表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/33

第二十話 継承の儀

明日も20:00までに次話更新します。


「今の言葉、誠だな?」


 騒ぎを聞きつけ、フェリクのそばにきたニコス王が問いかける。


「誓って誠です」


「では、今すぐシャドウを斬れ……といったらできるか?」


「……」


 少し間が空いた。空けてはいけない間だということは重々承知していたが、空いてしまった。やはり、まだ人を殺めることに抵抗があるからだ。


「でき……ます」


 やっと絞り出した答え。それは、為すことに抵抗はあるものの、それでも前に進もうとする決意の表れでもあった。


「分かった。では、いますぐ継承の儀を行ってもらう。異論はないな?」


「ありません」


 言い切った。生まれて初めて、継承の儀に異論を唱えなかった。

 その変化の様子に周りの人たちは皆驚き、感嘆していた。


「誰か、シャドウを連れてこい。この場で斬ってもらう」


 しかし、ニコス王は空気が和むのを許さなかった。なにせこれからいくのは戦場・・血と鉄が支配する地獄なのだ。


「早くしろ」


 皆に緊張が走る。いつもより重く、威圧的な声だったからだ。これ以上ニコス王の機嫌を損ねまいと、兵士たちは早足で牢獄に向かっていった。


**


「「ドサッ」」


 まるで物を投げ捨てるように、シャドウがフェリクの前に差し出される。その様相はやはり見るに堪えないもので、所々にある拷問の後がそれを物語っていた。


「ごめんなさい」


 開口一番、フェリクが謝る。と同時に、一回目の対面時とは違う何かを感じ取ったシャドウは、フェリクに返事を返す。


「なぜ、僕と同じ道を歩もうとする?」


「守りたい人がいるからです」


 即答したフェリクに対し、シャドウは「フフッ」と少し笑みを見せた。そして、「僕と同じだな」とぽつりと呟いたのであった。


「フェリク、君にお願いがある」


 シャドウが続けて話す。


「君は僕とよく似ている。僕も昔は、君みたいに臆病だった。虫を殺すことですら抵抗があったし、ましてや人を殺すなどもってのほかだと思っていた。でも僕は、剣を握った。その理由は君と同じだ。守りたい人がいたからだ」


 シャドウは天を仰ぎ、再び口を開く。


「僕は守れなかった。守りたい人である、ダグラス将軍を。だから、似た者同士の君に一つだけ……たった一つだけのお願いだ」


 フェリクの瞳をまっすぐに見つめ、最後の力を振り絞る。


「「──大切な人を守れよ。僕の分まで」」


「……」


 風が吹き、シャドウの綺麗な黒髪が揺らぐ。真剣な眼差しは周りの嘲笑を顧みず、まっすぐな想いは風に飛ばされず。ただひたすら一直線に、その願いは伝えられる。


「分かりました」


 想いに答える。先人の願いは、未来に託されたのだ。


「頼んだぞ」


 短くシャドウが返答すると、フェリクが剣の持ち手に手をかける。


「「シャッ」」


 剣を抜く軽い音が聞こえ、行く末を見守るように風が止む。


「マリア、よそを向いていなさい」


「……はい」


 ニコス王の問いかけに答え、マリア姫は目を背ける。これからの惨状を──目の当たりにしないように。


「剣聖家、フェリク・ウェハ・アルバート。これより、黒帝流を継承します」


 剣を天高く構え、太陽を遮る。

 フェリクは生唾を一つ飲んだ。そして、剣を構えたまま動きを止め、少し考えた。自分が進んだ道は正しかったのだろうか。平和な生活に戻れなくなるけど、それでいいのだろうか。人を殺めてまで成し得たいことなど、この世にあるのだろうか。考えが頭の中を反芻し、数珠繋ぎのように連なり、ただひたすらに回る。

 今だったら引き返せる。今だったらやり直せる。剣を引っ込めるだけ、剣を鞘に納めるだけ。ただそれだけ、ただそれだけ……でも──


──それじゃあ、昔の自分に逆戻りじゃないか。


 あの時の自分の決意はなんだったんだ!必ずマリア姫を守ると、そう誓ったんじゃないのかッ!!お前はいつまで、逃げて逃げて逃げ続ける人生を送るつもりなんだッッ!!


