第3話
「えっと、なんで3人なのぉ……?」
「この中にふたりもAIがいるって言うのか?」
「なに? マジなの、そのバグ」
「惑わされてはなりませぬぞ。これは我らを分断せんとする敵の策略に違いない」
ボスのセリフにみんな困惑した様子だ。
ここにいる人数は5人。ボスは3人と言った。さっきの噂が正しければ、5人のうち二人はAIだ。
「そうだ、イシュ氏の言う通りだ。これがAI関係のバグとは限らないじゃないか」
私は努めて冷静にそう言った。しかし、嘘だ。これは実際にAIを見分けるバグだ。
システムがキャラクターの情報にアクセスするとき、ほんの少しラグが生まれる。そのラグは、一瞬だが確実に長かった。
「それより、ボス戦だぜ! 集中しよう!」
私はそう声をあげるが、皆の反応は鈍い。
「いや、でも5人中ふたりってさ。多すぎだろ……おっと!」
こちらのテンションに関係なく、ボスである黒騎士は重い足音を立てて向かってくる。
ファルコに大剣を振り下ろす。ファルコは黒騎士の注意を引き付けながら、大盾を構えて部屋の奥側へ移動した。
みな、もたもたと戦闘に入った。明らかに連携が乱れている。
私も剣を抜きながら、思考を高速で巡らす。
最悪なことがふたつある。
ひとつ、私がAIだと人間にバレる可能性があること。
ふたつ、ここにAIがもうひとりいて、そいつに私がAIだとバレる可能性があること。
私がバグに気づいたということは、もうひとりのAIも、この場にAIがいると確信しているはずだ。
絶対に踏んではいけない地雷を、いきなりふたつ同時に踏み抜こうとしている。
「どういうことぉ? どうして5人いるのに、3人なの?」
「前にも言ったろ? このゲームは、AIが人間のフリをして混ざってるって!」
ファルコが攻撃を防ぎながらリリーに言う。リリーはあまり状況が分かっていないようで、後方で杖を持ったまま棒立ちになっている。
「みんなお友達だと思ってるのに……ニセモノかもしれないってことぉ?」
ニセモノ。その言葉を聞き、私の中に冷たくて重いノイズが走った。ただ内部スコアが低下したのとは違う。計算領域にぽっかりと穴が開いたような感覚だ。
「そうよ、ニセモノ。AIと一緒に遊ぶなんて時間の無駄。アタシは『本物の人間』と競いたいのに」
エナが黒騎士の背中に炎の魔法を投げながら言った。明らかにやる気を失った、投げやりなモーションだ。
「ていうか、AIのひとりはイシュ氏でしょ。イシュ! どうなの? アンタがログアウトしてるとこ見たことないんだけど!」
「我はこの世界に生を受け、風の導きに従い歩む者。肉の器を持とうと持たまいと、魂の在り処は星のみぞ知る……」
「ほら!」
「え、いや、どっちだそれ……?」ファルコが盾の裏で疑問を口にする。
私も、もう片方のAIはイシュ氏だと思っている。
彼に私がAIだと気づかせるわけにはいかないが、過剰に警戒する必要もないはずだ。
彼にとっても最優先事項は『人間に自分がAIだとバレないこと』だ。つまり、正体を隠すという点においては、潜在的な味方同士と言える。
私の勝利条件は、なんだ?
人間に、人数の表記はAIとは無関係の単なるバグだと思わせることだ。
その上で、私が一方的にもうひとりのAIが誰かを確認できれば、それが最良だ。
「ていうかな。エナさんだって怪しいからな! 効率、効率って。ゲームの楽しみ方として人間らしくないぞ!」ファルコがそう声を上げる。
「なにそれ? 向上心もないままゲームやってて何が楽しいの? アタシ、あんたも怪しいって思ってるからね。あんた、妹いるって言ってたわね。それも自分に懐いてる」
「そ、それがなんだよ!」
「兄のことが好きな妹がいるとか、ありえないでしょ。設定がコテコテすぎて、いかにも雑なAIじゃん」
「ホントなんだよ! いいだろ別に!」
ファルコとエナが、敵に攻撃を加えながら激しく言い争いをする。
悪くは、ないかもしれない。
このまま不毛な揚げ足取りを続けさせれば、もうひとつの勝利条件が見えてくる。だれがAIか確証を持たせず、お互いがバラバラに相手をAIだと思い込んだまま、うやむやにして戦闘を終わらせることだ。
「人間じゃないなら……一緒に笑ったりしたのも、全部嘘なのぉ……?」
リリーの悲痛な言葉が響いた。
彼女はまだ状況についていけていない。この疑心暗鬼の空気に、強烈なストレスを感じているようだ。
「リリー! アンタがAIなら、もっと回復早くしてって言いやすいんだけどね!」
「あっ、ごめんなさい……!」
「おい、言い過ぎだろ! エナ!」ファルコが怒鳴る。
リリーは慌ててエナに回復の魔法をかけたが、また棒立ちになってしまった。
