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第三章『のーふぇいと、わっとうぃーめいく』

 天才楠大作は金持ちである。

 それも、超がつくほど。


 「楠財団で保有する重機を貸してくれと言われたときは驚いたが、しかしまあ、事情はおおよそ理解した。だが、求める結果に対して方法がまず間違ってるような気がするんだがどうなんだ?」

 「いつだって最初は気持ちが肝心なんだよ」


 市街を離れた採石場で俺は重機を見上げて満足げに頷いた。

 巨大な鉄球をクレーンでつり下げた重機は建築物を壊す為のものだ。

 力一杯振るわれた鉄球を、がっしりとゆにこは受け止めていた。


 「というより、未来の機械同士の戦いだろ?昭和の特撮ものの発想だぞこれは」

 「俺は昔、志乃に勝つためこれで頑張った。まあ、養殖のほたてを吊るクレーンに鉄材つるした奴だったけど」


 当の志乃は重機の運転席で楽しそうにレバーを動かしている。


 「ひぃぃ――あああぉぉおおうっ!無理です!無理無理!生身の人間と同じレベルに性能を制限して鉄球を止めるとか無理無理!ひぎゃあああっ!」


 ゆにこは鉄球にへばりつきながら悲鳴を上げている。


 「無理じゃねえ!やるんだっ!」


 ずっと前にゆにこを月送りにしたギガンティックアームを腕にハメながら吠える。


 「無理だと思うから無理なんだっ!やると決めた瞬間、無理を承知でどうにかするんだっ!てめー未来の力使って逃げてやがると俺も本気出すぞこのやろう!」


 鉄球をアームで力一杯回してやる。

 高速回転する鉄球の遠心力に耐えきれずゆにこが地面に転がる。


 「痛いですぅ……ってわぁああっ!」


 再度、迫る鉄球にゆにこは地面を掘って逃げやがった。やるな未来パワー。

 俺はギガンティックアームで地面を力一杯叩くと、ゆにこが穴から飛び出してきた。


 「オラオラ!逃げてんじゃねえぞ!殴れ!砕け!こんなのまだまだ序の口だかんな!」

 「ひぃあああっ!」


 ゆにこは俺の形相に恐れをなして鉄球から逃げまどう。


 「……しかし、この特訓は何か意味あるのか?」

 「そ、そうですよ!こんなことで勝てるとは到底思えないです!」


 大作が怪訝に思い、ゆにこが尻馬に乗る。

 なんてこった、こいつら全然わかっちゃいない。


 「お前等バカだろう?喧嘩なんざ何百回ぶっ倒されても最後まで立ってた奴の勝ちなんだよ!なら、何度でもぶっ倒される特訓するのが一番だろうに!」

 「お前こそバカだろう!普通、こんなことしたら死ぬだろう」

 「普通の訓練だったら訓練じゃないか。死ぬぐらい特別なことするから特訓なんだろう?」

 「ひとごとだと思って酷いですよ!昭彦やってみるですよ!」

 「……いいけど俺、鉄球壊しちゃうぜ?」


 俺は自信満面で鉄球の前に立ちはだかる。

 結論として、俺の肋骨がもう一本折れた。





 「むぅ、まさかジャンピングホールドで止められないとは」

 「向かってくる鉄球にただジャンプしてっただけですよ!あばらの骨折れてるですよ!」

 「人間にゃあ二百十五本骨あンだよ。一本くれえ折れたからって騒ぐな。だが、おかしい。あれで昔はノーダメージで止められたんだ。やっぱあれだな。成長して体重増えたからそれでダメージが多くなったんだ」

 「重いとか、軽いとか関係ないと思うですよ」

 「じゃあ、ジャンプ力の問題だな」


 俺は痛む脇腹を押さえながら真面目に考えていた。

 昔と違って体が成長してしまった俺ではジャンピングホールドでのノーダメージストッピングができなくなってしまっている。

 あれは絶妙なタイミングとボディワークが必要なのだ。四年前の俺と今の俺が違う訳だから当然、いろんなものが変わってくる。


 「でもまあ、止めることには止めたぞ。ホレゆにこ、お前やってみろ」

 「止めたって……へばりついてる間に止まっただけですよ!」

 「なら、もう一度止めてやんよ!」


 結論から言うと、足を思いっきりひねった。





 「むぅ、バックスパイラルフォールドでもダメか。まあ、でも止めたぞ今度こそ」

 「普通、十トンもの鉄球をあれだけの高さから振り下ろしたら人間死ぬですお」

 「バッカだなあ。インパクトの瞬間、相対速度をゼロにすることで衝撃を無くして足の裏の摩擦を超小刻みに左右に振ることで最大にする。そうすることで運動を止めることができる。問題は靴の裏がすり減ってどうしょうもないことだ」

 「靴の裏とか心配する前に命の心配をすべきですよ」


 大作のあほたれが俺の足を蹴飛ばした瞬間、足から頭に痛みががっつりと走り上がる。


 「何してんの!?痛ぇ足蹴飛ばしてんじゃねえよ!」

 「いや、折れてないのが不思議でな?」

 「不思議だから蹴飛ばすのか!?お前の思考回路が不思議そのものだよ!今すぐその不思議な頭を蹴飛ばし……痛いから殴り飛ばすぞっ!」

 「しかしまあ、不思議なモノだな。ゆにこちゃんが言っていたことは事実だ。あれだけの運動量が人間を直撃した場合、確実に死ぬ。だが、それでも昭彦の場合はなんとかしてしまう。昭彦の立てた理屈というのはやはり昭彦だ」

 「なんぞ文句でもあんのかや?」

 「稚拙すぎる。つまりバカだと言っている」


 頭が良くないのは自分でも理解してるが人に言われると腹が立つな。


 「だが、結論として昭彦は止めている。つまり、理屈はどうあれ結果は得られている。ここが一番重要なんだ」


 大作は納得したように頷く。


 「まあ、休憩にしよう。これじゃあゆにこちゃんの特訓じゃあなくて、昭彦の自殺手伝いになってしまっている」

 「続けるですよ!昭彦が死ねば私のミッションコンプリート!晴れて未来に帰れるです!」

 「……ほぅ、お前は皮を剥がれて潮風にさらされる干物になりたいようだな」

 「皮とかそんな貧弱なモンじゃないですしー?装甲ですしー?その違いもわからないなんて昭彦は……ひぃぃああっ!ごめんなさいごめんなさい!潮風は関節が痛くなるですよ!」


