第32話:『鉄の狂犬』と、伝説のボロ船。〜大統領の勲章をもらって港へ走ったら、鉄クズが浮いていました〜
「聞いたか? 東の森で化け物二体を消し飛ばしたのは、まだ小さな少女だってな」
「あぁ。メディーナ中のギルドが色めき立ってるぜ。シルバーランドからも問い合わせが来てるらしい」
メディーナの酒場は、連日その話題で持ちきりだった。
一体でもAクラスパーティが死力を尽くすハイミノタウロス。
それを少女が二体同時に蒸発させてしまったのだ。
「どこのギルドの所属だ? Sランクの隠し玉か?」
「いや、それが……どこにも登録されてねえんだ。冒険者ギルドの人間じゃねえらしい」
冒険者たちは落胆した。
こんな「暴力の化身」をパーティに引き込めれば、一生安泰だと思ったからだ。
しかし、彼らの期待とは裏腹に、噂だけが凶悪な尾ひれをつけて街を駆け巡る。
「名もなき、鉄を担ぎし狂った番犬……『鉄の狂犬』。……恐ろしい娘だぜ」
その頃、当の「狂犬」オトハは、商業ギルドの隅っこで「にゃーちゃん」の関節を磨きながら、「次は魔力の収束率を五%上げないとねぇ……」と独り言を漏らしていた。
◇◆◇◆◇
翌日。オトハは「メディーナの英雄」から一夜にして「厄介者」に滑り落ちていた。
「ちょっと! オトハはん、大変でっせ!」
シバが真っ青な顔で駆け込んできた。
「シバさん、どうしたんですか? 私、お掃除ロボの量産で忙しいんですけど」
「東の森や! あんさんが開けたあの巨大な穴、あそこにハイミノタウロスの『魔素』が溜まりまくって、低級モンスターの湧き所になってもうたんや!」
どうも、オトハの放った『すないぱーちゃん』の威力が高すぎたらしい。
一瞬で蒸発した魔獣の残滓が、巨大な窪みに「魔素の吹き溜まり」として定着してしまったのだ。
湧いてくるのはスライムやゴブリンといった雑魚だが、絶え間なく溢れてくるため、討伐に向かう冒険者たちから「面倒な穴を作りやがって!」と苦情が殺到。
英雄オトハは、わずか一晩で「余計な仕事を増やした厄介者」へと評価がガタ落ちしたのである。
◇◆◇◆◇
事態を重く見たメディーナ政府の大統領は、早々に手を打った。
その圧倒的火力を敵に回すより、味方に引き入れる方が賢明だと判断したのだ。
「今朝方、商業ギルドを通じて、政府から通達が来ましたで」
突如、ギルド長から呼び出されたオトハは、ギルド長室で仰々しいケースを受け取った。
隣には、政府の高官が並んでいる。
「オトハ殿。この度、メディーナの街を救ったことを感謝し、名誉市民の称号と『メディーナ栄誉勲章』をここに授与する」
「おめでとう。オトハはん。これで、特例で商業ギルドAランクへ昇格や。おめでとさん」
「えっ! Aランクってことは……」
オトハの目が、今日一番の輝きを放った。
「メディーナの象徴――魔導商船『マリーナ号』の保守管理・部品取り扱い権限が付与されますわ」
「やったぁぁ! 伝説の船! きっと見たこともないような変態的な回路が詰まってるんだろうなぁ……! シバさん、キキョウさん、港へ急ぎますよ!」
オトハは勲章をひったくるように受け取ると、脱兎のごとく港へ走り出した。
◇◆◇◆◇
「ハァ、ハァ……! ついに、アタシの『修理魂』をぶつけるに相応しい、巨大な獲物が……!」
潮風が香るメディーナ港。
その港で一番豪華な船に、オトハが駆け寄る。
「やっぱり、カッコいいわねー。マリーナ号」
「何言うてまんのや。それは連合王国の船でっせ」
「え、シバさん。じゃあマリーナ号は?」
「こっちやで」
シバの手招きで一番大きなドックの前に立ち、オトハは大きく息を吸い込んだ。
しかし、目の前にあったのは――。
「……は?」
そこには、伝説の名にふさわしい白銀の輝きも、空を飛ぶための壮麗な翼もなかった。
海面に浮いているのは、全身が緑色の藻に覆われ、外装は赤錆でボロボロ。
マストは折れ曲がり、甲板には鳥のフンがこびりついた、**「巨大な鉄クズ」**だった。
「シバさん。これが『伝説のマリーナ号』? どっちかっていうと『伝説の不法投棄』に見えるんだけど……」
キキョウが引き気味に呟く。
「……ワイも、最後に見たんは十年以上前やけど……ここまで酷いことになってるとは思わなんだわ。これ、動かす前に沈むで」
静まり返る港。オトハは、ピクリとも動かない。
ショックで気絶したのかと、シバが肩を叩こうとした、その時。
「……ニチャァ」
少女の口から、漏れ出たのは歓喜の溜息だった。
「……穴だらけ。回路はズタズタ。船底からは悲鳴が聞こえる……。最高。最高ですよ、マリーナちゃん……! 待っててね、今すぐアタシが、あなたの『構造』を全部バラして、物理的にわからせてあげるから……!」
充血した目で巨大スパナを握りしめ、ボロ船にダイブしようとするオトハ。
助けられた冒険者たちが感じた恐怖。
それ以上の「狂気」が、少女の背中に宿っていた。
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