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第四章『とらすと、みー』

 俺の問題かと言われれば正確には俺の問題ではない。

 だが、抱えてしまうと決めたら俺の問題になるのだろうか。

 その線引きってのはいつだって曖昧で、どこからどこまで俺の問題なのかよくよく考えなければならないのだ。

 しかし、そんなもの考えることができるならば今まで苦労はしてないのだろうが、そろそろ一度、本気で考えた方がいいのかもしれない。


 「何を真剣に悩んでらっしゃるのでしょうか。あと、私は副食を要求いたします。当該時代の言語で現状を端的に説明すれば、ひもじいです」


 俺が自分の部屋であぐらをかいて真剣に悩んでる横で、ほたてが白米を頬張りながら珍しそうに俺を見ている。


 「いやな?俺の問題ってのはどこからどこまでが俺の問題なのかってことについて考えていたのだが」

 「検索、数学の教科書四三ページの練習問題三のことでしたら間違いなく永峰昭彦さんへ出題された問題である宿題と断定します。ただ、広義な意味での俺の問題という表現であれば曖昧性回避のため、より条件を絞っての質問をしてください。先に要求した副食の件についてはその梅干しのアルカリ成分を補充することで緊急措置といたします」


 ほたては俺の白米の湯漬けに載っていた梅干しをかっさらい、上品な箸運びで咀嚼すると白米をまた口に運んだ。

 俺は向かいに座るゆにこがコンビニのフォークでもふもふと白米を食べる様を見て、その横に行儀良く座るほたてにまた視線を移す。


 「ぶっちゃけると、だ。お前がどうしてここで飯を喰ってるんだ?」

 「活動時代にあわせた経口エネルギー摂取のためです」

 「お前がしている行動の意味を聞いてンじゃねえんだなこれが。俺の家でなんで飯喰うことになってんだって話をしてえんだがよ?」


 ほたてはむしゃむしゃと白米を頬張り終え、せっかく用意した茶碗までばりばりと咀嚼し終えた後に、ぽつりと答えた。


 「この陶器の方が美味しかったので、お茶碗のおかわりを所望したいのですが」

 「飯入れる容器まで喰ってんじゃねえよッ!つか、俺の質問に答えろよ!」


 ほたては数秒間じっと固まると、しゃべり出した。


 「本機に設定された目標の達成をロジカリティ領域において構築できず、達成不能とみなしたことから本機は目標達成に到達するまでのステージを断念。よって、本機は基本システムのみで当該目標を達成するまでの間、現時代において状況毎の対応を行うこととなりました」

 「日本語で喋れ日本語で」


 今までずっと黙っていたゆにこがようやく口を開いた。


 「よーするに、私の時のパターンと全く同じですよ。私は昭彦を殺せなかったから帰れない、ほたては私を殺せなかったから帰れない。だから私と同じでノーマルモードで適宜よろしくって訳です」

 「ノーマルモード適宜よろしくは了解した。だが、俺の部屋で飯喰ってる理由がわかんねえよ」


 ゆにこがほたてを見ると、ほたてはカクンと首を俺に向ける。


 「周囲の状況から推断を繰り返したところ、本機に設定された破壊目標の事実上支配者はパーソナルネーム永峰昭彦という当該時代における経済弱者の有機体と判断致しました。よって、様々なロジカリティを廃棄した上で有機体の支配下にあることが最も目的を達成する上で有効と判断いたしました。何なりとご用命下さい。ロジカリティと制限が許す限り遂行します」

 「今のはわかったかんな!俺をバカにした上で厄介になるって話だな!」


 とうとう我慢できず俺はちゃぶ台の上に足を乗せた。


 「あきひこぉ、行儀わるいですよ」

 「不様です」

 「なんでロボットにこの時代の行儀作法教わんなきゃならねえんだよ!そもそもそのロボットどもが俺に飯喰わして貰ってるってどういう状況なんだよ!」


 ほたてはゆにこに向き直ると無表情のまま質問する。


 「有機体の述べている内容が理解できません。解釈を」

 「じぶんにゃーおんなのこをかこうかいしょーがにゃーと言ってるらしいですよ」

 「男として不様了解」

 「出て行く!俺が出て行くよ!それで問題ねえだろ!」


 俺はなんだか切なくなってそうわめき散らした。


 「あ、じゃあ私も一緒に行くですよ。昭彦を殺さないと未来に帰れないですし」

 「それであれば私も随伴いたします。作戦番号一九一を消去しない限り本時代における任務は終了しません」

 「一体なんだよこの殺伐とした繋がり方。いつこの六畳間でどろっどろの殺人事件が起こってもおかしくねえじゃねえかよ。そして俺、悪くねえだろ」

 「存在自体が人類にとって良くにゃあです」

 「私たちの最大の任務障害として判断した場合においても、最も悪い存在です」


 俺はいよいよ飯を喰う手を休めて大きく溜息をついた。


 「要するに、だ。おめーらやることやってねえし家に帰れねーから俺ンとこに居るってわけか」

 「ニュアンスに若干の相違は認められますが、許容範囲です」


 ほたては残念そうにそう告げた。


 「時代公権力への接触は当該時代における文明レベルの著しい向上や、事後の時代調整に多大な労力を必要とすることから、認められておりません」

 「あー、なんだ。警察に行けないって話か?知ってるぞ。ペナとられてばらんばらんにされるんだろ?」

 「本来、作戦番号一九一の抹消を行うのが本機でした」

 「……回りくどい言い方すんなコイツ。通常モードとやらの方がとっつきずらいぞ?」

 「現時代における標準思考形態を擬態することも可能ですが、必要な状況以外でのロジカリティ逼迫率、消費エネルギーも高いことから現時点は使用しておりません……普通に喋ることもできるんですよ?」

 「なら、そうしてくれや。何言ってるのかすんげえ理解に苦しむんだ」

 「構いませんが……その場合、この時代、この地域での使用電気料が年間三十万と百二十八円ほどかかりますが、よろしいでしょうか?」


 自分の預金残高とかをチェックしてないからよくわからないが、電気代でそんなにかかってしまったら志乃に何を言われるかわかったモンじゃない。


 「今流行のエコドライブっつーの?地球に優しいクリーンなエネルギーとか、太陽光発電とかでなんとかならないのか?……つーか、なんで俺がお前を養うこと前提になってんだよ」

 「自動車税はかからないからその分、経済的ではあります」

 「うるっせえよ。俺ぁまだ免許ももってねえよ!トンチキなこと言ってるとぶっ壊すぞ!」


 俺は大きく溜息をつくと、のろのろと食器を片付け鞄を手に取る。


 「おう、ゆにこ。とりあえず俺ぁ学校行ってくるから」

 「……問題丸投げですよ」

 「おめーが持ってきた問題じゃねえか。とりあえずお前らの居ないところで考えてくる」





 「今度、新しくこのクラスに編入されることになりましたカンタネッタ・ホタテと申します。皆さん、よろしくお願いしますね?」


 朝のホームルームの段階で俺は帰りたくなってしまった。

 ほたてはどこで仕入れてきたのかセーラー服に身を包み、にこやかに笑ってやがる。

 俺の後ろで大作がにっこにこして騒いでやがる。


 「なあなあ!見ろ、外国人だぞ外国人!しかも胸がでかい!なあ!聞いてるのか!こいつぁどう見てもチャンスだろう!」

 「……ああ、今、ちょっと軽く頭痛、吐き気、胸のムカムカを覚えてる最中だ」

 「二日酔いの諸症状だな。だらしがない。こういったチャンスはいつくるかわからないんだぞ?日頃からきちんとしていないからビッグウェーブに乗り遅れることになる」


 ほたての奴はどこで仕入れてきたのかセーラー服に身を包んだまま、悠然と俺の右前の席に座った。


 「昭彦さん、こちらでもよろしくお願いいたしますね?」


 そう朗らかに挨拶なんかしてくれるモンだから後ろの大作が沸く。


「おい!昭彦!この美人と知り合いなのか!まさか、遅刻しそうだからってパンをくわえたまま走って交差点でぶつかるとかもうやっちゃったりしてるのか!」

 「うるっせえよ!俺はご飯食だって知ってンだろ!茶碗持ったまんま走って学校に来るかよ!」

 「じゃあ、あれか!昔近所に住んでいた幼馴染みとか、ホームステイとかそういったフラグか!」

 「そんな単純な話じゃねえんだよ……ああ、なんつったらいいんだか」


 俺はどう説明したらいいかわからず頭をバリバリと掻きむしる。

 ほたては僅かに頬を染めながら照れくさそうに言った。


 「えーとですね、昼ドラも真っ青になって逃げ出すどろどろとした愛憎関係です」

 「愛も憎しみもどこにもねえじゃねえか!成り行き上どうしょうもなくなっちまっただけだろうに!」


 これを聞きつけてややこしくなった奴がもう一人来た。


 「昭彦ッ!貴様は私という嫁がいながら他の女に手を出したのかッ!どこだっ!その女は何処に居るっ!目の玉くりぬいて、曲がるところを全部逆に曲げた上で割れるところを全部割った挙げ句、逆さに吊して血祭りに上げてやる!」


 志乃の馬鹿たれが俺の首根っこを揺さぶり、シューシューと荒い息を吐きながらトチ狂ってやがった。


 「手ぇなんか出してねえよ」

 「あら、初対面の時、私を組み伏せてあんなに乱暴にしたじゃないですか」

 「あ、そういえばいっとうはじめは俺が相手したんだっけか?手ぇだしたことになるっちゃなンのか?」

 「結構、痛かったんですよ?」


 志乃の眼光が赤から虹色に変わり、びぎぃんと鈍い音がした。

 ぎりぎりと俺の首を握る志乃の握力が酷くなってくる。


 「痛ぇ!痛だだだだだっ!ちょ志乃!痛いってか折れる!ギブギブ!タンマ!あだぁああああ!」

 「昭彦を殺して私も死ぬるぅぅぅ!」





 昼休み、全部の事情を話し終えるとようやく志乃も大作も落ち着いた。


 「要するに、だ。ゆにこちゃんが喧嘩に勝ったのはいいけど、その喧嘩相手も自分とこに転がり込んで迷惑してるという話だな!」


 大作は本当に話を上手にまとめてくれる。


 「一番大事なのはそこではない。昭彦がこいつと肉体関係を結んだかどうかだ」

 「馬鹿たれ。今の話を聞いてどこにそんな話が出てくンだよ」

 「場合によっては私はこいつも、お前も、そして私自身も殺さねばならない」


 俺はほたての面倒を見なくちゃならないという問題とは別の問題を見せられた気がして、一気にげんなりした。


 「ンなこたぁどうでもいいだろ今は。問題は俺がこいつの面倒を見なくちゃなんねえ理由がねえよ。つーか、お前が銭勘定してるからわかるだろうけど、こいつの面倒まで見てたら喰ってけねーよ」

 「昭彦と一つ屋根の下で生活とか羨ましすぎるからな。それは断じて認めない」


 お前の論点そっちかよ。


 「まあ、そういう訳だ。お前はお前さんで勝手にバンバンしてくれや。俺ンとこにこられても正直、どうにもならん。それとも、俺ンところでないといけない理由ってのが他にあんのか?」