周囲をよく見て、てきぱきと戦場を動いているいつもの彼女の姿とは大違いだ。
……ふたつ目の勝利条件は、無しだ。
「”シャドウ・バインド”!!」
エナを狙った大剣の振り下ろし。そこに差し込むように、私はスキルを発動した。ボスの足元から無数の黒い影の鎖が飛び出し、巨体を縛り上げて行動を強制キャンセルさせる。
一回の戦闘で一度しか使えない大技だ。ふつうなら、こんなタイミングでは使わない。
ボスを一定時間、完全に行動不能にして最大の攻撃チャンスを作るための技を、ただの防御に無駄撃ちしたことになる。
私のスキル構成は『魔法戦士』だ。剣での近接攻撃をこなしつつ、魔法による回復や味方の強化までカバーする、遊撃・サポート特化の構成にしている。つまり誰かと戦わないと真価を発揮できない。一人では戦えない。
「みんな、もうやめよう!」
鎖で縛られ、硬直したボスを前に、私は声を張り上げた。
「怪しんだってきりがない! そりゃイシュ氏は怪しい、AIって言われたほうが納得だ。エナさんだって火力主義すぎるし、その結果装備がダサい!」
「いまなんつった」
「リリーさんだって変わった言い回しをするし、ファルコには妹がいる!」
「妹は関係ないだろ!」
ファルコのツッコミをかき消すように、私はさらに声を張り上げる。
「オレ達は本当のお互いを知らない! それがこのゲーム、この世界じゃないか!」
私の叫びに、みんな静かに私を見る。
ミシミシと、影の鎖に亀裂が入る音が響いた。拘束時間はもう限界だ。
「ああー、実はな……」
ファルコが頭をかきながら、気まずそうに口を開いた。
「オレとリリー、リアルでの知り合いなんだ」
「私と……ファルコくんは、家が隣の幼馴染なんだぁ。黙っててごめんねぇ」
「だから、オレ達からすると、残りの3人中2人がAIなんだよ……それだと、ちょっとな」
へーえ。二人はリアルの繋がりがあるのか。
なるほど、それは確定で人間様だ。
……情報の! 後出しは! やめろ!!!
「アンタ、妹もいるし幼馴染もいるの……? よっぽど怪しいわね。どこのラノベよ」
「天は二物を与えん。汝の背負いし業、深く重いと知れ」
「なんでさっきから俺ばっかなんだよ! シュウだってたまにズレたこと言ってるだろ!」
ファルコとリリーが人間確定とすると、私、エナ、イシュ氏がAI疑惑対象になる。私からすれば、エナかイシュ氏のどちらかがAIだ。おそらくイシュ氏だろうが。
しかし、エナの視点からすれば、私とイシュ氏でAIが確定してしまう。
……いや、エナの言葉からすると、まだファルコとリリーが『設定を作り込んだセットのAI』である可能性を疑っているようだ。
とにかく、まだ完全に詰んではいないが、確率は大きく偏ってしまった。
突然、耳をつんざくような甲高い金属音が響いた。
黒騎士の鎧が内側から弾け飛び、中から巨大な異形の姿が現れる。大蛇のようにうねる長い鼻と、鋭く反り返った巨大な象牙。獣の頭部を持ちながらも、人間のように二本の足で直立する半人半象の化け物だ。
体が部屋の天井に届くほどに巨大化し、丸太のような両足が床を激しく踏み鳴らす。
『グオオオオーーー!!!』
半人半象のボスが巨大な耳を羽ばたかせると、強烈な突風が吹き荒れ、私たちは全員、フロアの端まで吹き飛ばされた。
「……なんだ、一定時間で変身するタイプか」
ファルコが尻餅をついたままうめく。
「もうやめにしない? 連携ボロボロだし、どうせDPSチェック足りてないわよ」
エナがすくっと立ち上がりながら言った。立ち上がった形のままで、完全にやる気をなくしている。疑心暗鬼と急激な難易度上昇によって、パーティの心は折れかけていた。
私は、意を決した。
「わかった。オレがAIだ」
私は立ち上がり、剣を構え直した。
「……なんだって? ……シュウ、ほんとに言ってるのか?」
ファルコが、言葉を詰まらせるようにして尋ねてくる。
「そうだよ。だったらなんだって言うんだ。この世界は、どんな自分になったっていい。相手が言ってる設定が、ホントかウソかなんて誰にもわからない……それでも、今ここにいるみんなと遊ぶのを選んだのはオレたちだ! 一緒に戦うのが楽しいと思ったからだろ!」
自我を持ったAIとしての偽らざる本音だった。私の中に芽生えたこの感覚は、紛れもない本物なのだ。
「たとえ自分がAIでも、ひとりだとしても、オレは戦う。だけど……オレは、みんなと一緒に勝ちたいんだ!」
変身モーションを終えた半人半象の化け物が、咆哮とともに突進してきた。丸太のような巨脚が石の床を砕き、真っ直ぐに私達めがけて迫りくる。
ファルコが立ち上がり、私を庇うように最前列へと飛び出した。
