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ヒイロ回顧録 ~男女比1:30の女系国家に王子として転生した元営業部長と英雄たちの群像劇~  作者: 五十六


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第98話「敗戦の理由」

大陸歴 2791年 12月 / ドラコニア帝国 西部戦線 リリス本陣 / アマリス・ドラコニア(ドラコニア帝国 小王女 25歳 女性)


12月の凍てつく風が、陣幕を激しく揺らしている。


ヴァルクール進軍の報を受けて帝都から急ぎ行軍し始めてから10日、即時集結させた西部軍の本隊5万という大軍を引き連れているとはいえ、最高速度で大要塞に向かっていた。そこに大要塞からの急使が到着し、国境の軍の壊滅と大要塞陥落という信じがたい急報を持ってきた。


そしてさらに3日経った今日、我々の本陣に、陥落した大要塞からの敗残兵たちが合流してきた。その数、およそ数千。 彼らをまとめ上げ、自ら殿を務めてこの陣まで導いてきた将の顔を見て、私は密かに驚きを隠せなかった。


(この女が、『親の七光りで使えない奴』と噂されていたヴィララか……)


ヴィララ・クラン。西部のNo.2であったエンギュル・カーンの副官だ。 彼女について、私は帝都にいた頃からあまり良い噂を聞いていなかった。


彼女は、冷酷な知将として知られるオンダ・クラン将軍の娘である。 だが彼女の名前は、大陸歴2788年に起きた「巡礼路封鎖事件」の際に悪い意味で有名になった。


――「巡礼路封鎖事件」ヴァルクール公国の先代女王が、宗主国へのアピールのために光の同盟諸国で信奉されている光精霊教の巡礼路を「異端の道」として封鎖し、巡礼者百名ほどを拘束した事件であり、光の同盟と永遠条約圏が戦争寸前にまでなったものの、炎盟陣営のモンタリア王国が調停に入って血を見ることなく和平が成立したという事件である。歴史的には宗教的対立の表面化とモンタリア王国の調停力を評価する場面だが、炎盟内ではその後の御前会議でクラン親子が起こした騒動のほうが語り草になっていた――


その御前会議には私は出席していなかったが、 玉座には祖母たるサラリナ女帝が座り、圧倒的な覇気で場を支配していたと聞いている。そこへ、光の同盟と永遠条約圏が戦争寸前になったものの、モンタリア王国が調停に入って血を見ることなく和平が成立した。という報告が上がったのだ。


誰もが各国の思惑を慎重に分析し、無言で考えを巡らせていた。 だが、その静寂を、エリート意識を鼻にかけた若い上級戦士――ヴィララが破ったというのだ。


「ふん。なんで和平なんか仲介したんだ。潰し合わせとけばいいのに」


その浅薄で他人任せな不用意な一言に謁見の間の注目が集まった。


――まさにその瞬間だった。


ゴォォンッ!!


骨が軋むような恐ろしい打撃音が、大広間に響き渡った。


母親であるオンダ将軍が、目にも留まらぬ速さで間合いを詰め、実の娘の顔面に容赦のない鉄拳を叩き込んだのだ。 ヴィララの体は宙を舞い、大理石の床を無様に転がって血と歯を吐き出したそうだ。だが、オンダ将軍の制裁は止まらなかった。倒れ伏す娘の胸倉を掴み上げ、氷のような凄みのある声で大広間に響くように言い放ったのだ。


『愚か者め。両方とも我々の獲物だ。他のやつに獲物を取られて喜ぶ奴がどこにいる。その腐った根性を叩き直してやる』


その後も続いたのは、見ている者すら息を呑むほどの、凄惨な半殺しの制裁だった。 表向きはドラコニア軍人の母の厳格さを示す逸話として語られている。だが、ドラコニア皇帝の気性を知る上層部の間では「あの発言が他人任せな発言を嫌う皇帝の逆鱗に触れ、その場で斬り殺される可能性があったから、母親が自ら手を下して娘の命を救った」と誰もが理解していた。


いずれにせよ、その一件以来、彼女には「エリート意識のあるお調子者の嫌な女」というレッテルが完全に定着した。能力は悪くないらしいが、不用意な振る舞いが災いして出世の道が閉ざされたとも聞く。 だから私も、彼女がエンギュルさんの副官に抜擢されたと聞いた時、正直なところ「親のコネで抜擢されたエリート意識の高い使えない奴」だと噂を鵜呑みにしていたのだ。