 「はい、私には復命しなければならない命令が最優先事項で一件、存在します。作戦番号一九一改めゆにこさんからのオーダーです」

 「ゆにこのオーダー?」

 「はい、永峰昭彦さんに対する危険度について、我々の時代は認識を改めることになります。そうなれば必ず新しいターミーネッタを送り込み、確実な抹殺を図ります。私がゆにこさんから受けたオーダーはその続投されるターミーネッタを排除し、永峰昭彦さんの身辺を警護することです」

 「俺ぁ、聞いてねえぞ!そんな話!」

 「はい、聞かれなかったから答えませんでした」

 「力一杯殴ってやろうか?グーパンで」


 満面の笑みで答えるほたてに俺は軽い殺意を覚えた。


 「まあ、怒るな昭彦。しょうがないだろ、ロボットなんだから」


 大作はあっけらかんとして俺を諫める。


 「それより、あー、ほたてちゃんだっけか。ほかにゆにこちゃんから言い渡されたオーダーとやらはないのか?」

 「あります。永峰昭彦を私の第一マスタと指定し、ゆにこを第二マスタと指定。マスタからのオーダー対応については段階一において実行せよとのことです」

 「段階一の解釈を求める」

 「段階一とは各個体のロジカリティの範囲内において制限を設けないこと。理解しやすく言い換えれば、ほぼ、自由。断ってもいいですが尊重しなさいという概念が一番近いものですね」

 「ふむ」


 大作はひとしきり思案すると俺の方に向き直る。


 「だ、そうだ」

 「どういう意味だ?」

 「ほぼ自由意思を持たせた状態で、お前の言うことは何でも聞くらしいぞ」

 「じゃあ、そのでっかいおっぱいで挟んでくれって言ったらやってくれんのか?」


 ほたてが満面の笑みで答える。


 「はい、よろこんでご奉仕させていただきますご主人様」

 「嘘だ!嘘、嘘!いや、本当はちょっと……うわああ!嘘嘘!」


 そのほたての背後に鬼のような形相でシューシューと煙を吐いてる志乃がトチ狂う前に俺はその場を後ずさる。


 「……でもなあ、ぶっちゃけ、どうすりゃいいんだ?」

 「まあ、自分の食い扶持をバイトでもして稼いで貰う分には問題なかろうに」

 「でもよ?住民票ねえだろ?どこも雇っちゃくれないだろうに」

 「ふむ。そういや、ほたてはどうしてこの学校に転入できたんだ?」


 大作の呟いた疑問に、俺も今まで気がつかなかった事実に気がつく。


 「そうだよ!昨日の今日でなんで普通に学校に居るんだよ!しかも先生普通に転校生って紹介してたぞ!」

 「ゆにこさんには運用目的の都合上、積載されておりませんが、本来、ターミーネッタはそれぞれの時代での活動をしやすくするために周辺情報の改ざんを行える機能があります。電子機器にアクセスして内容を改ざんする程度ではなく、周辺に存在する意識体の記憶領域に侵入し、認識自体を書き換えることができます。もし、転入生で不都合があるようであれば元々クラスメートとして存在したくらいの認識に変更します」


 すげえな、おい。


 「そんなことできるんだったらやりたい放題じゃねえかよ」

 「ええ、銀行の預金残高を改編するくらいなら、自分のために働いてくれる奴隷を作るのも簡単です……ご心配のようでしたら試しに周辺の認識レベルを私が昭彦さんの奴隷でいつどこで破廉恥な事をしても大丈夫なようにしてみましょうか?」

 「アホかお前は。そんなことする必要なんざねえよ。それともてめえがしたいだけなんじゃないのか?」

 「実はちょっとだけ興味がありまして……」


 俺はドン引きしてほたてから距離を取る。


 「冗談です」

 「本当か?」

 「実はちょっと……冗談です?」

 「ややこしいわ。やめれそんな冗談」

 「ユーモアは円滑な個体関係を構築するので我々の必須科目となっております」

 「嫌だなそんな授業」


 がしかし、受けてみたい授業でもあるなんて考えている横でだ。

 志乃が難しい顔をしながら尋ねた。


 「認識制御か。急激な認識制御はその対象の周辺事情に負荷をかけないのか?」

 「私の場合はどうしてもかけてしまいますね。学校単位の閉鎖社会における認識程度ならば容易に認識制御ができますがそれ以上となるとどうしても事後調整力が働いてしまいます」

 「事後調整力?」


 俺が聞いてみるとほたてが懇切丁寧に答えてくれる。


 「たとえば山を一つ吹き飛ばしたとしますね?その山が無くなったのが私のせいではないとした場合、その山を認識している人が多い場合、全ての人に私のせいではないと思わせることができず、現実と認識の間のロジカリティに『山が噴火で吹き飛んだ』等の補強が入るんです。これが事後調整力です」

 「あれか、万引きしても店員が仕入れ忘れしたとか、元からここに無かったと思いこんじゃうってことか」

 「スケールは小さいですけどその解釈で間違いはありません。我々は本来次元を跳躍してその時代や場所、空間での任務に従事しなくてはならないのでどうしても時代への関与の形跡を隠さなければならず、認識制御機能を大なり小なり備えています。逆にゆにこさんのように未積載である方が珍しいんです」

 「なんであれにゃあついてないんだ?」

 「作戦番号一九一……いえ、ゆにこさんは元来、広範囲殲滅型の機体です。一対大多数の戦闘を主目的とした機体で、元来、特定時代の単一目標の破壊には使われることの無い機体なんです。ですから、思考領域が未発達な素体をベースにしても火器管制をしっかり積載していれば問題無い機体なんです」

 「それがどうして俺のところに来てるんだよ」

 「永峰昭彦という人物がそれだけ脅威であると私たちの時代では認識されているからです」


 俺は唸るように喉を鳴らし、大きく溜息をつく。


 「なんだか俺の知らないところで面倒くせえことになってンなあ」


 俺は小さく溜息をつくと、どうしたものか考える。

 志乃は俺の方を怪訝な目で見てくる。


 「昭彦、まさか」

 「どう見ても俺が原因っちゃ原因なんだろうさ」

 「だが」

 「先立つモンがなけりゃどうしょうもねえわな」


 正直、お手上げ状態でもある。

 しばらく考え込んでいた大作がようやく口を開いた。


 「なあ、それだったらほたてを俺ンとこに預けてくれないだろうか?」

 「はあ?」

 「お前には経済的余裕が無く、また、俺は俺で未来とやらに興味がある。俺の作った理論で動いているという話だしな?お前を守るという話であれば俺の生活圏からの行動であれば何かあってもすぐに対応はできるだろう」


 大作はじっと俺を見つめると鼻を鳴らす。


 「お前は馬鹿だから話を聞いてもわからんだろう?その点、俺なら話を聞いてもいくらかは理解できるからな?」

 「そんなこと言って。本当はおっぱいの大きい女の子とキャッキャウフフしたいだけだろう」

 「……お前には問題の本質を捕らえても解決策を決める能力が無い。だから俺が手助けしてやるといっているのだがな?」


 いつになく真面目な大作に面食らう。


 「いいのかよ。厄介すぎンだぞ?この問題」

 「友達だろ。任せろ」


 自称天才はそう誇らしげに笑うとにっと白い歯を見せた。






 スタンドのバイト先でゆにこがくつろいでいた。

 常連、といえば常連なのでバイトの人達も気にはしていない。

 事情を簡単に説明するとゆにこは存外、素直に納得した。


 「まあ、それが妥当ですよ」

 「……悪ぃな。気を使わせたのに無駄にしちまったようで」

 「大丈夫ですよ。普通のタイプのターミーネッタであれば私の性能でけちょんにしてやれるです。ただ、CNタイプとか情報戦に強いタイプが昭彦を殺しに来ると少々厄介ですから念の為に置いておいただけです」


 ゆにこはバッテリー液をストローでちゅるちゅると飲みながら絵本を読んでいた。

 素っ気ないように見えて心配してくれてるのがわかるから、どこかむずがゆい。


 「あ!勘違いしてもらっては困るですからね!他のターミーネッタに昭彦を殺されてしまうと私のけーれきに傷がつくからです!昭彦を殺すのはあくまで私なんですよ!そこんとこ間違えないでくださいです!」

 「感動したよ。うし、じゃあ、ゆにこに殺されたってことでそのあたりのダンプにばーんと轢かれてやるよ」

 「あ!あー!ダメ、ダメです!べ、別に昭彦が死ぬと困るとかそういうんじゃなくて!けーれきとかちがって!あー!道路に出たらあぶないんですってば!」


 道路に出ようとする俺をゆにこがあわてて引っ張り戻す。

 俺は意地の悪い笑みをにんまり浮かべてゆにこを見てやると、ゆにこは顔を真っ赤にして怒り出す。


 「昭彦はバカですか!?私が殺さないと意味がないです!昭彦が自分で死んだ場合はあくまで自分で死んだことになるです!それだと事象収斂性回避にはならないんです!………た、多分そういうことです!」

 「お前可愛いのな?」


 ゆにこに尻を蹴飛ばされた。


 「昭彦のバーカ!うんこして死に散らかせばいいんです!」


 先輩達が仕事中に遊ぶなと目で訴えてるから俺は仕事に戻ることにした。






 ほたてが混じったとしても俺の生活がとりたてて変わったことはなかった。

 朝と放課後にバイトしてくたくたになって寝る。

 ゆにこが来る前からずっと変わらない生活サイクルを延々と続ける毎日ではある。


 「昭彦さーん♪お昼ですよー?」

 「待て貴様ッ!昭彦の嫁を差し置いて弁当持参とは度し難いっ!」


 若干、学校で志乃がやかましくなったくらいだろう。

 それ以外はとりたてて平穏っちゃ平穏だった。

 大作は昼飯のパンをもさもさとかじりながら、窓際で一人何かを考え込んでいた。

 俺は取っ組み合いをはじめる志乃とほたてをほったらかして大作のところに行く。


 「おう、あに考えてンだよ」

 「人間には知覚できない領域の出来事について考えていた」


 大作は遠くを見つめたまま答えた。


 「相変わらず難しいことを考えてんのな」

 「難しくはない。時間の観念についてだ。時間は過ぎるもの、と誰しもが思っているがそれは実は誤りで大きなサイクルで見ると周回しているものである、とみればどうだろう?」

 「あん?よくわからんな」

 「波みたいなもので、本来、一定方向に進むものとされているが、ある一定の段階で進みきると今度は反対側に進み始める。つまり、戻るんだ。我々人類はその一生が短いからか、何億年という周期で見て時間が戻っているという時期に立ち会ったことがない。あるいは、時間は今の段階で激しく未来と過去を往復しているのだがあまりに早すぎてゆっくりと進んでいるようにしか感じられない」


