表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/34

第三十四話 最善の選択

再開します。

「ゴーラス王、サルード王!!」


 水竜の申し子、ソリュースが駆け付けたころにはすべてが終わっていた。濁流はすでに平らになり、水面はわずかに揺らぐのみだが、周りを見渡してもどこにも息をしている味方がいない。


「肝心なときに出遅れるのは感心しませんね。ソリュース」


 声がした。凛々しくも筋が通った、覇気のある声だ。


「アナスタシア……生かして返すと思うなよ……」

「私の心配をしてくださるのはありがたいですが……まずはご自分の心配をなさい」


 アナスタシア姫の前にジオスが立ちふさがる。剣には以前にも増した白銀色のオーラを纏い、完全回復した様子は竜結晶が全くないことからも明らかだ。


(さすがに全快のジオス相手はまずい。自分だけでも逃げ切れるか……どうする……)


 判断できなかった。無理もない。騎士として逃げるのは恥。だが逃げなければ、切り伏せられるのは明らか。完全に逃げ場を失った。せめてアナスタシア姫の首は取れずとも、剣聖家の小僧一人を道ずれにして、地獄で待つのも悪くない。


「まだいけるか、水竜」


 返事がない。わずかに剣先から迸る、蒼の感覚を感じるのがやっとだ。おそらく限界が近いのだろう。無論、仮に全快だったとしてもジオスに勝てるとは思えないが。一か八かだ。


「アナスタシア! 私は一人でも戦うぞ! 騎士道ここに見つけたり、覚悟!!」


 水帝の剣捌きをここで見せてやる。たとえ死ぬと分かっていたとしても、それが残酷な現実であったとしても、パメラと……生き別れになったとしても!!


「水帝流、一の型──ッ!」

「ちなみにですが、あなたのお探しの方はあちらにいらしてますよ。助けなくてよくって?」

「!?」


 型を途中で中断し、アナスタシアが指さす方を見入る。


(ゴーラス王、サルード王!!)


 ゴーラス王とサルード王はお互いの手を放さず、しっかりと掴みながらも濁流に飲み込まれず、自分を見失わず……暗闇から這い上がる希望の如く、息を吹き返し、生を実感する。息がまだある……王様だけでもまだ助かる、まだ立て直せる。


(良かった……本当に良かった……)


 見つからないと思っていた。諦めようとしていた。そうすれば楽だから、簡単だから……でも主君を見つけた時は嬉しかった。一瞬でも諦めようとした自分をひっぱたきたかった。諦めないこと……ダグラス将軍の意志はまだ自分の中に残っていた。


「しかしどうする……アナスタシア姫がわざわざ逃がしてくれるか?」


 ソリュースの言い分は最もだ。仮に二人の王を連れて逃げることにしよう。その間、アナスタシア姫の号令一つでジオスが飛んでくる。ただでさえ、一対一で勝ち目がないのに、重症患者二名を連れての帰還はどう考えても無理がある。しかし……


「やるしかねぇよな……今ここで折れて、その後どうやって騎士を続けられるんだよっ!」


 覚悟を決めた。勇気は覚悟の後についてくる。決めた後には自然と言葉が体を駆け巡り、足、手、頭の隅々までプラスのエネルギーが宿り、全身全霊で今まで以上の力を感じた。


「水帝流、ソリュース、殿を務めます! ゴーラス王、サルード王は早くお逃げに!!」


 ゴーラス王とサルード王は二人で一つとなり、不安定ながらも自らの運命に抗うように進んでいった。声は出ない。表情を虚ろなままだ。もはや逃げること以外できないくらい、彼らは弱っていた。


「あの……盛り上がっているところ大変申し訳ないのですが……別に逃げてもよろしくってよ?」

「は?」


 なんて言っているのか分からなかった。いやいやいや、俺たちをここまで追い詰めた張本人が一番言わなさそうな言葉だろ、それは。じゃあなんで追い詰めた? なんで戦った? なんで、なんで、なんで、なんでっ!


「私の気が変わらないうちに逃げていた方がいいと思うのだけど……それとも、いっぺん死んでみる?」


 背筋が凍った。得体のしれないものがアナスタシア姫から溢れ出る。なんだこれは、いままで見たことがないものだぞ、いや待てよ……今まで見たことはなくても、感じたことはあるぞ、まさか……いやそんなはずはない。聞いたことがない。そんなはずはない! でも、俺の予想が正しければ、アナスタシア姫は───