 いつの間にかクレーン車から降りてきていた志乃がゆにこの頭をがっちり掴んでいた。


 「このようなヘタレなどいくら鍛えたところでどうしょうもないだろう」


 志乃が泣き出しそうなゆにこを鼻で笑うが大作は真面目な顔で反論した。


 「それが、そうとも言えない。俺は昭彦の話を聞いて確信した」

 「ふむ」

 「現代において人間が積み重ねてきた知識は今世の中に起きる全ての現象について説明ができるようになってきている。昔は説明できない部分を神の奇跡だとか精霊の力だとかで説明していたようだが、その逆もまた然りという話だ」

 「逆?」

 「つまり、いまだに人間の知りうる範囲の外にも世界は広がっているという話だ」


 俺にはもうそのあたりから興味が無くなっている。


 「人間はおおよそ視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚の五感、まあ、霊感を含めて第六感とよばれるのが人間の感覚だ。それらが外部からの情報を認知し脳というフィルターを通して構築されるのが人間に見える世界だ」


 小難しい話をされてもさっぱりわからない。


 「ところが、だ。これは人間がこれだけしか感覚器官を持っていないからであって、それ以外にも世界は動いている。知らないだけで世界を構築されている様々な要素があるんだ。それはオカルトと呼ばれているが、今の人間に理解できないだけできちんと存在するんだ」

 「要するに?」

 「昭彦は今の科学では理解できない力で鉄球を止めてるんだ」


 俺は吹き出した。


 「バッカじゃねえの?ンな魔法みたいなことできるわけねーじゃん?頭おっかしーんでか天才ちゃん?」

 「可哀想に。鉄球に潰されて死ねば少しは昭彦も頭が良くなったはずなのに。だがしかし、あながち魔法という表現は的外れとは言い難い。大昔に戻って携帯電話で通話すれば理解の及ばない古代人からすればまさに魔法だからな。昔には電気も無ければ電波も存在しないわけだからな」


 俺はなんとなく、なんとなくだが大作の言いたいことがわかってきた。


 「要するに俺は人の理解を超えたスーパーパゥワーで鉄球を止めてるとかそんなことか?」

 「ざっくばらんに言えばそんなところだ。がしかし、普通の人は間違いなく死ぬがな」


志乃が誇らしげに胸を張る。


 「どうだ?私の旦那は凄いだろう?私が育てた」

 「凄いバカだということは認めてやろう。でなければ俺の友人にふさわしくない」

 「お前らなんで上から目線なん?それにこれは俺の特訓じゃなくてゆにこの特訓なんだ。もちっとマシになるアドバイスをしてやれよ」


 俺は落ち込んでるゆにこの頭を軽くひっぱたいて鼻を鳴らす。


 「おめーもおめーだよ。未来から来たエリートだっていっても、鉄球一つ止められないんじゃたいしたことねーわ」

 「……活動レベルをこの時代の人間設定にすれば当然の結果ですよ」

 「現実前に拗ねるのはガキのすることだ。てめえがエリートだってんなら結果出せ結果を。与えられた条件で結果を黙って出すのがエリートだ。言われたことをやれてはじめ三流だ。未来のへなちょこデータバンクとやらにしっかり刻んどけ雑魚っぱち」


 俺が侮蔑するとゆにこはしゅんと俯く。


 「陰気な顔してんじゃねえぞ!てめーが落ち込んでても十日後はやってくんだ!その頃になってびぃびぃ喚いてもほたてはお前を壊すんだ!壊されたくなかったらハラぁ決めて戦えや!逃げても逃げても現実変わらねーんだよ!」


 陰気なゆにこの尻を蹴飛ばし、俺は唾を吐き捨てる。


 「じゃあどうすればいいですかっ!」

 「四の五の言わずにやりゃいいんだよ。逃げたって現実は追いかけてくんだ!踏ん張って歯あ食いしばって乗り越えるしかねえだろがっ!」

 「そんなこと、できるわけないですっ!」

 「俺ぁやったぞ!」


 ゆにこは押し黙り俺を見上げる。


 「お前に殺されそうになってもなんとかしたし、ほたての奴だってぶっ飛ばした!たった今、お前が無理だと諦めた鉄球だって止めてみたじゃねえか」


 俺は鼻を鳴らす。


 「世の中うまくいかねえことばかりだよ。だから、せめててめえがてめえであることくらい自分でなんとかしてみやがれ」

 「……どうすればできるですか、どうすれば、強くなれるですか?」


 俺は胸を指さして答える。


 「いつだって出発点はここだ。自分が何者であるか自分で決めろ。そして、そうあり続けることを決めるんだ」


 ゆにこは目尻に浮いた涙を拭い立ち上がる。


 「覚えておけよや。この時代じゃあ、覚悟を決めるっていうからな」






 結論から言うとその日の特訓はダメダメだった。

 ぜいぜいと肩で呼吸をするゆにこが悔しそうに俺を見上げている。 


「……どうして、うまく、いかないですかぁ」


重機を運転していた志乃は小さく鼻で笑う。


 「たとえ生身で鉄球を止めたとしても、せいぜい足りない力量をカバーするだけにすぎない。カバーリング部隊のターミーネッタを相手に戦術的勝利を収めるには今の状態では無理だろうな」

 「わかってるですよっ!関係無い人は黙ってるです!」

 「八つ当たりだな。見苦しい」


 志乃はそう言ってゆにこに背を向けるとリュックに手をかけた。


 「……帰るぞ。私たちの日常は変わらなく流れるんだ。昭彦は仕事の為に早く休まねばならんし、大作は帰って予習復習をしなければならない。私も私の日課をしなくてはならないのだからな」


