前編
第一章 残業帰りの夜に。
残業帰りの体にアルコールを染み込ませたいと思ってしまう私は、現在22の独身正社員。
そーんなことを考えながら足を必死に家から逆方向に向けた。
だって今日は私にとって大事な日だもの。アルコールは明日までお預け。
手には花と会社用のカバン。冷たい冬の風が肌を刺す。私の足音だけが墓場に響く。
花を供え、大好物だったパイを置いた。
『安らかに眠って。安子。』
安子は私の命の恩人だった。
シングルマザーだった母が自殺し、当時13だった私は第一発見者で巨額の遺産相続者となった。
親戚は誰も引き取ってくれなかった。
唯一引き取ってくれたのが私の自殺を制止した人だった。
それが安子だ。
私にバッカ野郎と叫びながら、私を家に引き込んであったかいココアを飲ませてくれた。
正式な養子となったのは一ヶ月後だった。
毎日朝食と弁当を作ってくれて、私の作る夕食を『美味だねえ』と言ってくれるのは安子だけだった。
安子は友達もたくさんいて、毎週末私を連れて出かけてくれた。
周りはいつも私たちのことを『姉妹みたいだね』と言っていた。私もそう思っていた。
別れはよう唐突に訪れた。
7年前の今日家に帰ると安子はおらず、ただ一つ置き手紙があった。
ごめんね と。
警察の調査によると、安子は家から一度も出ずに消えてしまったらしい。神隠しだと皆は言う。
消えた日からかなりの間私は泣き続けた。
泣き疲れて、安子のためにも生きていこうと思った。もう負けたくないと思った。
合掌をした後空を見上げると真っ赤になっており、半透明な地球があった。
ぶつかると思った0.3秒後、空が輝いて元に戻っていた。
急いでスマホを見た。何も通知は来ていなかった。
いくつものサイトを見た。どこにも書いていなかった。
友人に電話をかけた。『そんなの無いよ。疲れてるんだろ。早く寝ろよ。』
電話帳にある人全てにかけた。
『もしもし』 『そんなの無いよ』
『もしもし』 『そんなの無いって』
『もしもし』 『誰ですか』 『そんなのありませんよ』
『もしもし』 『誰ですか』 『イタズラ電話はやめてください』
『もしもし』 『誰ですか』 『は?』
『もしもし』 『誰ですか』 『安子って誰ですか?』
は?
は?
忘れたのか?安子を。
は?は?
は?
疲れてるんだ。そうだろ?
なあ。そうなんだろ?
超特急で家に帰った。疲れてるんだ。早く寝よう。
でも、家には灯りがついていた。
親戚が来るなんて聞いてないよ?
友達が来るなんて聞いてないよ?
そもそも合鍵なんて持たせてないよ?
私は絶叫した。
走った。走った。走って走って走って走ったっ。
あまりにも怖かった。自分って何?
あまりにも怖かった。私の居場所は?
そしてあまりにも怖かった。
どこかも知らぬ交差点を曲がった時、私はある女性を見た。
それは私の記憶に鮮明に残っている女性だった。
少し老けていたけれどそれは安子だった。
頬が濡れて。
驚いて。
びっくりして。
泣いた。
恐怖が消えて。
ほっとして。
涙が出た。
久しぶりっていうその一言が私の心を揺らして。
泣いた。
ごめんねなんて遅すぎるよ。
安子は私を近くの公園に連れて行き、全てを告白した。
それは余りにも重い話だった。
第二章 時間移動タイムリープの夜に。
私は昔、東照大学の時空間並行世界に関する研究室に居る大学院生だった。
そこでは簡単なタイムマシーンの研究がされていたんだ。
私達は並行世界の過去に物質を送ることに成功していた。だけど人間は送ったことが無かった。
余りにもハイリスクで移動したい人も居るはずが無かったからね。
その研究室で分かったことは幾つもあった。
一つの世界で一人がタイムリープできるのは一度だけという事。
並行世界とこの世界は殆ど同じだという事。
そして、上層部が恐ろしい事を見つけてしまったと思われる事。
その恐ろしいものが何なのかは下っ端の私には分からなかった。
ある時、どうしても上層部が人間を過去に送りたかったみたいだった。
上層部がランダムで選んだ人間に何の話もせずに無理やり送ることにしたそうだ。表向きには事故だがね。
私はその人間に選ばれてしまったのさ。
あれは酷かった。いきなり研究中に呼ばれて、捕まえられて、強引にタイムリープだ。
いきなり変な田舎の山の中に飛ばされた。
私は生きて、私がタイムリープした時間まで待つことにしたんだ。
必死に生きたよ。酷いことも沢山したし、汚いこともした。
そんな時にお前と会ったのさ。
虐められてるお前を見て悲しくなったんだ。
例え並行世界に来たって人間や世界は変われないんだって。ムカついてお前を助けてやったんだよ。
そこからお前との長〜い付き合いさ。
あの頃は幸せだった。生活も安定していたし、何より楽しかった。人生で1番幸せだったよ。
でも、私がタイムリープした日になってしまったのさ。
散々悩んだ。本当はこの世界に残りたかったが、私はこの世界の住人じゃあない。
タイムリープのため、さよならもろくに言えなかった。本当に悲しかったよ。本当に。
私は帰ってきて、私の体だけ老けたという事になった。
上層部は責任を取り、研究室は解体。無かったものになった。
私の世界ではお前は自殺してたよ。
お前ともう一度会うためにも、私のような犠牲者を出さないためにも、タイムリープを出来ないように、三十分前にこのすべての世界を合体させた。
極秘に研究を続けてたんだ。
お前は相手が居なかったから合体してないみたいだな。
私は今から探しに行くよ。
今タイムリープ出来るのは2人だけ。私の片割れとお前だけだ。
だから危険を犯す事になるけれど、タイムリープしてくれないか?
