第14話:絶望の独房は「天国」でした。〜呪いの静寂を偏愛(しゅうちゃく)の歯車でブチ壊す〜
【 1. 聖都パロマ:静寂の都 】
ロンドラ連合王国の喧騒から遠く離れた、大陸の西端。
「ルカ神」を崇めるサンブルグ法国の首都パロマは、朝霧の中にその美しい姿を現した。
行き交う人々は皆、穏やかな表情で法衣を纏い、急ぐことなく、のんびりと石畳を進む。
だが、その穏やかな空気の中に、どこか「欠落」したものがあった。
それは、街の鼓動とも言うべき、時を告げる鐘の音だった。
【 2. 時計塔の異端児:絶望の独房にて 】
街の中心、大聖堂の最上階には、
天に最も近い巨大な時計塔が設置されている。
オトハは、その内部に設けられた特殊な独房に投げ込まれていた。
そこは魔法の加護が届かない。
孤独と重苦しい静寂が精神を破壊する「呪われた場所」であった。
「かわいそうに。こんなに若い娘が……。
明日には心が壊れて、抜け殻のようになっているのだろう」
食事を運んできた牢番は、
独房の隅で静かにしているオトハの背中に、深い同情を寄せていた。
牢番が去り、再び静寂が部屋を支配する。
独房の小さな窓から、オトハは朝霧に煙るパロマの街をじっと見下ろした。
その目は、ただ一点に向けられていた。
「大丈夫、待っていて!私が元気にしてあげるからね……」
【 3. 異端児の目覚め:天国の歯車 】
翌朝、牢番が恐る恐る扉を開けると、
そこには予想を絶する光景が広がっていた。
「あ、おはようございます!この塔の壁にある大時計、
魔力バイパスで動かしてるんですね。芸術的だわ、最高にそそります!」
オトハは壊れるどころか、瞳を爛々と輝かせ、
一晩かけて、巨大な機械時計の設計メモを取っていたのである。
徹夜で寝ていないので、当然お腹が空く。
差し入れられた食事も瞬時に平らげ、
「このパン、お代わりありませんか?」と言い出す始末である。
「お、お前……正気か? こんな所に閉じ込められて、恐ろしくはないのか?」
「怖い? とんでもない!
こんなに素晴らしいオーパーツ級の巨大時計に囲まれて幸せです!」
絶句する牢番に、オトハは鼻息荒く身を乗り出した。
「あの、少しだけこの大時計、触ってもいいでしょうか?」
「なぜだ?逃げたりしないだろうな」
「いいえ、さっきから見てますけど、
ここ、完全に壊れてますよね。……直してあげたいんです」
突然のオトハの申し出に、牢番は圧倒された。
確かに先月以来、この時計塔は故障により沈黙している。
時報の鐘を失った首都パロマでは、市民が正確な時間を把握できず、
礼拝の刻限が曖昧になるなど、生活に混乱が出ていたのだ。
「お前……これ、直せるのか? 王様のお抱えの職人でもお手上げだったんだぞ」
「はい、おそらく大丈夫です! むしろ直させてください! お願いします!」
「……そ、それなら是非頼む。もし直れば、お前は英雄だ」
「やったー! ありがとーございまーす!」
オトハは大喜びで巨大な機械の隙間へと飛び込み、愛用の工具を振るい始めた。
彼女の手にかかれば、冷たく止まっていた歯車も、再び命を宿したように震え始める。
【 4. 奇跡の旋律:パロマの十二時 】
やがて、昼の十二時となった。
静寂に包まれていたパロマの街に、突如として衝撃が走る。
『キーン、コーン、カーン、コーン……』
重厚で、それでいてクリスタルのように澄み渡った音色が、
一ヶ月ぶりに市街全域に響き渡ったのだ。
石畳を歩いていた市民も、祈りを捧げていた信徒も、
一斉に顔を上げ、大聖堂の塔を見上げた。
「ほう、時計が直ったのか?」
大聖堂のバルコニーで空を仰いだのは、教団の最高権威である法王その人である。
「修理には一年以上かかると、魔道具職人が言っていたはずだが……」
「いえ、法王閣下。……昨夜、連れて参りましたあの少女が、直したのだそうです」
報告に来た大聖堂の管理人は、なぜか恍惚とした表情を浮かべていた。
「管理人の私から見ても、あの娘の腕は神がかっています。まさに奇跡です」
「左様でございますわ、閣下!」
管理人の後ろにいたシスターたちも、頬を紅潮させて割って入る。
「あの娘さんは凄いんです! 私たちが長年諦めていた壊れた魔道具も、
撫でるように触れるだけで次々と直してくださって……!」
いつの間にか、オトハの話は大聖堂中に広がったらしい。
法王に仕える下働きの者たちが「壊れた生活道具」を抱えて、牢の前に列を成していた。
オトハはそれらを面白がって片っ端から直し、人々の心を一瞬で掴んでしまう。
「……ふむ。すごい娘なのだな」
法王は、何も知らないふりをして、部屋の窓を眺めた。
そこには1か月ぶりに活気溢れる街と、人々の笑顔が広がっていた。
「異端の魔女」として連れてこられた少女・オトハ。
彼女は一晩にして、本人の意思とは関係なく、
「大聖堂の救世主」へと、その立場を劇的に変えてしまったのである。
「はたして、どうしたら良いものか……」
法王が憂鬱な表情で時計台を眺める。
「い、いてててて」
久しぶりに法王を胃痛み襲う。
だが、この痛みは法王にとって、これから起こる悪夢の序章に過ぎなかった。
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