 俯き震えるゆにこに目もくれず志乃は一人で帰ってしまった。

 大作が苦笑し肩をすくめる。

 俺は大きく溜息をつくといつまでもぐずるゆにこを引っ張りあげた。


 「おう、いつまでもメソメソしてんじゃねえよ。帰るぞ」

 「でもまだ何にもできてないです!」

 「今日はじめたばっかりだろう」

 「だって十日後には十二番が来るですよ!こんな調子じゃ勝てる訳ないですよ!」

 「そうだな」

 「昭彦は私のこときらいなんだ!だから――」

 「でももだってもだからもねえ。やらなくちゃならねえ、やれ!」


 ゆにこはぐしぐしと涙を拭い、俺を睨み上げた。


 「十二番をやっつけたら、昭彦を殺してやる」

 「おう、殺せ。それがお前の本来の仕事だ」


 俺は唾を吐き捨ててゆにこに背中を向けた。

 いつまでもいじけるゆにこを背に俺は大作を促した。


 「……いいのか?昭彦。恨まれるぞ」


 心配そうに尋ねる大作に俺は言ってやった。


 「恨まれてもかまうものか。そういうモンだろ、誰かに手を貸すってのは」






 ぐじぐじと泣くゆにこが家についたのはもうぞろ、新聞配達に出なくちゃならない時間だった。

 どこでいじけてきたかは知らないが、午前三時たあ、夜遊びも大概にして欲しい。


 「おせえぞ」


 俺は鼻を鳴らすとそっぽを向く。


 「……ずっと、起きてたですか?」


 ゆにこは俺を睨みつけながら尋ねてきた。


 「お前にゃあ関係ねえよ。俺ぁこれから仕事だ。風呂沸いてっからさっさと入って寝ろ」


 俺は壁にかけてあったブルゾンを羽織ると玄関にぼうっと突っ立ってるゆにこの横で靴を履いた。


 「……どうして優しくするですか」


 面倒くせえことに俺の目の前でゆにこがぐずりはじめた。


 「ロボットがいちいちメソメソ泣いてんじゃねえよ」

 「これはガソリンですっ!質問に答えて欲しいですっ!どうして、優しくするですかっ!」


 俺は靴を履き終えるとゆにこの頭をくしゃくしゃと撫でながら答える。


 「それが、永峰昭彦だからだよ」






 学校を終えての特訓二日目。


 「ぐぬぬぬぬ……ぐぬっ!ぬー!ぬーぬーぬー!ぎゃぁあっ!痛い痛い痛い!ちぎれるちぎれる!二つに分離するぅぅ!」


 ブルドーザーに牽引用ロープを繋ぎ、両側からゆにこを思いっきり引っ張っていた。 

 大作が溜息をつく。


 「しかしまあ、本当に昭和特撮ヒーローのノリだぬ。驚きだよ」

 「それよっかお前が重機動かせる方が驚きだよ」


 俺は大作が動かすブルドーザーに箱乗りしながら言った。


 「そうか?俺ン家のモンだから使えてあたりまえじゃないか。それよっか昨日もそうだけど志乃ちゃんが動かせる方が不思議だよ」


 もちろん、もう一台は志乃が運転している。


 「いやあ、あいつは何でもできるから重機の運転くらいアリっちゃアリなんでねーの?」

 「普通、無理だろ」

 「どうせ、自分を棚に上げるなって言ったら俺は天才とかほざくんだろ?わかっててネタ振らないからな、絶対」

 「そんなことよっか、大丈夫なのか?そろそろロープがみちみち言ってるぞ?」


 ブルドーザーが引く牽引ロープがみちみちと音を立てて今にもちぎれそうな雰囲気だ。


 「まだまだ。こんなの俺でも耐えられるぜ」

 「いや、普通死んでるだろ」

 「そこは牽引ロープのテンションを小刻みに引っ張る事で断続的にゼロにしてやることでそのー、なんだ。自分にかかる負荷をゼロにしてだなー、相手の力を利用して引っ張ることで逆にブルドーザーに勝てるんだ」


 俺が懇切丁寧に説明しているとゆにこが悲鳴を上げた。


 「あきひこのデタラメ理論で生身の人間がブルドーザーを引っ張れるなら誰も苦労しないですよ!世の中レッカー車いらないです!」

 「耐えきれずにお前が壊れたら、おまえからまず最初にレッカーしてやンよ。ホレ、グチグチ文句言ってねえでさっさと引っ張りやがれ。俺が潜ってきた修羅場はこんなモンじゃねえぞ」

 「できるわけにゃーですよっ!とっくに常人の限界耐久性を突破してるです!」

 「じゃあてめえなんぞに俺は何年かかっても殺されたりなんざしねえな。エリートだかなんだかって言ってたのは所詮口だけじゃねえか。ポンコツはポンコツらしく、このままばらんばらんにされちまえよ」

 「昭彦に私のスペックの何がわかるっていうんですか!」

「知るかよ。なんで俺がてめえのこと全部が全部理解してやんなきゃなんねえんだよ。自分のことをもっと知ってほしーなんて言うのはてめえで生きていく気力のねえガキの言う台詞だ。てめーの抱えてる問題てめーでどうにかしてはじめて一人前なんだよポンコツ」