だが、目の前で片膝をつく彼女の姿は、噂とはまるで違っていた。 泥と血にまみれ、ボロボロになりながらも、その瞳には決して死んでいない確かな光がある。部隊が総崩れになる絶望的な状況下で、自ら殿を務め敵を振り切ったという。しかも、ただ逃げるだけでなく、散り散りになった敗残兵を道中で取りまとめ、数を減らさずこの本陣まで合流してみせたのだ。


(見事だ。これは紛れもなく、将としての優秀さの証拠。窮地でこそ、真の器は現れるということか。他人の噂話でその者の優劣を決めるのは覇者を目指す者にあるまじき失態だな……。エンギュルさんもどこかで彼女の力の一端を見て副官に据えたのだろう)


私は彼女への評価を大きく改め、師匠であるリリス様の後ろで静かに話に耳を傾けた。


「……申し訳ありません、リリス様。大要塞を奪われ、エンギュル様をも死なせてしまいました。私の首はいかようにも……」


ヴィララが深く頭を下げる。 リリス様は杖に両手を重ね、無表情のまま冷徹に告げた。


「首など後でいくらでも刎ねてやる。今はそれよりも情報だ。……一体、大要塞で何が起きた。あのヒルダが、どのようにしてエンギュルを討ったのか、詳細を話せ」


「……はっ」


ヴィララは一度深く息を吸い込み、あの日の地獄を語り始めた。


「まず、ヴァルクール軍の接近については、エンギュル様も早期に把握しておられました。敵が何か策を用いるはずだと警戒を強め、斥候を放って注視しておりました。ですが……敵は小細工を弄する素振りも見せず、要塞から目視できる距離まで、真っすぐ進軍してきたのです」


「真っすぐに、だと?」


リリス様が片眉を上げる。


「はい。要塞への攻撃に向けて隊列を整えはしましたが、真っすぐ正面から進軍してきました。ですがその後、敵の陣地から突如として異様な『雨』が広がり、敵軍の姿が完全に雨に隠されてしまいました。……しかし、エンギュル様は鼻の利く獣人の斥候を放っておりました。そのおかげで、敵が雨の中で兵力を三分割し、騎兵5千がそれぞれ左右から要塞の後方に回り込もうとすることを見抜いたのです」


ヴィララの説明に、私も脳内で盤面を描く。


「正面の兵は要塞への抑え、両翼の軍で後背に回り込み何かをするというわけか」


リリス様が確認するように問う。


「その通りです。それを受けて、エンギュル様は軍議を開かれました。相手がその迂回部隊でどんな小細工を弄するつもりかは分からないが、あれこれ策を準備される前に手薄になった中央軍を我が方の全力で一気に壊滅させ、胴体を失った両翼をその後で討ち取る……という決断を下されたのです」


理にかなっている。ドラコニアの圧倒的な機動力と攻撃力を活かせば、戦力を分散させた敵の各個撃破は上策だ。


「だが、相手はあのヒルダだ。ただで中央を叩かせるはずがない」


リリス様が杖を鳴らす。


「はい。エンギュル様も、敵に何か別の策があるとすれば、要塞の内部で裏切り者を出すか、城そのものに仕掛けをしてくるだろうと警戒されました。そのため、エンギュル様と私が五千の兵で城の防衛に残り、残る二万五千の兵を五段構えの陣形にして、敵の中央軍へ一気に襲い掛からせたのです」


「……それで、野戦はどうなったのだ?」


「戦場はすさまじい豪雨で視界が悪く、城の城壁から野戦の様子を直接見ることはできませんでした。ですが、かろうじて逃げ延びた第五陣にいた生存者から話を聞くことができました」


ヴィララは悔しそうに唇を噛んだ。


「第一陣、第二陣が突撃した際、我々の圧倒的な猛攻により、敵の前線が確実に押し込まれているのは敵の後退からも見て取れたそうです。そのため、第四陣までが次々と敵陣深くへ押し込んでいき、一方的に押していたように終始見えていたそうです......。ですが、実際は敵陣は崩れておらず、地面に縄を張っていたり穴を掘っていたりなどの対騎兵用の罠が張り巡らされており、敵が下がった範囲には味方の死骸が大量にあったようです」


「……泥沼に誘い込まれたな」


リリス様が重くため息をつく。 おそらく、味方の被害を最小限に抑えつつ、死骸の山と泥濘で騎兵の突撃力を完全に殺すための後退戦術だったのだろう。

罠まみれの場所にいるとわかって準備している敵に、罠の存在を知らない部隊が突入すれば惨憺 たる状況になったことは想像に難くない。


「はい……。そして、第五陣もトドメを刺そうと進軍を開始した、その時でした。突如として、第五陣の背後と両翼に、迂回していたはずの五千ずつの敵騎兵が殺到してきたのです」


