第7-4話 初級術師、愛しのポゥを助ける為に奮闘する(上)
はっ……はっ……
自分の息遣いがやけに大きく聞こえる……不安な僕の心を表しているようだ。
夕食後にポゥとゴンドラ花火デートを約束した僕、待ち合わせ場所で待っていたんだけど、集合時間を20分過ぎても彼女が来ない……。
不安になった僕は、宿泊しているホテルまでの道を探していた……彼女は、いない?
一体どこに……周囲を見回す僕の目に、きらりしたと宝石の輝きが目に入る。
これは……深い赤に輝くルビーが埋め込まれたイヤリング……間違いない、僕がポゥにプレゼントしたヤツだ!
いったいなにが……僕の中でどんどん不安が大きくなっていく……。
「ん……? どうしたのグラスこんなことろで? ポゥはもうとっくに部屋を出たぞ?」
そこに、アイスを持って散歩中のエルが現れる……ポゥはもう出発しているって?
「エル! ポゥが……ポゥがいないんだ!」
事件が、始まろうとしていた。
*** ***
30分ほど前……両耳にグラスからプレゼントされたルビーのイヤリングを付け、浴衣に着替えたポゥは、うきうきと待ち合わせ場所に向かっていた。
「えへへ……この浴衣、グラスはびっくりしてくれるかなぁ……そのままゴンドラの上でコクハクされちゃったりして……ううっ、恥ずかしいよぅ」
グラスに負けず劣らず妄想して、真っ赤になるポゥ。
ざっ……
と、急ぎ足で歩く彼女の前にある植え込みが突然揺れ、ひとりの男が現れる。
真っ白に脱色した髪に生気のない目……どう見ても様子がおかしい。
「ひっ……何この人……え? 生命エネルギーが……”傀儡”にされているの?」
ポーションの精霊である彼女は、相手の生命エネルギーを見ることが出来る。
この男、生きてはいるのだが、その生命エネルギーが他者のソレで上書きされている。
”傀儡”されている者の特徴だ……しかもこの生命エネルギーのパターンは……!
現在、周囲には誰もおらず、とっさに助けを求めることは難しそうだ。
本当はあまり使いたくないけど……この人、わたしをさらう気だ……敏感に相手の動作を察したポゥは、”切り札”を使おうとするが……。
もわああああっ……
男の周囲から黒い霧が立ち上り、ポゥの周囲にまとわりつく。
「なに……これ? ええっ、わたしの回復エネルギーが……!」
いつも通り満ち満ちているはずの、彼女の回復エネルギーが急速にしぼんでいく。
「力が……抑え込まれて…………あっ」
とさっ
力なく倒れ伏すポゥ。
かつんっ
彼女の右耳からイヤリングが外れ、地面に落ちて乾いた音を立てた。
*** ***
「うん……うん……これは~」
ポゥが行方不明だ……悪意を持った連中にさらわれたかもしれない!
僕とエルは、ヴァンさんを呼ぶと、ホテルからゴンドラ乗り場までの道中を改めて調査していた。
くそっ……慣れていたから忘れがちになるけど、ポゥはポーションの精霊であり、世界中のポーションを統括する者……いくら勇者様やギルドが警備してくれているとはいえ、彼女を手に入れようと画策する輩がいてもおかしくはなかったんだ……自分のうかつさを責める僕。
ただ、いまは彼女を探すこと……僕は周囲の”魔力探査”をしているヴァンさんに声を掛ける。
「ヴァンさん、何か分かりましたか?」
「う~ん、おそらくポゥちゃんをさらった奴は、普通じゃない」
「それに、”切り札”を持っている、私たち”アイテムの精霊”を簡単に捕まえることが出来るなんて……この残留魔力パターンからして、S-007迷宮で祭壇を壊した”魔族”の仕業かも~」
深刻そうな表情で、調査結果を説明してくれるヴァンさん。
切り札……そういえば以前ポゥが説明してくれた……彼女たちアイテムの精霊は、周囲に満ちた回復エネルギーを逆流させ、対象にダメージを与えたり、気絶させたりすることが出来るって……。
生命体である以上、回復エネルギーの逆流には耐えられない……だから変な奴が襲ってきても大丈夫だよ!
そう言って笑っていたポゥの笑顔を思い出す。
その力を抑えることが出来る……”魔族”。
昔、”魔王”を頂点に、人間世界に侵攻してきた種族……当時の大勇者の活躍で、魔王は倒され、魔族は異世界に追放された……現在ではただの言い伝えの伝説となった種族の事だが……。
「もし、奴がアイテムの精霊を手に入れたいなら……私たちも呼び出そうとするはず……グラスくん、私たちの部屋の鏡を見に行こう~」
思い当たることがあったのか、僕たちを連れてホテルの部屋に戻るヴァンさん。
部屋の中にある大きな姿見の鏡。
そこには……。
「ほらね、やっぱり……」
ポゥ誘拐事件の犯人から送られたメッセージが、鏡に映し出されていた。
次回、2話かけてグラス君が活躍します!
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