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俺が新社会人になってしばらくして、少しずつ発展した村に、とうとう国から貿易の話が来た。
いままで迷いの森にある村ーーイバラ城は周辺の領主たちとだけ貿易を結んでいたが、それが国との交易になるということは規模が大きく変革するだろう。
ロベルのオッチャンに代わり、新たにマイクがこのイバラ城をおさめることになっていた。
イバラ城では子ども時代に大きな時間を学業にあてる。作製を好む者や読み込む事が得意な者、身体を動かす事が得意な者など、多種多様であったが、子どもたちはのびのびと学習した。アランが率いた犬族による襲撃が色濃かったのか、子どもたちの学習意欲は強く、乾いたスポンジのように学んだ。
俺が持ち込んだ数々の図鑑はイバラ城を囲む迷いの森の周辺探索や研究を助けた。迷いの森は国では珍しい動植物の宝庫で、ヤタエ医師が立ち上げた調査チームは狩猟メンバーと合同で少しずつ調査範囲を広げている。
イバラ城の治下を芸術的に仕上げたモグラ獣人のゲンは、とうとう森の奧深くまで入り込んでいた。最近姿を見せないことを心配したゲンを引き取った養母がマイクに訴え、治下を探索したところ、石工職人の若い少年と共に新たな地下帝国を築いていることが発覚したのだった。
ちょうどイバラ城も住人が増えて手狭になっていた。
ゲンが治下帝国を作り上げた場所を起点として新たに土地を開墾する部隊が、これによって作られた。こちらは泉のように真水がなかったことから、地下の水脈を汲み上げることから全ては始まったのであった。
「こちらは学者と魔術師のエリアにするつもりです」
「最近は近場の調査が済んだので、奥地に行くために中間地点に休憩小屋が欲しいとヤタエ医師から申告されていましたからね」
マイクの発言にドジャーが繋げる。
老齢になって弟子に医師業務を譲り渡したヤタエ医師は、近頃はもっぱらこの土地の研究に明け暮れており、日夜新たな土地に行きたがっては弟子たちにすがり付かれているらしい。
「ここに来る時に欲しいもんは言えと言われてました!」
これがヤタエ医師の常套句であった。
「いまは拓けた土地を作ることからはじめてますが、ヤタエ医師が止まらないので、急ぎ小屋を作りました……」
「お、おお……」
ヤタエ医師は老齢で、しかも生活能力が乏しい。複数の弟子たちが大慌てで先に小屋に住み着いて世話をやいているらしいが、当然魔獣は出るので護衛のために数人の獣人が移動し、さらにその彼らの家族が心配して大工などを派遣し始めたというのだから驚きの速さで建築が進んでいるとのことだ。
ここで問題に上がるのが、新たに作っている学術エリア拠点に物資を届けたり、彼らの望む研究材料、建築資材である。
石やレンガは削り出したり製造するのに時間がかかるため、もともとそれなりに備蓄されてあったが、建築スピードに伴っていなかった。
堀を異常スピードで作り、物見櫓を建て、居住のために建物を建てまくったイバラ城の職人たちの腕が良すぎたのだ。
しかしこれは問題ではない。外との貿易でなんとかクリア出来そうだからだ。
「万が一、通行不可になった場合、学術エリアは孤立する。地上は道や魔獣、自然災害に、地下は陥没の可能性があるから、孤立した時と籠城戦のときのことは考えないといけない」
「飲み水や生活水くらいならなんとか雨水で出来るかもしれないが、堀を作れるだけの水脈が確保出来ないのは大きな懸案事項ですな」
俺の言葉にマイクが唸る。
二代目大工頭を受け継いだギルが、紙にペンを走らせる。慣れた手付きで正確な図を書き記すことが出来ていることから、相当学んだのだということを感じさせる。
「これはどうだ」
堀がなく、水も少ない。畑を作る土壌を作るには迷いの森は土が痩せているため、まず土作りから始めなくてはならないという状態であった。
この事から、ギルは新たな防衛のために高い塀を作ることを提案した。
