第61話:アッポーウォッチの真価と、アホな天使の包囲網
神界闘技場「フラウィウス」。
普段は、武闘派天使たちが大観衆の前で、勇士を競い合う場所である。
その同じ舞台で、今日、
音ひとつない静寂の中、天界最強の天使が死闘を繰り広げている。
神界最強のカンナと、破壊神サクラ。
いずれも、名前を聞いただけで天界の武闘派天使が逃げ出す強さだ。
規格外の剣が激突し、轟音だけが響き渡る。
一撃交わすたびに、観覧席に座るヤヨイとユヅキの肌を、
針で刺すようなピリついた魔力が撫でていく。
だが、そんな二人は、まだ本気を出していない。
それは、天上のさらに高い位置から自分たちを観察する「不快な視線」を
はっきりと感じ取っていたからだ。
(……間違いないわ。ルシフェルが得意とする隠密属性魔法『シャドウアイ』よ)
サクラは剣を交えながら、カンナの意識に直接語りかける。
『カンナ、聞こえる? あいつら、どちらかが弱ったところを漁夫の利で仕留めるつもりよ』
『ふん、ルシフェルらしい陰湿なやり方ね。サクヤも一緒かしら?』
『ええ。だから提案なんだけど、
ここはアタシが負けたことにして魔力を完全に隠蔽するわ。
アンタの圧勝に見せれば、あいつらは満足して神界に帰っていくはずよ』
カンナは口角をわずかに上げた。
ルシフェルという鼻持ちならない同僚をギャフンと言わせ、出し抜くチャンスだ。
『いいわよ、その作戦。乗ってあげる』
合意がなされた刹那、
カンナの魔剣ティルヴィングが深紅の閃光を放った。
「これで終わりよ、サクラちゃん!」
カンナの絶叫とともに放たれた一撃が、
サクラの胸元を貫いた――ように見えた。
サクラの姿は淡い光の粒子となって霧散し、闘技場から完全に消滅する。
事情を知らされていない観覧席の二人が、驚愕に目を見開いた。
「な、何てこと……お姉様といえど、サクラを消し去るなんて許せない!」
「せや、加勢するでヤヨイ! 決闘言うても、殺してまうのはルール違反や!」
もはや魔力がないはずのユヅキまでもが、怒りに任せて剣を抜き、カンナへと構える。
魔力を隠蔽した状態のサクラは、
彼女たちに「これは芝居よ」と伝えることができない。
もしヤヨイたちが本気でカンナを襲えば、
カンナの力は無駄に削られ、それこそルシフェルたちの思うツボだ。
(悪いけど、あのアホ二人は誰かに預けるしかないわね)
サクラは、大神殿の広間で今も粉まみれになっている、
もう一人の「規格外」の元へ急いだ。
その頃、オトハは「戦いより腹ごしらえですよー」とばかりに、
リサと一緒にデニッシュを焼き上げていた。
< オトハ、アタシの声を聞きなさい! >
脳内に直接響いたサクラの鋭い声に、オトハはひっくり返りそうになる。
「え!? サクラさん?
どうしたんですか、もしかしてサクラさんもデニッシュ食べたいんですか?」
< そうね、今度ゆっくりいただくわ!
だけど今は別のものが欲しいの。魔力を完全に包み込む『布』を作ってちょうだい! >
「布……ですか? そんなことできるんですか?」
< アンタならできるわ。その腕のアッポーウォッチを起動させなさい! >
オトハが言われるままにデバイスを操作すると、電子音が響いた。
「アッポーさん、私の願いを叶えてほしいの。魔力を包み込む布のレシピを教えてちょーだい!」
『プログラム起動……。
入力音声、オトハを確認。記述開始……テスト、デバッグを実行します』
無機質な音声の後、デバイスから凄まじい熱が発せられた。
『エラー確認……解除。再度デバッグ。……クリア。
オトハ様の希望を実現するため、最新の魔道具デバイス設計図を脳内へ直接転送します』
「な、なにこれぇぇぇーーーーーーっ!?」
オトハの瞳孔が開き、膨大な知識の奔流が頭蓋の中に流れ込む。
それまで彼女の独り言を放置していたキキョウが、慌ててその肩を抱き寄せた。
「大丈夫、オトハ! サクラが何かしたの!?」
「ううん、すごいんですキキョウさん!