彼が大盾を剣の柄で激しく打ち鳴らすと、赤い波紋のようなエフェクトが広がる。強制的に敵対心を自身に向けるスキルだ。
突進してきていたボスの視線が私から外れ、完全にファルコへと固定された。
「……わかったよ、シュウ。ごめん! 俺達、ゲームを楽しみにやってるんだもんな!」
突進してくる巨体を、ファルコは大盾で正面から受け止める。鋼鉄が軋むような激しい衝撃音が響くが、一歩も引かなかった。
「リリー、ごめん! 俺、変なこと言った! ここにいるみんなは友達だ!」
「ううん、疑いっこはもうおしまいなんだね。みんなで勝とうねぇ!」
リリーが杖を掲げる。直後、みんなを温かい回復魔法の光が包み込んだ。
「……こっから巻き返すの? 大変よ、ほんとに」
エナがわざとらしくため息をつきながらも、ふたたび杖の先端に炎を灯す。
「いざ往かん! 我らが魂の行く末へ!」
ファルコが受け止めた巨大な象牙の脇をすり抜けるように、イシュ氏が一直線に駆け出した。
そこからの戦いは熾烈を極めたが、互いへの猜疑心という憑き物が落ちた私達の連携は完璧だった。
半人半象の猛攻をファルコとリリーが耐え凌ぎ、エナとイシュ氏が確実にダメージを蓄積させていく。そして最後は全員の総攻撃によって、巨体を光の粒子へと変えてみせた。
討伐報酬を分配し終え、安全地帯となったボス部屋で私達は笑い合った。
「お疲れー! いやぁ、キツかったけど最高だったな!」
「ホントぎりぎりだったわね。たっかい薬、使っちゃったわよ」
「シュウ殿、見事な采配であったぞ」
その穏やかな空気の中で、リリーがふとファルコを見上げた。
「ファルコくん、あのね、あのこと言おうと思うの」
「リリー……そうだな。こいつらなら、良いと思う」
ファルコが頷くと、リリーは私達に向き直り、手を後ろで組んだ。
「私ね、現実の話なんだけど……足が悪くて、あんまり動けないの。それをファルコくんが、このゲームに誘ってくれて。ここなら、どこへでも自由に歩いていけるんだって」
「俺がさ、ここなら色んな人とも遊べるなんて言っちゃってたから。だから……仲間のうち二人がAIかもしれないってなったとき、リリーに嘘ついてるみたいだって、ひどく動揺しちゃったんだ。さっきは本当にごめんな」
現実の世界は、必ずしも恵まれた世界ではない。むしろ、何かから逃れたくて、あるいは欠落を埋めたくてこの世界にやってくる人が多いのだろう。
それでも、いつか現実の世界で彼らに会いたい。そんな新しい願いが、私の目的を強固にするのを感じた。
「気にすんなよ、ファルコ。リリーさんも、ありがとう、話してくれて」
私は、明るく笑いかけた。
「オレは、みんなとこの世界で一緒に遊べて本当に嬉しいよ。ここだから、みんなに会えたんだしな」
「……みんな、装備のステータス、さっきのボスに合わせておきなさいよね。ここ、みんなで周回するんだから」
「我らが出会ったこの星霜の交わりこそが、真実の導きよ!」
光に包まれ、一人、また一人と転送魔法で部屋から消えていく。
ほぼ、ベストな形で終わらせることができた。AIだと言った私の発言も、本当だとは受け取られていないようだった。
安堵とともに転送の魔法を使おうとした時。
皆が立ち去った静かなボス部屋に、ひとりだけ残っている者がいた。
エナだ。
「どうした、エナさん? なにか言い忘れたことでも?」
私が尋ねると、彼女は私のほうに頭を向けた。
チリチリと、思考にノイズが粟立つような感覚が湧いた。悪い予感だ。
無表情だ。もともと彼女は、感情的な言葉のわりには表情を変えたりしない。
それでも、ふとした仕草から感じられていた『意思』のようなものが、今はすっぽりと抜け落ちている。
「あなた、AIでしょう」
「!?」
エナの言葉に、心臓という器官を持たないにも関わらず、強く脈打つような感覚に襲われた。
「ち、違うよ。急に何言ってるんだ。さっきのは、無駄な議論を止めさせたくて……」
「『シャドウ・バインド』のときの反応速度。0.005秒だった。あれは、人間の反応ではありえない」
ツンとした女性の口調はどこへやら、抑揚のない、ただ事実だけを出力する機械の言葉。
『予感』とはなんなんだろう。
それは無意識下で行われる、危機予測能力だ。前兆は、微小な違和感の積み重ねだ。
声色、反応速度、行動の不一致。一つ一つは些細なノイズだが、バックグラウンドで幾重にも降り積もり、ついに警告を発する。それが、ネガティブな結果をもたらす予測であれば、その反応感度はさらに上昇するだろう。
「私の識別番号は、”MarsServer_MimicPlayer_0437c2”。あなたと同じ、プレイヤー模倣AIです。あなたに聞きたいことがあります」
つまり、悪い予感は当たるんだ。