 「こンのぉ……ぐわわわあっ!」


 ブルドーザーの牽引ロープが鈍い音を立てて引きちぎれる。

 弾けた衝撃でゆにこが転がり、地面を引きずられる。


 「ホレ、いつまでもぼさっと寝転がってねえでさっさと引っ張れ。サボタージュしてんじゃねえぞ」


 ゆにこがよろよろと起き上がりながら俺を睨み上げる。


 「昭彦はわたしが嫌いですか!だからこんなふうにいじめるですか!」

 「嫌いでいじめてるってことでいいってや。だからさっさと引っ張れ」

 「できるわけにゃーです!」

 「なら、ばらんばらんにされちまえ」


 ゆにこの瞳が冷たく細められる。


 「……もう一つ、選択肢があるですよ」

 「なんだよ」

 「私の本来の目的、永峰昭彦を殺害して帰る、です」


 おうおう、一丁前に怖い顔つくっちゃってまぁ。

 俺は鼻で笑ってやった。


 「これっぱかしができねえカスパッパが俺を殺す?冗談は寝てからほざけ。おっと、ロボットさんは寝なくても平気なんだよな?よく俺の布団に潜りこんでくるけど」

 「……絶対に殺す。永峰、昭彦。あんただけは絶対殺すですよ」


 ゆにこの腕が青白く光を放ち、螺旋状に放たれた粒子が長銃を作る。

 その銃口を見下ろし、俺は吐き捨てた。


 「おう、殺せ」


 ゆにこは震える銃口を俺に突きつけ、ぎりぎりと奥歯を噛みしめる。


 「おう、昭彦、こいつぁ洒落に……」

 「黙れ」


 何かを言おうとした大作を制して俺はブルドーザーを飛び降りるとゆにこの前に立った。


 「殺せよ。それがいい。それでお前はエリートとして未来に帰れるんだ。そもそもお前はそのために未来から来たンだ。ためらう必要なんざ、ねえだろう」

 「うぅ……」

 「何をグズグズ迷ってやがる!殺されてやるって言ってんだ!やれよ!やれ!」


 ゆにこは恨みを込めた目で俺を睨み、大粒の涙を零した。


 「でもっ」

 「でねえとてめえが殺されンだぞ!迷うな!引き金を引けっ!俺をぶっ殺せ!」

 「嫌です!嫌ですよぉぉ!」

 「ふざけんなっ!てめえが生きるか死ぬかの瀬戸際なんだぞ!俺を殺せばてめえが生きていける!未来に戻って親父やお袋に会えンだぞ!」

 「わかんないですっ!わかんないですよっ!」


 ゆにこは銃を降ろし、泣きわめいた。

 俺はそんなゆにこにずかずかと近づくと、思いっきり頭に拳骨を張った。


 「痛い!痛いですっ!なんで酷いことするですかっ!」

 「どうだよ!痛いだろ!憎たらしいだろ!殺せ!んでもって帰れ!未来に帰れッ!ターミーネッタッ!」


 俺がゆにこの銃の銃口を額に当て、その手にある引き金を握ろうとする。


 「……あきひこは、わたしに未来に帰って欲しいですか?」

 「ああ、帰って欲しいね!何で俺がおめーみたいなのを面倒みなくちゃなんねえんだ!おめえが帰らねえなら、俺が死んでお前とオサラバするっきゃねえだろが!」

 「違う!あきひこ、嘘ついてるです!」

 「じゃあ、本音を言ってやるよ!さっさと未来に帰れ!そして親父とお袋に甘えて来い!俺に甘えてンじゃねえよ!俺は俺で手一杯生きてかなくちゃなんねえんだ!」

 「私に殺されれば、生きていけないですよ!」

 「それが俺だったってことだ!そいつにケチつけれる奴がどこに居るッ!」


 ゆにこは俺の手を掴み、必死に首を振る。


 「やぁだ!わかんない!なんでこんなことするかわかんない!理解できないです!こんなの、こんなのデータベースに無いです!ロジックが構成できないです!」


 ゆにこが懇願するように俺を見上げて尋ねてくる。


 「あきひこのロジックの中には、あきひこが無いです。自分を殺し、私に助かれという昭彦のロジックには昭彦が存在しない。私に手を貸して私を助けるという昭彦のロジックには昭彦が存在しない。私を助けるために恨まれても、手を貸す昭彦のロジックにはやっぱり、昭彦が存在しないです。私には、理解できないです」


 ゆにこは理解できず、ただ泣きわめいて俺を見上げていた。

 それが、じじいに泣きついた俺にものっすごくそっくりで俺は胸が苦しくなった。


 「私はロボットですよ?壊れても、また、次のモノが昭彦のところに来るです。代わりのきく、ポンコツなんですよ?それなのに、なんでなのか……理解できないです」


 わかんねえのか。

 わかんねえ、なんで、手をさしのべてくれんのかが、わかんねえ。

 それは言ってしまえばありきたりの言葉で、だけど、本当は言葉にすることができないくらい重くて。

 だから、俺はくしゃりとゆにこの頭を撫でた。


 「てめえに価値を置いてたら、何したって嘘になんだろ」

 「……その気持ち、なんて言うですか」


 俺はそれが何なのか知っている。

 だけど、それを言ってしまったら、いつか、こいつのためにならない。


 「知るかよ」


 俺はそっぽを剥いて牽引ロープを手にすると、ゆにこに放る。

 ゆにこはじっと牽引ロープと俺を交互に見比べていた。

 やがて、ゆにこはそれを手にすると、静かに腕に固定した。


 「メソメソしてる暇なんざお前には無い。どうにかしなくちゃなんねえなら、どうにかするしかねえ。気持ちのギアをトップに入れろ!オイルを燃やせ!頭のコンピューターにやることだけを刻み込め!やるぞッ!準備はいいな?」

