エピローグ
それから二日ほどして、凛の両親が手配した捜索隊によって発見され、俺たちはようやくあの陸の孤島から救出された。
ただ、松本に戻ってからも、警察に長いこと拘留されて事情聴取を受けることになったから、東京に戻るのはまた更に一週間ほどかかった。マイクロバスは警察に押収されてしまった上、運転できる人間もいなかったので、電車での帰宅である。
東京に着くまで、誰も、一言も喋ろうとしなかった。四人もいて誰も会話をしなかったのだから、周りから見れば、仲の悪いグループに見えた事だろう。いや、そもそも俺たち四人が仲間であることさえも、わからなかったかもしれない。
それ程に精神が疲弊しきっていた。だが脳は覚醒していて、揺れの少ない新幹線の中では睡魔に襲われることもなく、ただただ無言の空間を過ごしていた。
帰宅してから暫くは、家の中で一人欝々とした生活をしていたが、このままでは腐ってしまうと大学の部室に向かうことにした。
すると、まるで図ったように、英介が先に来ていた。
彼もずっと同じような心地だったようだ。目の下には隈ができ、心なしか少し痩せて、頬がこけたような気もする。
だが俺を見ると、そんな素振りなどおくびにも出さずに、小さく手を挙げてみせた。
「おお、久しぶりだな。どうしたんだ? 夏休みにわざわざここに来るなんて」
「いや、家にいても暇だからさ。どうせならって、ここに来てみたんだよ。まあ、インドアな俺が他に行く当てもないしな」
「だろうな」
英介は微笑を浮かべた。嫌味を言われたわけだが、いつものように言い返すことはできなかった。
あの事件以降、どうも調子が狂う。何もかも、今まで通りにできない。
英介の対面のソファに腰かけた俺は、本を開いて形式的に読書を始めた。その実、内容など一文字も頭には入っていなかった。
英介はスマートフォンをいじっているが、その彼もまた心ここにあらずといった風だ。
「瀬堂、素直に自供してるってさ。情状酌量の余地もあるかもしれないけど、不入斗くんまで手に掛けてるからな。極刑は免れないかもしれないって」
英介は画面から目を離さずにそう言った。
「そうか……」
俺もまた、本から目を逸らさずに相槌を打つ。
すると英介は、今度はスマートフォンをテーブルに置いて、俺の眼を真っ向から見据えた。
「なあ、お前は、その……悩みとか、無いよな?」
その一言で、俺は大体の察しがついた。
英介は先の事件のことで、自分の身近にいた人間の殺意に気付いて止めることができず、最悪の事態を引き起こしてしまったことを悔やんでいたのだ。
俺は彼を安心させるため、軽いノリでそれに答えた。
「当たり前だろ。そんな風に見えるかよ」
英介は小さく笑みを浮かべた。そして今度は、俺のほうが英介に尋ねる。
「ってか、お前のほうも、芝居とは言え犯人扱いされたこと、根に持ってたりしてないよな?」
「ばーか。そんな事いつまでも気にしてるわけ……。いや、あるな」
俺は少しどきりとしたが、その心配をよそに、英介はにやにやしながら俺の顔を窺った。
「悪いと思ってんなら、今日から一週間、昼飯奢りな」
こんな調子なら、英介は大丈夫そうだ。
俺は自分の杞憂に苦笑して肩を竦めた。
「お前、金なら持ってるだろう。俺が奢ると飯のグレードが下がるぞ」
「それもそうか」
快活に笑い飛ばす英介。顔の血色も僅かに良くなったようだった。
「それにしても、今年に入って殺人事件に巻き込まれるの、これでもう三つめだぞ。お前、死神に憑りつかれてるんじゃないの?」
今度は俺が笑い飛ばす番だった。
「はっ。そんなのあるわけないだろ。どこぞの漫画の主人公じゃあるまいし。たまたま不幸が重なることなんてよくあることさ。きっともうこれで最後になるだろうけどね」
だが俺はそう言いながらも、心のどこかで本当に最後になるかどうか、疑問を抱いていた。
いや――、
今はそんな考えをするのはよそう。
俺は頭を振ってその胸騒ぎを追い払い、英介を連れ立って久しぶりの外食をすることにした。




