夢で見た両親の真実と、悪女への鉄槌
「青い星のバラ」が咲き誇り、私がレオンハルト公爵様の本当の姪っ子だとわかった、
あの奇跡のような日から数日後の夜。
私は、ふかふかのベッドの中で、とても不思議で、そして悲しくて温かい夢を見ました。
夢の中の景色は、見知らぬ暗い森でした。
『走って、エリシア! 振り返るな!』
声がして振り返ると、そこには優しそうな目をした、茶色い髪の男の人が立っていました。
彼の手は魔法使いのような滑らかな手ではなく、ものづくりをする職人さんのように、少しゴツゴツして傷がついていました。
その腕の中には、おくるみに包まれた小さな赤ちゃん――私自身が抱かれています。
『カイン……っ! あなたを置いて逃げるなんて、できないわ!』
赤ちゃんを抱き取ったのは、私と同じ金色の髪をした、太陽のように美しい女の人でした。
この人が、私のお母さん、エリシア。
そして男の人が、私のお父さんであるカインという人だと、夢の中の私は不思議と理解していました。
『俺たちの娘、リアナを頼む。……俺の命に代えても、愛する君たちをあの組織の連中には渡さない! 行けっ!!』
お父さんは、迫り来る黒ずくめの恐ろしい追っ手たちに向かって、たった一人で剣を抜いて立ち向かっていきました。
お母さんは涙をこぼしながら、私を強く抱きしめて暗い夜道を走り続けます。
やがて場面が切り替わりました。
そこは、冷たい雨が降る、孤児院の前の路地裏でした。
お母さんの体からは、黒いモヤのような悪い魔法(呪い)が立ち昇り、彼女を激しく苦しめていました。
それでもお母さんは、自分の命を削り、キラキラと輝く魔力を私に注ぎ込み続けていたのです。
『リアナ……私の可愛いリアナ。ごめんなさい、お母さんは、もう一緒にいてあげられないの』
お母さんは、震える手で一冊の絵本を取り出しました。そこには、彼女が大好きな「青い星のバラ」が描かれています。
『あなたは、パパとママの希望よ。いつかこのお花を咲かせるような、優しい女の子に育ってね……』
最期の力を振り絞り、お母さんは私に「隠蔽の結界魔法」をかけました。
悪い人たちから私を
見えなくするための、命がけの魔法です。
『愛しているわ。どうか、幸せに……』
そう言って私のおでこにキスをした後、お母さんは静かに瞳を閉じ、冷たい石畳の上で、二度と動かなくなってしまいました。
「……お母さんっ!!」
私は自分の大きな叫び声で目を覚ましました。
頬は涙でびっしょりと濡れています。
「クゥン……?」
足元で寝ていたもふもふのルルが、心配そうに私の顔を舐めてくれました。
悲しい夢でした。でも、胸の奥には、お父さんとお母さんが最期まで私を愛し、命をかけて守ってくれたという、確かな温もりが残っていました。
翌朝。私は朝食の席で、パパに昨夜の夢の話をしました。
お父さんの名前が「カイン」であったこと。
彼が職人さんのような手をしていたこと。
追っ手から逃げていたこと。
そして、お母さんが最期に私のために、命を削って結界魔法をかけてくれ
たこと。
話を聞き終えたパパは、静かに目を閉じ、ギュッと拳を握りしめていました。
その拳は、怒りと悲しみで白く震えていました。
「……そうか。夢が、リアナに過去の真実を教えてくれたのだな」
パパは私の頭を優しく撫でると、真剣な表情で言いました。
「お前が教えてくれた手がかりをもとに、パパが必ず、十年前のすべてを調べてみせる。エリシアとカインの無念を、絶対に晴らしてみせるからな」
それから数日間、パパは執務室にこもり、お屋敷の優秀な『影の騎士(情報部隊)』を総動員して、猛スピードで調査を行いました。
そして今日、パパは分厚い報告書の束を持って、私の部屋へとやってきました。
「リアナの夢の通りだったよ。……お前の父親であるカインという男は、平民出身の天才的な『魔道具職人』だった」
パパは、少しだけ誇らしげな、けれど悲しそうな目で語り始めました。
十年前、お母さんのエリシアさんは、帝国に敵対する闇の組織に連れ去られ、無理やり魔法兵器を作らされていました。
その時の見張り役であり助手だったのが、お父さんのカインさんだっ
たそうです。
カインさんはお母さんの優しさに惹かれ、組織を裏切って二人で脱走しました。
逃亡の途中で私が産まれましたが、組織の追っ手に追いつかれ、お父さんは囮となって命を落としたのです。
「お前がお料理やものづくりが得意なのは、父親であるカインの才能を受け継いだのだろうな。
彼は、本当に勇敢な男だ。私の大切な妹と、お前を命がけで守ってくれたのだから」
パパの目から、一筋の涙がこぼれました。
「そしてエリシアは、敵の呪いを受けながらも、お前を組織から隠すために、命を削って高度な
