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耳をすまして、聞こえてくるのは誰の声?


それでも認めざるを得なかった。アルスと一緒にいたいと願う自分を。


自分のことを思ってくれているような言動に、行動にいちいち顔が熱くなってこうやって身悶えるのも、耐えるのは難しくなってきた。


それに、誰かと一緒にいることが苦痛じゃない日が来るなんて思っていなかった。


「誰かを想う心が、私にはまだあったんだなぁ」


思えば、人らしい心を忘れていたように思う。誰かを想ったり、一緒にいたいと願ったり。


思い起こすとあったのは、負の感情ばかりだったから。

死にたいと願うこと、誰かを憎むこと。


それを思えば、随分と人らしくなった気がした。伊澄はそれでもいいかもしれないともうっすら感じていた。


最後に誰かを想えたなら。


「私も……また……」


──ダメだよ。


その声が、ぞわりと背中を撫でた。

温かい気持ちから一転、その声は酷く冷たく、重苦しい。


まるで伊澄を戒めるかのように、足にまとわりつく感覚さえする。

どこからともなく冷気が流れ込むような、そんな空気に伊澄の肺は軋む。


後ろを振り向けない。

伊澄はただ座り込んだまま、身を固くした。

声なんて、上げられるわけがなかった。


荒い息遣いが、自分のだと気づかなかった。


(この気配……!)


この声の主を、伊澄は知っている。

あの黒い球体の中心にいた、小さな少女だ。


──誰かを好きになるなんて、許されると思っているの?


ふわり、と背中に身の毛のよだつような温もりが襲いかかる。

そして、耳元に吹きかけられる吐息。


伊澄の全部を掴んで離さない、と言わんばかりに体は言うことを聞かなかった。


──自分がまだ誰かを好きでいられると思っているの?


少女は、声を出せない伊澄の代わりに淡々と言葉を紡いでいく。


──誰かと一緒にいる、資格なんてないくせに。


違う? と伊澄に少女は問いかけてくる。

伊澄は、違う、と答えたかった。声が出ないなりに、否定をしたかった。


──無理だよね。あなたは、あの時やめたでしょ。


幼い声が残酷にも、伊澄にあの日の記憶を甦らせようとする。

忘れていたかった過去を、人生で最大に犯してしまった罪のことを。


「や、やめ………………」


震える声は少女の口を塞ぐ手立てにすらならなかった。

ただただ、少女が次に口にするだろう言葉だけが伊澄の頭を駆け巡る。


───理性を失って、あなたは…………。


耳を塞いでも、その声は聞こえた。


そう、私は……。


伊澄はその言葉を、小さく呟いた。


──────────────────


伊澄はその手に籠を持っていた。

籠の中にはいくつかのパン、果物が詰め込まれていた。

あの後、男主人が戻ってきて伊澄は意識をここへと戻された。


ただ、心は深く沈んだまま。

誰が何を言おうと、伊澄は誰かと一緒にいる権利は無いと思い出した。


足取りは重いまま、直ぐにアルスが居る部屋の前へと戻ってきていた。

いつまでもここで立ち止まっている訳には行かない。


伊澄は意を決して手をかけた。


「…………じゃない…………」


少し開いた扉から、声が聞こえた。


(誰かいるの……?)


その声にそれ以上開けずにいた隙間から、伊澄は中を覗く。

どうやら、アルスの他には誰もいないらしい。


(独り言…………?)


何を話しているのだろう、と伊澄は耳を済ませた。



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