「ジオス、護衛なさい……彼らをコーネリア商国まで送りとどけて」

「敵を守れと聞こえたんですが、誠ですか?」


 ジオスが首を傾げ、アナスタシア姫を見たが、彼女はこくりと頷くだけだった。


「というわけだ、ソリュース殿。しばし付き合ってもらうぞ」

「一体、なにがどうなってるんだ……」


 困惑するソリュースと「わしに聞かれても……」と同じく首をかしげるジオス。かくして、王様二人、竜の託宣者二人、敵同士の奇妙な逃避行が始まったのである。


**


 コーネリア商国……アドラー大陸最南端に位置する、北側のラスト王国とは正反対に位置する商人の国である。南の気候は温暖であるがゆえに、コーネリア商国には不凍港がある。それゆえ、貿易が盛んで、商業が発展し、商人の聖地と呼ばれるに至った。国中に水路が張り巡らされ、重たい物資の移動はすべて船で行う。歩行者と船が常に街中を行きかう姿は、この国がいかに水資源に恵まれているかを物語っていた。


「やられたな」

「?」

 奇妙な逃避行からひと月。ソリュース率いる敗走組はついにコーネリア商国にたどり着き、難を逃れた。戻るや否や、すぐさま王に拝謁するよう促され、広場へと案内される。


「ジオスはどこに?」

「城に着くや否や、任務完了といって、そのまま帰りましたが……」

「確定だな」


 迷路のような水路と、その中央に鎮座する噴水の前でコーネリア商国のトップ、ルークイド王がポツリと呟いた。開放感ある王専用のテラスは日光を遮らず、真上で照り付ける太陽光をもろに浴びる。王の威厳を保つため、あえて太陽を味方につけ、王を照らすよう屋根を設けない構造だったが、今回ばかりは裏目に出た。逆光のせいで、ルークイド王の体躯は暗闇の中に沈み、自らの影をまじまじと見つめさせた。


「疑問点はいくつかあるが、一番大きいのからいこう」


 ルークイド王は深く息を吸ったのち、吐くのを少しためらい、そして、どこかを遠くを見つめながら静かに吐き出した。


「パメラはどうした?」


 逡巡のち、思考はすぐさま彼方へと誘われた。いやな予感がした……が、その気配はすぐに打ち消される。そんなことはすでに考え切っていたからだ。


「パメラは確かに大本営に。されど、ジオスは常に私のそばにいました。パメラは後方支援特化の能力ではありますが、並みの人間が勝てる相手ではありません。心配には及びません。時期に返ってくるかと」

「はめられたな、ソリュース。それがアナスタシア姫の狙いだ」

「?」

「先にお前の最適解を教えてやろう。それはだな……」


 ルークイド王が指差す先には、ぐったりとうなだれたゴーラス王とサルード王がいた。


「こんなへっぽこ王様は捨てて、パメラと一緒に帰ってくることだ」

「しかし、そんなことはできません! 確かに彼らの所業には目に有り余る所もありましたが、捨て置けるなど……」


 ソリュースは即答した。王様を捨てるなど騎士の恥だ。何のために戦っているかを見定めていないようなもの。愚の骨頂だ。そんなことできるわけない。


「騎士道に付け込まれたな、ソリュース。それが狙いなんだよ、アナスタシア姫の」

「と……いいますと?」


 なにがなんだか分からなかった。自分は王様を救い、すぐさま戦略的撤退を行った。瀕死の、それも王族を見殺すわけにはいかなかった。当然だ。これのどこが間違っているのだ。


「もっと合理的に考えてごらん。商国らしくさ。こんな戦闘力のない王族とパメラ、どちらを優先するべきだ?」


 ソリュースは少し考えた。ルークイド王は明らかに誘導している。だが、私も騎士道は絶対守ると誓った身だ。一歩も退くつもりはない。


「しかし、王様は瀕死で、すぐさま治療が必要でした。いますぐにでも救助しなければならない、緊急性がありました。ですから、王様を最優先にして間違いありません。私に見殺しにすることはできない……からです」


 ルークイド王はため息を一つ。そして、呆れた表情で前を見据えた。


「君のその性格も全部アナスタシア姫はお見通しさ」


 ソリュースの横を歩き、うつむいた顔で、されど厳しい表情で訴えかける。


「一つ賭けをしよう、私の予想ではこの後伝令が飛んでくる。その内容を当てるのだ」


 嫌な予感がした。寒気がする。南国にいるのに、肌が凍るような気がした。


「まずは私からだ。伝令の内容はこう───」


 空を見上げる。照り付ける太陽は西に傾き、今にも沈みそうだ。まるでこれからの出来事を暗示するかのように。


「───パメラは捕らえた。素直に降伏しろ。降伏しなければ……」


 ソリュースの疑念は確信に変わった。竜の託宣者を捕えたらやることは一つ。向こうには、必要な材料はすべてそろっているのだから。


「「フェリクに、木帝流を継承させる」」


 二人の声が重なる。初めて二人の意見があった瞬間だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