 天才が考えることはよくわからん。


 「つまりなんだ?時間ってのは進むモンじゃねえのか?戻ったりもできるってことか?」

 「一方の波が進んでいる間に位相をずらした波との交点においてその波に乗り換え別の交点で降りることができれば同じ時間軸の別の時間に戻ることもできる。理論上ではな?」


 俺にはさっぱり理解できない。


 「そりゃあ、なんだ。超ヒモ理論だとか、相対性理論だとかの話をしてるのか?」


 前に大作が言っていた理論を適当に振ってみるが、やっぱりバカにされる。


 「お前はこの天才が小馬鹿にした理論をここで持ち出すか?アホ。現代人が大学の権威に縛られて唄っている理論に真実などあるものか。学会とかいう金のなる木でだらしなく過去の間違いを間違いと否定しきらない学者連中に真理が捕らえられるものかよ。相対性理論はまあ、ある一部において正しいのかもしれないが超ヒモ理論など所詮、人間の知覚の範囲内での理論だ。世界は人間の見えない、感じられない場所まで広がっている。それを想像しないまま見える範囲のことを考えても解決はしない。人間の見られない、感じられない世界と繋がってこの世界があるのだからな?」

 「前置き長ぇよ。で、結論、何考えてるんだ?」

 「いやな?タイムマシンでも作ろうかと考えてるんだ」

 「タイムマシン?作れるのか?」

 「作れたからあんなのが居るのだろうに」


 大作は志乃をいなしてこっちに来るほたてを顎で示す。

 まあ、未来から来たって言ってるしな。頑張ればタイムマシンくらい作れるのだろうさ。


 「まあ、いずれにせよ、だ。お前の問題を解決するには世界に滅んでもらうか、未来とやらに乗り込んでどうにかするしかないだろうさ」

 「別に問題っつうほど問題にしてる訳じゃあないんだがぬ」

 「ほう?面倒臭がると思ったのだがな。ゆにこちゃんやほたてのようなターミーネッタが何体も何体も送り込まれてお前の家に押しかけ……」


 大作はそこまで言って何かを思いついたガキのような顔をしていた。


 「おう、大作。おめー今、なんか悪いこと企んでるだろう」

 「いや、せっかくだから、ターミーネッタを全部集めて今人類を滅ぼしてやったらどうかなと考えてみた」

 「俺よりお前の存在自体が大問題じゃねえか」

 「お前の骨が折れたとしても、お前は痛いかもしれないが実は俺は全く痛くないんだ」

 「お前、真性のカス野郎だな」


 俺は大きく溜息をつくと面倒くさくなって自分の席に戻ろうとする。

 そんな俺の肩を掴んで大作は引き留める。


 「まあ、冗談だ。それはともかく、昨日、ちょっと実験的にタイムマシンを作ってみたんだ。正確にはタイムマシンでもないのだがな?」


 大作はそう言ってポケットから携帯ゲーム機を出してちらつかせる。


 「こいつは過去にあった出来事を映し出すことができるものだ。過去にその場所を流れた光の粒子をこの画面内で再現してみせるだけのつまらない代物だが、まあ、実験としてはいい勉強にはなった。俺が持っててもつまらんから、昭彦、お前にやるよ」

 「おいおいおい、今、さらっととんでもないこと言わなかったか?」

 「何がだ?」

 「過去のことが見られるって言ったら、これ、体育の時間とかの教室の風景見れば着替え覗き放題じゃねえか」

 「……普通、警察が犯行現場を再現したりとかいう使い方を想定するものなのだが、さすが昭彦だ。お前バカだろう」  


思いっきりバカにされた。


 「だが、その使い方はアリだな」


 が、大作もまんざらじゃあないようだ。


 「アリだろ?」

 「……そうだな、ちょっと使い方のレクチャーをしなくちゃならないな?」

 「センセー、コレ、ドウヤッテツカウンデスカー?」


 俺と大作はニヤニヤといやらしい笑いを浮かべながら携帯ゲーム機の電源を入れる。


 「電源を入れて、ここで時間を設定して、ぽちっと三角ボタンを押して、アナログパッドで視点変更をしてやることで……時間が巻き戻る!」

 「おっぱい♪おっぱい♪ちちくりおっぱい♪ちちくり三年もみ八年♪マメは吸い吸い一三年♪」

 「レズは大パカ18年♪おメコぬっこぬこ二五年♪」


 携帯ゲーム機のカメラが満面の笑みを浮かべている志乃を捕らえたところで俺達は背筋に悪寒を覚える。


 「女房の不実は六〇年、亭主の不覚はこれまた一生。だったか?昭彦さんや?一体何をしてらっしゃられるので?」

 「ほんっとすいません。マジごめんなさい。いま俺本能のままに動いてました」


 にこやかに笑う志乃ほどおっかないものはないから俺は心の底から謝り倒す。

 その後ろでほたてがまるで俺達を可哀想な人たちを見るような目つきで見つめていた。


 「……大脳辺縁皮質のみで行動するととても不様に見えますね。でも安心してください。そんな昭彦さんでも私、不本意ですけどご命令はお聞きしますから」

 「謝ってるじゃねえかよ!もうこれ以上いじめんなよ!」


 俺は切なくなってしまった。


 「ひどいね大作たん。僕は正直に生きただけなのに」

 「そうだね昭彦たん。世の中って正直者に損な作りになってるよね」

 「黙れ畜生どもが。その不埒な機械と男を壊すぞ」

 「私の理論を応用して何を作ったのかと思えば子供の玩具ですらもっと有意義なものですよ?」


 女性と一体にしこたま小馬鹿にされる。


 「……まあ、なんだ。今度、使う機会があったら使ってくれ。お前にくれてやる」

 「貰えねえよ。俺の性格知ってるだろ?ロハで人から貰うようなことはしねえよ」

 「なら、預けておく。返したいときにいつでも返してくれればいい」

 「ふんむ」


 とは言ったものの、俺は大作がこんなものを俺に預けた意味を深く考える必要があった。

 大作は無駄なことをしないし、こういったものを無理矢理にでも預けることはしない。

 それでも俺に預けるには理由があるのだろうし、それならここで教えてくれてもかまわないはずだ。

 だが、ここで言えない理由がある。

 そいつが何なのかを考えなきゃいけないのだが、あいにく俺の頭はそんなによろしいものじゃありませんのだ。


 「じゃあ、今度、志乃が居ない時にでもこっそり覗いてみるわ。録画機能どれよ?」

 「昭彦。握るぞ?何とは言わぬが力一杯」






 今日は珍しく放課後のバイトが無かったモンだから早くに家に帰れた。

 部屋の中ではゆにこが物憂げな表情で外を眺めており、その肩に乗ったぷちこもまた、物憂げな表情で外を眺めていた。


 「……ただいま」


 俺はなんか声を掛けづらかったから一拍おいて声をかけたのだが、ゆにこ達は僅かに俺に視線を向けるだけで、また外を眺めて大きな溜息をついた。


 「どした?なんか悪いモンでも食べたのか?」

 「違うですよ……」


 そう言った声はどこか憂鬱めいたものを感じる。


 「なんだ気持ち悪いな。どっか故障でもしたんか?」

 「ねえ、昭彦」


 ゆにこは遠くを見ながら呟いた。


 「恋が、してみたいです」

 「おうやっぱり故障じゃねえか。頭の配線かけちがえてるぞ」


 俺は電話帳をめくって今度こそ、車とか機械とか修理してくれそうな店を探すことにした。


 「違うですよっ!壊れてないですっ!人間が意味不明な行動を取る典型的なパターンの一つとして恋愛状況にあることが多々認められることから、恋愛というもののサンプリングのために恋をしてみたいって言っただけですっ!昭彦も協力するですよっ!」


 はあ、まあ、一体、この娘は一体俺にどんなことをさせたいんだ?

 俺はとりあえず思いついたままを言ってみる。


 「メスのカブトムシを探してくればいいのか?俺、結構そういうの得意だぞ?」

 「この時代じゃあ解明すらできない精巧なメカニズムのターミーネッタを甲虫と一緒にすなですっ!」

 「じゃあなんだ?色っぽい電卓を探して買ってくればいいのか?とりあえず、赤色の電卓なら押し入れにあるぞ?」

 「0から9しか表現できない粗末な機械にどう恋愛感情を抱くですかっ!」

 「6と9を交互に押せばちょっとエッチな気分になれるじゃねえか。つか、ンなこと言われてもロボットのつがい見つけてくるったってぶっちゃけゆるくねーよ。それを言われたこの時代の俺の身になってみろよ。なんて答えりゃいいんだよ」

 「……それもそうですね」

 「納得してんじゃねえよ」


 なんだか俺は一気に疲れた。


 「ロボットが恋愛してーだとか、一体どういう発想だよ。俺に理解できるように説明してくれや」


 ゆにこは一瞬狼狽える。


 「えと、その、あのー……あ、そうそう!この時代、なんと原子力発電所があったですよ。プルトニウムの反応炉の煌めく青い光の中で溶けるような恋をしてみたいです。ねぇ、昭彦ぉ、一緒に泳ぎに行こうです」

 「ムチャムチャ言うなや。お前にとっちゃ気持ちいいモンかもしれないが人間にとっちゃあれ、ものっそい有害なんだぞ?」

 「私の時代だと人間でも浴びてたですよ?この時代でも今はクリーンなエネルギーがもてはやされてるですけど、実は車とか家電製品とかを買い直させるプロパガンダだってわかってまた大量電力消費時代が来るです。そうこうしてるうちに戦争で壊れた発電所がメルトダウンしてあっちゃこっちゃが放射能物質に汚染されるですよ」

