI。
イベント告知。
大型モニター。
プレイヤー達の歓声。
水路沿いを歩くだけで、
そこら中からイベント話題が聞こえてくる。
「絶対深層海くるって!」
「海域マップ拡張じゃね?」
「艦隊イベントだったら神」
「S箱マジ欲しい……!」
期待。
興奮。
高揚感。
大型イベント前独特の空気だった。
レグナス中央広場へ近付くにつれ、
プレイヤー数はさらに増えていく。
「人エグ……」
ミコトが呆れたように呟く。
広場一帯が、
ほとんどプレイヤーで埋まっていた。
重装プレイヤー。
魔導職。
生産職。
観光勢。
初心者。
高ランク装備を纏った上位勢。
様々なプレイヤー達が、
巨大な空中UIを見上げている。
【海域連動イベント
Lost Horizon 開始まで】
【00:21:44】
「もう二十分切るな」
カナタが言う。
「とりあえず補給済ませるか」
ガイがポーション袋を確認した。
四人は広場脇の補給屋台へ向かう。
回復薬。
状態異常解除薬。
海域耐性アイテム。
イベント開始直前だけあって、
どこもかなり混雑していた。
「船酔い耐性、
買っとく?」
ミコトが聞く。
「海イベントだし」
「いるか?」
「前の海戦イベント、
普通に酔った」
「あれ揺れエグかったからな……」
Astral Ringの感覚再現度は高い。
海戦系イベントでは、
本当に酔うプレイヤーもいる。
「お、
ユウマじゃん」
不意に後ろから声が飛んだ。
振り返る。
長槍を背負ったプレイヤーだった。
銀灰色の短髪。
長身。
鋭い目付き。
だが笑うと少し柔らかい。
「……レン?」
「久々」
男が軽く手を上げた。
上位レイド勢の一人。
海域攻略系で有名なプレイヤーだ。
「お前も参加か」
「そりゃするだろ。
Lost Horizonだぞ?」
レンは笑う。
「深層海域解放だったら、
ガチで歴史変わる」
「お前毎回それ言ってる」
「でも今回はマジ感ある」
周囲でも、
上位勢らしきプレイヤー達が集まり始めていた。
大型イベント。
しかも未知海域。
参加者数は、
過去最大規模とも言われている。
配信勢らしいプレイヤーもいた。
空中カメラユニット。
録画ドローン。
視界共有設定。
「配信ONー!」
「今日は徹夜確定!」
「S箱神引きしてぇ!」
観客チャットが、
空中UIへ高速で流れていく。
まるで祭りだった。
いや。
本当に祭りなのだ。
Astral Ring大型イベントは、
現実世界側でも巨大コンテンツになっている。
攻略サイト。
企業配信。
実況。
考察。
SNS。
Lost Horizonは、
ここ数年で最大レベルの注目イベントだった。
【00:14:02】
カウントダウンが減る。
同時に。
空気が少し変わった。
広場中央。
巨大転送陣が起動し始める。
青白い光。
魔法陣。
空中展開される古代文字。
海面から浮かび上がる光粒。
「うお……」
周囲から歓声が上がる。
「演出やっば……」
「運営本気じゃん」
プレイヤー達が次々と転送陣へ集まり始める。
海風が強くなる。
空中UIが開く。
【海域連動イベント
Lost Horizon】
【参加形式:
強制ソロ転送型】
「……え?」
ミコトが目を瞬かせた。
「ソロ?」
「珍しくね?」
カナタも眉を上げる。
Astral Ring大型イベントは、
基本的にパーティ推奨が多い。
強制ソロ型はかなり珍しい。
「まぁでも、
集合型なんだろ」
ガイが言う。
「一回散って合流するタイプ」
「かもな」
ユウマも頷いた。
そこまで違和感は無い。
むしろ大型イベントでは、
こういう特殊ルールの方が盛り上がる。
周囲でも。
「ソロスタート熱っ!」
「探索型か?」
「神イベ臭する!」
かなり好意的に受け止められていた。
【00:08:11】
空が変わり始める。
夜空全体へ、
巨大な青白い紋様が広がっていく。
星空を書き換えるみたいに。
「うわ……」
ミコトが空を見上げた。
広場全体が青光へ包まれる。
海面。
橋。
建物。
プレイヤー達。
全てが蒼い光を反射していた。
「これリアルタイム演算か……?」
レンが呟く。
「規模おかしいだろ」
空中へ浮かぶ無数の魔法陣。
回転する古代文字。
海面から立ち昇る光粒。
まるで世界そのものが、
イベントへ反応しているみたいだった。
歓声が上がる。
プレイヤー達が笑う。
誰もが、
この瞬間を楽しんでいた。
【海域転送開始】
女性の声が響いた。
ARISシステムボイス。
透き通るような、
落ち着いた声。
感情的ではない。
だが、
機械音声特有の不自然さも無い。
まるで本当に、
誰かが静かに語り掛けているみたいだった。
【対象プレイヤー認識】
【海域同期開始】
【位相接続展開】
「位相接続?」
カナタが首を傾げる。
「聞いた事ある?」
「いや?」
だが。
誰も深く気にしない。
Astral Ringでは、
意味不明な専門用語演出は珍しくない。
むしろ。
そういう演出こそ、
プレイヤー達は大好きだった。
【00:03:26】
転送陣の光が強まる。
海風が唸る。
レグナス中の水路が、
一斉に青白く発光し始めた。
「うおおお!?」
「街全体演出!?」
「マジでエグ!」
歓声が上がる。
巨大港湾橋。
灯台。
水路。
海。
全部が蒼い光へ染まっていく。
その中心で。
巨大な海上魔法陣が展開された。
空を覆うほど巨大な円環。
その内側では、
まるで別の海が映っているみたいだった。
荒れ狂う暴風海域。
黒い雲。
巨大な波。
青白い稲妻。
「うわ……
すげぇ……」
ミコトが呆然と呟く。
周囲のプレイヤー達も、
完全に空気へ呑まれていた。
現実では絶対に見られない景色。
これこそ、
Astral Ringだった。
【00:01:02】
カウントダウンが赤へ変わる。
プレイヤー達の歓声がさらに大きくなる。
「始まるぞ!!」
「Lost Horizon!!」
「いけえええ!!」
海風。
熱気。
笑い声。
期待。
その全部が混ざる。
そして。
【00:00:10】
転送陣が脈動する。
【00:00:09】
光が視界を埋め始める。
【00:00:08】
古代文字が高速回転する。
【00:00:07】
海面が浮き上がる。
【00:00:06】
空間そのものが歪む。
【00:00:05】
「うおっ!?」
誰かが声を上げた。
だが。
プレイヤー達はまだ笑っている。
イベント演出だと思っていた。
【00:00:04】
視界端のUIが僅かにノイズを走らせる。
【00:00:03】
空中チャット欄が乱れた。
【00:00:02】
視界へ黒い線が走る。
【00:00:01】
ARIS音声が響く。
【 Lost Horizon 起動 】
その瞬間。
世界が反転した。