『隠蔽の結界』を張り続けていた。
だから、十年間も私がお前を見つけ出せなかったのだ……。
お前が孤児院でずっと目立たない存在だったのも、その結界が守ってくれていたおかげだ」
お母さんの結界は、私が十四歳になり、イザベラ様によって魔境へ追放される直前に魔力が枯渇して消えてしまったのでしょう。
だからこそ、私は死の淵から回帰し、そしてパパに見つけて
もらうことができたのです。
「ありがとう、お父さん、お母さん……」
私は絵本を胸に抱きしめ、両親への深い感謝の涙を流しました。
真実を知り、パパとの絆がさらに深まったその日の午後。
私と専属騎士のシリウス君、そしてもふもふのルルは、お屋敷の美しい中庭で、手作りのお菓子を食べながらティータイムを楽しんでいました。
「リアナの作るクッキーは、本当にいつ食べてもほっぺたが落ちそうに美味いな!」
シリウス君が、サクサクのバタークッキーを頬張りながら笑顔を見せます。
「ウゥ、ワフッ!」
ルルも、犬用の特別なお肉クッキーをもらってご機嫌です。
(あぁ、平和だな……。一生、この穏やかな時間が続けばいいのに)
私がそう思って温かい紅茶を飲もうとした、その瞬間でした。
「グルルルルルル……ッ!!」
突然、ルルが全身の毛を逆立て、お屋敷の門の方に向かって鋭い牙を剥き出しにして唸り声を上げたのです。
「どうした、ルル!? ……チッ、すげえ嫌な気配が近づいてくる」
シリウス君もただならぬ気配を感じ取り、サッと腰の剣に手をかけ、私を背中にかばうように前に出ました。
「ちょっと、どういうことなの!? 私を誰だと思っているの! 通しなさい!」
甲高く、ヒステリックな声が庭に響き渡りました。
門番の騎士たちを無理やり押し退けて、ズカズカと中庭に踏み込んできたのは、派手でけばけばしい真っ赤なドレスを着た貴族の令嬢。
「い、イザベラ様……!」
私は思わず息を呑み、体がガタガタと震え出しました。
一度目の人生で私を引き取り、暗い地下室に閉じ込めてボロボロになるまで働かせ、最後には私を魔境へ捨てた、あの残酷な悪女・イザベラだったのです。
イザベラは、私の姿を見つけると、ニタリと下品で残酷な笑みを浮かべました。
「あぁ、やっぱりこんなところにいたのね、私の『便利な道具』! 公爵領の村で、枯れた大地が
一瞬でふかふかになり、魔力を持った奇跡の野菜が育ったなんて噂を聞いた時は耳を疑ったけれ
ど……やはりあなたの『創造と癒やしの魔法』の仕業だったのね」
「ど、どうして……。どうして、魔法のことまで……」
私が震える声で尋ねると、イザベラは狂ったように高笑いを上げました。
「ふふっ、あははは! 当たり前でしょう? だって私も、あなたと同じように『死ぬ直前の記憶』
を持ったまま、この時代に戻ってきたのだから!」
「えっ……!?」
「あなたが一度目の人生の最後、魔境で死にかけた時。あなたが作った『時空間を操る禁忌の魔道具』が、あなたの強烈な未練と魔境の魔力に共鳴して暴走したのよ! そして、その魔道具のマスター(所有者)として登録されていたこの私も、時間の逆行に巻き込まれて戻ってきたの!」
イザベラの言葉に、私は絶望で目の前が真っ暗になりそうでした。
(そんな……。イザベラ様も、一度目の人生の記憶を持っている……!?)
「目覚めてすぐ、私は孤児院へ向かったわ。でも、レオンハルト公爵という野蛮な男が、気まぐれであなたを拾った後だった。……でもね、私を甘く見ないでちょうだい!」
イザベラは懐から、一枚の古びた羊皮紙を取り出して見せびらかしました。
「孤児院の院長を金で買収して、あの日よりも前に『あなたと私が専属契約を結んでいた』という契約書をでっち上げたのよ! 相手が公爵だろうと、法的な契約書があればこっちのもの。
さあ、私という正当な主人のもとへ帰りなさい、リアナ。また地下室で、私のためだけに兵器を作らせてあげるわ!」
イザベラは、完全に勘違いをしていました。
私がいまだに身寄りのない「孤児」だと思い込んでいること。
あの血塗れの熊と呼ばれる公爵様が、ただの気まぐれで拾ったメイドの契約書など、突きつければ面倒くさがってあっさり手放すだろうと高を括っていること。
そして何より、今の私が「一人ぼっち」ではないということを。
「……ふざけるな」
私が怯えて一歩下がるより早く、シリウス君が冷たい声でイザベラを睨みつけました。
「あ? なによあんた、汚い護衛の分際で!」
「リアナは道具じゃない。俺の大切な主であり、世界で一番優しくて尊い女の子だ! 法の契約書だか何だか知らないが、貴様のような汚い大人が、気安く触れていい存在じゃない!」