 「不謹慎なほど大事件じゃねえか。そんな悲惨な状況があってどうして原発がデートスポットになるんだよ」

 「まあ、しばらくしたら人間自体に放射能に対する耐性ができちゃってプルトンの熱いプールの中で泳いだりするですよ。綺麗なんですよ?きらきら光ってて」

 「残念だな。今の時代の人間はひ弱でな。それに、俺、原発の中で泳ぐ水着とか持ってねーから」


 あっても泳がないがな。

 俺は鞄を放り投げると、ごろんと畳の上に横になる。


 「あー、また昭彦ぐーたらしてるですよ。バイトがせっかく休みなのになんも生産性の無い過ごし方してるです」

 「世の中の学生の殆どがこういう暇があればゲームしてるか、カラオケで唄ってるか学習塾行ってるかのいずれかだよ」

 「なら昭彦も遊ぶですよ!」

 「暇があっても金はねーの」

 「なんだか、学校行って働いて学校行って働いての繰り返しですよ」

 「人生なんてそんなもんだ」

 「ターミーネッタの私が言うのもなんですがもそっと青春してみたほーがいいですよ。恋愛とか」


 まさかロボットに人生の心配されるとは思わなかった。

 とはいえ、ゆにこが言うとおり俺の今の生活の大半を学校とアルバイトが占めているのも事実ではある。

 たまにゃあスカっと遊びに行きたくもなるが、先立つものもなければどうしょうもねえわな。


 「昔から言うんだよ。貯めようと思うな、使うなって」

 「なんの話ですか?」

 「銭の話」

 「……はぁ、夢が無いですねえ。ほんとーに性春まっただなかの若者ですか?労働ロボットじゃないんですからこうなにかにがっつく性急さは必要ですよ」

 「労働しないロボットに夢とか説かれるなんざ俺も末期だな。あと、りっしんべんにナマって書く春は卑猥だからやめなさい」

 「そーいう下ネタ好きなくっせにー♪」


 俺は大きく息を吐くと、ぐったりと畳の上にうつぶせに寝転がった。

 仕事の無い日ってマジで癒されるわー。


 「ていっ」


 ごろごろとしている俺の背中にゆにこが飛び乗る。


 「あんだよ、あつっくるしい」

 「遊びに行きたいですよー♪」

 「やっぱりおめーが遊びに行きたいだけじゃねえか」

 「だって、昭彦が学校行ってる間ずっとお留守番ばっかりでつまんないですよ。たまにはお外に連れてってほしいです」

 「おめーの角、どう頑張っても隠せねえだろうが」

 「だいじょーぶですもん。ほたてに頼んで周囲の認識を変えちゃえば万事OKです」


 確かにそうすりゃ大丈夫なのかもな。


 「あっそびにいこおー♪あっそびにいっこおー♪お?お。おーっ!」


 だが、ゆにこは俺の背中にごろごろと顎をこすりつけ、バタ足するもんだからうぜえうぜえ。


 「ぶっちゃけ出掛けるのがしんどくさいじゃー」

 「遊びたい遊びたい遊びたい遊びたい遊びたい遊びたい遊びたい!」


 俺の耳を掴み、ガンガンとがなり立てるモンだからいよいよ俺も無視できなくなる。


 「だぁも!うるっさい!ったく、もーちょっとお前もロボットだとか、俺を殺しに来てるエージェントだかって自覚持てよ。殺害対象に甘えてどっか連れてってもらおうとする未来の殺戮マシーンなんてどの映画でも見たことねえよ!」

 「これが現実ですよーだ。ねぇねぇ、あきひこー、どっか遊びいこー?」

 「銭がねえっての」


 まるで子供だな。

 ゆにこは俺の背中でふくれっ面になると、唸りだす。


 「うー、この高齢化社会であきひこのような若者に労働負担を強いて高齢者であることをいいことにのうのうと楽してる年寄りどもが悪いですね!生産性の無いダメ年寄りどもがでかい顔してのさばってるから若い人達が遊びに行く元気も無くなってるです。あきひこぉ、学校のグラウンドに年寄り集めるですよ。頭からガソリンかけて燃やしたら楽しいしもっと楽できるですよ?」

 「物騒なこと言ってんじゃねえよ」

 「でも、五百年くらい前ならヨーロッパあたりとかだとこういった腐敗した社会体制をひっくり返すのによくあった話じゃないですか。今の人達はこれで耐えられるなんてすんごいマゾですよ」

 「しょうがねえだろ。それでもなんとかしなくちゃなんねえんだから」

 「うし、それならしょうがないからゆにこが適当に選んで老人共を抹殺してくるです。そうすれば、お給料の上がった昭彦が遊びにつれていってくれるはずです」


 なんだか話がどんどんと変な方向に向かっていく。


 「あのな、昔からお年寄りは大切にしなくちゃなんないと……」

 「今のじじばばに大切にする必要のある人間なんてそうそういねーですよ。高度経済成長期に悠々自適の生活送りつつ、国債で公共工事増やして財源を逼迫させまくったくせに経済的余裕を求めて小子化家庭を築いて、教育がめんどいからってゆとり教育とか言って教育放棄、挙げ句自分たちが年くって来ると高齢者福祉を厚くするだけ厚くして、若い世代に自分たちが楽したツケを残すだけ残して知らん顔してるです。もそっとしたら中国に吸われて真っ先に民族粛正で血祭りにあげられるから別に今やっちゃっても全然問題ないです」

 「そうかー、ならしょうがねーなー、ってなるかアホ!」

 「あきひこぉ?退屈だからじじばば殺したいー!遊びに行くか、一緒にじじばば殺すかどっちかにしよ?」


 甘えた声で物騒なことをいいやがる。


 「わかったわかった、遊んでやるから無関係かつ哀れな老人達をいじめんな。んで、何して遊べばいいん?」

 「ゆにこがじじばばをバルカンを使ってグラウンドに集めてガソリンかけるから昭彦が火をつけて欲しいです。昭彦も昔、多分こういうことして遊んだことあるはずですよ!」

 「結局いたいけな老人を血祭りにあげるンじゃねーか!捕まえた沢ガニやワラジムシをライターで炙るのとは訳が違うんだぞ?」


 俺は眉根に皺を寄せると、なんかいいものはないか考え込む。 


 「……そういや大作がこったらモンくれたぞ」


 俺は鞄の中から大作がくれた携帯ゲーム機を出してゆにこに見せる。


 「おお!昭彦の家にも文明の利器が!」

 「なんでも過去をみれるタイムマシンだと」

 「カメラの出来損ないみたいなものだけど、この時代ではものっそいオーバーテクノロジーなものですね」

 「せっかくだから、これつかって遊んでみるか」

 「前の住人がどんな人だったのかみてみるですよ!」


 ゆにこがぽちぽちとゲーム機のボタンを押してカメラを向ける。

 四年ぐらい前の俺の部屋を映し出す。

 今とはタンスとかの場所が変わってるあたり、こいつが本物っぽく見える。


 「あ、なんか部屋の真ん中に布団が……」


 ゆにこがカメラを畳みに向けると、そこには半裸の男女が組み合ってお子様には見せられないことをしはじめるところだった。


 「おお!ぐっじょぶ!……じゃねえ!お子様は見ちゃいけません!畜生!音声再生機能はねえのか!っつか、カメラアングル悪いぃな。こっちか!こっち側から……」


 俺はゆにこから携帯ゲーム機を取り上げると自分だけで楽しむ。


 「見たい!見たい!これが人間の子作りって奴ですよね!交尾!交尾って奴ですか!」


 横からゆにこが取り返そうとするもんだから、間違ってボタンをおしちまう。


 「あー!あ、あー!日付すすんじまったよ!なんもなくなっちまった!」

 「えーと、何日に設定しましたっけね……ん?」


 畳み付近を映す画面に女のつま先だけが見える。


 「……あんだこれ?」

 「ちょこっと浮いてるですね」


 カメラを上に向けると、女の裸体をなぞり、天井付近で首にヒモを巻いてぷらぷらとぶら下がっていた。


 「……あじゃー、ごっつ死んでるですよコレ」


 俺はそっと携帯ゲームの電源を落とした。

 そして何事もなかったかのようにポケットにねじ込むと大きく溜息をついた。


 「さて、ゆにこ。なんかしてあそぼーぜ?」

 「軽く現実スルーしてるですよ」

 「……当たり前だよ。家賃が安いのはありがてえけどその理由をまざまざと見たくはねえのが普通だろが」


 俺はげんなりしながら、天井を見上げた。


 「あ、そだ。面白い遊びおもいついたですよ」

 「んあ?」

 「志乃に昭彦が電話かけるです。『愛してる、つんぽこたまらん!』って」

 「やだぞ。あいつなら泊まり道具持ってぶっ飛んで来る」

 「あたし声真似うまいから本当に来るかどうかやってみるですよ」


 ゆにこの角がほんの少し伸びて電話のプッシュ音が鳴る。


 『もしもし?志乃?愛してる、つんぽこたまらんじゃー』

 「似てね……何ソレ!なんで俺の声で喋ってン?」

 「今までの昭彦の声を録音しててサンプリングパターンから作った合成音声だから全く同じですよ。カセットテープみたいな古代遺物でもできることです」


 ゆにこがそう言った矢先だ。


 「昭彦ッ!結婚しようっ!」

 「うわ早っ!」


 ドアが壊れるんじゃねえかと心配するぐらい酷い勢いで志乃の奴が現れた。


 「おー、本当に来たですよ」

 「昭彦、まさかお前の方から私の事を求めてくれるとは思わなかった。私ならいつでも覚悟はできている。いや、お前から来るのをずっと心待ちにしていたといってもいい!学生の身分でも構うものか!今すぐ一緒になろう!」

 「痛ぇぇ!」


 志乃の細い両腕ががっちりと俺の身体をホールドし、みしみしと背骨の軋む音がする。


 「お前と共にする苦労であればどんなことでも耐えられる。むしろ、苦労が大きければ大きいほど……愛を、確かめられる」

 「クロークっ!それ苦労違うクロークっ!俺が今中身出そうだって確かめてくりゃー!……げぇぇぇっ!」


 俺は胃の中の空気が逆流して人間のものとは思えない奇声を発していた。

 俺は志乃に押し倒され、その場に組み伏せられると、顔を背けて逃げだそうとしたが志乃の細い手が俺の顎をとらえてがっちりと真正面を向かされる。

 どこか熱っぽい潤んだ瞳を向けられてもガチで喜べない。


 「……昭彦、死ぬまで一緒に居よう」

 「死ぬときくらい一人で死なせて欲しいわボケっ!っつか、ゆにこっ!見てないで助けろっ!」


 ゆにこは部屋の隅でじぃっと俺と志乃の絡みを見ながら急にカクカクとロボットっぽい動きをする。


 「ゴシュジンサマノシアワセニ、ワタクシメ、カンドーシテオリマス。ザマーミサラセ♪」

 「おめぇこのっ!……ああ、そうか。そういうことすんなら俺にも考えがあっかんな!志乃、早まるなっ!この狂言は奴がやったことだ!俺の音声を録音してそれで合成音声でお前に電話したって言ってた!」

 「あー!あー!昭彦っ!ずるい!矛先を私に向けたですよ!」


 急に冷静さを取り戻した志乃の瞳が俺からゆにこに向けられる。


 「……貴様の脳内メモリーを渡してもらおうか。私の携帯の着信音にさせて貰うっ!」


 志乃がゆにこに飛びかかり、頭を無理矢理割ろうとする。


 「痛い痛い痛いっ!頭が壊れる壊れるっ!にぎゃあああ!」

 「頭ぐらい壊れてもカスタマーセンターに注文すれば新しいパーツが来る!なんなら接着剤でくっつけてやる。だから寄越せ!」

 「私はプラモデルじゃにゃーですよ!未来から来たターミーネッタですよー!」

 「おう、志乃。もうその辺にしとけ。壊れたらそれ粗大ゴミ扱いだろ?市役所までシール買いに行くの面倒臭いから」


 志乃は泣き伏せてるゆにこの耳の穴に未練たらしく指を突っ込んだりしていたが、大きく溜息をついて俺を睨み付けた。


 「……全く、貴様達は度し難いな。イタズラにしては不謹慎だ」

 「昔、人の尻の穴に鉄パイプ刺して大量の爆竹を腹の中で破裂させておいてイタズラとかのたまったお前に言われたくはねーがな」

 「私にやるなら性的なイタズラをしろ!」

 「後に引けなくなるから絶対いやじゃ」


 ふんふんと鼻息荒く迫ってくる志乃の額を押し下げ、俺はゆにこを睨み付ける。


 「ゆにこ、おめーが余計なことすっから面倒臭い奴が来ちまったじゃねえか」

 「本当に来るとは思わなかったですよ」

 「面胴臭いとはなんだ。昭彦の家に来るのだから、部活での汗はきちんと流しているに決まっているだろう。ましてや、その……しょ、初夜のツモリで覚悟を決めたのだからな!」