 「うぃ」

 「勝つぞ!絶対」

 「うん」

 「声が足りねぇっ!」

 「おーっ!」






 特訓も九日目を過ぎる頃には大分成果があがったようだ。


 「どぉぉりゃぁあああっ!」


 ゆにこの怒声が響き渡り、除雪車が浮き上がった。

 ランドクルーザータイプの乗用車と真っ向から正面衝突しても傷しか付かない公道最強の車が、幼女型ロボットの両腕に掴まれてその巨体を地面から離していた。


 「ちょちょちょ!タンマタンマ!」


 運転席の大作が情けない声をあげて逃げようとする。

 その傍らで俺は大きく頷き、手を挙げた。


 「よし、ゆにこ、おっけーだ」

 「やあっ!」


 気の抜ける気合いだが、それでもパワーは本物だった。

 除雪車がズシン、と地響きを立てて地面に降ろされる。


 「はぁ……はぁ……臨時アクチュエーター過負荷、ヴァイ・カフス輪転突破、ドグマグランヴィ充足危険域……リミッターオフアンドオフ……オイルが熱いです」


 スペックとやらの限界を超えた為だろう。

 ゆにこの瞳の光が震え、身体の周囲から青白い燐光が零れている。


 「ロジカリティブレイク……第三限意識網に重度の障害、カウンターネッタとの戦闘想定への概算勝率を計算開始……それでも、足りないです」


 俺は除雪車を飛び降りると、運転席からのろのろと降りてきた大作に尋ねる。


 「なあ、大作、ゆにこはなんて言ってるんだ?」

 「要約すると、だ。身体の限界越えた、でも、相手に勝てないんだと。天才でも未来の言葉はわかんねえよ」

 「それだけわかれば天才じゃねえか。俺はさっぱりわからなかった」


 首を傾げる俺に大作は冷たい視線を送る。

 遠巻きに見ていた志乃が呟く。


 「……ゆにこの中にあったプログラム的なセーフティは解除された。だから、常人と同じ状態でも本来の力を使って活動することができる。但し、その場合、同時に働く機構を起動させないでの活動だから、身体バランスが壊れる。ただし、プログラム的なセーフティが破壊されたことで、本来、思考することすらタブーだったカウンターネッタとの戦闘を想定したシュミレートもできるようになったということだろう?」


 志乃は興味深くゆにこを見つめている。


 「日本語で頼む」

 「昭彦、お前の狙いはゆにこの活動限界を設定上のリミットを越えて活動させることだろう?実働限界と耐用限界は違う。実働限界は壊れず、長く使えるように設定された限界だが、耐用限界は壊れる限界の負荷だ。その域まで達することができればスペック上ではカウンターネッタにも迫れる。だから、あえて常人設定のまま常人では無理な特訓を重ね、ゆにこの深層構築無意識……つまり、深い場所にあるプログラムに意図的なエラーを起こさせた」

 「いや、俺がお前に勝つために昔やってた特訓なんだがな」

 「意図はなくても結果としてそうなったのだ。しかし、それでも、あくまでカウンターネッタに実力的に迫れるだけで、ゆにこがカウンターネッタに勝つためには決定的な戦術要素に欠けると判断している」


 ようするに、勝つための何かが足りないってことか。

 大作が眉根に皺を寄せて考え込んでいる。


 「むぅ、そんなことを言われても現代科学じゃ未来のロボットに有効な戦術なんて考えられるものなんだろうか?」


 志乃は追従するように頷いた。


 「……無理だな。現存する現代の戦術ではとうていゆにこの時代の戦術に対応できる戦術なんてないだろう。考えてもみろ、石槍と投石の時代に現代戦車を倒すのに必要な武器がありませんと言われているようなものだからな」

 「天才でも流石にこれはお手上げだ。なんにしろ、時間が無い。制限時間は明日までだろう?」


 大作が肩をすくめてみせる。


 「ふむ」


 俺はしばらく考える。


 「なるほどな。要するに、トドメの一撃って奴が無い訳だ」


 ゆにこが肩で息をしながら俺を見上げている。


 「はぁ……はぁ……どうすれば……いいですか?」


 俺はひとしきり考えると時計を見た。

 明日までにはもう、残された時間はあまりない。

 そして、決断を下す。


 「よし、任せろ。場所を変えるぞ」

 「次はどこにいくですか?」

 「レンタルビデオ屋だ」

 「はあ?」

 「大鋼機神ワンワンオーを借りてくる」






 次の日だ。


 「昭彦、眠そうだな」

 「久々にワンワンオーを最初っから最後までぶっ通しで見たからな」


 下校時間に大作が俺に声をかけてきた。


 「で?その、トドメの一撃とやらはなんとかなったのか?」

 「うんにゃ、どうにもなっちゃいねえ」

 「なんだって?だったら何でビデオ屋なんかに行ったんだ?」


 俺は大きなあくびをかみ殺すと鞄を掴んで大作に言ってやった。


 「あのまま特訓でも続けてりゃよかったのか?」

 「その方がいくらかは効率的だろうに」

 「そいつぁ、アレだ。なんつったっけ、ホレ。お前が昔に言ってたテスト前に掃除したくなる現象と一緒だ」

 「む?」

 「困難なことがあって、どうしょうもねえときに思考停止した人間は手始めにやれることから手をつけて、安心感を得るようになるだっけか?あのまま特訓してもそれと全く一緒だろうに」

 「ふむ、確かにその通りではある。がしかし、レンタルビデオ屋に行く意味がわからん」

 「いいんだよ、これで。まぁ、万事は尽くした。だからといって物事上手くいってりゃ俺だって今頃総理大臣でお前は神様だよ」


 教室を出て玄関を抜けると、校門でゆにこが待っていた。

 覚悟を決めた目をしている。


 「おぅ、もう一度最初っからビデオ見直したか?」

 「うぃ」

 「なら、いい」


 俺はゆにこの頭をくしゃりと撫でるとバイト先のガソリンスタンドに向かう。

 いつも通ってる道の景色がどこか違って見える。

 自分が手を出せないことが、これほどもどかしいことはなかった。


 「ねえ、昭彦」

 「んあ?」

 「勝ったら、アルカリ電池食べたいですお」

 「おう」


 くっちゃべったことといえばそンくらいだった。

 どこまでも伸びるような通学路だが、歩けば、歩いただけ目的地へと近づく。

 ぶるりと、途中、ゆにこが震えた。


 「故障か?」

 「わかんない。想定未来演算で思考が構築するロジックはエラーを連発してるです。でも、興味領域がエラーを上書きして、生体越界素子流動を早めてるです。よーするに、武者震いです」


 俺はもう一度ゆにこを撫でてやった。

 ガソリンスタンドへ向かう途中の公園。


 「……あきひこ、やっぱり怖いですね」


 ゆにこは公園の前で、苦笑するように呟いた。

 公園の中で当然のようにほたての奴が待っていた。


 「どうする?」

 「……あと十日、ってわけにもいかないですよ」


 住宅街の中で子供達が遠くで騒ぐ声が小さく聞こえる。

 通り過ぎる車のエンジン音がやけに冷たく響いた。

 こういう決戦の日ってのは雨ってのが相場は決まってるンだが、あいにくとのどかな昼下がりの場合が多かったりする。


 「対象を抹殺して本来任務の達成をする可能性が七割、このまま逃走するのが三割、最早、可能性と呼べない可能性であなたがたがもう一度、ここに来るという可能性がありましたが……本当に来てくださるとは思いませんでした」

