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このところ、ルルちゃんのリノに対しての態度は少しぎこちない。それなのにリノは楽しそうな笑みを絶やしていないので、二人の間で確実に何かがあったのだろうけど、私は見守ることにした。
そうこうしているうちに、私たちは最高学年となった。もう少し経てば、卒業後の進路でピリピリとしだすかもしれないが、今は落ち着いた雰囲気である。生徒がまだ全て揃っていないということもあるかもしれない。
最高学年ということで、学問もさらに詳しく、また実習も増えるようになるらしい。まだ見ぬ魔法に思いを馳せていると、先生が一人の青年を連れてやって来た。
艶やかな黒髪をひとつにくくり、肩へと流している。切れ長な瞳は灰色がかかった色をしていた。手足も長くスラッとした細身である。
「まじないを主流とする極東からいらした、カゼマルさんだ。今日から短期の留学生としてここで勉強することになった」
カゼマルという不思議な音は、きっと風丸だとかそんな風に書くのかもしれない。前世を思い出させるノスタルジックな響きに目を細めると、一瞬教壇の横に立つ彼と目があったような気がした。
「カゼマルです。どうぞよしなに。お嬢さん、」
いや、気のせいではなかったようだ。自分の名前を言った後、彼はまっすぐにわたしの前へやって来た。
「お名前はなんとおっしゃるのですか? 」
「マーティナ・トラヴァースと申します」
「おや、では貴女が。お見知りおきください」
にこりと笑った顔は、比較的穏やかで、けれどつかみどころがないように感じた。
呪術とまじないは、似て非なるものだと、案内役をすることになった図書館で、まじないについて尋ねるとそんな言葉が返ってきた。カゼマルはソーサリーのことを知っていたようで、ミラルダ先生に教示されていたことを言うと、「それは光栄なことだ」と頷いていた。
「ソーサリーには呪術に似たものを魔法とあわせて使っていたそうです。わたしの国はソーサリーにも近い場所にありまして、そういった書籍も多いのです。いつか是非お越しください。収集の一部で良ければお見せできますよ」
「心引かれるお話ですね」
「ええ。ですからぜひ、王子殿下とご成婚された後のご旅行にでもいらしてください」
そう言ってしたお辞儀は型にはまった美しいもので、生真面目な印象を受けた。
「まぁ、ご存じなのですね」
「こちらに来て最初に王城に招かれたさい、アルノルフ殿下自ら、釘を刺しにいらしましたから」
もしかしたら、予定より早く受けることになった妃教育は、国外から来たカザマルなどに紹介するためにも必要なことだったのだろう。
釘を刺すというのはきっとからかいを含んだ、言葉の綾というものに違いないと片付け、私は微笑みを返すことにした。
***
第一王子である、この国の王太子様の結婚式が開かれた。国内外からたくさんの参列者が訪れた。
お妃様となるマルガレーテ様は、皇国のお姫様である。そのため、伝統的な様相でありながら異国情緒も感じられる式となった。
お城のバルコニーで国民に向けて挨拶するお二人を、まだ婚約者という立場であるためにお父様と拝見することになった。
「後一年ぐらいか」
学園の卒業を迎えた後、私たちは結婚式をあげる予定であるので、期間はそれくらいか、もしくはそれより短いかも知れない。
揃いの衣装を身に纏ったバルコニーに立つお二人を見て、感慨深く呟いた。
「それほどしか、マーティナと共にいれないのだな」
私の呟きを聞いたお父様が哀愁を漂わせてそう言うので、わたしもなんだか寂しくなってしまった。
「いいえ、お父様。たとえ結婚して共に暮らすことができなくなったとしても、私がお父様に会いに行きます。離れていても、私はお父様の娘です」
「いいんだ、マーティ。これは親の我が儘だ。元気で、忘れないでくれれば、それでいいんだよ」
優しく微笑みかけてくれるお父様を見上げると、教会が祝福のためにならした鐘が遠くから聞こえてきた。
それから一年もしないうちに学園を卒業した。結婚を前提にしたお付き合いをしている状態だったので、そのまま結婚というわけにもいかなかった。
アルノルフ様は卒業式を終えた後、私をデートに誘ってくれた。ちゃんとしたデートというものは初めてで、あっという間に一日が終わってしまった。
「マーティナ。僕と結婚してくれますか? 」
花園の中心で、片ひざを付いたアルノルフ様にプロポーズをされた。ちゃんと勉強してきたんだと照れくさそうにする彼は、可愛らしかった。けれどすぐに真剣な顔になってしまったので少し残念に思いながらも、差し伸べられた手をとり、よろこんでと返した。
しばらくして、公に向けた結婚式を行った。もうその頃にはルルちゃんとリノの関係も進展していて、二人寄り添って参列してくれた。リノが耳元で呟いた後、ルルちゃんの赤く染まった頬を見てもそれは明らかだった。
結婚式といえば真っ白なウェディングドレスだろうと、銀糸の刺繍のされた純白のドレスを選んだ。光を受けると、きらきらと輝く美しいデザインである。結い上げた髪にも揃いの銀色のアクセサリーをつけた。アルノルフ様も抱き上げて誉めてくれて、少し髪が崩れてしまった。
結婚後、私は魔法研究の活性化に力を入れた。もともとアルノルフ様も研究のほうに力を貸していたのもあって、公務の大半は魔法に関することだった。魔力の少ない人でも使えるようにするにはという、魔法の活用についての研究を行い、魔法の有効活用は大陸に広く知れ渡ることとなった。
子宝にも恵まれ、序盤で死ぬはずだった私は、家族や愛しい人ともに生涯を過ごし、体が動けなくなるまで魔法を使い続けた。もちろん、楽しむことを忘れずに。
序盤で死ぬはずだったのに、いろんな経験をさせてもらえた。
結果オーライ、と親指を立てる神様を死ぬ間際の枕元で見たけれど、とりあえず天上で覚えてろよと睨んでしまったので、死に顔は見れたものではなかったかもしれない。
おしまい。
これで完結とさせていただきます。ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




