第1話:魔獣討伐は定時まで。〜愛(しゅうちゃく)のレンチで解体して、お家に帰ります〜
【 1. 効率と残業拒否 】
中世の街並み。その中心にそびえ立つ大神殿。
どこまでも続く大理石のホールに、鋭い剣鳴が木霊した。
巨大な影と小さな影が重なり合ったかと思うと、視界は瞬時に爆炎に塗り潰される。
災厄の象徴――魔獣。
竜種の中でも最強と呼ばれる種が今、断末魔すら上げられず炭素の塊へと変わっていく。
「……あ、あと、三分……。キキョウさん、まだ、いけます……」
分厚いメガネを指で押し上げ、少女――オトハ・ブルーノが荒い息をつく。
彼女が握る七色の剣には、不気味なまでの「闇の翼」の紋章が浮かび、禍々しい力が渦巻いている。
「せめて、あと一撃。一撃が届けば終わるのです」
しかし、キキョウと呼ばれた巫女の少女は、冷淡に結界を閉じ始めた。
結界の消失とともに、オトハの金色の瞳と髪が、柔らかな栗色へと戻る。
「オトハ、だめ。もうタイムリミット。これ以上、その『堕天使の力』を使うと、剣ごと世界が吹っ飛ぶわよ。それに……」
<< グォォォーッ!! >>
『(人間よ! まさかここまでやるとはな。だが、ここまでじゃ!)』
竜が再生を終え、復活の咆哮を上げた。
だが、二人は目もくれない。
「あ、はい……。あ、キキョウさん、これ。今日の討伐証明部位の鱗です」
「ありがと。じゃあ、ボクは結界を畳むから、オトハは忘れ物ないかチェックして」
二人は、定時を迎えた事務員のように淡々と道具を片付け始める。
オトハは手慣れた手つきで魔法レンチを腰のポーチに仕舞い、キキョウは手鏡を取り出して乱れた髪を整えた。
『(いや、ちょっと待て……最後まで戦わんのか!? 世界を滅ぼしちゃうぞー!?)』
残業の誘いは届かない。
「お疲れ様でした」
「うん、お疲れ様」
定時退勤のサラリーマンさながらに、軽やかな足取りで二人は戦場を後にした。
現場に取り残された魔獣が呆気に取られていると、そこに一人の女性が「現れた」。
実体を持たぬエーテル体。
漆黒の翼を背負い、夜の闇そのものを纏ったドレスに身を包んだ美女。
――「漆黒の魔女」の姿で、彼女は溜息をつく。
<ここからはアタシが相手よ。まったくあの二人、責任感のかけらもないんだから>
「どこから湧いたか知らんが、堕天使を気取った精霊ごときが相手になるか!」
<あら、アンタ威勢がいいわね。……**是非に及ばず。**せいぜい楽しませてちょうだい>
女の目が、オトハと同じ黄金色に輝く。
二人が神殿の外へ出た瞬間、背後で魔獣の気配が完全に消失した。
【 2. 漆黒の魔女と、赤子の契約 】
アタシの名は、サクラ。
かつて天界の秩序を焼き払おうとして追放された、いわゆる「堕天使」だ。
前世でアタシは、ある男の背後に寄り添う「影」だった。
アタシの力は人間には強すぎるため、加護した者は皆、その業に呑まれて自滅してしまう。
――そう、たった一人の男を除いて。
「あの男」だけは、アタシの苛烈な力を飼いならし、「天下」という名の新世界へと手を伸ばした。
だが、結局は裏切られ、紅蓮の炎の中で滅んでいった。
その者を失い、二度と人間など守るまい――そう誓った矢先。
アタシは強力な引力により、この異世界に引き寄せられた。
目が覚めると、一人の赤子が眠っていた。
<こんな赤子が、アタシを呼び寄せたのか?>
「おぎゃ!」
アタシの姿が見えるのか、その子は嬉しそうに笑った。
どうせ行くところもない。アタシはこの子――オトハに付き合うことに決めた。
オトハは、アタシが教える「前世の文明の熱」を驚異的な速度で吸収した。
蒸気、電気、効率化。
彼女はそれを「魔術の再定義」として自分の力に変えていく。
だが、限界が近づいていた。
アタシの力は、子供が「欲」に目覚める十三歳を機に、その身を焼き始める。
この娘だけは失いたくない。
アタシは決意した。アタシという堕天使を直視できる「封印の鍵」……。
それ相応の資質を持つ『巫女』を探さねばと。
【 3. 十三歳の春、運命の鍵 】
十三歳の春。この世界では「魔法適性の儀」が行われる。
オトハの番が来た。震える指が水晶に触れる。
刹那、聖堂を揺るがすような闇の波動が奔った。
<<スキル:第六摩天 / 概念破壊>>
「な、なんだこの禍々しい文字は……!」
鑑定官たちが震え上がる中、天才巫女キキョウには見えていた。
オトハの背後で、溢れんばかりの黒い翼を広げている女性が。
「――判定は『算術B』。彼女は、ボクが保護します」
巫女・キキョウは、平凡な結果に上書きすると、オトハの手を握った。
その瞬間、封印の歯車が噛み合った。
<……あら、見つけた。この子は封印の『鍵』になるわ。オトハ、 アンタの力をこの娘を鍵にして封印するわよ!>
「そんなことをして、この子に危害はないですよね、サクラさん」
「ねぇ、あなた……、この性格の悪そうな漆黒の魔女と話してるの?」
キキョウの言葉に、アタシとオトハは同時に固まった。
「巫女様、サクラさんが見えるんですか?」
「見えるわよ。不吉な翼を広げちゃって。……でも、不思議ね」
キキョウは自分の胸元を押さえ、眉を潜めた。
「アンタに触れていると、なんだか懐かしいような、ひどく胸がザワつくような……変な感じがするの」
オトハは必死に交渉した。
最初は拒絶していたキキョウだったが、オトハが差し出した自作の魔道具――「温かな光を灯す箱」を見た瞬間、その目は見開かれた。
「わたしは魔力を使わずとも、技術で世界を守れると信じています」
その純粋な情熱に、キキョウは迷った末にオトハの右手を取った。
【 4. 未知なる学園と、因縁の予感 】
馬車の中で、二人は学園都市を目指す。
「わたし、自分の力が怖いんです。サクラさんは、世界を焼き払う力だと言っています」
「いいわよ。あんたが暴走しないよう、ボクがしっかり監視してあげる」
「……あ、ありがと!」
「……でも、ボクのことを値踏みするように見ないでくれる? 背後の『漆黒の天使さん』」
<ふん。……いいコンビじゃないの>
サクラは馬車が向かう方向に広がる暗雲を見つめていた。
自分と同じ堕天使の気配を感じる。
<どうやら、この世でも面白ろおかしく過ごせそうね、オトハ……頼んだわよ>
「えーー、嫌ですよ、サクラさん。私は魔道具がいじれればそれでいいんです」
<それじゃつまんないわよ。もっと、ほら、野望とかさー、あるでしょ>
「ないですよ!」
「ストーーーップ。天使と人間で何をそんなに揉めてるの?まったく、この先が思いやられるわね」
ともかく、この二人の少女と史上最凶の堕天使の旅は、ここから始まるのであった。
読んでいただき感謝です!
「魔法力ゼロの少女が、歪んだ愛で世界を解体する」
その軌跡を、ぜひ最後まで見届けてください。ご一読ありがとうございます。
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