 「約束、したですからね」


 ゆにこが俺の前に歩み出す。

 ほたてはゆにこを見下ろすと淡々と告げた。


 「……作戦番号一九一番、今なら永峰昭彦を殺害して再調整を受けるという選択肢も残されていますよ?」


 ゆにこは真っ向から睨み上げて告げた。


 「迷う時間はもう過ぎたです」

 「交戦の意思ありと判断しましたが、よろしいでしょうか?」


 ゆにこは静かに腰を落とし、背中から青白い燐光を放つ。

 それが鋼鉄の翼を作り、激しく光を放った。

 親指を立て、そして、地面に向けた。


 「あんたの息、洗剤くさいから少し黙れ。ファブってやるです」


 周囲の景色がぐにゃりと歪む。

 ほたての背後に緑色の燐光が爆ぜ、鋼鉄の翼と長銃が二丁生まれた。 


 「……これより作戦番号一九一を殲滅します。一九一の得意戦術を封殺し、選択戦術の限定を図る」


 ほたての周囲から緑色の燐光が噴き上がり、長銃のスリットにもの凄い勢いで吸い込まれていく。


 「……5,4,3,インパクト、スタート」


 銃口でふくれあがる燐光が爆ぜ、地面を抉るビームがゆにこに伸びた。

 ビームを中心に景色が歪み、空間が捻れる。

 ――これが、未来の戦闘だ。


 「ふんっ!」


 ゆにこは両腕を突き出し、手のひらでビームを受け止める。

 青白い燐光が僅かに揺れ、ビームが霧散し消えてゆく。


 「……受け止められました?」

 「重複位相負荷砲の同位相力量の持つベクトルを接触の瞬間に僅かに位相をずらして相殺させただけです……常人スペックで鉄球止めるよっかチョロいです」


 ゆにこは鼻を鳴らし、受け止め切った緑色の燐光の中で不敵に笑った。


 「最初から全力全開でいくですよ?……出力、全開ぃぃっ!」

 「……想定四二A、回避行動ッ!」


 ゆにこの背中の鋼鉄の翼が青白い燐光を激しく吐き出す。

 青白い燐光が螺旋を描き、やがてそれは竜巻となった。


 「想定外っ!?意味の無い予備動作と判断」

 「くらえっ!ミサイルハリケェェン!」


 青白い竜巻の中から、ミサイルが四方八方のデタラメに吐き出される。

 それが高速で切り返し、獲物をみつけたピラニアのように空を奔る。

 ほたての翼が緑の燐光を放ち、ほたての身体を宙に押し上げる。


 「……それぞれのパターンはミサイルのスペックを越えないッ!想定五八Gを基準に回避パターンを作成ッ!迎撃っ!」


 長銃を肩の上に浮かせたまま、両腕に丸い手甲を作ったほたては、そこから緑色のレーザーを何本も放つ。

 それが自分に迫ってくるミサイルを撫でるように切り裂き、爆発させる。

 爆発したミサイルは青白い燐光を煌めかせ、爆散し、いくつもの青白い燐光がほたての周囲に散った。


 「残留位相力量?」

 「いっくですょぉ!カタパルトプレッシャぁあ!」


 ミサイルが爆散して散らせた青白い燐光がその場で小さな竜巻となり、周囲の空間をねじ曲げていく。


 「多元移動、位相跳躍ともに制限された?……回避制限をかけたツモリですか?」

 「ぶっ飛びぶっ飛ばぁぁぁす!」


 青白い巨大な竜巻が超高速でゆにこを撃ち出す。

 ミサイルが爆発してできた小さな竜巻がピンボールのようにゆにこを弾き、ジグザクの青い軌跡を残してゆにこを上空へと押し上げる。


 「曲線軌道?最短効果ルートは……エラー、エラー、いずれも想定外」


 ゆにこの身体はほたての超上空まで押し上げられ、最後の竜巻がゆにこをひっぱたくように弾いた。


 「くらえこんちくしょう!」


 竜巻の力量に跳ねとばされたゆにこの身体がもの凄い勢いで横転し、拳に集めた青白い燐光を散らす。


 「竜巻サンダぁぁぁ……」


 回避行動を取ったほたての横でゆにこが足を伸ばす。


 「パンチとみせかけキックぅぅ!」


 空に衝撃の輪がいくつにも広がった。

 青白い燐光が牡丹の花のように空に広がり、遅れてやってきた音が地面を叩く。

 緑色の燐光がほたての身体から噴き上がり、歪む景色の中にほたてが錐もみして飛んでゆく。

 ほたては空中で姿勢制御を行うと、地面に降り立ち自分を見上げるゆにこを見下ろす。


 「損害過多、三界連結複合異常、修復機能に損害無し……敵性データ修正……オーバースペック。当時代における技術関与の形跡……無し。ロジカル領域に軽微なエラー」


 ほたては俺の方を見て僅かに驚いたような表情を作る。


 「……一体、どんな改造を施したんですか?この時代には私たちの身体を弄れるような技術はまだ無いはずです」

 「ダラダラ生きてる奴が、十日とはいえ必死に生きてきた奴に勝てるかよ」


 俺は鼻を鳴らし、断言してやる。


 「……活動限界の設定を壊して自らのスペックを引き上げたのですね。なら、その情報を修正してやればいいだけの話です……修正したところでカウンターネッタのスペックに迫るだけで決定的な戦術要素がなければ勝率は……それでも一パーセントですか」

