予想の外
海の底から引っ張りあげられた時のように、伊澄の意識がはっきりした。
たちまち視界が明るくなり、苦しさから開放される。
強いむせ込みに襲われながら、伊澄は大きく息を吸った。
「無事か、伊澄!」
伊澄の背中をさする、優しい大きな手。
その手がどれだけ伊澄の心を揺さぶるか、きっとアルスは知らないだろう。
もう、隠しきれないと伊澄は思った。
好きだよ、そばに居たいよ。
過去がどうであれ、優しいこの人のそばにいたいと願うくらいは許されるだろうか。
伊澄は呼吸を整えながら、振り返る。
そこには表情が抜け落ちたかのような、小さい頃の自分が立っている。
あの頃に置き去りのまま、救われなかった自分が立ち尽くしている。
「ごめん、あなたの願いを叶えられない……」
ずっと一緒にいることは出来ない、そう告げると彼女は表情を崩さないまま俯いた。
「…………ひどいよ、私だけ、このままなの」
報われないまま、誰かに救われないまま、一人になるの?そう彼女は言った。
「違う、そうじゃない」
そう言ったのはアルスだった。
アルスを見上げると、伊澄の肩を任せろと言うかのように軽く叩かれる。
「俺は……過去も、君もひっくるめて大事だ。ここに居る、伊澄だけじゃないんだ」
ゆっくり背の低い彼女に視線を合わせ、分かるかい、と首をかしげた。
分からない、と首を振る彼女に優しく問いかける。
「いいか、未来は過去と繋がってる。過去も未来と繋がっているんだ。どっちかが無かったら、どっちも存在しない。君がいるから、伊澄はいるんだよ」
だから、とアルスは両手を広げて彼女を抱きしめた。
「なっ、何するの……」
無表情だった彼女も、さすがに焦った声を出す。
みるみる内に表情が蘇るようだった。
「こうしたかったんだ。無性に愛おしくなって……」
抱きしめた体勢のまま、アルスは伊澄に視線を送った。
伊澄は意を決して、口を開いた。今でなければ、アルスの本心を聞けないと思ったからだ。
「アルス、私、聞いちゃったの。あなたの独り言……」
「えっ…………」
伊澄がそう言うと、アルスは明らかに狼狽えた。
揺れる瞳が伊澄を捉えている。
(やっぱり、まずかったかな)
なんだかアルスと目を合わせていられなくて、伊澄が視線を逸らそうとした時。
「聞かれてたのか、恥ずかしいな」
えっ、と伊澄が次返す番だった。




