本当、どうかしてる
誰にも手を出されず、伊澄たちは宿に着くことができた。
古い木造の建物は、ログハウスのようにも見える。どうやら、男主人の手作りらしい。
手作りの温かみか、木の温かみか相まってホッとできるような空間だった。
「他の宿屋は皆、あの怪物に壊されてしまいましたから……豪勢なものはお出しできませんがその辺はご了承いただきたく……」
言いにくそうに言葉を紡ぐ男主人は、こちらの顔色を伺っている。
ビクビクした様子に、伊澄は少しやりすぎたのかもしれないと思った。
と同時に、神様であるセリオスのせいもあるだろうとも思った。
(神様に手出しはするな、なんて言われたら誰だって萎縮くらいはするか)
内心溜息をつきながら、伊澄は通された部屋へと入る。
こじんまりとした二人部屋。シングルのベットが離れて二つ、小さなテーブルと二脚の椅子が設置されているだけのミニチュアハウスのような内装。一言で言うと、素朴で可愛らしい。
内側から鍵をかけ、伊澄はそっとアルスをベットに下ろした。
「すまない、重かっただろう」
力なくぐったりと横たわるアルスは、それでもハッキリとした口調だった。
意識はしっかりしてるようで、伊澄は安心しながら微笑む。
「いいよ、アルスがしてくれたことにしたら大したことない。…………ありがとう、助けてくれて」
あの時を思い出して、伊澄はそっと身震いをした。
炎に、煙に巻かれるのは二度目だがあの時は、本当にダメかと思った。
何よりも、アルスを巻き込んでしまうかもしれないと思うと恐ろしくて仕方がなかった。
後悔と罪悪感が渦巻きながら、伊澄はぽつりと呟く。
「いや、礼を言われるものじゃない。俺がしたくてしたことだ。……そんな顔をさせたかった訳じゃない」
アルスの声は沈んでいて、表情もどこか暗さを帯びている。
(まさか、私の顔を見て……?)
アルスは助けてしまった、という後悔よりも伊澄が心を痛めてしまった、という後悔があるらしい。
(………………なんだ、これ…………)
「っ…………!」
なんだか気恥しさが先行して、伊澄は俯く。耳が熱い。
これじゃあ、セリオスの時の二の舞だ。
同じように顔を熱くして、どうするつもりだ。
落ち着け、と伊澄は強く首を振る。
「み、水とか食べ物とか貰ってくる……!」
その場にいられなくなって、居てもたってもいられず伊澄は部屋を飛び出した。
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「はぁ……」
溜息をつきながら、伊澄は椅子に深く座り天井を仰いでいた。
アルスに言った通り、食料や飲料を頼むと少し出てくる、と言われロビーにあるソファに座って待つことにしたのだ。
どうやらそこまで量がなかったらしく、今は男主人の帰りを待っているところだ。
でも、ちょうど良かった。すぐに用意されて、アルスが待つ部屋にトンボ帰りをするのは今の伊澄には出来そうにない。
少し心を落ち着ける時間が欲しかった。
「私は、これからどうしようかなぁ」
無意識の内に心の声が零れる。
これから……もちろん、あの黒い怪物は倒さなければいけないが、アルスの顔がチラついて仕方がない。
きっと、約束通り私はアルスに終わらせてもらいたい。
その最期の瞬間まで、アルスと共に……。
なんて考えてしまう自分が馬鹿らしい。
「ほんと、どうかしてる」
この期に及んで、誰かと──アルスと一緒にいたいだなんて。




