第7章 宇宙へ
1.
1時間後。17時少し前。
宇航・恭香・遠夜・真人はコクピットにいた。
悠美・貴彦・啓司・芽衣は船内の要所要所にいて、大気圏離脱に備えている。
大神医師も医務室で待機していた。
皆、恭香の作ったイヤーカフ型通信機をセットしている。
「さて。じゃあ、始めよう。隆一、準備は良いか」
宇航が言った。『OK』とサイボーグ隆一が答える。
いよいよだ…遠夜は胸の昂りを抑えることができなかった。
幼いころから格納庫に入り込んでは、この宇宙船を眺めていつか宇宙へ行くことを想像していた。
地下から地上を通り越して、本当に宇宙へ行けるなんて思ってもみなかった。
この、仲間たちのお陰だ。
それから隆一さんのお陰だ。
「地球脱出速度の計測終了。システムオールグリーン。
ロケットエンジン点火します」恭香が言って、コマンドを打ち込む。
わずかに衝撃があり、宇宙船は急激に加速し始める。
「隆一さん、燃料の方は大丈夫?」恭香が訊く。
『うん。大丈夫、計算通りだよ』隆一が答える。
相当なGがかかり、皆床に押し付けられたようになる。
「ぐえ…結構クるね、これ」真人が呟いた。
コクピット・ウィンドウの外の風景が青空から、あっという間に紺色に代わり、濃紺、そして暗闇になった。
「大気圏離脱、加速スイングバイ使用時軌道に合わせる」宇航が言ってキーボードを操作した。
ぐいっと向きが変わったようになり、皆床を滑る。
「重力発生装置作動します」恭香が言うと、浮きそうになっていた身体が、元に戻った。
「よし。無事に大気圏から抜けたぞ!成功だ!」宇航が言って、恭香と手を取り合って喜んだ。
真人と遠夜も笑って肩を叩きあう。
『搭乗の皆さんにお知らせします。
当船は無事に大気圏離脱しました。
宇宙に向かって航行中です!』
恭香のアナウンスの声が明るい。
イヤーカフからも、悠美・貴彦・啓司・芽衣、そして大神医師の歓声が聞こえてきた。
コクピットに皆、なだれ込んでくる。
「すごい!凄いよ、宇航!恭香!おめでとう!」悠美が二人に抱きつく。
「ありがとう!悠美」三人で抱き合う。
三人に皆が飛びついて、隆一の大脳を囲み大きな円陣になった。
『喜んでるところ悪いが』隆一の声がコクピットに響く。
「右舷後方に少し損傷が出たようだ。見てきてくれるか』
慌てて宇航が工具をひっつかんで出て行き、芽衣が後を追った。
「恭香はここにいて、隆一の指示を聞いて連絡して!」と言われ、共に飛び出そうとしていた恭香は立ち止まった。
「隆一さん、そんなことまで判るの?」真人が驚いたように言う。
『空調の様子がおかしい。何か…エアダクトか?穴は開いてないと思うが』
隆一は考え込むように言った。
「宇航、エアダクトかもしれないって」恭香が宇航に向けて、イヤーカフのマイクに話す。
『了解』宇航の声が聞こえる。
しばらく、皆無言で待っていると『あ、あったあった』と再び宇航の声がした。
『隆一、大正解。凄いなあ。エアダクトが損傷してる。
大気圏抜けるときに外との圧力差に負けたって感じだ。
エアダクトごと交換だなぁ。
ついでに他のところも見回ってみる』
通信が切れた。
コクピットにホッと安堵の空気が漂う。
「技術の特殊能力者ってホント凄いね。
今回のことで、俺もうマジで宇航と恭香を尊敬する」
貴彦が心底感心したように言って、皆もうんうんと頷きあった。
恭香は照れたように「ありがとう」と言った。
『さて、遠夜。これからどうすんだ?このままだと太陽に引き寄せられて燃えるだけだぞ』
隆一が言う。
「えっ?これ太陽に向かってんの?」遠夜が驚いて訊いた。
『方向としてはそうだ。だからどっちに行くんだって話だよ。
太陽を通り越してあっち側に行くならちょっと軌道修正してやればいいけど、逆だったらまた軌道の計算しないとだろ』
「順調にいけば、明日の朝には地球の重力圏を抜けると思うわ」
コクピットのスクリーンに地図を映し出して、恭香が言った。
「そうしたら太陽の重力圏に入ることになるから、放っとけばまあ、隆一さんの言う通り、燃え尽きてジ・エンドってことになるわね」
「えーっと…」スクリーンを見つめたまま、遠夜は髪をかきあげた。
「俺としては、とにかくこの銀河系を外から眺めてみたい。
そのあとは…アンドロメダ銀河とか?」
「なんだあ?そのザックリ感」真人が呆れたように言う。
「いやだって…まさか本当に、宇宙に来られるなんて…現実になるとは正直思ってなかったんだ。
トウキョウをぶっ潰して逃げ出す、それしか考えてなかった」
しばらく皆ポカンとしていたが、一斉に笑いだした。
「遠夜らしいな」啓司が言う。
「あれだけのバカみたいな牽引力の先が、まさかノープランとはね」貴彦も大笑いしながら言った。