チャキッ、と銀色の刃が抜き放たれ、シリウス君の鋭い剣先がイザベラの喉元に突きつけられました。
「ガァウゥゥゥッ!!」
さらに、ルルがイザベラの前に立ちはだかりました。
仔犬のサイズとはいえ、伝説の魔獣フェンリルの放つ圧倒的な威圧感と冷気に、庭の草花が凍りつきます。
「ひっ!? な、なんなのよこの小僧と化け物犬は! 私は伯爵家の令嬢よ! 殺してやるわ!」
イザベラが真っ青になりながらも、腰に帯びた魔法の鞭を取り出そうとした、その時です。
「――殺す? 誰が、誰を殺すと言った?」
地獄の底から響き渡るような、鼓膜をビリビリと震わせる恐ろしい声が落ちてきました。
ズシン、ズシン、と大地を揺らすような足音とともに現れたのは、レオンハルト公爵様――私のパパでした。
パパは、今まで見たこともないほど恐ろしい、まさに戦場で敵を震え上がらせる『血塗れの熊』そのものの姿で、凄まじい殺気を放ちながら歩み寄ってきました。
「こ、公爵閣下……! 丁度良かったわ、この生意気な孤児は、正当な契約により私の所有物でして――」
「黙れ」
パパが一言放っただけで、イザベラは目に見えない巨大な圧力で押し潰されたように、地面に這いつくばってしまいました。
「ひっ、あ、ぐ……っ!?」
「偽造された紙切れなど、我が領地では便所紙ほどの価値もない。それよりも……イザベラ・
フォン・モルガン。貴様の真の悪事の証拠は、すべて揃っている」
パパは冷酷な瞳で、イザベラを見下ろしました。
「貴様が裏で違法な魔道具を密造し、近隣の国へ売り捌いていたこと。
……そして何より、我が
『ブラウエン公爵家』の正統なる血筋であり、私の愛する姪であるリアナを『所有物』呼ばわりし、不敬にも傷つけようとしたこと。
これは帝国に対する『国家反逆罪』に等しい大罪だ」
「め、姪……? 公爵家の血筋……? この道具が!?」
イザベラは信じられないものを見るように私を見上げ、絶望に顔を歪めました。
彼女はついに、自分が絶対に手を出してはいけない相手の虎の尾を踏んでしまったことに気づいたのです。
「嘘よ、嘘よっ! だってこの子は、ただの魔力袋で……!」
「リアナの放つ高貴な魔力を、ただの魔力袋としか感じ取れないとは、愚かにも程がある」
パパは剣を抜くことすら汚らわしいというように、イザベラを一瞥しました。
「近衛騎士団! この女を地下牢へ連行しろ。モルガン伯爵家は本日をもって取り潰し、一族郎党すべてを生涯、北の鉱山での強制労働に処す! 二度と日の光を拝めると思うな」
「いやああああっ! 許して、公爵様! リアナ、ごめんなさい、私が悪かったわ、助けてええっ!!」
見苦しく泣き叫びながら、屈強な騎士たちに引きずられていくイザベラ。
一度目の人生で、私を地獄の底に突き落とした悪女は、二度目の人生では自分の勘違いと罪の重さに完全に押し潰され、完全なる破滅を迎えたのでした。
イザベラが連行され、中庭に再び静寂が戻りました。
「リアナ。……怖がらせてすまなかったな」
パパは、さっきまでの恐ろしい『血塗れの熊』のオーラをあっという間に引っ込めると、いつもの不器用で優しいパパの顔に戻り、私の前にしゃがみ込みました。
「怪我はないか? 嫌な思い出を思い出させてしまっただろう」
大きな手で、私の頭をそっと撫でてくれます。
私は、パパの大きな胸にポスンと飛び込みました。
「ううん、怖くなかったよ! だって、シリウス君とルルが守ってくれたし、パパが助けに来てくれるって、ずっと信じてたから!」
私がとびきりの笑顔で答えると、パパはホッとしたように目を細め、私の体をしっかりと、愛おしそうに抱きしめ返してくれました。
「リアナ様、俺、ちょっとはかっこよかったですか?」
シリウス君が照れくさそうに剣を鞘に収めながら聞いてきます。
「うん! すっごくかっこよかった! 私の最高の騎士様だよ!」
「ワフゥッ!」
ルルも「僕も頑張ったよ!」と自慢げに尻尾を振って、パパと私の周りをくるくると回り始めました。
私を縛り付けていた暗い過去のトラウマは、今日、完全に消え去りました。
お父さんとお母さんが命をかけて繋いでくれたこの命。
それを拾い上げ、温かい愛情で包み込んでくれたパパ。
私を守ってくれる、かっこいい銀狼のお兄ちゃんと、もふもふの家族。
みんなと笑い合いながら、私は心から思いました。
(あぁ、私、今、世界で一番幸せだなぁ……)
虐げられていた幼女の二度目の人生は、もう悲しいことなんて何一つありません。
これからは、大好きな家族と一緒に、美味しいご飯を食べて、綺麗なお花を育てて。
温かくて、優しくて、笑顔がいっぱいの『スローライフ』が、ずっとずっと続いていくのです。
――おしまい――