「ふぅ……」


 一つ大きな深呼吸をし、決意は固める。そして、罪人に対する最後の判決を言い渡した。


「──竜の加護があらんことを」


 天高く構えられていた剣は、シャドウの首めがけて一直線に落ち、そして──


──生き血を貪り食った。


**


「殺した……」


 手を見る。血のりがべっとりとついている、真っ赤な手だ。


「僕が……殺した……?」


 目先の惨状を見る。生き血を啜った剣が投げ捨てられており、そしてその先には──


「ウッ……!!」


 ──生気のない目で見つめる、シャドウの生首が落ちていた。


「オェッッ……!!」


 堪らず胃の中にあるものを全部戻す。辛くて酸っぱい、ひりひりするような胃液が口の中いっぱいに広がる。


「僕じゃない……」


 嘔吐物が喉につっかかり、上手く呼吸することができない。口から喉にかけて、手を突っ込まれているような幻覚に襲われる。


「僕じゃないッ……ウッ……!!」


 耐えきれず、二度目の嘔吐をする。気づけば、自分の体は尋常じゃないほどの熱を帯び、頭が回らなくなっていた。


「フェリク、しっかりしろ、フェリク!!」


 ニコス王がフェリクのそばに寄り、慌てて兵士も後に続く。あっという間にフェリクの周りには人だかりができ、彼を中心にして円を描く。

 しかし、フェリクが彼らを相手にすることはなかった。なにせ、彼の見えている景色は蜃気楼のようにぼやけ始め、意識は修復不可能なまでに遠のいていたからだ。


「僕じゃない、僕じゃないッッ……!!」


「気を確かにしろ、フェリク!!」


 ニコス王の問いかけにまったく応じないフェリク。焦点が定まらず虚ろになっている彼の目は、返事どころではないことを暗にほのめかしていた。


「ハッ、ハッ……!」


 息が吸えない。浅い呼吸が続くだけで、肺に空気が入ってこない。

 目は見たくもない現実を脳に焼き付けさせ、口は吸いたくもない血の空気を喉に焼き付けさせ……目の前をさらに歪ませ、呼吸を浅くさせる。


「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……!!」


 フェリクの荒い息遣いだけが、辺りに響き渡る。その音は周りのざわめきと共に、より一層大きな音となっていった。


「落ち着け、まずはゆっくり深呼吸だ!」


 ニコス王の問いかけに、やはりフェリクは反応しない。それどころか瞳孔を大きく開かせ、胸のあたりを辛そうに握ったのだ。


「違うッッ!!」


 フェリクは目を見開き、血走った眼で訴えかける。


「僕がやったんじゃない、僕がやったんじゃないッッ……!」


「フェリク! フェリク!!」


 ニコス王の呼びかけが耳の中を反響する。山びこのように、水面に広がる波紋のように。それは幾度なく現れては消え、現れては消えを繰り返していた。


「僕じゃないッッ……!!」


 ──自分の体が宙に浮かぶ。

 暗転した意識下の世界で、自分の体だけが宙に浮かぶ。緑、黄、青、紫、赤……様々な色の声が波長となって、自分を上へ、上へと押し上げていく。


「僕じゃないッッ……!!」


 ──太陽が見えた。

 上昇に上昇を重ねた自分の体はいつしか、雲の上を行き、太陽に近づいていたのだ。


「僕じゃない、僕じゃないッッ……!!」


 手を伸ばす。もう少しで届きそうな位置にいるのを最後のチャンスだと思い、目いっぱい手を伸ばす。

 あと少しで届く。あと一歩で届く。そんな最中、悪魔が微笑んだ。真っ黒でギザギザの、異形の形をした悪魔である。その悪魔は浮上するフェリクの前に立ちはだかり、太陽光を覆い隠す。希望などない──そう言いたげな悪魔は、人殺しをした罪から逃すまいと、フェリクの腕をわしづかみにした。そして──


「僕じゃない、僕じゃない、僕じゃない、僕じゃn……!!」


「「ドサッ」」


「フェリク、しっかりしろ! フェリク!!」


──奈落の底に叩き落した。


**


「ガラガラガラガラ……」


 リズミカルな音ともに、小石を小突きながら車輪が回る音がする。


「うぅん……」


 車体の揺れに起床を促されるようにして、フェリクは目を擦りながら、上体を起こす。

 上を見上げると、高さのある白い布が太陽を覆い隠し、下を見ると、木で作られた簡素な荷台が自身の等身大以上に広がっていた。どうやら自分は馬車の荷台に乗せられているようだ。


「やっと、起きおったか」


 対面に座っていたのは、フードを深くかぶった齢五十ほどの男性だった。頭からつま先まで真っ白のコートを羽織っていたため、誰かは分からなかったが、敵ではないことはすぐに分かった。


「僕は、今まで一体何を……ウッ……!!」


 手で口元を抑え、反吐が出るのに備える。そうだ、自分はシャドウさんを殺したんだ。そして……


「皆、最初はそうじゃ。わしだって、時々気分が悪くなる」


 突如聞こえてきたのは、聞いているだけで安心するような慈愛の声だった。今まで幾度となく味方を安堵させたその声は、フェリクの元にも届いた。吐き気は──すぐに消え失せた。


「あなたは、もしや……!!」


「静かにせい、敵にばれるじゃろ」


「……すいません」


 よろけながらもすぐさま体制を整え、左膝をつき、右拳を地面につけ、騎士流の正座を取る。その様子を見るや否や、謎の男は「そんなにかしこまらなくてもよい」とだけ言い、体制を崩すよう促した。


「失礼します」


 フェリクは体制を崩し、足を両手で抱え、体育座りをする。


「でも、なぜこちらにいらっしゃったのですか?」


 フェリクが意を決し恐る恐る聞くと、謎の男は優しい口調で返事をした。


「援軍の中に、新しい竜の託宣者がいるって聞いたからじゃ。部下を助けるのは、わしの役目じゃからの」


「しかし、軍令違反では……?」


「大丈夫じゃ。死にゃあせん」


 堂々とした振る舞いだった。とても自分ではまねできないほどの、度量の深さ。それは数多の死線を潜り抜けたからこそ、説得力のあるものとなっていた。


「そうですか……でも、いざとなった時あなた様がいてくれたら心強いです」


「そうじゃろ? いやぁ、素直な奴が部下になってくれて嬉しいのぉ」


 この頃になると、フェリクの慟哭はすっかり収まっていた。不安になるほうがおかしい。なにせ、目の前に助っ人として駆け付けてくれたのは……


「そろそろ着くぞ」


 思考を遮るように謎の男がフェリクに問いかけた。


「どこに……ですか?」


 フェリクの返答を聞いた白髪の老人は少し笑みを浮かべる。そして──


「──レビィール城だ。アナスタシア姫を助けに行くぞ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