アッポーウォッチくんが、見たこともない最新技術をどんどん送り込んでくるの!」
その直後、オトハは「バタン!」と音を立てて床に倒れ込んだ。
「「 オトハ! 」」
キキョウが慌てて抱き上げると、倒れたオトハの顔は……あろうことか、
あまりの快感と知識欲に満たされた恍惚の表情で悶えていた。
< ……変態もここまで来ると、もう何も言えないわね >
隠れ身の術を解いたサクラが、腕を組んで呆れ顔で立っていた。
< ほらオトハ、さっさとその魔道具を作っちゃいなさい! >
「「 はい、喜んでぇぇぇ! 」」
飛び起きたオトハは、レンチとスパナ、
魔力溶接機をひったくるように持ち出し、火花を散らして一心不乱に作業を開始した。
その速度はもはや人の域を超え、残像すら見える。そしてわずか十分後。
「「 できましたぁーーー! 」」
< さすがね。じゃあ、それを持って着いてきなさい。
キキョウ、アンタもよ。もう魔力は戻ってるでしょ >
サクラは強引に二人を引き連れ、再び奥院の間へと突撃した。
再び奥院の間に足を踏み入れた瞬間、キキョウの身体が凍りついた。
そこには、今まさにカンナへ斬りかかろうとするヤヨイとユヅキ、
そして迎え撃とうとするカンナという、神話級の三つ巴が展開されていた。
さらに上空には、吐き気がするほど不気味な「他者の視線」が蔓延している。
「なんじゃ、こりゃあああ……!」
思わず、往年の刑事ドラマのような口調で絶叫するキキョウ。
オトハが不思議そうに覗き込む。
「珍しいですね、キキョウさんがそんなに取り乱すなんて」
「だって、アンタ! あれを見たら腰を抜かさない方がおかしいわよ!
サクラ、なんてところに連れてきたんだよ!」
< まぁまぁ。それじゃ、オトハにも様子を見せてあげるわ。
キキョウの手をアンタの目に当ててごらんなさい >
キキョウの手を介して「真実」を視覚化したオトハは、ポカンと口を開けた。
「うわぁ……。あれが天使さんなんですか。初めて見ました」
< 驚くリアクションが薄すぎるわよ、アンタ! ほら、オトハ、キキョウ!
手を繋いで魔道具に触れなさい。そしてこう唱えるのよ。
――『あのアホのような顔をしている二人の天使を包みたまえ』ってね! >
「わかりました! キキョウさん、やりますよ!」
「もう、わかったわよ、なんでもやるわよ!」
二人が魔道具を掲げ、声を揃えて呪文を唱える。
すると、オトハの手から放たれた極薄の魔力布が、
生き物のように闘技場を駆け抜け、ヤヨイとユヅキを優しく、しかし強引に包み込んだ。
二人の姿は一瞬で空間ごと切り取られ、カンナの姿と共にその場から完全に消滅した。
< ナイス!
一発でうまくいったのは、アタシの呪文があいつらにピッタリだったからよ。
なんせ、あのアホな顔が決定的だったわね >
サクラが会心の笑みでサムズアップする。
「ええー? あの天使さんたち、消えちゃいましたが、敵だったんですか?」
< アンタたちにとっては両方味方だけよ。
だけど、今は邪魔だから一時的に退場してもらったの。
さて……これで舞台は整ったわね。サトルを復活させるわよ >
遥か上空、異次元の隙間で、シャドウアイを介して戦いを見ていた影が動揺した。
< う……今度は双方ともに消滅しただと? 相打ちか……? >
ルシフェルの声には困惑が混じっていた。
横に侍る副官のサクヤが、冷静に魔力探知を試みる。
< ……反応がありません。
完全に消滅したか、あるいは感知不能な領域へ落ちたか。
ですが、結果的にカンナもサクラも、そしてヤヨイまでもが
消え去ったのであれば、黒神様もお喜びになるでしょう >
< う、うむ。そうだな…… >
ルシフェルは釈然としないものを感じつつも、
自らの計画通りに邪魔者が一掃されたという事実に満足し、視線を神界へと戻した。
彼らはまだ知らない。
その階下で、一人の変態魔道具師が、天使すら恐れる最新技術を
アッポーウォッチから引き出し、死んだはずの男をこの世に呼び戻そうとしていることを。
そして「アホな顔」呼ばわりされた天使2人。
未だに自分たちが飛ばされた理由もわからず、ただ、無言で立ち尽くしていた。
しかも、魔力が外に放出できない。
< ヤヨイちゃん、アンタも魔力が消えたんなら商売人を目指すか?>
ユヅキがニヤリと笑い、ヤヨイの顔に自分の顔を寄せた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
2話連続で天使中心の話になりましたが、そろそろ人類代表オトハのターンです。
明日も同じ時間に続きを投稿予定です。どうぞお楽しみに!




