迷い人
「見事にやられたな、こりゃ」
それが、モニターで動画を見た玉藻の感想だった。
「……」
ソファーの上で体育座りをしているキルは、ぴくりと身じろぎする。
先程まで流れていた動画は、黒鎧とキル&リンネの戦いをドローンで撮影したものである。
動画の最後には、相殺しきれずにアバターを破壊され、消滅するキルの姿がバッチリ捉えられていた。
破壊されたのは現実の肉体ではないが、まだ微かに幻痛を感じる。
あの衝突の後の黒鎧の行方は依然として知れない。浮島エリアが崩壊した際に生き埋めになった可能性もあるが、あれはそんなところでくたばるような存在ではない。
「私は負けてない」
「この動画の後でそれは無理あんだろ……」
分かっている。
分かっているが、どうしても認められない。
自分はモンスターを倒さなくてはいけないのに、この体たらくだ。
「まあアレだ。戦いに勝つこともあれば、負けるときもある。今日は負けるときだったってだけの話さ。次勝てばいいんだよ、次。それができるのがアバターシステムだろ?」
こう言うとき気遣ってくれるのは有り難いが、己に不甲斐なさを感じている時に言われると割とダメージが入る。
「しっかし、今までとはまるで別人の動きだな。もしかして、装着者変わったのか?」
「……それはないと思う。首刎ねる前は、前の動画みたいな動きをしてた」
それでも大分ぎこちなく、しまいには逃走するようなことをしていたが……理由は分からないし、どうでもいい。標的の動向を斟酌するつもりはない。
「しっかし、首刎ねてもダメ、心臓破壊もダメか……マジでどう倒すんだ? いっそのこと、口にニンニク詰め込むか?」
「定番としては、細胞一つ残らず破壊するってとこかしら。他には殺さずに封印するってのもあるけれど」
会話に割り込んできたのは、地下のラボでキルのアバターを修復していた笹だった。
アバターが破壊され変身が解除された場合、自動修復が終わる一定期間を待つ必要があるが、技術者にメンテナンスを頼めば時間を短縮することができる。
笹のように腕のよい技術者ならば三十分とかからない。
アバターが破壊された直後に再変身することも可能ではあるが、変身者への体の負担が大きくなりスペックも下がる。
最悪の場合、アバターのデータそのものが破損し使い物にならなくなるという大きすぎる代償を支払うことになる。
「はい、キル。整備終わったわよ」
「……ありがとう」
デバイスを受け取ったキルは、ソファーから立ち上がる。
「キル、どこ行くんだ?」
「ダンジョン」
「駄目だ」
「クエストに出かけるのは私の自由。アバターも修復された」
「事務所としてじゃなくて保護者として駄目つってるんだよ。前に言っただろ。一回蘇生エリア送りになったら、その日の狩りは終わりって」
玉藻はこう言うことに関しては無駄に厳しいのである。
以前、転送不可能エリアが発見されたときもそうだった。アバターが破壊されても、肉体が蘇生エリアに転移されないことを危惧した玉藻は、キルがそのエリアで戦うことを禁じたのだがキルは反発。
揉めに揉めた結果、転移不可能エリアに行く場合は信頼できる相手と3人以上のパーティーを組むことと条件を課された(未だにこれは不満である)。
「まだ、黒鎧が残っているかもしれない」
「残ってたとしてもダメだ。アバターシステムも絶対じゃない。いつ不確定要素がおまえを襲うとも限らない。ダンジョンってのはそういう場所だ。黒鎧に負けて悔しいのは分かる。けど、再挑戦するのは頭を冷やして体を休めてからだ」
「私は負けてない」
「まだ言うかコイツ……どうしてもって言うならこっちにも考えがあるからな」
「……何」
「冒険者資格を剥奪する」
玉藻は容赦なく切り札を切ってきた。
本来、事務所と冒険者の関係は対等である。事務所が冒険者を解雇しアバターを取り上げることはできても、冒険者の資格を剥奪する権限はない。