「じゃあまあ、とりあえずアンドロメダ銀河の方向で、ワープ航法のテストしてみましょうか。
太陽を通り越して、木星の方に行ければ成功、と」
恭香が笑いすぎた涙を拭きながら言って、地図に線を引いた。
「え、太陽に突っ込んだりしないの?」真人が訊いた。
「うーん、まあ絶対にないとは言えないけど…多分大丈夫じゃないかしら」
恭香は首を傾げる。
『ワームホールの位置によるけど、いけるんじゃないか?』隆一も言った。
えーすごーい…皆、言葉を失くす。
ワープとかってフィクションの世界の話だと思ってたよ。
そこへエアダクトの交換を終えた宇航と芽衣が戻ってきた。
ご苦労様~、と皆口々に労って、先ほどの話を二人にする。
「そうだね、ワープ航法のテストは私も早くやっておきたいな」と宇航が言って、明日の朝に試行してみることになった。
「さてそろそろ、夕食だな」と啓司が時計を見て言った。
「船長、挨拶頼むぞ」
「えー、またかよ…」遠夜が頭を抱える。
「昼とは居る人が違うんだから。当然だろう?」啓司はにべもなく言って、遠夜をコクピットから押し出した。
恭香が船内アナウンスを流し、皆は後の操縦をサイボーグ隆一に託してコクピットを出た。
食事が終わり、長かった一日を皆でご苦労さん、成功おめでとう、また明日と労いあって各々の部屋に引き上げる。
遠夜はコクピットに行った。
「明かりを消して」とサイボーグ隆一に言ってコクピット内を暗くする。
キーボードを操作してコクピットウィンドウだけでなく、スクリーンにも外の景色をいっぱいに映し出す。
星空の中にいるような気持ちで、眼下を見下ろす。
「地球が凄い速さで遠くなっていく」遠夜は呟いた。
今朝まで、あの星の地下にいたのに。
地上を通り越して宇宙へ来た。
「本当に来たんだ、宇宙へ…」
『皆のお陰だな』隆一が言う。
「うん。…あと隆一さんのお陰だよ」
遠夜は椅子に座り、片膝を立てて顎を乗せた。
『俺は、遠夜のお陰で宇宙に来られたと思ってるよ』優しい声で隆一は言った、
『この身体、っていうか宇宙船、意外と快適なんだよ。全然疲れないし、痛みもないしラクなんだ。
病気の身体は、自分で思っていたよりずっと弱っていたらしい。
遠夜が成人するまではって、気力だけで保ってたんだな』
「太一さんから聞いた。
俺のためにそんなに無理するなんて、バカだなって思った」
ふっと笑う。太一さん、ロープのぐるぐる巻きから解放されたかな。
『バカってなんだ。年長者を捕まえて』隆一の声に不満そうな響きが混ざる。
声って結構すごい。遠夜は思った。感情ってこんなに声とか口調に出るんだ。
「…ねえ、隆一さん」
遠夜は呟くように言う。
『なんだ?』
「さっきは恭香と悠美がいたから言わなかったけど。
女の人って男が思ってるよりすごく子供に関してセンシティブだし。
自分と愛してる人の子供ができるかもって思ったら、人工子宮くらい開発しちゃいそうだし」
「俺、隆一さんと美奈さんの、本当の子供なんでしょ」
隆一は沈黙している。
驚いているようにも、納得しているようにも感じられた。
「そうなんだ…やっぱりな。
午前中の話でも、何度か口滑らせてたし。今更、遺伝子操作ごときで何千っていう失敗するわけがないし。
太一さんから聞いたこととか、俺の幼かった頃から今までのこととか、いろいろ総合するとそうとしか考えられなかった」
「てか、隆一さん、自分の子供贔屓しすぎでしょ。
普通に生まれてくる子供だったら、俺みたいな異端児とっくに廃棄処分になっちゃってるよね。
俺は運が良いのかと思ってたけど…単に親の依怙贔屓で生き残ってただけだった」
自嘲気味に笑う。
『そうだなあ。太一にはよく怒られてたよ。なぜそんなに遠夜ばかり贔屓するんだって。
しょっちゅう文句言われてた。
何故と言われても、答えられないし』
『まあそうはいっても、俺も7割方記憶を消してたからさ。
あまりはっきりとは自分の息子だっていう意識もなかったんだよ、本当に。
でも、なんだかなあ…遠夜が可愛くて仕方なかったな。
顔が美奈に似てるんだよ、やっぱり。
小さいころから、お前のやることは全部気になって、何とか助けてやらないとって』
『そうか、親のえこひいき、か…』感慨深そうに言う。
「こんなに話とかできると思ってなかったから、今朝、俺、地下大都市トウキョウ中に隆一さんに宛ててレクイエムを大音量で流しちゃったよ。
なんだか損した気分だ」遠夜はぶつくさ文句を垂れる。
『ああ、あれ…俺も聴いたよ。どうもありがとう』
笑いをにじませて隆一は言った。
「俺こそ…俺のために、宇宙船になってくれてありがとう、親父」