 「それにしたって早すぎだぁじゃ」

 「いつだって、即時即応できるように覚悟と準備は済ませているのだ」


 自信満面に答える志乃に俺とゆにこはげんなりする。


 「まあ、いいや。久しぶりに仕事も無くてゆっくりできるから、大作でも呼んでファミコンで遊ぶかや」

 「ふむ、大作ならば所用が立て込んで来られぬと言っていたな?」

 「いつ聞いたんだ?」

 「遅かれ早かれ、バイトの無い暇な日は退屈に耐えられなくなればいつも大作を呼んだり私が行ったりしていただろう。私が呼ばれれば、おそらく大作も呼ばれるだろうから聞いておいてやったのだ」

 「なんでそんなことをすんだよ」

 「献立を考えるのも楽じゃないのだぞ?」


 志乃はそう言って冷蔵庫を開く。


 「ああ、そうだ。また一つ、頼まれ物を受け取った。お前に渡しておいて欲しいとな」


 志乃は素っ気なく茶封筒を俺に渡すと、勝手知ったる他人の家、冷蔵庫の中の物を台所にあげておさんどんをはじめる。


 「エロピンナップの類じゃねえだろうなぁ……」

 「私はチェックしていない。わざわざ封筒で寄越すくらいだ。知られたくはないのだろう」

 「ふむ」


 俺は眉根に皺を寄せてその封筒を受け取る。

 一瞬、考えた。

 考えることには考えたが、封筒をそのまま開けてしまった。


 「なーんでーすかー?それー………おお?」


 ゆにこが横から覗き込み首を傾げる。


 「遊園地のチケットじゃねえか……三枚?」

 「うやったー!明日は土曜日で学校もお仕事も休みだから遊びに連れてってもらえるですー!」


 おそらく、そういうことではあるんだろう。

 俺の理解力を知り尽くしている天才、楠大作ならではの配慮といえる。

 だが、俺はその遊園地の住所を見て、ぐっと背中を丸めるしかなかった。


 「あきひこー!遊園地ですよ遊園地!くっだらない乗り物に大の大人が乗ってわーだのきゃーだの言ってるアホ臭い光景を見にいけるですよっ!動物園で見に来ている人間を檻の中からバカにした目で見てる動物どもを見るよりもっと面白いですよ!」


 はしゃぎまわるゆにこに俺は大きな溜息をつきながら志乃を見た。

 志乃はいつもどおり、喧噪には構わず淡々とおさんどんを続ける。


 「……志乃、すまねえけど明日の分の弁当こさえちゃくんねえか?」

 「私の分も入れていいのだな?」

 「構わねえよ」


 俺はそれだけ言うと、ブルゾンのポケットにチケットをねじ込むとファミコンを引っ張り出す。


 「こんばんわ。ご相伴にあずかりに来ました」


 しんみりした俺の気持ちをぶっ飛ばすかのように厄介なのがもう一人俺の家にノックもせずにやってきた。


 「おう、ほたて。お前さんまで呼んだツモリはねえぞ?」

 「つれないですねマスター。大作氏がこちらに来ることができないので私がお伺いするように仰せつかりました。お暇をしている昭彦さんの相手をしてやって欲しいと」

 「誰も彼も俺が仕事してなけりゃ暇してると思いやがって。これでも忙しい身分なんだぞ?」

 「なら、ご用件を仰って下さいな?私めが片付けて差し上げます。もっとも、私が手伝うようなご用件など、もとから無いような状況ですけどね?」


 ほたてはにっこりと笑うと皮肉を飛ばしてきやがった。


 「未来のロボットに皮肉なんて教えたのはどこのどいつなんだか……」


 俺は顔を逸らして悪態をつくと、部屋の隅でガムテープの芯に乗って遊んでいるぷちこのところに座り込む。

 六畳間に二人と二体が入ると最早、身動きが取れないくらい狭いのだ。


 「ほたてー!明日、遊園地に連れてってもらえることになったですよ!えっへへー♪」

 「あら、それは羨ましいですね。とはいえ、私もご同道する形になるとは思いますが」

 「チケットは三枚ですよ?私と志乃と昭彦の分」

 「護衛任務の命令が生きておりますので適度に認識を操作して入園いたします。大作氏が認識制御の実働状況を知りたいと仰るので」


 俺は眉根に皺を寄せる。


 「……おいおい、いいのかよ。お前さん達はオーバーテクノロジーだとかなんとかでこの時代に知れ渡っちゃいけないんじゃなかったのか?」

 「それは公然性のある機関で収集がつかなくなる限度で、認識操作が可能な範疇での接触は許されております。それに、大作氏の立てた理論から私たちが完成するにはその理論を実現させるまでに長い年月がかかります。事象収斂現象の対象外でもあるので許容の範囲ではあります」

 「タイムマシンみたいなものまで作っててもか?」

 「それを使用して歴史的事件をマスターや大作氏が引き起こす可能性は限りなくゼロに近く、その程度であれば若干の次元振幅が起こる程度なので問題ありません」

 「要するに、多少もとの時間とは進み方は違うけど全然おっけーな範囲ですよってことです」


 難解なほたての説明を分かり易く説明してくれるが、なんのことを言ってるのかよくわからん。だが、大丈夫だということはわかった。


「……こんな大所帯で遊園地行くとか想定になかったわー」

 「男性の方であれば多くの女性に囲まれていらっしゃる状態はもはや願望に近いのではないのですか?」

 「うち二つは性別不詳というか人間じゃねえし、志乃についてはトラウマしかねえからときめかねーよ。あーあ、どっかに俺のときめき落ちてねーかな」

 「けーさつにとどいてるかもしんないですよ?」

 「拾ってきた人に一割ときめかせてやっから届いてねーもんかぬ」


 俺はくだらんことをくっちゃべりながら手のひらの上でぷちこを転がす。

 ぷちこはころころと俺の手の中を転がると、腕をよじのぼって頭の上に立つ。


 「しかしまぁ、科学の粋を凝らした機械を連れて遊園地に行くとかぶっちゃけ気乗りせんなぁ」


 気が重い俺としては遠回しに行きたくないというアピールをしてみる。


 「科学とはまた歴史的な呼称ですね。私たちの製造ノウハウは、あえて現代の日本語に翻訳するなら『学』という概念で呼ばれています」


 ほたてが少し不満そうに訴えた。


 「なんぞ違うのか?」


尻馬に乗ったのはゆにこだった。


 「全然違うですよ!科学っていうのは色んな学科があって、それらを総合した学問のことを言うです。つまり、科学では取り扱わない分野がいっぱいあるです。だけど、未来だと本来扱わない分野も全部ひっくるめて研究するから科学の科だけひっこぬいて学っていうですよ」

 「よくわからん」

 「バカの昭彦にでもわかるように説明してあげるですよ。今の時代、オカルトと呼ばれている現象や事象も真面目に突き詰めると、いつかは科学と同じ境界線に並ぶですよ。それらをないがしろにできなくなって科学というものの権威がすたれると総合的な学問として学と呼ばれるです」

 「えーと、なんだ、よくわからん!」

 「つーまーりー!禅の観念とか、古代宗教の観念の一部は本当のことだからがっつり勉強しなくちゃいけなかった!ってのに気がついて、科学オンリーじゃなんでもかんでも説明つかなくなったですよ。知ってるですか?UFOやフライフィッシュとこの時代で呼ばれている存在が実は高位次元振幅の発する上昇位階における残留存在だって」

 「……更衣室新聞がハッスル常時かゆいにおいの三流総菜がなんだって?フライ?フライフィッシュ?なんだ、アジフライの幼馴染みとかなんかなのか?」

 「アジフライの幼馴染みはシャケフライですよ。それは譲らないです。本当にバカだなー昭彦は。よーするにですよ?科学だけじゃなく、今の時代だと魔法とも思えるスーパーパワーでもって私たちは作られてるですよ」

「へぇー……今のは分かり易かった」


 ゆにこが胸を張るが、その横でほたてがげんなりとした顔をしていた。


 「……こんなに理解力の乏しい方がマスターだなんて少しショックです」

 「おっぱいでかいからってバカにしてるだろ?俺だって人並みの理解力くらいはあんだぞ?」

 「どのように理解されたのですか?」

 「そのー、あのー、お前達がいわゆるなんだ。ガソリンだけじゃなくて、電気とか、核融合炉じゃなくて夢とか、希望とかもちょっと混じってるとかそんな話だろ?」

 「……ゆにこさん、昭彦さんを殺してもいいと思います」


 ゆにこはやれやれと肩をすくめると哀れな生き物を見るような目で俺を見やがった。


 「まぁ、昭彦はこの時代の国民的アニメののび太君ぐらいダメダメちゃんだから、一緒に居るとなると優しく見守ってやるくらいのロジカリティキャパシティがないとダメです」

 「うるせえよ。たいして役に立たない残念ドラえもんみたいな居候のくせに。押し入れに住んでるところなんかも一緒じゃねえか」

 「私は押し入れの下の段に住んでるですよーだ。地震が来ても安心ですしー?それに、あんな奇っ怪な地蔵型ロボと一緒にしないで欲しいです!ネコ型ロボットのくせに耳が無いとかちゃんちゃらおっかしいじゃないですかアレ!ねずみにかじられて壊れる耳とかどんな素材使ってるのか知りたい上に、それっくらい修理する技術もねーのか二二世紀って話です!あんなもん現代でも修復可能なレベルですよ」


 言われてみりゃ、そうだよな。


 「……お前達、私と昭彦の愛の巣で騒々しく騒ぐな。エサをこさえたからそこをどけ、ちゃぶ台が出せん」


 志乃はエプロンをつけたままほたてとゆにこの頭をおたまで軽く叩くと、壁に立てかけられたちゃぶ台を広げる。


 「ごっはん♪ごっはん♪ごっはん♪ごっはん♪」


 ゆにこが上機嫌でちゃぶ台の前に座り、唄いながら身体を左右に揺らす。


 「あら、私の分まであるなんて嬉しいですね。たまには経口摂取をしないと生体パーツが傷みますからね」


 さっそく行儀悪く手を伸ばし掛けたほたてを志乃の手が叩く。


 「いただきますはみんなで一緒にするのがここのルールだ」

 「まあ、食べられるうちに食べるのが生存原理であるはずなのに……」


 俺は苦笑すると、志乃の配膳を手伝うことにした。


 「俺のじっちゃんとこのルールだよ。畜生だったらそれでいいかもしんねえけど、なんでかな?俺達ぁ人間だかんな」


 ゆにこは俺の方をじっと見つめながらおずおずと尋ねた。


 「……私たちは人間じゃないですよ?」

 「人と同じナリしてるだろうが」

 「……でも、概念的にはモノです。ちゃぶ台やご飯茶碗と一緒のモノですよ?」

 「モノを大事にしねえ奴にロクな奴ぁいねえよ」

 「……壊れたモノは捨てられるです。それでも、大事にできるですか?」


 どことなく真摯な瞳を向けてくるゆにこに俺は一瞬答えるのを躊躇う。

 こいつに情けをかけるべきか、どうか。

 いずれは俺を殺してここから出て行く奴に、どこまでしてやるべきか。


 「お前さんが居た未来ってのは、いい未来なんだろうよ」

 「ふえ?」

 「泣いたり笑ったり、人の心配したりできるロボットが居るっつーことは今の時代みたいな、どんだけ余裕があってもてめえさえ良ければいいって連中ばっかりじゃなくて、人の痛みがわかる奴が少なくとも多いんだろうさ」

