さよなら
アリアが放った弾幕が迫る。
羽衣璃は迷わずその中に突っ込んだ。盛大な自爆を行うためではなく、弾幕の中に生じている僅かな隙間をくぐり抜けたのである。
「はぁぁぁぁぁ!」
加速を乗せた拳と、ブラッドムーンが衝突し、その余波でビルが吹っ飛んだ。
余波だけでもこの威力である。
羽衣璃の飛行形態の特徴は何と言ってもそのスピードにある。
マッシヴなシルエットの基本形態から、空気抵抗を減らしたスマートなデザインに変えることで、ただバーニアを付けただけでは得られない速度を得ていた。
さらに速さはそのまま火力の引き上げにも繋がる。
アームブレードはオミットされているが、加速を乗せた一撃はそれを補って余りあるものだ。
今や羽衣璃は黒い弾丸と化し、アリアに食らいつく。
拳を叩き込む度に、羽衣璃の心に危険な高揚が湧き上がる。
『羽衣璃、分かっていると思うがこのエアリアルフォームは長くは保たない。自らの魔力を派手に放出し続けているからね。早々に決着を付けよう』
その高揚を沈めるようにディアの忠告が響いた。
ガリガリと、自分のエネルギーが削られるように消えていくのが分かる。
この様子では、保って数分と言ったところか。
「分かってます……! て言うかアリアさんやっぱり強すぎますって! 初登場補正無双全然出来ないんですが!?」
『だが今のアリアはかなり消耗している。君に肉体の一部を奪われただけでなく、我妻キルとの戦いでかなりのダメージを受けたようだからね』
「それでコレってどんだけ化物なんですか……! 反則ですよこんなの!」
『はっきり言って、今の君も充分反則だとは思うけどね……諦めるかい? 羽衣璃』
「まさか。そんなワケ、ないでしょ……!」
絶対に倒す。そのために作り上げたのだ、この新しい身体を……!
何度も何度も、羽衣璃とアリアは衝突を繰り返した。
その度に身体の一部が砕け、その度に再生する。いくら再生特化とは言え、エアリアルフォームの状態でそれを行うのは危険だと分かっている。
だが、リミッターを外した攻撃が無ければ到底アリアには届かない。
羽衣璃が飛行形態になったことで、戦いは三次元的なものへと変化した。
上へ下へ、右から左へ。
絡み合うように戦う羽衣璃とアリアは無軌道なハリケーンと化した。
ダンジョン化によってその在り方が変化しつつある街は、圧倒的な暴力の嵐に晒されることになった。
巻きこまれたものは見るも無惨に砕け、引き裂かれる。
彼女達が通った場所はエリアDを彷彿とさせる廃墟と化した。
どのように変化したとて、破壊されれば皆同じ瓦礫の山だ。
しかし戦いの渦中にあるものは、それを認識していなかった。
お互いに、自らの敵を見ていた。
相手を殺す。
意識にあるのはそれのみだった。
気付けば二人は上昇し、結界を突き破っていた。
それでも尚止まらず、競い合うように空を目指す。雲を突き抜け、羽衣璃とアリアは満月が輝く夜空の中心へと至る。
相対する両者に流れる僅かな沈黙。
「――あなたを殺すわ」
「――あなたを、狩らせていただきます!」
交わされた言葉はそれだけだった。それだけで充分だった。羽衣璃はバーニアを噴かしさらなる高みへと舞い上がる。対するアリアもブラッドムーンを構えた。
「第五拘束、解除――!」
「魔力、充填」
羽衣璃の右脚の顎が展開し、アリアのブラッドムーンはその輝きを増していく。
限界まで高度を稼ぐ。
低温に晒されたことにより鎧が凍りそうになるが、顎から発せられる熱に一瞬で蒸発した。
『今だ、羽衣璃!』
ディアの声に、羽衣璃は勢いを殺さぬままターン。
凄まじいGと遠心力に身体が千切れそうになるが、歯を食いしばり耐えた羽衣璃は、バーニアを全開にしさらに加速。
同時に、羽衣璃の視界では豆粒ほどの大きさになっていたアリアが、ブラッドムーンを振り抜く――!
全てを飲み込まんとする紅の奔流が羽衣璃に迫る。
避けるか? 否。
正面からぶつかり、受け止め、ねじ伏せる。そうでなければ、勝機は無い。
「おりゃあああああああああああああ!」
超高度から放たれる羽衣璃の跳び蹴りと、アリアが放つ光線が衝突した。同時に羽衣璃の肉体の水分が瞬時に沸騰!
