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愛さなくても構いません。出戻り令嬢の美味しい幽閉生活  作者: 四馬㋟
その後の話

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うどんに関してはたぬきよりもきつね派である


 黒須七穂は嘘つきである。

 元諜報員であるため、息をするように嘘をつく。


「写真に写っている男は俺じゃありません。なんで俺がわざわざあんたに化けて、池上さんとホテルから出てくるところを写真に撮られないといけないんですか?」


 すこぶる機嫌の悪い上司――龍堂院一眞にとっつかまり、くだんの大衆新聞の記事を突き付けられ、説明を求められた七穂はのうのうと嘘をつく。おまけに大声で答えづらい質問をぶつけるあたり、性格の悪さがにじみ出ている。


「あんたに恨みがあるのは、何も俺だけじゃないと思うけどなぁ」


 無言の一眞に対して、七穂の口は止まらない。

 

 赤の他人や信用できない人に対して、たいていの人は口数が少なくなるか、嘘をつく。

 嘘も方便、自衛のためだったり相手のためだったり、見栄を張るためだったりもする。


 胡蝶のいるこの村でもそうだ。


「何も他人に本当のことを言う必要はないんだから。テキトーに嘘つけばいいのよ。正直者は馬鹿を見るって言うでしょ」


 なんてことを堂々と言う人もいる。

 けれどやりすぎると、



「あの人の言うことは嘘ばっかり、だから誰にも相手にされないし、信用されないの。嘘つきは泥棒の始まりって言うでしょ」

 

 

 失った信用を取り戻すには、長い時間と労力が必要だ。けれど七穂という男はそれが分かった上で嘘をつく。職業病、根っからの嘘つき、悪人――けれど一番の理由は人間が嫌いだからだ。憎んでもいる。



「その写真の男が俺だっていう証拠を出してくださいよ。でなきゃパワハラであんたを訴えてやる」



 殺気立つ上司を前にして、七穂は平然と言った。

 一眞は怒りを鎮めるように「ふう」と長い息を吐くと、



「俺に不満があるのなら、こんな回りくどいことはせず、直接言え」

「だったら言うけどなぁ」


 この際だとばかり七穂は不満をぶちまけた。

 仕事量が多すぎる、人使いが荒い、もっと休みが欲しい、給料を上げてくれ等々。


「だいたい、なんで新人の池上さんが皇后付きの侍女で俺はあんたの使いパシリなんだよ。俺が彼女より使えないっていうんなら、いっそこの場で首を切るなり殺すなりしてくれよ」


 

 どうせ罰を受けるのなら、言いたいことは言ってやると息巻いていた七穂だったが、


「使いパシリとは思っていない」


 ふいに真面目な顔をして一眞は口を開く。


「お前は優秀だ。与えた仕事はほぼ完ぺきにこなす。多少、やり方には問題もあるが……」


 てっきりフルボッコにされると思っていた七穂は、あっけに取られて一眞を見る。


「お前に多く仕事を振るのは余裕でこなしているように見えるからだ」

「ふざけんなっ、このままじゃ過労死するわっ」


 丁寧な口調も忘れて怒鳴り返すと、一眞は「ぷっ」と噴き出す。


「そうなのか?」

「同じ混ざり者だからって、あんたみたいな体力馬鹿と一緒にするなよ。俺はこう見えて繊細なんだ」

「能ある鷹は爪を隠す。お前は昔から要領が良い」

「自分で自分を守らないで、誰が守ってくれるんだ? 生き急いでいるあんたには理解できないだろうけどな」

 

 一眞は苦笑いを浮かべると「そうか」と頷く。


「お前の言い分は分かった。今回の件は目をつむる。昇給についても考えておこう」


 やけに物わかりの良い態度をとられて、七穂はゾッとしたように肩をすくませた。


「どうしたんだよ。なんか悪いものでも食べたのか?」

「お前の言葉にも一理あると思ったからだ」


 おまけに「これで何かうまいものでも食え」とばかりに一時金を渡されて、いっそ薄気味悪くなってしまう。


「何か勘違いしているようだが、俺はお前のことを憎んでもいなければ嫌ってもいない。ただ少し、羨ましいだけだ」


 そう言って一眞は七穂を解放すると、音もなく消えてしまった。

 正直、拍子抜けである。


 

 ――俺のことが羨ましいだって? 公爵家のぼんぼんが? 馬鹿も休み休み言えってんだ。

 


 その金を持って、七穂は定食屋に駆け込んだ。

 持っていたいなり寿司は逃げる途中で落としてしまったし、ちょうど腹が減っていたのだ。


 今は懐も温かいし、豪勢にかつ丼でも注文しようと思ったのだが、


「ねえさん、きつねうどんで」


 どうやら気づかないうちに貧乏が身に付いてしまったらしい。

 まぁ、かつ丼は次の機会にでも食べればいいやと気持ちを切り替え、熱々のうどんをすする。

 

 もちもちしてこしのある麺と、だしの染み込んだ油揚げの相性が最高だ。

 名前にきつねがつくのが気に入らないが、うどんに関して言えばたぬきよりもきつね派だ。


 油揚げをかじりながらうどんをすすり、追加で頼んだ握りめしを頬張りつつ、熱々の汁を一気に飲み干すと、



「はー、ごちそうさま。ねえさん、代金はここに置いとくよ」



 腹が満たされたおかげで心は晴れやかだ。今ならなんでもできそうな気がする。

 七穂はすっきりとした気持ちで店をあとにするのだった。


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