あなたの代わりに
破裂音。
それとても軽い音だった。風船が割れるような、あまりにも軽すぎる音。
けれど、伊澄の目の前が一瞬にして真っ赤に染った。
赤い雫が、地面にまだら模様を描く。
アルスの体を伊澄は抱きしめたまま、支えきれずに倒れ込んだ。
地面に座り込み、伊澄は震える手を見つめる。
アルスの背中に回していた手は、鮮やかな赤色に染まっていた。
した垂れ落ちる赤いものが、アルスの血だと言うことを理解するのを伊澄の脳は拒んだ。
でも、ぐったりと動かないアルスに、否が応でも伊澄は庇われたのだ、と気づいてしまった。
「な…………んで」
庇ったの? 撃ったの? とここにいる誰もに叫びたかった。
けれど、伊澄は叫ぶことが出来ないほど、動揺していた。
アルスの右肩からは、血がじわじわと滲んで洋服を侵食していく。
それが、アルスの命が溢れ出しているようで、伊澄は咄嗟にアルスの肩を手で塞いだ。
「お願い、止まって……!」
アルスの体の下敷きから這い出して、力任せに右肩を止血する。
けれど、その血は止まらない。指の隙間から、無情にも血が溢れるだけだ。
「お願い、死なないで」
伊澄は初めて、誰かの生を祈った。
今まで自分もろとも全て来てしまえばいいと思っていた伊澄が初めて、誰かを──アルスが生きていることを祈った。
「勝手に……殺すなよ……」
「アルス!」
苦渋に顔を歪ませながら、力なくアルスは笑った。
「大丈夫だ、これくらい慣れてる」
「慣れてるって……アルスねぇ!?」
半ば強がりとも言えるアルスの言葉に、伊澄は噛み付いた。
慣れてるからどうなのだろう、自分が傷ついていい理由にはならないだろう。
なのに、それを平然と言ってのけるのに伊澄は怒りを覚えざるを得なかった。
「私の事なんか、庇うから……!」
離れるなよ、と言われて離れなかった結果がこれだ。
何が平気なものか、何が離れたくないだ。
ぐるぐると伊澄の頭に後悔の念が渦巻く。
結局、誰かを傷つけずにはいられないのは──。
(私も一緒だった)
伊澄の両親は伊澄を傷つけるだけ傷つけた。自分たちの利の為に。自分たちのことしか考えずに。
(私も一緒。離れたくないって言う、私のわがままのせい)
(私を殺してもいいから、っていう願いのせい)
伊澄の願いはただのわがままだと、今更気づいてしまった。
死にたくないから、このままじゃ静かに眠れないからいって言う、願いのせい。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
ただ口をついてでる謝罪になんの価値もないことは、伊澄には分かっていた。
傷ついたアルスの怪我がここで治るわけないのに、ただ謝ることしか出来ないのは、苦しい。
苦しいって思う権利さえ、無いかもしれないのに。
喉を詰まらせながら、せめて泣くものかと伊澄は唇を噛み締める。
「馬鹿だな……俺は後悔なんて、していない」
額に脂汗を浮かべながら、アルスの金色の目が優しく凪いでいた。
夜に浮かぶ満月みたいに優しい光をして。
「俺は俺の思ったままに動いただけだ。まぁ……そこに伊澄がどう思うかなんて、考えてなかったがな」
すまない、とアルスは伊澄の頭をぽんぽんとあやす様に撫でた。
「そんな顔、させるつもりじゃなかったんだ」
金色の目が柔らかく細められる。
本当に、後悔はしていない、むしろ満足だと言いたげだ。
「馬鹿は、アルスでしょ……」
はぁ、と伊澄はわざとらしくため息を吐いた。
そうしている間に、覚悟を決めて。
長く息を吐く代わりに、深く息を吐いて伊澄は前を見据える。




