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巡礼者か、あるいは


伊澄はゆっくり立ち上がり、アルスを撃った人間たちと対峙した。

不思議と足は震えない。もちろん怖い訳じゃない。

けれど、今ここで立ち上がらなければいけないという気持ちが伊澄を奮い立たせる。


(アルスが身を挺して守ってくれたんだもの。私も、何かを返したい)


手負いのアルスを矢面に立たせる選択肢なんてない。

あるのは今度は伊澄が一歩前に出る、と言うことだけだ。


伊澄はにじり寄ってくる人々の目を、真っ直ぐ見据えた。


「…………お前が、お前たちが……ここに災いを呼んだ……! ここで、断罪してやる…………!」


猟銃を構え狙いを定めたままの人々の中で、誰かがこう叫ぶ。

まるで、それが民衆の総意であると言うように、それぞれの声が重なって伊澄に襲いかかってきた。


歓声のような、悲鳴のような、怒号のような。全ての感情が入り交じったそんな声だった。

普段の伊澄なら圧倒される声だろう。

けれど、今の伊澄はそんな事で蹴落とされるほど、弱くはなかった。


全てを全身で浴びながら、伊澄は息を吸い込む。


「うるさい!!!」


肺の空気を全て叩きつけるように、伊澄はそう叫び返した。

民衆の声が、たった一人の──伊澄の声にかき消されて消える。


しん、と静まり返ったこの場所で握りしめた伊澄の拳が震えた。

横にいるアルスも心配そうに、伊澄を見上げていた。


「誰が撃ったの? 誰の許可を得て、こんなことしてるの?」


聞いても栓なきことと分かっていても、口を出るのはそれこそどうしようも無かった。

いつだって傷つけられるのは、突然だから。

それは分かっている、分かっているのに。


傷ついたらやっぱり、心が痛い。

それが自分にとって──。


──誰が好き好んで、あなたを好きになるの?


──なんの価値もない、そんな人間なのに。


息が詰まった。

何時どこで誰に言われただろう……?

そんな言葉は聞き飽きるほど聞いてきた。

いちいち、誰に言われたかなんて覚えてない。


(だめ、思い上がっちゃ、ダメ)


ぎゅ、と握っていた拳を開き銃口に向かって歩き出す。一歩一歩、ゆっくり。

撃たれる覚悟だって持ってなければいけない。

恐れを見せない伊澄に、むしろ銃口を向ける方が恐れ慄いるようだった。


かたかたと、手の震えが銃に伝わり音が響く。


「これ以上、何もしないならこちらも何もしない。ただ、一つだけ願いを聞いてくれるなら、アルスを休ませる場所を提供して」


一人の青年が握る銃口を、伊澄は素手で軽く握る。


ひ、と周囲の人間が悲鳴のような息を飲む。

どろり、と腐り落ちるように、銃口がねじ曲がった。

ひ弱そうな女の手によって。


「用意出来るの? 出来ないの?」


問いかける体は取るものの、有無を言わせるつもりもない言葉だった。

伊澄はその場の空気を支配して、その場の人間に迫ったのだ。


──こちらの条件を飲まなければ、どうなるか分かるよね?


と言う言葉を裏に隠して。


それを察した相手は、従う他ないのだろう。銃口を下げ、弱々しく道を開ける。

伊澄はそれに満足し、頷くとアルスの腕を自分の肩に回した。


「…………ほら、立てる?」


出来るだけ優しい声色に変えて尋ねると、アルスは小さく頷く。

血が流れすぎたのか、顔色が悪い。

それでも、アルスは伊澄の手を借りながら立ち上がる。


「良かった、もう少し頑張って」


左右に割れた人の間を伊澄とアルスは歩いた。

それが巡礼に向かう人のような、処刑に赴く人みたいだ、とそう思った。



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