第7章 2
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遠夜と隆一が苦にならない沈黙の中でしんみりしていると、コンコンとノックの音がした。
隆一がロックを解除する。
「…お話し中だった?ごめんね」入ってきたのは、恭香だった。
コクピット一面の星空に「わぁ…綺麗」と顔の前で手を打ち合わせて歓声を上げる。
「ここで見るのが一番綺麗だよ」遠夜が立って、恭香を自分が座っていた椅子に座らせる。
恭香は視線を巡らせて「本当…すごいね…」と遠夜を見あげた。
恭香の大きな瞳の中にも星が映り込んでいて、遠夜は「綺麗だ…」と呟いた。
「えっ?」恭香が訊き返す。
遠夜は恭香の顎に手をかけて、そっとキスする。
「…今日は一日、本当に長かったな。
今朝まで地下大都市にいたなんて、信じられない気もする」
遠夜はスクリーンいっぱいの星空を見上げて言った。
「そうね。走り回って銃を撃ったり、宇宙船を飛ばせて地上都市に行ったり、最後には大気圏離脱して宇宙まで来ちゃって」
恭香はくすっと笑う。
「全部成功したなんて、本当、皆すごい。
俺たち7人、そしてオーカミ医師と隆一さんって天才だな」
「自分で言ってれば世話ないわ」恭香は肩をすくめた。
「だけど…ああ、あれは失敗だった」遠夜が呟く。
「ミュータントの子供には、本当に可哀相なことをしてしまった。
あの時、とにかく時間がなくて…説得するとか全然思い浮かばなかった。
計画の成功を…優先させてしまった」
俯いて両手を握りしめた。後悔が募る。
恭香は遠夜の拳を両手で包む。
「そうね…私たちは、一生、あの子のことを忘れずに謝罪の気持ちを持って生きていかなきゃね。
遠夜だけじゃないわ、私たち皆同じ罪を背負ってるのよ。
それを忘れないでね」
うん、ありがとう、と恭香を抱きしめる。
いつもはポニーテールの髪を解いている恭香からはいい香りがした。
遠夜ははっとして身を引く。
「ごめん…俺、まだ風呂入ってなかった。
今朝から汗まみれのままだよ、悪い」
恭香は遠夜に抱きついて「ううん、大丈夫。大好きな遠夜の匂いがするよ」と微笑む。
遠夜は恭香の額にキスした。身をかがめて唇を合わせる。
「恭香…」小さく言ってぎゅっと抱きしめた。
再びキスしながら遠夜の手が恭香の胸に触れ、服のボタンを外して首筋から鎖骨にかけて唇を這わせ、服をはだけて肩から滑り落とそうとしたとき恭香は「遠夜…ここは…っ」と遠夜の肩を押して離れた。
「あ、っそうか…」遠夜は我に返る。
「隆一さんちょっと目を瞑ってて」
『そうしてやりたいのはやまやまだが…そりゃ無理だなぁ。操縦どうすんだ』
隆一の声が笑っている。
「気が利かないおっさんだよまったく」遠夜は照れ隠しに捨て台詞を吐いて、「あー疲れた。風呂入ろう。隆一さんあと頼んだ。恭香おやすみ」と言ってコクピットを出て行った。
恭香は赤くなりながら、服のボタンをかけて立ち上がった。
『しょうもねえガキだなあ、恭香放ったらかして。照れくさいのは判るが…』
隆一は呆れたように言った。
『まあ、恭香もいろいろ大変だと思うが、遠夜をよろしく頼むな』
精いっぱいのフォロー。
「遠夜のことで困ったことがあったら、隆一さんに相談に来るね」恭香は俯いて少し笑った。
「遠夜のお父さんだものね」
『恭香…』隆一は絶句する。
「遠夜の傍にいて表情を見てたり、隆一さんのサイボーグになった経緯とか聞いてたら判るわよ。
私は、隆一さんが意識を失くす前に最後に話したんだし。凄く強い意志を感じたわ。
コンピュータルームの解錠のパスワードが『とおや』だった話とか。
それに悠美が、遠夜ってそういえば美奈さんに似てるって言ってたし」
「私たちみたいな奇形体でも子供が作れる希望が持てるって、一瞬思っちゃった。
でもダメよね。医師にも、僕は二度とやらないってきっぱり言われちゃった」
『そうか…』隆一は後悔した。
『余計な話するんじゃなかったな。悪いことしたな』
「ううん。遠夜の為にも、聞けて良かったわ。
美奈さんや翔馬さんのこと話すの辛かったでしょう」
大脳の浮かんでいるカプセルにそっと触れる。
『まさか、遠夜が美奈に抱っこされたことを覚えているとは思いもよらなかった。
美奈が聞いたら喜ぶだろうなぁ…』
隆一は感慨深げに言った。
「美奈さんのこと、まだ愛してるのね」
『悠美マジックで記憶を取り戻してから、さらに想いが強くなった感じだな』
「やだ隆一さん。惚気?」
『誰かのラブシーン見ちゃったしなぁははは』
「やぁだっ」恭香はまた赤くなって立ち上がった。
『はは、ごめん。からかいすぎたな。
明日はワープテストだ。よろしく頼むよ』
「うん。判ってる。
ワームホール見つかりそう?」
『探査プログラムを利用して、探している。
いくつか候補があるから、明日の朝にでも宇航や遠夜と相談しよう。
木星の方に抜けるもので良かったね?』
「ええ、そうよ。じゃあ、お願いします。
隆一さんがいてくれて、本当に良かったって宇航とも言ってるの。
私たちだけではとてもここまで来られなかったわ」
「最初は、メインコンピュータも作ったし、すぐにでも交換した方が…と思っていたんだけど、もうそれは考えられないくらい、頼り切ってます。
これからもずっとよろしくね」
頭を下げた。
『君たちを安住の地に送り届けるまでは、何が何でも頑張る気でいるよ。
老いぼれだからって、コンピュータに置換したりしないでくれよ』
笑いを含んだ声で言った。
「だからそれはないって。死ぬ気で働いてもらうから~」恭香も笑う。
「じゃあ、おやすみなさい」
『ああ、おやすみ」
宇宙船は静かに夜を迎え、光のスピードで航行を続ける。