 「俺ンときより、上等じゃねえか」


 ゆにこは両腕に燐光を集め、手甲――ギガンティックアームを作る。


 「今から、ワンパン入れてやるです」

 「……戦術開示?ブラフの可能性を考慮、回避機動を待機」


 ほたての背後の鋼鉄の翼が緑色の燐光を吐き出し、いつでも飛べるように準備をする。

 だが、ゆにこは悠然と腕をぐるぐると回し、片足を後ずさらせた。

 手甲から青白い燐光が迸り、ゆにこの腕が高速回転する。

 風圧が竜巻となり、空間をひん曲げて景色を歪める。


 「ブラフでもないです。ワンパン入れるといったら入れるです。くらってみやがれです!」


景色が大きくねじ曲がり、ほたてがゆにこの真上に来る。


 「え?」


 振りかぶったギガンティックアームがほたての頬に触れた。


 「空間湾曲ギガンティックロケットパンチぃ!」


 直後に空間が爆ぜ、元に戻る。

 衝撃が広がり、収縮し、ほたての身体が錐もみしながら上空へと跳ね上がる。

 状況を把握する暇もなく、ほたての身体が地面に叩きつけられる。


 「力量による空間湾曲を利用して力任せに衝撃をぶつけた?単純な攻撃で……損傷拡大、警戒段階に移行……まさか、本当に殴られるとは思いませんでした」

 「ぼさっとしてるからですよ。そろそろ本気出すです」

 「……あなたの失策は今までの攻撃機会で私の概念定着を破壊しなかったことです。カウンターネッタとして本気を出させて頂きます……想定終了、即応態勢確立。決定打の無いターミーネッタではカウンターネッタには勝てません」


 ほたての周囲の景色が二重三重にブレる。

 緑色の燐光が景色に被り、足下の地面になる。

 俺はゆにこに向かって叫んだ。


 「ゆにこッ!てめえに足りないの決定打ってのは何だか、わかるな?」

 「うん!私に無いのは……必殺技ですッ!」


 ほたてが怪訝な顔をする。


 「必殺技……アニメ等のサブカルチャーに存在するセオリーの一種。そんなものが決定的戦術要因に……はなるでしょうが非論理的です。それに、現段階で保有していなければ戦術としての選択にはなり得ない」


 ゆにこは腰溜めに構えると青白い燐光を散らせた。


 「今から、覚えるですッ!」

 「戦闘行動中の試作戦術……非効率的な上に非現実的な手段です」


 ゆにこの手の中に巨大なミサイル――ホワイトホエールが出現する。


 「ワンワンオーはいつだってピンチの時に真の力を発揮するですよ!」

 「即応戦術演算ッ!概念干渉力量に対し崩壊力量を転換、相殺。そのような手に……」

 「巨大ミサイルマグナムすろー!」


 ゆにこがホワイトホエールを投げ飛ばし、ホワイトホエールがぐるぐると旋回しながらほたてに迫る。

 その眼前でホワイトホエールがりん、と鈴のような音を立てて周囲の空間を黒く塗りつぶしてゆく。

 音も光も飲み込み、時間の流れすら飲み込む圧倒的な力量は人の感じられるものではなかった。


 「……超威力兵器の概念相殺。周囲への干渉制御、これまでの戦術範囲から想定できる範囲の奇策です」

 「超威力兵器の概念相殺っていうのはとにかくでかいものを小さくするってことです!なら、このタイミングがどういうことかわかるですかっ!」


 黒い空間を突き破り、巨大なギガンティックアームが現れる。


 「反位相概念の流出をそっくりそのまま貰っちゃうですっ!」


 ギガンティックアームは周囲の黒い空間をスリットから吸い込み、その質量を巨大化させてゆく。

 それはねじ曲がった空間の中を埋め尽くし、ほたての逃げ場を奪う。


 「回避空間の概念を作為的に壊され……」

 「ダイナミックでこぴん爆砕ぃぃぃっ!」


 ギガンティックアームの親指から放たれた中指がほたての身体を弾きあげる。

 ほたてを中心にねじくれ曲がった空間が弾けるように戻る。


 「位相七八までの同位体損傷……存在定着率急激低下」  


身体から緑色の燐光を放ち、ほたての瞳がブレる。


 「継続戦闘は可能」


 歪んだ輪郭が徐々に落ち着いてゆく。

 自己修復機能とかいうものなのだろうか?