座標はさっき帰ってきたお前に貰った。
お前のもう片割れを助け出さないと明後日には誰もお前を認識でき無くなる。
お願いだ。また会おう。
もう飲めるんだってな。飲もうぜ。じゃあな。
*
目を開けるとそこには自殺しようとする私の姿があった。
第三章 後悔の夜に
「はじめまして。」ボケーっとしている安子に声をかける。
「ああ。こんにちは安子さん。」鏡で見たように馬鹿ズラが目の前にある。
「京子は送り終わりました。あなたと私が合体すれば終わりでしたっけ?」
嗚呼。馬鹿だ。私も目の前にいる私も馬鹿だ。
さっきの行動。この言葉。私達は大馬鹿者だ。ため息が出る。
京子と会った時に気付けばよかった。
そんなことしても解決しないって。
「まっさかお前、世界の記憶を知らないのか?ここまで研究してて。」
予想通りの答えが帰ってきた。
私が馬鹿だった。
くそったっれっ!
「お前なあ。タイムリープの研究してる時に変なコマンドが沢山有るのに気付かなかったのか?
上層部が秘匿してたヤツだよ。お前は研究を進めるために無視してきたんだろうな。
そうだろ?
私の世界ではタイムリープの後研究室は解体されてない。
数年前に見つかっちゃいけねえもんが見つかって解体されたがな。
それに私たちのとこは反対も何も無かったからな。
研究は物凄く進んだ。
上層部が秘匿してた事が一般人でも分かっちまった。
それで解体さ。
その後は平和に生きてきたよ。
その秘密っちゅうのが世界の記憶さ。これを見ればわかるはずさ。
量が多すぎて機械でも全てを見ることはできないが、ちょこっとなら分かる。
先日のテロの話も、大昔の戦争も全部書いてある。未来のことだってな。
まだ見つかっていないが、私たちのことも書いてあるんだろう。
で。私達は見つけちゃったんだよ。
おんなじのが7セットあるって。この文章の違いは今のところ一つしか見つかってない。
違いは簡単だ。どこにタイムリープ出来るかだ。
三セットは過去に。二セットは未来に。二セットは並行移動ができる。
今日の30分前がそのデータの最後だったんだ。
世界が終わるかとみんな思ってた。
でもこんなことだったとはな。
みーんな二つしか世界は無いって思ってたんだ。
でも違うんだよ。
この七つの世界の一人を助けたってどうにもならない。
七人全員を助けるなんて無理ゲーだ。
すまないが京子の事は諦めた方がいい。
あと四つだなんて無理だ。
タイムリープする人が何人必要だと思ってるんだ?
元々は存在しない人なんだ。
諦めてくれ。
世界の記憶の明後日の記憶には京子は1人もいなかった。
一様送る座標はメモしてある。
多分無理だろうが、どうしてもやりたいなら好きにしろ。
じゃあな。明日のこの時間にそこの居酒屋で会おう。
今から5人の私を探して来る。
それまでに何とかしろ。
じゃあな。」
三と二分の一章 再会の夜に。
残業帰りの体にアルコールを染み込ませたいと思ってしまう私は現在22の正社員。
手には夕食のスーパーの半額シール付き弁当とチューハイの入ったビニール袋と会社用のカバン。
冷たい冬の空気が肌をさしてくる。
鍵を開け、私服に着替えて鏡を見ると、若い頃の安子に驚くほどに似た私の顔が見えた。
くふっと笑ってチューハイの缶を開けようとするといきなり強烈な眩暈が押し寄せた。
気持ち悪い感じもすぐにおさまった。
病院行こうかなと考えているとドアホンがピ〜ンポ〜ンとなった。
開けると安子がいた。
私の親友は手を伸ばし私の額を触ろうとし、すり抜けた。
すり抜けた?
そんなことを考えている間に私と合体していた。
私の頭の中に、安子の大量の記憶が入ってくる。
もう1人の安子。
タイムスリップ。
私と同じ夜。
神隠し。
自殺。
全てが分かった時、玄関にもう一人、人が立っていた。
本物の安子だった。安子の名を被った京子ではなかった。
「はじめまして。お願いがあるんですが。過去に行ってもらえますか?」
*
蜿倶ココ縺ク
日本語読みでビリオップ
現地の言葉で一部分という意味である。
後編に続く。