が、キルの場合は話が違う。未成年が冒険者になる場合、保護者の許諾が必須となる。
そして現在キルの保護者が他ならぬ玉藻なのだ。彼女が中央ギルドに掛けあえば、キルは一瞬で冒険者でなくなる。
「……ズルい」
「大人はズルいものなんだよ」
キルはすごすごとソファーに戻った。
本当だったらすぐにでも事務所を飛び出したかったが、ここで冒険者資格を奪われれば、成人までの数年間は戦えずに過ごすことになる。
それは耐えられない。
「あ、そうそうタマちゃん。少し面白い情報手に入ったんだけど、聞きたい?」
言い合いの直後だというのにまるで頓着せずに笹が口を開いた。
「また企業の内部情報漁ってインサイダー取引しようってんじゃないだろうな」
「失礼ね。そんなんじゃないわよ。地に足ついた真っ当な話。まあハッキングはしたけど」
玉藻は苦虫を百匹噛み潰したような顔になった。
「警察に突き出すかどうかは話聞いてからでも遅くないか……んで、どんな話だよ」
「黒鎧に関する情報ないかなって、ついさっき中央ギルドのデータベース覗いてみたんだけど」
この時点で玉藻は頭を抱えた。
「その時に『迷い人』のリストを見つけたの。厳密には、ここ最近ダンジョンから救出された迷い人のリストね」
『迷い人』とは一時的に発生したゲートによってダンジョンに巻きこまれてしまった人を指す言葉である。
「何でも、今日救出された子供がこう証言したんですって『黒い鎧の人に助けられた』ってね」
「黒い鎧って……オイオイ。まさか黒鎧って言うんじゃないだろうな」
「映像で確認させたけど間違い無いって。それだけじゃないわ。最近救助された人達は冒険者に救助されたわけじゃなくて、ダンジョンの入り口にゲートみたいなものが開いて出てくるパターンが多かったみたい。そして全員、黒鎧を目撃している。まあ、襲われたと思ってた人が大半だったらしいけど」
「ん、んー……つまり黒鎧の目撃者は襲われたんじゃなくて、その子供みたいに助けられてたってことか?」
「あり得ない」
反射的に、キルは言った
「モンスターは人を殺す。人を助けるモンスターなんて、いない」
「だよなぁ……でも、黒鎧は元は人間である可能性が高いんだろ? もしかしたら人の心とかそう言うのが残っているとしたらどうだ。キルに首チョンパされるまでは、そこまで戦いに積極的じゃなかったんだろ?」
「可能性としてはあるわね。少なくとも黒鎧がただのモンスターであるなら、生かして返す理由が考えにくいわ。ましてやお菓子をプレゼントするなんてね」
「お菓子?」
「そ、怖がっている子供に、黒鎧はお菓子をあげたんですって。それが羊羹だったって言うんだから、中々渋いチョイスよね」
――羊羹。キルの心臓が、高くはねた。
「待てよ。それって、黒鎧が普段ダンジョンの外側にいるってことか?」
「ゲートに近い物を生成できると考えれば可能の筈よ」
「マジか……それにしても、人助けねえ。一億円の賞金首モンスターの正体は、まさかの正義のヒーローってか? 何かややこしくなってきたな。スカッと一億稼ぎたいってのに……つか、何でギルドはその情報を明かさない?」
「中央ギルドは黒鎧を『ただのモンスター』として処理したいんじゃない?」
「吸血鬼化してるって時点でアウトってことか。ましてや、それがダンジョン外部に潜んでるかもとたとなれば……ん? どしたキル。顔色悪いぞ」
「別に、何でもない……少し走ってくる。それくらいいいでしょ」
「分かった。夕飯までには戻れよ」
「大丈夫」
なんとかふらつかないように事務所を出た。手を広げると、汗が滲んでいた。
まさか、まさか、まさか――!
「あり得ない……!」
それは、我ながら、あまりにも乱暴な仮説だった。親友と標的――それらを合わせるのはたった一つしかない。だが今日、羽衣璃が唐突に用事を思い出したと帰った記憶がフラッシュバックする。その用事というのが、ダンジョンに行くためだったとしたら……?
「羽衣璃が、黒鎧……?」