 「……ゆにこにはわかんないです。でも、あきひこぉ。モノは要らなくなったら捨てられるですよ?最後の最後まで使われて、使えないってなったら、捨てられるですよ?」


 ああ、そうか。

 未来から捨てられて、自分をぶっ壊してまで俺を殺せってせっつかれてたんだっけな。

 こいつは。

 俺は大きく溜息をつくと、少しおどけて言ってみせた。


 「この時代にゃあリサイクルって言葉があんだよ。捨てられたモンでも拾って使う奴だっているってこった。ホレ、うだうだ言ってねえで飯喰うぞ飯」


 俺はぐしぐしとゆにこの頭を撫でてやると、この野郎、あろうことか俺の手のひらに噛みつきやがった。


 「痛ぇっ!何しやがんだ!」

 「ご飯かと思って食べたですよ!昭彦のバーカ!……志乃ぉ!今日のおかずなーにー?」

 「アジフライだ。嫁はキャベツの千切り」






 週末になってハッスルするのは子供の特権である。


 「昭彦!早く起きるですよっ!今日は遊園地に行く日ですよ!うやほー!がおー!わおっふやー!」


 ゆにこの奴が俺の布団の上でぷちこと一緒に跳ね回るモンだから寝られやしねえ。


 「うるっせえなぁ……まだ六時じゃねえか。もそっと寝かしてくれよ」

 「いつもは二時に起きてお風呂入ってるじゃないですか!それより四時間は多く寝てるです!人間の平均睡眠時間は明らかに超えてるから大丈夫ですよ!」

 「いつも寝られないんだから今日くらいゆっくり寝させてくれよ」

 「うー……志乃が居ればあっちゅう間に起きるですのに……」


 そういや今日は志乃が来ない。

 珍しく待ち合わせをするという話だもんだからゆっくり寝られるっちゃ寝られる。

だが、しかし、その分ゆにこがうるせえ。


 「そうだ!あきひこぉ?起きないとエッチぃいたずらするですよぉ?」

 「朝立ちする元気も無くなったわ。そこにテレビがあるからテレビといちゃいちゃしてろよ鬱陶しい」

 「ダイヤル式テレビのチャンネルでもいやらしく回すですか?」

 「気持ちよくなったら番組とか映すんじゃねえの?俺はまだ寝るから優しく扱ってやれよー?」

 「ぐっとこにゃーですよ!……そういうことするならこーしてやるですっ!」


 ゆにこが布団の中に潜り込んできやがった。

 背中を向ける俺にしがみつくと、俺の首の後ろから唇を這わせる。

 ゾクリと寒気がすると同時に角が後頭部に刺さって痛ぇ痛ぇ。


 「気持ち悪ぃな。お前の唾つくからやめろよ。お前の唾、乾くと砂っぽいの混じってんだよ」

 「……センサー起動、昭彦の性感帯をチェック……把握完了。くっふふふふふ!」


 ゆにこのちんまい手が俺の身体をまさぐる       。

 脇だとかうなじだとかを撫で回すもんだからこそばゆい。


 「くすぐってえからやめえや」

 「うふふ。感じてるですかぁ?この私のテクニックをもってして」

 「そったらことされても朝立ちせんわ」


 ゆにこの足を掴むと起き上がり逆さまに吊す。


 「わ、わ、わー!」

 「普段朝寝てねーから朝は寝てーんだわ。頼むっから寝かせてくれ」

 「でも!でも!今日はお出かけですよ!一杯準備するものがあるから昭彦も一緒に準備するですよ!」


 ゆにこは朝からテンションが高い。

 まあ、俺もばばと一緒に遊びに行くって時はテンション高かったっちゃ高かったがもそっと落ち着いてたような気がしたもんだがね。


 「おめー、もそっと遠慮ってのを覚えろよ。曲がりなりにも俺を殺しに来たんだろ?それならもそっと自覚ってモンを……」


 言いながら思い出せば、俺はじじいとばばあに遠慮してたのかもしれない。


 「……どうしたですか?」

 「うにゃ、うん。まあ、テンション高くてもしょうがねえよなって思っただけだ」

 「う……」


 俺はゆにこの頭をぐしぐしと撫で回すと、欠伸を噛み殺し大きく伸びをした。

 はっきりしない頭を覚ますため台所で顔を洗うことにした。


 「昭彦?……ね、眠かったら寝ててもいいですよ?」

 「はぁ?遊びに行くんだろ?準備すんなら寝てらんねえだろ」

 「でも、普段朝寝てないから……あ、そだ!私が添い寝したげるですよ!」

 「アホか。おめーもアホなこと言ってねえでさっさと着替えねえか。志乃の前で奈美ちゃんの服着てると志乃がうっせえぞ」

 「え……」


 ゆにこがクローゼットの中を見ると、前にほたてとの喧嘩でボロボロになった服が綺麗に装飾されて元通り以上に可愛くなってハンガーに引っかかってあった。


 「昭彦、これ」

 「おめーの一張羅だかんな。大切にせえよ」

 「……あきひこぉ?眠かったのって……直してくれたからですか?」


 俺は顔をばしゃばしゃと水で洗い、タオルで顔を拭きながら渋い顔をつくる。


 「知らねえよ……それよっか歯ぁ磨いたのか?」


 ゆにこは服を胸元に抱えたまま、もぞもぞとしながら俺の方を見上げる。


「……えと……その……ごめんなさいです」

 「ハンカチとちり紙忘れンなよ?向こうでウンコしてトイレに紙が無かったら最悪だかんな。おめー糸ウンコだけじゃなくて本物のウンコまでぶらぶらつけて歩き回ったら恥ずかしいんだぞ?」

 「っ!糸ウンコ言うなですっ!それに私たちが廃棄してるのは体内で精製されたエネルギーの次元廃材ですっ!昭彦のきったないウンコよりエコですし!」


 ゆにこの小さな手が俺の尻をパンチしてくるが、俺はゆにこのツラに尻をぶつけてよろめかせてやるとさっさとブルゾンに袖を通した。


 「さてま、行くとすっかね。志乃の奴も約束前二時間くらいから待ってるだろーしな」

 「昭彦、歯ぁ磨いてないです」






 天気は晴れども気分は憂鬱ってな?

 鬱屈した気持ちのまま、状況に流されるのはいつだって変わらない。


 「……どうしたですか?昭彦のヴァイタルパターンがいつもと違うですよ?」

 「俺も楽しみだからハイテンションだじゃー」


 ゆにこにまで心配されるようじゃあ、俺もヤキが回ったかね。


 「……それにしてはエンドルフィンの分泌が少ないです。逆にコルチゾールの分泌が確認されてるですよ。心的ストレスでも感じてるですか?」

 「コルチゾールか。洗顔フォーム使ってないからだろ?」

 「ニキビじゃにゃーですよ。そもそも昭彦はニキビが出るようなもの食べられない貧乏性健康優良児じゃにゃーですか」

 「バカにすんな、昔、レストランで喰ったことあるぞコルチゾール」

 「経口摂取するものではないと思うですがそんなもの体内に摂取したら海馬が萎縮してしまうですよ」

 「海馬は知ってるぞ。あれだろ?ちんちんだろ?萎縮って小さくなることだろ?それは困るなぁ……」

 「アホです。それは海綿体ですよ。萎縮どころか万力で挟まれて潰されてしまうといいです」

 「昔、志乃にそれやられたことある。『さん、にぃ、いち、がっきーんっ!』って」

 「よく平気だったですね」

 「ハンドルに蹴り入れやがってよ?血がどばーって出た。どばーって」


 くだらねえことをくっちゃべってるうちに俺達は地下鉄の駅の入り口につく。

 そこには妙にめかしこんでそわそわしている志乃が居た。

 可愛らしい腕時計をチラチラと気にしながら、重そうにバスケットをぶら下げている。

 いつものペアルックではなく、今日は目一杯めかしこんできたらしい。


 「いつもの志乃じゃないです。あれは恋する乙女モードです」

 「俺のちんちんに酷いことした奴と同一人物だかんな?そこ忘れンなよ」

 「大丈夫です。私の尻にも酷いことしてますです」


 俺とゆにこは股ぐらを抑えながら身震いするとゆっくりと志乃に近づいた。

 俺達が近づいたことに気がつくと志乃はぱっと笑顔になるが、すぐさまいつものような仏頂面を作ると溜息をついた。


 「……今日は寝坊をしなかったようだな?」

 「お前が来ないと思ってゆっくりできるかと思ったら、うちにやかましいのが一匹いやがりおったからぬ」

 「匹ってなんですか!ぷちこならともかく、私はせめて一体、とか、一機、とか、一ネッタ!って数えて欲しいです」

 「どういう自己主張してんだお前は……ところでほたては?」

 「見つからないように来るそうだ。それが大作からのオーダーでもあるらしい」

 「そうかぬ」


 俺はほたてを探してあたりを見回してみるが、志乃が頬に手を当て俺の首の動きを止める。


 「……どーしたん?」


 俺は志乃の意味不明な行動に眉を潜める。

 志乃はどこか不満そうに俺をじぃっと見上げるが、何でそんな顔をされるのか心当たりが全く無い。


 「……やはり、か」

 「だからどーしたん?」


 隣でゆにこが大きな溜息をつく。


 「はぁ……昭彦にそんなの求めても無駄ですよ」


 何を言ってんだコイツ。


 「いや、わかってはいたのだ。だけど、万が一、ほんの僅かな希望を持つことはこの場合、許されるとは思うのだ。ゆにこ、理解はしてくれるな?」

 「わかりやすいぐらいにわかるです。でも、昭彦ですし」


 ゆにこと志乃が俺の顔を見て大きな溜息をつく。


 「なーなーは!一体お前ら俺に何求めてンの?わっかんねえんだけど?何その俺をバカにした態度。俺、なんかしたん?あ、わかった。携帯あれば楽だったとかそんな話だろ?俺、携帯持つのやだかんな!あれ金かかるし」

