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ヒイロ回顧録 ~男女比1:30の女系国家に王子として転生した元営業部長が、いつの間にか英雄になっていた件~  作者: 五十六


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第83話「職人の宴とお節介な外交官」

大陸歴 2791年 8月 / エヴェリン王国 王都リュミエール 下町「錆びた金床亭」特別個室 / イヴェット・カンガ(モントルヴァル公国 外交官 22歳 女性)


(……いつからウチは王侯貴族と酒飲む立場になったんや)


ウチはジョッキを両手で握りしめながら、目の前の光景に現実逃避しそうになっとった。


場所は、いつもの行きつけの大衆酒場「錆びた金床亭」。 せやけど、いつもの騒がしい大広間とは違う。店の奥、頑丈な鉄扉の向こうにある「特別個室」や。


テーブルを囲むのは、ウチを含めた4人。


一人は、ウチの飲み友達で王室工房長のサヴァ。 もう一人は、サヴァの母親にしてエヴェリン王国の工業大臣、ナムルー・ディ・バロ様。


そして、正面で豪快に笑いながらエールを煽っている、樽のような体格の小柄な女性。


「ガハハ! この店の煮込みは絶品だねぇ! 酒が進んでいけねぇや!」


炎盟の技術大国、モンタリア王国の第一王妃、アストラ様や。


(……王妃様を、こんな油と煤の匂いがする下町の酒場に連れ込んでええんか!?)


事の発端は、2日前の顔見世パーティや。 アストラ王妃に「朝まで技術論を語ろう」と誘われ、断れるはずもなく「はい」と答えたものの、ウチには王族を招けるような店のアテがない。 困り果ててサヴァに泣きついたら、それを聞きつけたナムルー大臣が「面白そうだからあたしも混ぜな」と言い出し、この店を手配してくれたんや。


「ここなら防音も完璧だし、誰にも邪魔されずに話ができるからね」


ナムルー大臣がニヤリと笑う。さすが伝説の鍛冶師、隠れ家の選び方も手慣れとる。


最初はガチガチに緊張していたサヴァも、酒が回り、話題が「モノづくり」に移ると、職人の顔になった。


「……アストラ様は鉄の扱いで右に出る者がいないと伺います。実は、加工で悩んでいるところがあり解決策を探しているのです」


サヴァがジョッキを置き、真剣な眼差しで切り出した。


「エヴェリンの鉄は素材としてのポテンシャルは高いはずなのに、精錬の段階でどうしても粘りが出ない。温度管理には気を使っているつもりですが、どうしても脆さが出てしまうのです」


それは、ウチもサヴァからよく聞いていた悩みやった。エヴェリンの鉄は硬いが、衝撃に弱い。


「ふむ……。温度管理か」


アストラ王妃は煮込みをつまみながら、ニヤリと笑った。


「なあ小娘ども。モンタリアにゃ売るほど石炭があるが、最高の鉄を作る時、我々ドワーフは石炭を使わねぇ。わざわざ手間のかかる『木炭』を使う。……なぜだと思う?」


王妃の視線が、ウチに向けられる。


「えっ、ウチですか? えーっと……伝統、とか?」


ウチが首をかしげると、王妃は鼻で笑った。


「伝統と言やぁ伝統だが、伝統だけで飯は食えねぇよ。……サヴァ、お前なら分かるか?」


話を振られたサヴァは、即答した。


「……不純物、ですね。石炭は火力が強いですが、硫黄などの不純物が多く含まれています。それが溶けた鉄に混ざると、鉄をもろくしてしまう。木炭ならそれが少ないですから」


「ご名答」


アストラ王妃がパチンと指を鳴らした。


「だからモンタリアじゃ、石炭は暖を取るための燃料だ。精錬には、貴重な木材を炭にして使う。……だがな、昔エヴェリンの木炭を取り寄せて精錬してみたことがあるんだが、あれじゃダメだ。高品質な鉄は作れねぇと悟ったよ」


「エヴェリンの炭が、ダメなのですか!?」


サヴァがショックを受けた顔をする。


「イヴェット。お前のモントルヴァルじゃ、木炭に何の木を使ってる?」


急に話を振られ、ウチは実家の工房の裏手を思い出した。


「えっと……確か、カシかクヌギです。硬くて火持ちのええ木を選んで焼いてました」


「そういえば……!」


それを聞いたナムルー大臣が、ハッとして膝を叩いた。


「灯台下暗しだね。素材のことだの温度のことだのばかり考えて、燃料の『質』を失念していたよ。……エヴェリンの炭は、松が多いんだ」


「確かに、松を炭にすることに疑問を持つことはありませんでした……。 建材に使いにくいうえに、油分が多くて、よく燃えるから炭用の気だと思っていましたが……」


サヴァも気づいたようだ。アストラ王妃が重々しく頷く。


「その通りだ。松は炎が出やすい。一気に温度を上げるにゃいいが、炎が安定しねぇんだよ。精錬に必要なのは、爆発的な火力じゃねぇんだ。長時間、一定の高温を維持し続けることができる『安定した火力』だ」


王妃はエールを一口飲んだ。


「カシやクヌギのような目の詰まった広葉樹の炭は、火持ちが良くて熱が逃げねぇ。だが松の炭はスカスカしてて、温度のムラができやすい。……それが、お前さんの言う『脆さ』の原因の一つかもしれねぇな」


「……盲点でした」


サヴァが悔しそうに、しかし晴れやかな顔で唸る。


「燃料の選定から見直す必要がありますね。エヴェリンにもカシの森はある。……母さん、いや大臣。木炭ギルドに掛け合って、精錬専用の材木を育てる森と炭焼き場を作れないか?」