私はハッとした。


「迂回していた部隊は、要塞を狙っていたのではなかったのか……!」


「ええ。最初から、野戦に出た我が軍を後ろから挟み撃ちにするための布石だったのです。結果として、敵の半数の兵力しかないうえに両翼後背を突かれた第五陣が完全に崩壊。そのまま前線へ向かって崩れ込み、第四陣、第三陣と連鎖的に包囲殲滅されていったとのことでした」


「二万五千の大軍が、一万五千の兵に野戦で包囲殲滅された……。信じがたいが、泥濘と混乱の中では軍の体を成さなかったのだろうな」


リリス様の声には、軍略を深く理解するもの特有の達観した様子が感じられた。


「……野戦は敗北した。だが、城にはまだ五千の兵と、エンギュルが残っていたはずだ。なぜ要塞まで落ちた?」


リリス様の問いに、ヴィララはさらに顔を歪めた。


「我々は城を守りつつ、野戦の結果を待っておりました。そこへ、伝令の兵たちが城門に駆け寄り、『味方が野戦で勝利した!』と報告してきたのです。豪雨の中で姿はよく見えませんでしたが、間違いなく味方の鎧を着ておりました」


「……まさか」


「はい。城門を開けて伝令たちを要塞に入れたところ、それが敵兵の偽装だったのです。内側から門を確保され、要塞内に一気に敵軍がなだれ込んできました」


「野戦のすぐ後にそんな仕掛けを……。だがまだ戦える……!」


私が思わず声を上げると、ヴィララは頷いた。


「はい。休憩中の兵もいたとはいえ、こちらも五千の兵がおりました。最初は、敵の一部が切り込んできただけの奇襲だと考え、突破された西門に兵力を集中して防御を固めました。……ですが、ほどなくして北門と南門も内部から開けられ、ヴァルクール軍の主力部隊が各門から殺到してきたのです」


もはや、防衛戦の体を成していない。倍以上の兵士に城内へ侵入されてはもう陥落は防げない。


「……エンギュル様は、要塞の陥落を悟られました。そして、私に『できる限りの兵を纏めて東門から落ち延びろ』と命令を下し……ご自身は、最後まで城に残り、敵の足止めとして戦われました」


ヴィララの目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。


「我らがなんとか東門から脱出して、敵を振り切って安全圏にまで駆け抜ける中で、背後の要塞から、大地を揺るがすような敵の勝鬨が聞こえてきました。……おそらく、エンギュル様はその時に、討ち取られたのでしょう」


報告を終え、ヴィララは再び深く頭を床にすりつけた。


陣幕の中は、重く、苦しく、冷たすぎる静寂に包まれた。 ドラコニア西部における絶対的なNo.2であったエンギュルさんの喪失。そして、西方防衛線の要であった大要塞の陥落。 ヴァルクールの新王の率いる軍がこれほどまでに強いとは……。


「……顔を上げよ、ヴィララ」


リリス様が静かに告げた。だがそれでも彼女は顔を上げない。


「エンギュルの死は痛手だ。だが、お前が一人でも多くの兵を生かして連れ帰ってきたことは、次の盤面に繋がる。……この敗戦の責、今は問わん。下がって傷を癒せ」


「……はっ! 寛大なご処置、感謝いたします……!」


ヴィララが退出していくのを見送りながら、私は強く拳を握りしめた。 被害は甚大だ。だが、これでヴァルクールの手口は分かった。


「師匠。……奴らは、必ず私が焼き尽くしてみせます」


私が熱情を込めて言うと、リリス様は静かに目を閉じ、何かに対して手を合わせて礼を捧げた。


「ああ。だが今は耐えよ、アマリス。これはまだ、奴らが初戦で勝ったにすぎん。……真の決戦は、これからなのだから」


西の空は、雲に覆われ暗く沈んでいる。 だが、私の中の『Dragon(竜)』の炎は、怒りとも喜びともつかぬ激情を糧に燃え盛り始めていた。


敗残兵を減らさずに数日行軍できるのは中世では難しいことだと考えています。

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― 新着の感想 ―
いやはや詳細が分かると軍師ヒルダの凄さが分かりますね 敵の思考を誘導し、「それしかない」と思い込ませることで、戦いの前に決着がついていました 足場の悪さのため惨憺たることになるのは、「アウステルリッ…
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