 「誰も人間シーラカンスの昭彦に携帯持ってもらおうとは思わないです」

 「じゃああれか?俺の顔が不細工とかそんな話か?」

 「それは毎日飽きる程見てるから知ってるです」

 「はしゃいでるゆにこがバカそうにしてたからこっそり後ろから鼻糞つけてやったこと?」

 「そうじゃないで……子供ですか!汚いなーもー!そーじゃないですってば!」

 「わかった。トイレだろ?行ってこいよ早く。気がつかなくて悪かったってば」

 「なめんなし!本当は四年ぐらいトイレいかなくても大丈夫だかんな!もー昭彦喋るな!全ッ然ッダメダメです!乙女がなんたるかをまるで理解してないです!」


 ゆにこが俺の腹にグーパン入れるとバカにした目つきで見上げる。


 「いいですかー?志乃っちは昭彦に可愛く見られたくていっしょーけんめーめかしこんできたです。それを、昭彦はガンスルーしたモンですから軽く凹んでるですよ!昭彦が今日の服可愛いなとか、いつもと雰囲気違うねとか言ってくれるのを待ってたですよ!」

 「待たないで聞けばいいでかそんなこと!俺、そんな理由でバカにされてたん?」

 「私だって今日はカスタマイズされたおよーふくですよ!ちょっとは色っぽくなったねーとか、ゆにこが世界で一番可愛いよとか本当は言って欲しかったです!戦闘用ターミーネッタにこんなこといちいち言わせんな恥ずかしい!」

 「そんなこといちいち言う俺が恥ずかしいわ。アホか」


 志乃は大きな溜息をつくとゆにこの頭をぽんぽんと叩く。


 「……ゆにこ、すまないな。だが、これが昭彦なんだ」

 「ダンプに跳ねられて死ねばいいですよ。志乃、行くですよ。昭彦のバカ放っておいて」


 俺はなんか釈然としないものを感じる。


 「なんで俺、未来から来た殺戮マッスィーンに乙女心がどうとか言われにゃならんの?」






 俺達は地下鉄からバスに乗り継ぎ、遊園地へと向かう。

 子供と一緒に乗るとこれが大変なのな。

 地下鉄に乗れば、


 「とうっ!」

 「他の人の迷惑になるから吊革にぶら下がるのやめよーな」


 バスに乗れば、


 「ねーねー!あきひこアレ押したい!ぴんぽーん!ってやりたい!あそこの子供が押す前にぴんぽーん!って鳴らしてがっかりさせてあげたーい!」

 「大きな声出すんじゃありません。もそっと未来のエリート機械の自覚持とうぜ?」


 ガキのようにはしゃぎ回るゆにこを追いかけ回すのに大変だ。

 暴れないように俺の膝の上に座らせてシートに固定すると途端にぶつくさいいだす。


 「だってぇ、これだったら自分で飛んだ方がはやいですよ。化石燃料を燃やして車輪回して走行するとか、いつの時代の話ですか?」

 「お前にとっちゃ過去かもしんねえけど俺にとっちゃ現代なの。バス代電車代だってバカにならないんだからな?」

 「時間は有限ですよ!途中下車して飛んでいくです。あ、なんなら空間ひん曲げるですか?」


 なんつーか、もうちゃっちゃと遊びに行きたいオーラで一杯なのがわかる。

 だから、俺は意地悪く笑ってやった。


 「まだまだだぬ。こう、目的地につくまでのこうわくわくする瞬間が一番楽しいんだぞ?それがわからぬようではこの時代の風流を身につけたとは言えんなぁ」

 「最小の労力で最大の効果を得るのが効率という奴ですよ。ターミーネッタは常に効率を重視するです」

 「最大効率を求めるとかいいながらに吊革にぶら下がったり、バスのボタンを押したがったり最大無駄効率の極みじゃねえか」

 「最大効率で時間を浪費してるですー♪」


 となりで志乃が苦笑するように笑った。


 「……素直なのだな、ゆにこは」


 くしゃりと志乃に頭を撫でられ、ゆにこは警戒する。


 「なんか、志乃にこういうことされると少しおっかにゃーです」

 「敵意の無い者に敵意を向けるものか。こうしてみると、お前も可愛いものだな」

 「ばっ!……可愛いっていうなです!これでも大量破壊を目的としたターミーネッタなんです!」

 「そうか、それは悪かったな」


 どこか寂しげな笑みを浮かべる志乃から目を逸らし、俺は大きく溜息をついた。

 やがてバスが遊園地についたところでゆにこのテンションは最高潮に達した。


 「うやほー!着いたー!」


 弾丸のように飛び出していくゆにこの後ろをのろのろと歩く俺の後ろを志乃がバスケットを抱えてゆっくりとついてくる。

 俺はポケットの中をまさぐりチケットを探すが、固い感触にまた大きな溜息をついた。

 入り口の側に、よく見ればほたてが立っていてこっちを見て微笑んでいた。


 「しょうがあるめえさ」


 俺は自分に言い聞かすようにしてチケットを手に入り口の門を潜った。






 「ぜんっぜん遅い!さすが古代の娯楽施設です!ジェットコースターとかはじめて乗ったですけど車輪でただ坂を登ったり下りたりするだけの単純な乗り物であれだけわーきゃー言えるこの時代の人間の感性がすばらしくお粗末で楽しかったです!……次、アレいくですよ!アレ!」


 がっつり楽しみまくってるゆにこに付き合う俺はもうヘトヘトだったりする。


 「あのな、俺はこの時代の人間であってお前にとっちゃ古くさい乗り物でもけっこう疲れちゃったりするんだが」

 「鍛え方が足りないです!足りない分はその場のノリと勢いというテンションで乗り切るですよ!」

 「よもやロボットに精神論を説かれるとは思わなかった」


 俺は軽い目眩を覚えてベンチにへたり込むと、大きく空を仰いだ。


 「アレいってみたいです!ホラーハウス!なんかおっかないって話ですけどどんだけおっかないか見てから笑ってやるですよ!」

 「志乃、俺が昼飯を見ててやっからゆにこと一緒に行ってやってくんねえか?」

 「できれば私が昭彦と一緒に入りたい。公然とした理由で昭彦に抱きつきたい」

 「次の機会があればな」

 「絶対だぞ?つかまえたら離さないからな?」


 皮肉を交えた断りなんだが志乃はにんまりと笑うとゆにこの後を追った。

 誰も居なくなったところで、俺は空を見上げる。

 周囲の喧噪がやけにやかましく、高い空がどうにも憎らしげに見えちまう。


 「なあ、ほたて」

 「……周囲の認識は消しているはずですが」

 「居るって話だろ?なら、居るんだろ」


 いつの間にか、俺の隣に座っていたほたてが無表情で真正面を見つめていた。

 俺は自分でもわかるほど疲れながら吐き出した。


 「知ってるか?陰惨な記憶でも空ってのは青いんだぞ」

 「……我々はターミーネッタです。人間の細やかな感情の機微は情報として認識していますが、共感はあくまで反応としての行動です」

 「そういう反応するってこと自体、おめーさんがたにも感情があんだろうよ」


 俺はポケットから前に大作から借り受けたゲーム機を取り出す。


 「……私が大作氏から依頼されたオーダーはマスターがここでその装置を使用するのを確認すること。条件として装置を使用することを失念しているようであればそのように意識を方向づけること」

 「なあ、教えてくれ。俺の両親は本当に、死んだのか?」


 俺は、以外にすんなりとはき出せたことが不思議で、戸惑った。


 「質問の意図が理解しかねます」

 「俺の両親は今も生きているかって話だ」


 ほたての耳に緑の粒子が散り、メカメカしいアンテナが作られる。


 「……スキャニング。永峰昭彦の両親と推測されるDNAパターンは現在も生体反応を示しております」


 俺はぼんやりと空を見上げ、大きな溜息をついた。


 「そうかぁ」


 出てきた言葉がそれだけだったのに自分で驚く。

 手にした携帯ゲーム機を弄び、力を無くした身体の行き場所に困る。


 「……生体反応の確認できた場所をお伝えしましょうか?」


 俺は何も答えず携帯ゲーム機を宙に放った。


 「……うへへ」


 変な笑いしか浮かべることができなかった。

 泣いてるような笑ってるような。

 親父とお袋が死んだとずっと思ってた。

 だけど、どっかでそれがおかしいと思っていた。

 どこにもそんな新聞記事はなかったし、俺の周りだけが死んだ死んだと騒ぎ立てる。

 蒸発したって保険金ってのは降りるんだ。

 ガキの頃にゃあそんなことわかりもしなかったが、図体だけでなくてバカはバカなりに世の中のことも少し、わかるようにはなってしまった。

 だけど、なんだかね。

 擦り切れそうな毎日を必死に生きてくうちに、どうにもなってしまったらしい。

 疲れたんだろうな。


 「なあ、こいつぁ大作に返してくれ」


 俺は宙に放った携帯ゲーム機を手に取ると、そのまんまほたてに放った。

 ほたての前で緑の粒子に受け止められた携帯ゲーム機はくるくると回る。


 「……真実を知ろうとは思わないのですか?」

 「知ったところで、どうなる。俺の親父やお袋は戻ってくるのか?」

 「……可能性は、あります」

 「今も、どっかで生きてんだろう?」


 俺は震える声でそう尋ねた。


 「いまさら会ってどうしろってんだよ……きっと、新しい生活してんだろ?そんなところに、いまさら俺が行ってどうしろってんだよ」


 吐き出す声が震え、俺は目が熱くなる。

 ぎりぎりと食いしばった歯がきーんと響き、頭が痛くなる。


 「知らなければ、どうすることもできないと思います」

 「知ったところで!今の俺ぁ変わらねぇ!」


 俺は吠えていた。

 通りすがりの子供がびっくりして今にも泣き出しそうな顔をして逃げていった。


 「……本当に、それでいいんですか?」

 「どうしろってんだよ!いまさら親父やお袋に会って僕はあんた達の息子です?どうして俺を捨てたんですか?あんた達のせいで俺がどんな酷い目にあったか理解してるんですか?そう問い詰めろってのかよ?俺にそんな不様な真似ができるかよっ!」

 「ならば感情的になっている理由が判断できません。本心では両親を糾弾することにより、閉塞した現状がかける負荷を発散したいのではないのですか?あなたにはその権利がありますし、そうすべきです」

 「そんな生き方ができるなら、死んだ方がマシだっ!」

 「現状よりはるかに金銭的な余裕のある生活を送れ、かつ、今後の選択肢も増え、現状で得られる生活水準より遙かに高い生活水準を得ることも可能です。現在まで不足した肉親の関心も十分に得ることもできるはずです。人間が幼少期を過ごす環境でその後の人格や生活環境の多くを決定する中で、現状に留まり続けることは自らより高い水準での生活を放棄することと同義で、マスターの環境を鑑みるに推奨することはできません」

 「てめえが俺を決めれると思うな!」

 「理解できません。本来あるべき形に戻るだけで、これまでマスターに負担をかけ続けた環境的負荷から解放されるのに選択しない理由が理解できません。被虐趣味があるとも判断できません」