高さ三メートルの石畳の壁を築き、そこに土を敷き詰めて埋める。高台を人工的に作り、防衛拠点とする棟を作る。そうすれば防衛には大きな利点となる。
「防衛は良くとも、これでは籠城戦のときに資源が枯渇します。生活水以外にも畑に回すくらいは水が欲しいですね。イバラ城は畑や水源がありましたから、こういう不便がなかったが……」
すかさずマイクが難色を示すと、ならば、とギルが新たに図面を書き起こした。
ドーム型に土地を覆う方法、いくつも棟を作り、高いところで連結させる方法、地下帝国化計画など、案は山のように出た。
だが、長期的な籠城はやはり一番の難点である。
「一番ちかい水源はどこです?」
議論が詰まった頃に聞けば、かなり遠くに湧水が流れる場所があるとわかった。
腕を組み足を組み、ううんと唸る。
「ヤタエ医師がいる今の場所からさらに北西か。いっそここを中間地点にして、水源の場所を学術エリアにしたらどうです?」
「モグラ獣人のゲンがブチギレますよ。アイツは芸術的な地下帝国に命をかけているから」
「水源の地下はダメなの?」
「水源のある場所の地下は地盤が固くて、モグラ獣人でも掘れないんです」
「なら、水を引く方法を考えよう。堀の要領で石畳で水路を作って、ここに引けない?」
「……なるほど。時間はかかりますが、出来ます!」
「水源に毒を入れられたら終わります。うちは中に水源があるから良いですが、外に水源があるのは危険です」
「なら、隠せば良い」
マイクの却下に、ギルが重ねる。
水源となる湧水は岩の間から流れている。ここを覆うように建物を建て、イバラ城の泉のように土や植物で隠して地下を経由する。モグラ獣人には固くて掘れなくとも、大工や石工たちは削り出せる。
「地下水路を作って汲み上げる」
「堀を作るには水量が足りませんが、雨水と合わせて少しの溜め池なら出来るのではないでしょうか?」
「鯉くらいなら育てられるかも」
ほう、と頷いたマイクがこれならばと頬をゆるめた。
ギルも楽しそうだ。
「万が一の時は食えますな」
「鶏くらいは飼育させましょう。鶏は卵を出して肉が食え、糞は土地を肥やす。土地が痩せていてもトウモロコシや豆くらいは育つ。餌には十分ですし、どちらも食べられる」
「薬草園、居住棟、学術棟、魔術棟は建築出来ます。溜め池と鶏小屋、畑の大きさはどうします?」
「あまり大きくても学術エリアに勤める獣人たちには手が回らないだろう。最低限数日持ちこたえられるだけの畑ですね。かわりに果樹をいくつか植えておきましょう。鶏は卵を産む小屋だけ置いて、畑を放牧させましょう。彼らに世話は無理です」
「棟の上部には薔薇を植えて、鳥人や飛行タイプの魔獣が止まれなくしましょう」
「やはり高さです。高さを稼げば外からの侵入が容易ではなくなる。鳥人たちもいつまでも飛べる訳じゃない。周囲の木より高い位置にあり、棟もバラで留まれないのであれば空からの攻撃なんて目じゃない!」
ギルの力強い言葉に、マイクが笑う。
紙で書かれた新エリアの図面は、いつしか細かい区分けがされていた。
真剣な眼差しで図面とにらめっこしていた大工たちが、新しくこれを作りたい、これはダサいと案出しをする。
大工たちは新たなエリアに意欲的であった。
***
「…あー、坊っちゃん、これ…」
「なに、これ?」
「プレゼントです」
プレゼント? と、首をかしげる。
気まずそうな顔をしたマイクから籠を受け取り、覗き込む。
陶器の小さなツボを見つけ、ふたを開けるとおさめられた乾燥した茶色い草。くん、と鼻を近づけて嗅ぐと、芳しい香りが鼻腔を擽った。
「茶葉です。北アーシェロン地方で、このあたりでは珍しいものですよ」
「へぇ! ありがと!」
にこにこと笑ってからもう一つの瓶を手に取る。こっちはジャムっぽい。ラベルに……アランのベリージャム、と書かれていて思わず手を離した。
すかさずマイクが落下したジャムを空中でキャッチし、籠に戻す。
信じられないものを見るような眼でマイクを見ると、スッと顔を背けられた。
「……犬からです」
「なんでぇえええ!?」
俺の渾身の叫びが、イバラ城でむなしく鳴り響いた。




