第二十九話 確定
遅れてしまい、申し訳ありません。
明日も20:00までに次話更新する予定です。
『パンッ』
城内に乾いた音が鳴り響く。フェリクの頬は赤く腫れあがり、アナスタシア姫は鬼気迫る勢いで彼を睨みつけていた。
「決闘中、手を抜くとは何事ですか?」
威圧的な目でフェリクを睨みつける。今までにみたことがないほど彼女の目は怒りに燃え上がっており、それはいつもの冷静沈着な彼女の姿とは似ても似つかないものであった。
「本当に型が使えなくなったんです。手を抜くなど、かような考えは……」
「そんな見え見えの嘘で私が騙せるとお思いですか?」
「ですから、嘘ではないんです! 本当に型が……」
フェリクの話が終わるのを待たずして、アナスタシア姫が大きなため息をついた。
「ソリュースの言っていたこと、覚えていますか?」
「竜との契約が終わるのは首を刎ねられた時のみ……ですか?」
「えぇ、それは真正しいことです。生きながら竜との契約が終わることなどありえません」
「しかし、僕は本当に!」
「無いと言ったら無いのです。それとも、私が間違っている……とでも?」
アナスタシア姫の問いかけに、フェリクは黙るしかなかった。アナスタシア姫が間違ったことなど、一度たりともないからだ。ゆえに、静かに引き下がるしかなかった。
自分の言い分が正しいことは自分自身が一番よく理解している。しかし、相手はあのアナスタシア姫だ。自分とアナスタシア姫じゃ、世間の信頼度が全く違う。そして、この言い争いを公開したところで十中八九アナスタシア姫の勝利だろう。だから、今は我慢の時だ。
「まったく。あなたたち剣聖家は、アドラー神の一番弟子、ワイルズ様の直系の子孫なんですよ? ご先祖様になんとお申し開きするおつもりですか?」
我慢だ、我慢。第一、僕は望んで剣聖家に生まれてきたわけじゃない。それにワイルズ様だって僕が子孫になることを望んでいないはずだ。つまりお互い様。だから僕自身は別に先祖様に申し訳ないと思う必要はないし、逆にワイルズ様だって僕を恥知らずと思っていない。少し利己的な考え方だが、こうでもしないと精神が音を立てて壊れそうだ。
「フェリクは初陣じゃ。許してやってはくれんかのぉ、アナスタシア姫」
途端、老騎士の声が背後から聞こえた。腕と足に竜結晶を纏わせ、重そうに、そして気だるげな様子でアナスタシア姫に問いかけたジオスである。
「ジオスさん! ご無事でなによりです!」
純粋に嬉しかった。自分を助けてくれたことはもちろんのこと、無事生還できたことがなによりの幸福だった。
「ご迷惑をかけてしまって、すいません」
しかし、それ以上に申し訳ないという気持ちが強かった。自分の失態でこのようなことになってしまった以上、ここで怒鳴られても文句は言えない。
「なに、これしきの傷。半日もあれば完治するわい。ほれ、もう腹は繋がっておるじゃろ?」
斬られた服を開くと、そこに竜結晶はなく、つい先ほど斬られたとは思えない程綺麗な肌に変容していた。まるで何も気にするなと言わんばかりの表情に、少し気持ちが安らぐ。
「無理はいけませんよ、ジオス。それに、命令違反したのはお忘れですか?」
「もちろん心得ています、アナスタシア姫。何卒、ご処罰を」
胸元に右手をあて、騎士流の敬礼を取る。アナスタシア姫は兵糧庫を守るようにと厳命を下された。自分はそれを破ったばかりか、敵兵と二度も無断で交戦している。極刑とまではいかないものの、かなり重い厳罰が下ることだろう。
アナスタシア姫の鋭い眼光が飛ぶ。目を見たのち、腕、そして最も竜結晶がついている足に向けられ、やがて天を仰ぎ、しばらく考えこむ。しばしの時がたったのち、アナスタシア姫は口を開いた。やけに軽く、厳罰を処すとは思えない程流暢な物言いだ。
「フェリクを助けたので、帳消しにします。以後、気を付けるように」
「アナスタシア姫の御厚恩に、深く感謝いたします」
厳罰には処されなかった。まぁ、戦争中のため、仮に厳罰が下されたとしてもすべてが終わったのち……だとは思っていたが、そもそも帳消しにするとは驚きだ。常日頃、軍令は絶対であると口にしていたのに、必要とあらば柔軟に対応する、この対応力こそ、まさしくアナスタシア姫を軍神たらしめているのだろう。
「それで、私はいつまで休息をとればいいのでしょうか? いますぐにでも、出陣したいのですが……」
やられっぱなしは癪に障る。胸元に風穴を通した憎きソリュースを一泡吹かせるべく、自分の血は戦いを欲しており、その足はいまにも敵陣に向かいそうだった。まぁ、しかしアナスタシア姫のことだ。きっと竜結晶が全快するまでは安静にし、そののち出陣するようにと妥協案を提示することだろう。今までもそうであったように、今回の戦いでも同じこと。
「もうあなたは戦わなくていいのよ」
「……?」
一瞬、思考が停止した。アナスタシア姫は何を言っているのだ。敵はいまだ我々を包囲し、さらに城外は水浸しで孤立無援の絶望的状況下で戦わずして勝つ方法などあるはずがない。周りを見渡した。やはり皆同じ考えだ。皆一様に、首を傾げていた。
アナスタシア姫を見つめる。いままでと同じ、自信満々で、綺麗な紫紺色の目だ。その眼に敗北の二文字はなく、見つめる先には必ず勝利がある。それは今までも、そしてこれからもそうであろう。そう確信できるほど、彼女の目はいまだ輝きを放出し、見る者すべてを圧倒させていた。
「それはどういう意味でしょうか?」
思考がまとまり、硬直が解けたジオスが問いただす。その問いに対し、アナスタシア姫は間髪入れず、即答した。
「──すでに私たちの勝ちは、確定しているという意味です」
アナスタシア姫の言葉、その真意が分かるのはそれから一か月後、ラスト王国が天下統一を果たすときまで待たれることになる。