「面白いね。やってみる価値はあるよ」


ナムルー大臣も職人の目で頷く。


(……すごいな。酒の席の話が、そのまま国の産業改革に繋がっとる)


そこからは、もう止まらなかった。 エヴェリンの木炭、モンタリアの鉱石、モントルヴァルの細工。 国も立場も違う4人が、ただ「より良いモノを作るにはどうすればいいか」という一点だけで熱く語り合う。


宴もたけなわになった頃、アストラ王妃がふと、ウチを見て目を細めた。


「……それにしても、お前のその話し方。ウチの『ゲルダおばさん』にそっくりだな」


「ゲルダおばさん、ですか?」


「ああ。私の叔母さんだよ」


王妃は懐かしそうに笑った。


「王族のくせに堅苦しいのが大嫌いでな。『あたしゃ現場が好きなんだよ!』って言って、城を飛び出して長年工房勤めをしてた変わり者さ。……そういえば、ナムルー殿は知ってるんじゃないか?」


話を振られたナムルー大臣が、「ああ」と苦笑した。


「知ってるもなにも、若い頃に世話になったよ。……確かに、イヴェットのその話し方は、あの人にそっくりだ」


「へぇ……。そんな人がいてはるんですか」


ウチが感心していると、アストラ王妃が少し寂しげに表情を曇らせた。


「あの人は、若い頃に世界中を修行と称して旅して回っててな。モントルヴァルにもしばらくの間滞在して職人として活動していたらしいし、ヴァルクールやアークランドにもいたことがあるそうだ」


「へー、行動力のある人なんですね」


「ああ。だが、去年引退してな。今は王宮で隠居してるんだが……この前、酒場で愚痴ってたよ」


王妃はため息交じりに言った。


「『退職したら気兼ねなく世界を旅して、昔の仲間に会いに行こうと思ってたのに、世の中がこんなにきな臭くなっちまって、どこにも行けねぇ』ってな」


今の世界情勢は、炎盟と永遠条約圏の対立が激化している。 敵対勢力圏への旅行など、もってのほかだ。


「『若い頃に住んでた街がどうなってるか、死ぬ前にもう一度見たかったねぇ』……なんて、しんみり言われちまってよ。姪としては叶えてやりたいが、王族という立場上、下手に他国へ出すわけにもいかねぇ」


その話を聞いて、ウチの酔った頭の中で何かがカチリと繋がった。


技術に生きた職人が、晩年に政治の壁に阻まれて、思い出の地を踏むこともできず嘆いている。


(……そんなん、悲しすぎるやろ)


酒の勢いもあったんやろう。ウチの目から、ボロボロと涙がこぼれてきた。


「ぐすっ……可哀想や……ゲルダさん……」


「お、おいイヴェット? なんでお前が泣くんだ」


サヴァが驚くが、ウチは止まらなかった。


「だって、職人が現場を見れん辛さは、ウチもよう分かるもん! ……アストラ様!」


ウチは涙を拭い、王妃に向き直った。


「もし……もし、モントルヴァルで良ければ! ゲルダさんに来てもらえるように、ウチが宰相閣下に交渉します!」


「何だと?」


アストラ王妃が目を見開く。


「ただの旅行やと、政治的に難しいかもしれへん。でも、『技術顧問』として公的に招待する形なら! ……モントルヴァルの技術向上のためという名目なら、理由はつけられるはずです!」


ウチの提案に、ナムルー大臣がニヤリと笑った。


「なるほど。それならエテルニア側にも言い訳が立つね。『過去にモントルヴァルで修行した名工を、指導役として招く』。……筋は通ってる」


「おお……! 招いてくれるのか!?」


アストラ王妃が身を乗り出し、ウチの手をガシッと掴んだ。


「ゲルダおばさんも、モントルヴァルは特に気に入っていた場所だと言っていた。そこに行けるなら、どんなに喜ぶか……! 感謝するぞ、イヴェット!」


その強い握力と、王妃の心からの笑顔。 それを見たら、もう「やっぱり無理かも」なんて言えへん。


「任しといてください! 鉄は熱いうちに打て、です!」


ウチは立ち上がり、拳を握りしめた。


「ウチ、今から交渉してきます!」


「今からか? もう深夜だぞ」


サヴァが呆れるが、アストラ王妃は「ガハハ!」と嬉しそうに笑った。


「いいじゃないか! 話が早い奴は好きだぜ!」


「……ふふ。まあ、ちょうどいい時間だし、ここはお開きにするかい」


ナムルー大臣も立ち上がり、満足げに頷いた。 サヴァが「がんばれよ」と、呆れつつも応援するような目線を送ってくれる。


「よっしゃ! 昔の思い出に浸ることもできんお婆さんを、ウチが助けたる!」


ウチは三人に一礼すると、店を飛び出した。


目指すは、宰相クロードゥィーヌ様と、ヘルガ会長が宿泊しているシュミットハウゼン商会のエヴェリン支店。


夜風が心地よい。 酔いは回っているが、足取りは確かだ。 また夜中に押しかけて怒られるかもしれん。 でも、技術と職人を愛するうちの宰相なら、きっと分かってくれるはずや!


ウチはリュミエールの石畳を、全力で駆け抜けていった。


社会人になってから思うこと。

飲みながら思いついたことはその日中にやったほうが良いと思います。

酔ってても眠くてもその日中にやらないと結局やらないor時期を逃す。

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― 新着の感想 ―
成長するまで仕方ないけど、イヴェットのほうが主人公ムーブすぎるw
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