 吐き出す息が、熱かった。

 ほたてがようやく俺の方を向き、質問を投げかける。


 「……人は誰しも、幸福になれる権利がこの時代にはあるのですよ?」


 俺はじっと背中を丸め、ぐっと目を細め、歯を食いしばって吐き出すように告げた。


 「自分の評価は他人が決める。生き方は環境が決める。確かに、その通りだ。このまま学校に行ったって遊ぶ暇もなけりゃロクな仕事につける未来もねえ。親父やお袋に恨み言の一つでも言えばなんとかなるのかもしれねえよ。だがな?そいつは俺が唯一、誰にも、何にも譲らせなかった一つを奪われることになる。そうなればここに居る俺は俺でなくなって、ただの糞の詰まった肉袋に成り下がるだけだ」

 「理解できません」

 「生き方じゃねえ、生き様だ」


 ほたてがはじめて表情らしい表情を見せた。


 「……覚えておけよ?世の中ってのは平等じゃねえ。人間ってのは自分の生き方すらお前さんの言うとおり環境で決められちまう。だけど、その中で唯一、自由に選べるものがある。そいつがてめえの生き様だ」


 吐き出す俺の声は熱で震えていた。


 「自分が生きているうちの生き様はずっと自分で見つめ続けなきゃならねえ。そいつに目をつむった瞬間、そこに居るのは生き方に従って飯喰って糞ひって寝転がるだけの肉袋に成り下がるんだ。プログラムに従う機械人形のてめえらと一緒だ。俺ぁ、人間だ。人間である以上、御免だよ。そんな生き様」


 ほたては小さく溜息をつくと続けた。


 「理解できません。それが、どうしてご両親に自分の存在を打ち明けることを否定することに繋がるのでしょうか?」


 俺はようやく苦笑した。


 「苦労はしたさ。泣きもした。だけど、それもひっくるめて全部俺のモンだ。親父やお袋に会ったってそれは変わりはしない。なら、いまさら会ってもどうしょうもねえ。それなら一人前の男になってから会ってやる。それが永峰昭彦だ」

 「……本当に理解できません」

 「俺の友人に楠大作って奴が居る。奴の生き方は誰もが羨む生き方だ。金もあるし、未来も開けている。だが、そのレールに乗って生きることは自分が糞の詰まった肉袋のまま生かされているのと同じだった。だからといってガキのようにワガママを言っても、所詮、それは自分が裕福であるという環境に甘えた不様なものだと知っていた。楠大作はそれならば自分が自分であるために天才という生き様を選んだんだ。そうしなければ生きていることを満足できなかったからだ。俺は俺の生き様を生きる、あいつはあいつの生き様を生きる。俺と大作は全然違うけど、根っこのどこかで悲しいくらいに似てんだよ。本当に自分でも思うぜ?バカだってな」


 ほたては驚いたような表情で俺を見ていた。

 俺は何を説明していいのかわからなくなったから、人生を鼻で笑う。


 「……幸せの価値はてめえが決めるモンだ。権利があるから幸せになるんじゃない」


 俺はそこまで言うと、少し吹っ切れて吐き出す息がどこか軽くなった。

 どこか陰鬱だった景色が明るくなった気がした。

 ほたてはどうやら納得したようだ。


 「……ご両親に会われない理由については理解できた気がします。ですが、ご両親が何故、マスターの前から姿を消したのか。その理由を知りたいとは思わないのですか?」

 「思わない」

 「知るべきです。その理由が……」


 まだ何か言いたげなほたてを遮り、俺は立ち上がる。


 「それ以上は野暮だぜ?」


 どがんと爆発が広がった。

 相変わらず空は綺麗なままだがね。

 気がつきゃ、お化け屋敷が煙を噴いてやがった。

 避難をはじめる人たちに紛れてゆにこのバカが機関銃を掲げて申し訳なさそうに歩いてきた。


 「おう、歩く非常識。その物騒なモンなんだ?」

 「ガ、ガトリングガンです。ミニエー式小銃が出てくるころから拠点防衛用に運用され始めましたが、私の場合、このくらいのサイズが一番取り回しやすいです」

 「はい、よくわかりました。俺が聞きたいのがそんなことでもねーことくらいよくわかりましてるべーな?」

 「あ、アンブッシュしてた敵性存在に対して攻撃しただけですよ!ぜ、絶対あれは私を殺す気でした!だからせいとーぼーえーってやつですよ!」

 「あきらかに過剰防衛じゃねえか。おら、その物騒なモンしまえしまえ。どっか別の場所にズラかんぞ?」

 「え?あ、うぇ?」

 「喧嘩の鉄則!やったら素早くズラかれ!」


 俺はゆにこの手を引いてさっさとその場所から突っ走って逃げることにした。






 ホラーハウスでの発砲はどうやら事故ってことになったらしい。

 幸い人死にがなかったことから大事なかったものの俺はゆにこを縛り上げると吊し上げて空中ブランコにぶら下げてみたりした。


 「……よう?楽しんでるか?」

 「昭彦のほーがホラーハウスの怪物なんかよりよっぽどおっかなぁ………ああぁぁーっ!」


 空中ブランコが徐々に上昇していく。認識を操作してるから他の人にゃ見えないらしい。

 やがて降りてくる頃にはゆにこが真顔で俺を見ていた。


 「……おかえり」

 「ただいまです。頭部にオイルのようなものが偏重してバランサーが不良状態になるです。そろそろおろして欲しいです」

 「なんだよ。珍しくハイテンションになって楽しみにしてた遊園地じゃねえか。もそっと楽しんでこい」

 「そろそろお昼なんでお腹空いたです。ご飯食べたぁぁ……ああぁぁぁああーっ!」


 また登っていく空中ブランコを見送り俺は、大きな溜息をついた。

 俺の後ろでバスケットを抱えた志乃に向き直ると俺は睨み付ける。


 「おめーがついてながらなんつーザマだよ」

 「……すまん」


 殊勝にも謝る志乃に毒気を抜かれて俺は大きな溜息をつく。


 「まあ、ぼちぼちゆにこもああして楽しんでるし、ゆっくり昼でもしようや」


 ベンチに腰かけ大空をブン回されてるゆにこを見上げ、俺はバスケットからサンドイッチを手にとって頬張る。

 志乃は俺の少し離れた隣に腰掛けると、おずおずと俺を見つめていた。


 「……大作の用件は済んだのか?」

 「あんだ?お前、知ってたのか?」

 「大作がこんな手の込んだことをしたのだ。何かあることくらいは気がついた」


 俺は鼻を鳴らす。


 「なんでえ。なら、教えてくれたっていいじゃねえか」

 「……察しているようだったから、伝えるべきかどうか迷ったのでな」


 志乃は珍しくそう言って気まずそうにしている。


 「そうかぬ。まあ、なんだ。大作の用事ってのもどうでもいいモンだったしな。まあ、後味わりぃっちゃわりいけど、今更って話だからな」


 志乃は驚いたような顔をしていた。


 「……いまさら、で済む問題なのか?」

 「いまさらだろう。ターミーネッタじゃあるめえし俺の時間が今更巻き戻る訳でもねえ。戻したところでいまさらどうしろってんだよ。どうしょうもねえだろ」

 「……だが、恨み言の一つくらいは言えたりするのではないか?」

 「そんな不様なことができるかよ」


 俺はぶっきらぼうにそう答えると、志乃はどこか辛そうに答えた。


 「……許せる、というのか?」

 「許せねえよ。だけど、そういうモンじゃねえだろ」


 志乃は手にしたサンドイッチを膝に置き、小さく呟いた。


 「……そうか」

 「あんまし、こういうところ来てしんみりしたくねえんだわ。楽しみに来てるんだろ?だったら、そういう空気ってのぁ大切にしねえとなんねえ。粋じゃねえんだよ。不粋って奴だろ」


 俺は意味もなくケタケタ笑うと、空を回ってるゆにこを見上げた。


 「……なぁ、昭彦、私は……」

 「おーいっ!ゆにこ!そろそろ飯にすんぞ!」


 何か志乃が言いかけてたが俺にゃ聞こえなかった。


 「ローリングフライハーイっ!」


 やけっぱちに楽しんでるゆにこのアホみたいな声がやけに甲高かった。






 変わらなく流れる日常は辛いっちゃ辛い。

 だが、なんだろうかね。

 どっか自分の中にわだかまってた何かが吹っ切れるとそれでも少し、張り合いが出てくる。


 「最近、頑張るな?」


 スタンドの先輩の油まみれの顔に浮かぶ笑みが、どっか眩しい。


 「あざッス」

 「夏ももうすぐだし、なんか予定でもあんの?」

 「いえ、ねえッス。俺ンとこ、貧乏なんで喰ってくのにカッツカツなんで。それにホラ?親戚ンとこのガキ預かってるから食費も増えたんで」


 エンジンオイルの交換をしている所長の側でうろうろしているゆにこも最早このスタンドの常連になってしまった。

 大きなエプロンを引きずりながら所長にフィルターを渡したりして邪魔になるどころかみんなの手伝いをしっかりしている。


 「……この車、オイルだけじゃなくてエアコンガスも換えたほーがいいです。おそらくこれじゃあエアコン効いてないです」

 「よくわかるね」

 「シートに汗の成分が他の車より多く残ってるですから」

 「だが、まだまだだな。お客さんの財布事情を知ってやるのも必要だぞ?」

 「あ、そか……勉強になるです」


 所長相手には素直なゆにこ。

 俺は苦笑してやると伝票を整理にカウンターに向かう。

 ロビーでは相変わらずのんべんだらりとしてる大作と志乃がいやがるもんだから文句の一つでもつけてやる。


 「仕事の邪魔だーでーかー」

 「もう諦めろ。天才の憩いの場所で働くお前が悪い」

 「夫が帰るまで家で待つ嫁をしたいところだが、まだ正式な嫁ではないからな?」

 「訳のわからんこと言ってないで家に帰りなさい。寄り道しないで家に帰りなさいって小学生の時に習っただろうに」


 ほたてが遅れてロビーにやってきてにこやかに笑う。


 「あら、皆さんこちらにいらしてたんですか?せっかくですから私も化石燃料を頂いてみましょうかしら?」

 「ゆにこの奴も電池喰うけど、お前はお前でガソリン飲むんかい」

 「この時代ぐらいまでしか使われていない有限エネルギーで、太古の植物を地層の重みで圧縮して長い間熟成したものなんて、そうそう未来でお目にかかれるエネルギーじゃありませんからね。歴史を感じさせる香りと、まろやかな口当たり、そしていつまでも残る後味がとても美味です。たまに大作さんのところでごちそうになっております」

 「ガソリンの味のグルメ的説明なんて始めて聞いたよ。だがここは喫茶店じゃねえんだ」

 「コーヒーを売るからコーヒースタンド。ガソリンを売るからガソリンスタンドで間違いは無いと思いますが……」

 「ここはお洒落にガソリンを飲む場所じゃなくて油臭い機械にガソリンを注いでまわる場所なんだがね?大人しくしてなさい」


 俺はほたてを叱りつけると来店した客の車の窓拭きに混ざりに行く。

 てめえで選んだ日常がこれだ。

 文句は無い。

 だが、そんな日常がいつまでも続く訳がなかった。

 なんせ、俺が生まれた時から俺はもうすでにこの厄介ごとに巻き込まれてたんだからな。


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