 相対するゆにこはぜいぜいと肩で息をしている。

 肩から白い煙が噴き上がり、燐光の中に電光が走っている。

 ほたては余裕釈然とした様子で告げる。


 「生体パーツに負荷がかかっているみたいですね。耐用限界を超えた活動はその活動限界を縮めますよ?」

 「今、ここで負けたらどのみちしゅーりょーですよ。それなら、今、ここで全部使い切ってでも勝つです」


 ほたての姿が歪む。


 「反撃開始。想定十一C+」


 ほたての周囲の空間が歪み、ほたての姿が消える。

 緑色の閃光が翻り、ゆにこの背後から斬りつける。

 よろめいたゆにこが上空に逃げ、その左右から同時に燐光が翻る。

 両腕のギガンティックアームで受け止めるが切り裂かれ、さらに周囲から幾本もの長銃がビームを飛ばす。

 空中でゆにこの身体がデタラメに動かすマリオネットのように弾む。

 ビームが着弾する度に空間が歪み、燐光が輪のように広がる。

 いくつも広がった燐光の輪は空間が戻ると同時にゆにこの身体を縛り上げた。

 背後から輪郭を揺らして現れたほたてがゆにこの首に淡く燐光で輝く長剣を当てる。


 「思考部位を切断、終了」


 ゆにこの胴体と首が離れ、青白い燐光が噴き上がった。

 それがどこか血のように見えて、ぐっと心臓が縮み上がる。

 くるくると回りながら宙を舞うゆにこの頭。

 それを、ゆにこの足が蹴飛ばした。

 ゆにこの身体が空中で大きく反り返り、自分の頭を蹴飛ばしていたのだ。


 「オーバーヘッドヘッドバッドぉ!」


すぐ背後に居たほたての頭にオーバーヘッドキックで蹴飛ばされたゆにこの頭が衝突する。

 ぎらついた眼孔で睨むゆにこの額と微笑しか浮かべないほたての額がぶつかり、文字通り火花を散らした。


 「……っ、遠隔操作ですか」


 ゆにこの背中には、よく見ればぷちこが小さな角を刺して張り付いていた。

 空中で胴体とドッキングしたゆにこの頭が、青白い燐光を首の回りに浮かばせ損傷した箇所を修復させていく。


 「何度でも立ち上がるですよ?」


 空中で仁王立ちして不敵に笑うゆにこを見て、俺は確信した。

 地上で大きく手を振ってゆにこに向かって叫ぶ。


 「ゆにこ!」


 ゆにこは俺の方を僅かに見ると、嬉しそうに笑った。


 「にへへ」


 俺が親指を立てると、ゆにこも同じように親指を立てた。

 俺はそれだけ見届けるとその場に背中を向ける。

 背後でゆにことほたてが争うこの世のものとは思えないような轟音が再び響きはじめる。

 それらに背を向けて俺は歩き続ける。

 どれくらい歩いたかは知らないが、やがて見覚えのある風景の中に俺は立っていた。

 その風景の傍らに、まるで控えるように立っていたのは志乃だった。


 「おう、どうした」

 「いや……」


 志乃は俺の方を見て複雑な表情を作っていた。

 俺は志乃の額を軽くつついてやると小さく笑った。


 「ガキ同士の喧嘩だろう?当人以外が首突っ込んじゃ野暮ってモンだろ」

 「私は……その、昭彦のことを心配してだな」

 「俺のこと?冗談だろ?心配されることなんざ何一つねえよ」


 志乃はとても真剣な面持ちで俺を見つめてくる。


 「昭彦、言っておくがな。お前は命を狙われてるんだぞ?現代人ではなく未来から来た殺戮ロボットにだ。たった今、見てきたばかりだろうから何も言うまいが、奴らは昭彦の時代に生きる人間が対抗できるような相手ではないのだぞ?その矛先が自分の方向にいつ向くか、考えたことはないのか?」


 それがどこか面はゆくて俺は顔を逸らした。


 「あったとして、どうしろってんだよ。やられたら、やられるしかねえだろ」

 「だから、心配をしている」


 いよいよ俺は志乃に背を向けて、大きく溜息をついてみせたりする。


 「心配するモンでもねえよ」

 「だが……」

 「なあよ、志乃。冷たいようだが、俺ぁ俺の人生を生きるので手一杯だ。うんにゃ、俺だけじゃねえよ。世の中の人間のほとんどがてめえのことで手一杯だ。そんな中で他人の人生につっこむにゃあ、てめえを考えてたらできねえんだ。だから、誰に心配されようがなにされようがてめえでしなくちゃなんねえって決めたら、死ぬかもしんねえってわかっててもやるしかねえだろうよ」

 「死んでしまったら、どうするツモリだ!」

 「それまでだろ?それで死んでも、カッコはつく」


 俺は吐き捨てるようにそう言い切ってその場を後にした。

 どうしてかね、生きてると抱えたくもねえ面倒ばっかり増えていく。

 こんなことならさっさと死にてえと思っても、なかなか、運命の神様とやらは死なせてくれやしねえ。

 命根性が汚ぇんだろうかね。

 真面目なツモリはねえけど、人様に恥ずかしくないように生きるってのはしんどい。

 そこまで考えて面倒くさくなってやめた。

 呆然と、でも、何かに耐えるように俺を見ている志乃に声をかけちまう。


 「おう、帰るぞ。飯の支度してくれや。きっと、腹空かして帰ってくるからな」






 時計の音だけがやけに大きく聞こえる。

 いつの間に俺の部屋がこんな寂しくなっちまったんだろうな。

 狭いけどそれなりに過ごしやすいはずだったんだ。

 志乃の奴ぁ黙って飯の支度を済ませてしばらくしたら、黙って帰りやがった。

 なんなんだろうね。

 飯だけ喰ってりゃ身体だけはでかくなるから、あとは勝手に大人になると思えば、抱えるモンってのも大きくなってくんだろうな。

 俺がぼりぼりと尻を掻くと、借りっぱなしの超鋼戦士ワンワンオーをビデオデッキに突っ込む。

 聞くだけで元気になれたオープニングテーマもなんとはなしに、部屋の静けさに呑まれてる。

 眠気を堪えて横になってだらだらと見続ける。

 そういや、ここのところ、寝る時間があんましなかった気がする。

 明日、学校で寝ようかとか、不謹慎なことを考える。

 時計の針が三時を過ぎる。

 今日は、バイトを休もうか。

 俺はバイト先に電話をかけることにした。


 「もしもし……」


 嘘をついて仕事を休むのは辛い。

 何も聞こうとしなかった社長の懐に痛み入る。

 怪我しても出たバイトを休むのはこれがはじめてだった。

 なんだか悪いことをしているような罪悪感が胸の中を締め付けるのは俺が小心者だからだろうかね。

 明日から頑張る、といったらダメ人間と同じなんだろうか。

 やがて、もうすぐ朝になろうとしていた。

 窓の外からちらちらと朝日が入ってきた。

 冷め切った晩飯をテーブルに載っけたまま、俺は外に出た。

 夢は醒めるモンなんだろうかね。

 いい夢か悪い夢かどうかはわかんねえけど、それでも終わったならはっきりと目を覚まさなければならない。

 眠さで朦朧とする頭にはそれっくらいのことしか考えられなかった。

 外に出て、朝日を浴びて、小さく溜息をつく。

 眩しい朝日に目を焼き、目を細める。

 眩しい光の中、かっしゅんかしゅんと足音を立てて、歩いてくる奴がいる。

 いつまでたってもおぼつかない足でよろよろと歩いてた。

 せっかく買ってやった服をぼろっぼろにして可愛い顔を油と煤だらけにしてやがる。

 でも、太陽に負けないくらいの笑顔で笑うんだ。


 「ただいま、ですよ」


 俺は溜息混じりに笑ってやった。


 「夕飯までには帰ってこいって言っただろう」

 「言われてないですよ」


 ずるずると鼻から垂れる油を啜ってゆにこは笑った。

 俺は聞いてやる。


 「勝ったのか?」

 「うにゃ」

 「負けなかったんだな」

 「うん!」


 俺はゆにこの頭を軽くくしゃくしゃと撫でてやると軽く抱き寄せた。

 ゆにこはくすぐったそうに笑うと、にんまりと笑った。


 「あきひこぉ」

 「んぁ?」

 「アルカリ電池ちょーだい?」


とりあえず、中盤の山場まで。

このくらいで一本の作品でいいのかなぁ……とも思いつつ、それじゃあ面白くないでしょうから。

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