奇跡のみわざ
「それでも、アルスはここに残るのかな?」
まるで最終通告だ、とでも言うように念を押すようにセリオスはアルスに問う。
しかし、アルスは意に介さない。
「俺は、ここに残る。まだ、約束を果たしてない」
真っ直ぐセリオスを射抜きながらアルスは、はっきりと告げる。
「へー。あぁ、イスミをいつか殺すっていう約束のこと?」
「あぁ」
アルスはうなづいた。
伊澄も覚えている、アルスと出会った時に炎の中で交わした約束を。
人間を憎んでいたアルスに、伊澄が言った。殺してもいい、と。
だけど、セリオスを一発お見舞いするまで、待って欲しい……と。
その約束でアルスはここまで来てくれた。
それに、伊澄はアルスが隣にいることに、違和感を覚えなくなっていた。
前までは、誰もいないのが当たり前だったのに……。
(大事に、なってきてるのかもしれない)
今や、アルスが居なくなるのは考えたくなくなってきている。
離れるのは……寂しいとすら想像するだけで胸が痛い。
先程考えないようにしようとしたのに、またその想いが頭をもたげようとする。
(いけない、いけない)
伊澄は小さく首を振り、アルスとセリオスのやりとりを見つめる。
二人の間に少しピリついた空気が流れているのは、伊澄からしても明白だ。
腹の探り合い、とでも言うのだろうか。互いが互いに本心を、柔らかい心の内を見透かし合おうとしているのが伊澄にも分かる。
「…………まぁ、それも君の選んだことなんだろう? それでいいさ」
交わす言葉も少なく、最初に折れたように見えたのはセリオスだった。
肩をすくめ、やれやれと両手を広げる。
「一つ身軽になったと思ったのに、二つ目にはもう重くなってる」
でもね、とセリオスは続ける。
「僕は神様だからね、願いは出来るだけ聞くようにはするさ。叶えるかどうかは別として」
背を向けて裸足のまま、セリオスは離れていく。
後ろ手に手を組み、楽しそうに声を弾ませて。
「君たちが何を選ぼうと、神様はずっと見てる」
まるで宙に階段があるように一歩一歩踏み出すと、セリオスの体は空へと登っていく。
「またその時が来たら会おうよ。それまで元気でねー」
手のひらをヒラヒラとさせながら、セリオスは小さな光の粒になって消えた。初めからそこに誰もいなかったかのようだった。
固唾を飲んで見守っていた群衆も、呆気にとられているのかセリオスが消えた先を見ていた。
「ほんっと、神様って自己中……」
助けて欲しい時には助けてはくれない。かけて欲しい言葉も、救いも何もない。
「やっぱり、神様なんて嫌い……!」
生きている時からずっと、神様は。
「私を、助けてくれない……」
「イスミ」
「あっ…………!」
名前を呼ばれて、伊澄は倒れ込んでくるアルスの体を受け止める。
力の入っていないアルスの体は伊澄にのしかかってくるが、必死に支えながら顔色が悪いことに気がつく。
「まだ病み上がり……というか治ってないのに、随分無理して……!」
「セリオスに起こされちゃな……無理もする」
どうやら、アルスによるとセリオスに無理やり起こされたらしい。
確かに、あの時アルスをセリオスが起こした奇跡のみわざとでも言うのだろうか。
伊澄にはアルスの傷を一瞬で癒したように見えたが、そうでもないようだった。