「がああああああ!」
圧倒的なまでの熱。人間ならば一瞬で蒸発していただろう。
『羽衣璃……!』
「大丈夫、です……!」
無論大丈夫ではない。この短時間で心臓を含めた内臓がそれぞれ十回は壊れた。
視界が明滅しているのは、眼球が破裂と再生を繰り返しているからに他ならない。
内部はどれだけ壊れようが構わない。まず外枠のカタチを維持する。
それ以外のリソースを鎧の補強と顎からのエネルギー放出に回す――!
『ブラッドムーンの魔力砲が持つ総合火力は僕達を上回る。だが、エネルギーの収束度で言えばこちらが上だ。流れの全てに抗うことはできない……だからこそ、一点突破で流れを切り裂け!』
流れを、切り裂く。
ディアが与えてくれたイメージが、羽衣璃の沸騰寸前の脳内で弾けた。
狙うは一点突破――!
「はあああああああああああああああああああ!」
顎から放出されるエネルギーを拡散させず、足に全て集中させる。
バーニア本体が壊れんばかりに、炎が激しく噴き上がった。
力を使い過ぎているのが自分でも分かる。身体も心も、既に危険域に突入している。
だが――
「終われないんですよ……こんな、ところで」
ディアとキル――大切な人達と一緒にいたい。
もっと色々なものを食べたい。
毎週楽しみにしている特撮番組は、来週ヒーローの新フォームが登場する。
追っている漫画の新刊だってもうすぐ出る。
そのためには必要なのだ、自分の存在と――この世界が。
いきなりスケールがデカくなりすぎたと内心苦笑するが、それが羽衣璃の嘘偽らざる気持ち。
故に終われない。
己が願いを、明日を掴むために、目の前の敵を撃滅する――!
「「おりゃあああああああああああああああ――!」」
二つの声が、心が、重なる――!
瞬間、黒色の流星が一条、奔流を切り裂いた。
羽衣璃のキックはそのままブラッドムーンを砕き、アリアの肉体をも貫く。
水分を含んだ確かな手応え――心臓を破壊したことを確信する。
「ディア――」
彼女の身体を突き抜けるように破壊したその時、少女の声が響いた。
「――さよなら」
爆散。空を覆わんばかりの爆発に背を向けた羽衣璃は、そのまま街へと一直線で降下し地面へと着弾。
落下の衝撃で多数の瓦礫とモンスターを巻き上げた。
巻きこまれたモンスターはその衝撃のみで肉塊と化す!
「オオオオオオオ――!」
勝利の咆哮がダンジョンを揺るがす。
しかし、それは長くは続かなかった。
声が途切れ、羽衣璃は、そのまま仰向けに倒れた。
「あ……これ、マズい、かも」
頭の中がグチャグチャになっていた。
肉体は戦いが終わったこともあってか、既に修復が始まっている。
問題は心。
大切なものが、羽衣璃が羽衣璃であるためのものが失われていく。
視界が赤く染まっていくのもそのせいだろうか。
「力、使い過ぎ、ました――」
ああ、これが人間性を失うということなのだろうか。
せっかく勝ったのに、これでは――そう思ったとき、鎧が身体から外れた。
何が起こったと認識するよりも早く、口に何かが突っ込まれる。
反射的に咀嚼した瞬間、馴染んだ甘みが口の中に広がった。
「ウンマーイ……」
視界が正常に戻り、変質しかけていた心も元に戻った。
寝っ転がりむぐむぐと咀嚼していると、ひょっこりとディアが視界に映り込んだ。
「やれやれ、こんなこともあろうかと影の中に忍ばせておいて正解だったよ」
その手に持っているのは、いつも羽衣璃が持ち歩いている羊羹だった。
「いやー、助かりました。マジで心まで人間やめるところでしたよハハハ」
「ハハハじゃない! ……まったく、君は緊張感に欠けるというか」
「面目ない。それで……終わり、ましたか?」
羽衣璃の言葉に、ディアは静かに頷いた。
「ああ、終わったとも」
空に浮かんでいた砂時計は止まり、消滅した。周囲は異形の迷宮から街へと、元の姿を取り戻しつつあった。それはこのダンジョンを統べる存在が撃破されたからに他ならない。
「おやすみアリア。いい夢を」
青く輝く月を見上げ、ディアは友に別れを告げた。




